『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「マルド、そろそろ出番よ」
マルドが呼ばれ、ヴェルセリアの後について行く。
ヴェルセリアはコーヒーと紅茶を運び、小菓子と共に2人の前に出した。
「いかがでしたか? 希少食材のお味をご堪能いただけたでしょうか」
「あぁ……なんて素晴らしい食材、素晴らしい料理だ! さすが希少食材! セレブリアン殿、美味かったぞ!」
「お、お褒め頂きありがとうございます」
マルドは複雑な表情で応えるのだった。
「……」
「お気に召して頂いたようで良かったですわ」
ヴェルセリアはニコリと2人に笑顔を向けるが、バサラドの表情を見て察した。この人はもうわかっていると。
「ですが……グレイフォックス氏はお気付きになられているようですね」
「? 何の事だ?」
ガストンは何の事を言っているのかわかっていない。
「やはりそうですか」
バサラドのその言葉を受けてヴェルセリアは小さく笑う。
「召し上がっていただいた食材、あれは全て
「な……なんだと!? 騙したのか!?」
ガストンは飲んでいたコーヒーのカップを乱暴に受け皿に置く。
「どんな食材でも、あれだけの素晴らしい料理を作るには、食材の事を熟知し扱う技術があればこそです。モルガン氏のお店ではどうでしょうか?」
「……っ! うちの店で出す料理は最高だ! 最高でなければならない! ならないが……」
先程のコース料理を食べてみて、改めて『
「……ガストン、お前の店の厨房を見せてもらった。なんだよあれ、食材が泣いてるじゃないか」
シェフがいきなりガストンを呼び捨てにする。驚いたガストンはゆっくりとシェフの方に向き直った。
「お前は……?」
ヴェルセリアは小さくため息を吐き、シェフの肩に手を添えて詠唱を紡ぐ。
「光と大気の精霊よ、我に纏いし朧げな幻を、あるべき
すると、エルフだったシェフの姿が人間のマルドへと戻った。
「……? ……マルド!? お前はマルドだったのか!」
口髭がないので一瞬戸惑ったガストンだったが、マルドとわかると勢いよく席を立つ。
「悪いとは思ったが保冷庫とゴミ箱を見せてもらった……なんでもかんでも食材を保冷庫に入れればいいってもんじゃない、適温ってのがどの食材にもある。それに魚の捌き方がなってない、あれじゃ命をくれた魚に申し訳ないじゃないか!」
「し、知らない! 食材はシェフに全てを任せているから……」
「経営者なら厨房の中の事も知っておけ! ……お前が寄越せと言った我が家の『禁書』はな、レシピではなく食材の扱い方が書いてあるんだ。食材の種類、保管方法、捌き方……だからガストンが望んだような内容ではないんだ」
「な、なんだと……?」
「基本的な事、それを怠ったら食材に失礼、ひいてはお客様にも失礼なんだ」
「そんな事、そんな事は……」
「……これはどういう事ですか?」
話が見えてこないバサラドが、ヴェルセリアの方を向き疑問を投げかける。
「……マルドを引き抜こうとして断られたため、彼にとって大切な『禁書』を寄越すよう脅されていたのですわ」
「引き抜き?」
「あぁ……グレイフォックス氏も今の料理でお分かりになっただろう? これだけ素晴らしい料理を作れるシェフはうちの店にこそ相応しい! そう思って声をかけたのだが……断られてしまってな。だからその素晴らしい料理のレシピを知りたくて……」
ガストンは力なく椅子に座り、両手を前で組み項垂れる。
「……さて、そんな素晴らしい料理を作れるマルドに対して、それは酷い嫌がらせをしていた人物がいるわ」
ヴェルセリアは眼鏡を外し、喋り口調もいつも通りに戻す。
「嫌がらせ?」
「えぇ、マルドの店の悪い噂を流し、大ネズミを大量に発生させたりしていたわ」
ガストンの顔色が見る見る悪くなっていく。
「自分の手を汚さずにお金で雇った人を使ってね」
「な! 何を言っている! 証拠は!? どこにそんな証拠があると言うのだ!」
弾かれたかのようにガストンは顔を上げ、ヴェルセリアに噛み付く。だが、ヴェルセリアは待っていたように涼しい顔をして続ける。
「あら、モルガン氏がやっただなんて一言も言っていないわよ?」
「ぐッ!」
「これを、聞いてもらえるかしら?」
ヴェルセリアは『
『……あの店、今潰そうとしてるんだ』
『ふん、ガストンに頼まれたんだ……マルドを引き抜けないならあんな店潰しちまえって。だから、俺やその他のゴロツキに金バラまいて悪評を……』
『『
『……あの店の食いもんは家畜の餌以下だーとか、集団で腹壊した奴がいたーとか』
『これ、ガストンからこの内容を流せって言われたんだ』
ヴェルセリアはそっとテーブルに悪評が書かれたメモを置く。そのメモは『
「う、嘘だ! 全部デタラメだ! この女は嘘をでっち上げている!!」
「あら、まだ証拠はあるわよ? ブルーノ! 連れてきてちょうだい」
厨房とホールを繋ぐ扉が開かれ、ブルーノに引きずられて連れてこられたのは、魔術師の男だった。縄で縛られ眠りに落ちている。
「連れて来たぜ。呑気なもんだ、まだ眠ってやがる」
「強めに睡眠魔術をかけたから、ね」
「この男は?」
バサラドは眠っている男とヴェルセリアを交互に見て質問する。ヴェルセリアは再び『
『それに……ガストンのお抱え魔術師先生に頼んで、大ネズミまで大量召喚されちまって営業停止処分を喰らったんだ……』
「この人はモルガン氏のお抱え魔術師よ。魔力追跡をして居所を探して連れてきたの。この呪符をマルドの店裏のゴミ置き場に貼って、大ネズミを大量召喚させたのよ」
テーブルの上に呪符を置き見せる。
「そのお陰で俺の店は営業停止処分を喰らったんだ!」
マルドは被っていたコック帽を床に叩きつけた。それまで顔色を変えずに簡単な質問をヴェルセリアにしていたバサラドは、静かにガストンに向き直り改めて聞く。
「モルガン氏、貴方はこんな姑息な事をしていたのですか?」
「う……」
「残念ですね。オーギュストには私から伝えましょうか」
領主の名前を出され、後がないと思ったガストンは勢いよく立ち上がった。
「う、っく!」
ガストンは走り出し、大きな音を立てて扉を開けレストランを飛び出していった。
「待ちなさい!」
ヴェルセリアが追いかけようと外に出た時――ガストンは地面に突っ伏していた。
「え……?」
その背中には獣の脚があった。そう、ザークが押さえつけていたのだ。
「この! 退け! 狼め!」
ガストンはバタバタと暴れるが、ザークの脚は動くどころがビクともしない。
「ザーク……」
「よう、ヴェル。なんか店からネズミが出てきたから捕まえておいたぞ」
ザークは舌舐めずりをしながら、体重を掛け続ける。
「しゃ、喋っただと!? ぐおぉ……重い……」
「……協力はしないんじゃなかったの?」
その様子を見たヴェルセリアは腕を組みながらザークを見る。
「俺はねずみ取りをしただけだ」
ふん、と鼻息を吐き、更にガストンに体重を掛ける。
「ふふ、ありがとう。いい子ね」
***
その後、ガストンはバサラドによって呼ばれた衛兵に捕まり、色々と事情を聞かれる事になった。悪評を広げた事は営業妨害に当たり、大ネズミの大量発生は飲食店だった事で衛生法と防疫法に引っかかるらしい。経営者不在と言う事で『
「ガストン……お前何をやっているだ! すぐ家に帰れると思うなよ……」
領主オーギュスト・ヴァンダルは、衛兵本部に連れてこられたガストンを見下ろしそう告げた。ガストンはこってり絞られ、『パープル・バレル』の面汚しとまで言われた。
今回のコース料理を食べたガストンはますますマルドの料理に魅了され、罪滅ぼしとして『
「うちの料理を覚えさせるためだろ? 恩着せがましく言いやがって……まぁ、手取り足取り教える事はしないが、目で盗む事は許可してやる」
そして噂話を流していたダックスは、マルドに土下座をして謝りホールの仕事を手伝うようになった。ニナにとって嫌がらせをしてきた人間が働くのは嫌かと思われたが――
「大変美味しい料理を作るシェフは『
美食家のバサラドが大絶賛をしたお陰で、『
「猫の手でも借りたいくらい忙しいから、働いてくれるなら誰でもいいわ」
ニナは文句をいいつつ、ダックスを雇う事になった。
「すまねぇ……一生懸命働くから許してくれ……」
そしてダックスが連れていたシルバーウルフは『
「よかったわね、この子元々いい子だから……この辺りを撫でてあげると喜ぶわ」
ヴェルセリアはシルバーウルフの喜ぶ場所をニナに教えていたが、その後ろでザークは不機嫌な顔をして見ていた。
「……」
ザークは威嚇するような目で見ると、シルバーウルフは情けない鳴き声を上げニナの後ろに隠れてしまった。
***
「ありがとうございました。なんとお礼を言ったらいいのか……」
マルドとニナ、エマが深々と頭を下げている。
「気にしないで、私が勝手にやった事に貴方達を巻き込んだ形になったから……寧ろ謝らなきゃいけないのは私の方ね」
「そんな! ヴェルセリアさんのお陰で嫌がらせは無くなりましたし、お客さんは戻って来るどころか増えましたから!」
ヴェルセリアの手を取り、潤んだ目で感謝をするニナ。
「本当に、ヴェルセリアさんは俺達にとって女神様みたいだ!」
まるで神を崇拝するかのように両手を組んで詰め寄るマルド。
「え……いや、そんな……は、恥ずかしいわ……」
目立つ事があまり得意ではないヴェルセリアは、両手を頬に当て顔を真っ赤にしていた。
「そ、それじゃ、出発するわ。また『リヴェリア』の帰りに寄るわね」
「ぜひ! いつでもいらして下さい! お部屋はいつでも用意していますので!」
マルド達の他、協力した店の各店長がヴェルセリアに向かって手を振っていた――
『リヴェリア』に向かってヴェルセリアはザークの背に乗り再び街道を行く。
「ふふ、お
今回の一件を振り返り、笑顔になるヴェルセリア。
「おままごと……?」
ガストン達に料理を振る舞っていた時、ザークは終始店の外から覗いていたので様子は全てわかっている。淀みのない動きで給仕をしていた様子を見て、あれが
「……ヴェルって……」
「ん? なぁに?」
「……いや、なんでもねぇ」
詮索したところで意味はないと、ザークは思い直し聞くのを止めた。
「? ……今回のは違ったけど、世の中『禁書』と呼ばれるものって他にもあるのね」
「ったく、とんだ無駄足だったな」
大きなため息を吐くザーク。
「そんな事ないわよ? 美味しいご飯のお店と、貴方が気兼ねなく泊まれる宿屋を守る事ができたわ。なかなかワンちゃんと泊まれる宿ってないのよ?」
「まぁ、そう……だな」
遠回しにザークのためだったとヴェルセリアは暗に言うのだった。
「さ、今度は本物の『禁書』探しよ!」
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