『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
第17話【聖下都市アルカイアへの探索】
「
エレノア・スターリングは固い決意を高々と宣言していた。これは日々の日課である。
エレノアは代々続く商家の一人娘。独占的に希少な魔術素材の供給ルートを確保しており、それに付随する商会に顔が利いた。しかし、エレノアの父アリステア・スターリングの右腕として長年従事していたギルバートが裏切り、各所の契約書を盗み出した。その結果、権利を主張できず、売掛金が回収不能になり借金を背負う事となった。
エレノアは残された借金を返済すべく、
***
「はー……なんだここ、地下に大きな街があるのか?」
ふわふわな毛並みをなびかせるザークは高台から遺跡を見下ろしながら、初めて見る遺跡に感嘆の声を上げた。
そこは地下迷宮となった、街の跡地である。たくさんの冒険者が探索に乗り出しているのだが、あまりにも広く深いため隅々まで調べるには数十年から数百年はかかると言われている。
「『救済の神話』の時代からあると言われてる『聖下都市:アルカイア』。ここにはよく探索に来ているのよ」
「例の……『禁書』ってやつを探しにか?」
「そうよ。その『禁書』、『救済の神話』の時代の物らしいから、この『アルカイア』のどこかにあるかもしれないわ」
「こんな広い場所から1冊の本を探すとか……どれだけ時間がかかるんやら」
「そうね、これだけ広いと……何か手がかりがあればいいのだけれど」
「……頼むから『禁書』って言葉だけで動くのは勘弁してくれよ?」
『パープル・バレル』での一件でザークは懲りていた。『禁書』と呼ばれていても、魔術書ですらないパターンもあるのだ。
「……仕方ないじゃない、とりあえず見てみないとわからないのだから。さて、無駄話もここでおしまい。行くわよ」
『聖下都市:アルカイア』にはいくつか入口がある。その全てに冒険者ギルド『
探索許可証とギルドカードの提示が無ければ中に入る事ができない。『オトモ』もギルドの
その一方で――
「なんだあれ? 観光客か?」
一部上層の、探索が完全に完了している場所は観光地化されている。冒険者ではない一般人が列をなしていた。
「迷宮の保全にはお金がかかるのよ」
広大な遺跡内部の補強など、保全をするにはギルドの予算だけでは足りないのだ。
それを尻目に、冒険者用の入口に向かう。冒険者用の入口も観光客が群がるのと同じくらい人で溢れていた。
「なんだよ、こっちも人が多いな」
「そこは現在拓かれている最下層まで直通で行ける入口よ。私達が入るのはあちらの入口よ」
ヴェルセリアが指をさす。さした方向を見ると、遺跡全体を取り囲むように壁が設置された、外壁の遥か遠くに門番小屋が見える。そして人影が門番以外にいない。
「……逆に人がいないのも不安になるな……」
「下層に向かって行くのがほとんどだから、仕方ないわよ。私達も行くわよ」
***
「冒険者か? ……っと、ヴェルセリアさん! お久しぶりです! あ、ギルドカードと許可証の提示をお願いします!」
門番の男性はヴェルセリアの事を知っているようだ。こんなにも人の来ない入口に、何度も探索に来ているので顔と名前を認識されるのは当然である。
あまりにも暇を持て余していたこの門番は、先程まで欠伸をしていた。
「いつもありがとう。カードと許可証よ」
慣れた手つきでヴェルセリアはギルドカードと探索許可証を提示する。
「……確かに。『オトモ』を連れるようになったんですか?
いつもはいない『オトモ』に、門番の男性は驚いた様子だった。ザークは顎を上げ、首輪に付いている
「確かに、お気をつけて!」
「ありがとう」
門番の男性に笑顔で見送られながら入口を通る。ザークが門番の男性の表情が気になった。
「……なんであんなに笑っているんだ……?」
「さぁ? 機嫌が良いんじゃない?」
ヴェルセリアにとってはいつもの事なので、特に気にする事なく入口を通り過ぎて行った。しばらくして、門番の交代が来た。
「おーい、交代だ。……って、なにニヤニヤしてるんだよ」
先程ヴェルセリア達を通した門番の男性がニヤついている。
「さっき『遺跡探索の女神』のヴェルセリアさんが来たんだ! 『いつもありがとう』だって! 俺、顔を覚えてもらえた……!」
「な、なんだって! ズルいぞ!」
あまり冒険者が来ない入口で、頻繁にこの入口を通るヴェルセリアは門番の間では有名だった。珍しいエルフな上、美人なので目立つのだ。『遺跡探索の女神』と密かに呼ばれていたのは、1人で遺跡を探索し、淡々と地図を拡げていく事から付けられた二つ名であった。
「そう言えば、いつも1人なのに今日は『オトモ』の狼を連れていたな」
「それってもしかして……ギルド本部の方で話題になっていたエルフと一緒にいる喋る狼じゃないか? そのエルフってヴェルセリアさんの事だったのか……」
ザークの事も有名になりつつあるようだ。
***
入口を潜ると石造りの建物群が立ち並び、いくつかは朽ちている。一部地面が崩落した場所は、危険な事から立ち入りができなくなっている。そこから覗き込むと、下に向かって魔術障壁で層ができており、かなり深いことがわかる。だがヴェリセリアはその下層の方には行かない。
「下には行かないのか?」
「えぇ、ここはまだ上層の探索が完全には終わってない場所なのよ。ほら、これが最新の地図よ。探索許可をもらう時に一緒に購入したのよ。冒険者が探索に入るから、おそよひと月ごとに新しくなっているわ」
ギルド特製の『聖下都市:アルカイア』の地図。広げたら敷物くらいの大きさになる大きな地図だ。それだけこの遺跡の広さと深さを表している。
「下層に行くには、先ずは上層を完全に終わらせてからじゃないと。そこで貴方の出番よ」
「?」
不思議そうな顔を向けてくるザーク。
「長い間、人が立ち入ってない場所を探してほしいのよ。その鼻で」
「……あ゛? 俺は犬じゃねぇ!」
「その鼻は飾りなの? いいから少しは役に立ちなさい」
地図を見ながら前回探索に来た時の最後の場所を確認する。文句を言いつつザークはスンスンと、辺り一帯の匂いを嗅いでいく。この辺りは人の出入りが少ないため、人の匂いがほぼない。
「なぁ、こんな
「下層だけに価値がある、なんて考え自体が浅はかなのよ」
とは言え、この辺りは遺跡ではあるがどう見ても元民家にしか見えない。そんな場所を探索して意味があるのかと、疑問に思うザーク。
「はぁ、こんな事をやっても飯にも金にもならねぇだろ」
「そんな事はないわよ? 探索した場所を地図に残してギルドに報告を上げれば、成果報酬を得られるわ。それに上層なら戻るのに時間がかからないからギリギリまで探索ができるし、ね」
心底楽しそうに探索を続けるヴェルセリア。
そして探索を開始してから本日2軒目の建物は、形がほぼ完全に残っていた。
「中は暗いわね」
腰に下げていたワンドを抜く。
シャンッ……
指揮者のようにワンドを振り、装飾された鈴が涼やかに響く。
「精霊達よ 我が声を聞き此処へ集え」
紡がれる短い言葉に呼応するように、ヴェルセリアの周りには光の粒が湧き立つように取り囲む。エメラルドの瞳が魔力を帯び輝き、そして短く詠唱を紡ぐ。
「陽光を集めし光の子らよ、我が道を照らせ」
炎ではない光の塊が浮遊する。所謂照明の魔術である。
建物の中はかなり風化しており、当時の面影はほぼ残ってはいなかった。そして建物の地階に入った時だった。
「なにかしら……ここの空気、他の建物と違う……?」
地階の階段を降り切った時、大きな音をたてて足元が崩れ、そのまま床と共にヴェルセリアの身体が落ちる――
「え……っ!」
「危ねぇ!」
すんでのところでザークがヴェルセリアの服を咥え引っ張り上げる。
「……助かったわ……」
人が足を踏み入れていないと言うことは荒らされていないが、その分だけ安全性が無いとも言える。床が抜けた所を覗き込むと、暗くて底が見えないほど深かった。他とは違い、魔術障壁が無い。よく見ると、この地階から下へ行く階段が壁伝いに螺旋を描くようにして設置されている。
「こんな所に下層への入口があったのね」
どこかに繋がっているようで、下から冷たい空気が流れてくる。
そして――ただならぬ気配も同時に感じる。
「……何か、いるわね。何だと思う?」
「そうだな……大きめの魔獣……トカゲ系の臭いだな」
大型の魔獣がいるという事は、誰も足を踏み入れていない可能性がある。多数の冒険者が足を踏み入れた場所は、既に大型の魔獣は何度も討伐されているからだ。
ヴェルセリアは元々人が足を踏み入れていない場所を探索するのが目的で、この下層に行く価値は大いにある。少し考え、ザークを見る。
「1人で探索してるなら止めるところだけど……今は貴方がいるから大丈夫ね」
「そうでなきゃ面白くねぇな!」
ザークも乗り気であった。何の変哲もない民家の探索に飽きていたのだ。
ヴェルセリアは指をパチンと鳴らすと、穴の中心から下層に向かって炎の玉を投げ入れた。炎の玉がゆっくりと降りていくが、どこまでも続く深い穴。
「酸素はある、でも思ったよりも深そうね」
「そうだな……ヴェル、背中に乗れ。このまま下に降りるぞ」
ザークに跨り、壁沿いの螺旋階段をショートカットをしながら降りて行く。背中にしがみついているヴェルセリアは、ザークの耳元で話す。
「……注意事項があるわ。もし戦闘になる場合は周りに気を付ける事。わかったわね?」
「はぁ? なんだそれ」
「ここは地下迷宮の遺跡、いつ崩れてもおかしくないわ。生き埋めになりたくなかったら気を付けなさい」
「……面倒くせぇな……」
ザークは文句を言いつつ降りて行くのだった。
お気に召しましたら、感想、評価、お気に入り登録頂けると嬉しいです。
どうかよろしくお願いします。