『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「ここが底か?」
大きなトンネル状の空洞が広がる。周りは人工的に石垣の様に組み上げられ、足元は石畳になっている。まさに遺跡の様相を呈している。明かりを点けているが、先が全く見えない。
その時、ザークの耳が何かを捉える。
「何かが来るな……人か? ……あとさっきのデカい気配もこっちに来るな」
そう言われ、ヴェルセリアは右手を前に出す。
「虚空を越えよ、鋼の魂。封印の楔を解き、今こそ
右手のブレスレットに嵌められた赤い魔石が輝き、ヴェルセリアの手にはスタッフが握られる。スタッフを一回転させ地面を突く。
カッ……シャンッ!
「精霊達よ! 我が声を聞き此処へ集え!」
先程ワンドで呼んだ時よりも、多くの精霊達がヴェルセリアの周りに集まる。いつでも戦闘ができるよう精霊を呼ぶ。そして前方から声が聞こえてきた。
「……ッ三十六計逃げるに如かず……ですわーっ!」
青い瞳に金髪の長い髪はくるくると巻かれ、ハーフアップにされた髪に赤いリボンが結ばれている。それを振り乱しながら若い女性がこちらに向かって走ってくる。その傍をコバルトブルーの瞳に黒髪で整えられた短髪、大柄で筋肉質な逞しい青年が一緒になって走っている。
「お嬢! 足元!」
「ッ! ギャフン!」
注意されたのにも関わらず、お嬢と呼ばれた若い女性が瓦礫に足を取られ顔から倒れる。
「お嬢、失礼します」
青年が若い女性を小脇に抱え走る。
「もう……っ! この遺跡は魔獣は多いし罠もあるし……」
「お嬢、今のは罠ではありません」
青年が真面目な顔をして冷静な突っ込みを入れる。
「お黙りなさいっ! ……そこまで人が入り込んでないみたいね。期待値が上がりますわ!」
危機が迫っている状況にも関わらず、賑やかな声がヴェルセリア達に近づいてくる。
「はっ! そこの方! 退いて下さいまし!」
「申し訳ございません」
「えぇ!?」
ヴェルセリアとザークの横を、若い女性を小脇に抱えた青年が通り過ぎ様謝ってすり抜けていく。
そして――
「ガァァァァァーッ!!」
2人の後ろからジャイアントリザード1体とベビーリザードが多数迫って来ていた。ジャイアントリザードは明らかに目に付いたヴェルセリア達に向けて、咆哮を上げている。
「!! これは……
「ッ!? この……野郎!」
ザークが振り向いた時には既に2人の姿は見えなくなっていた。
「なッ! 逃げ足速いな! ……ヴェル! どうする!?」
ヴェルセリアはスタッフを一回転させ地面を突く。
カッ……シャンッ!
涼やかな鈴の音と共に場の空気が変わる。そして早口で詠唱を紡ぐ。
「万象を隔つる不可視の境界よ、我が命に従いて
ジャイアントリザードの爪の攻撃とベビーリザードが飛びかかってくると同時に、透明な壁のような盾が通路いっぱいに出現し防いだ。攻撃を受け止め、次の魔術の詠唱を紡ぐ。
「目に見えぬ風の精霊たちよ、我が足下に集いて不可視の奔流を成せ。重き大地の
ふわりとヴェルセリアの体に風が纏う。狭い場所では足場を作らずに跳躍だけで攻撃を避けるのだ。次の攻撃のために後退するヴェルセリア。
「『ザーク』! 遺跡をできるだけ傷つけないよう、あれを倒しなさい!」
「無茶な注文だな! ワオォォォォォーン!」
ペロリと舌舐めずりをしたザークは言葉とは裏腹に楽しそうに応える。
地下では地上からの雨水が地中を通り、この階層の壁や床などに染み出している。その水分をザークの魔力で氷柱状に冷やして固め、ジャイアントリザード目がけ襲い掛かる。
「ガアァァァァァッ!!」
苦しそうな咆哮を上げ、暴れるジャイアントリザード。ベビーリザード数匹が氷柱に囚われ絶命する。隙を突くように更に攻撃を加える。
「大気を翔ける精霊よ、我が意志の刃と成れ。千の断裂を以て虚空を刻み、形なき銀閃よ、
詠唱が紡がれると、暗がりの通路の奥から風が流れてくる。流れる風は勢いを増し、刃となって襲った。ベビーリザードは吹き飛ばされ、ジャイアントリザードは先日のドラゴン戦とは違い、攻撃が通り裂傷を与える。あとは大きな一撃を喰らわせれば終わる――
その時、後方から魔術詠唱が聞こえてくる。
「静まれる岩よ、我が意志を芯に鋭き棘へと変ぜよ。地の底より溢れ出す無慈悲なる一突き。
「え!?」
ジャイアントリザードの足元の石畳が変質し、棘状の岩が突き出す。いくつもの棘がジャイアントリザードのその身に深く刺さった。
「ガアァァァァァ……」
力なく咆哮を上げ、ジャイアントリザードは横たわり動かなくなった。
「ふう、倒しましたわ!」
どこに隠れていたのか、先程の若い女性と青年が後ろから現れた。
「……貴女はさっきの……」
振り返り様睨みつけ、ヴェルセリアは声をかける。ザークもヴェルセリアの隣に立ち、消化不良な戦闘に不満気な顔をしている。若い女性の連れと思われる青年が間に立ち、頭を下げた。
「先程は大変失礼しました。まさかこんな場所に人がいるとは思わず……
丁寧に詫びるが、ヴェルセリア達が怒っているのはそこではない。
「
刺々しい物言いで攻めるヴェルセリア、かなりの怒り心頭具合である。
そしてザークも――
「そうだ! 最後の一撃なんて一番美味しいところを横取りしやがって!」
論点が若干違うが、ヴェルセリア達はとにかく怒っていた。
「お、狼が喋りましたわ!」
「犬よ」
被せ気味にヴェルセリアが突っ込む。若い女性は怒られている事よりもザークが喋った事に驚いていた。遠巻きにザークをジロジロと見る。
「お嬢、あまりジロジロと見るのは失礼かと」
「あ……そうですわね、狼が喋るなんて初めてだから驚いてしまいましたわ」
「だから、犬よ」
腕を組み明らかに不機嫌になるヴェルセリア。
その様子を見て、お嬢と呼ばれた若い女性は言い訳をする。
「……大変そうでしたから手伝って差し上げました……けど、
どうやらわざとではなく、本当に苦戦をしていると思っていたらしく横から攻撃をしたようだ。若い女性の隣に青年がそっと近づき、小声で話す。
「お嬢、パーティを組んでいない場合、他の人が戦闘中に横から攻撃するのはあまりよろしくないです。あの場合、助けを求められた時のみ手伝いをすれば良いかと」
若い女性は腕を組み、考えた様子で一言。
「そういうもの……ですの?」
全く状況が分かっていなかった。若い女性と青年のやり取りを見ていたヴェルセリアは、深いため息を吐く。
「貴女、ランクはいくつなの?
「ギルドランクは……Aですわ」
冒険者ギルドのランクAは、決して普通ではない。全ギルドに所属している冒険者の登録数は数百万人はいる。その中でランクAに上り詰める事ができる者は一割もいないのだ。
「ランクAなのにそんな事もわからないなんて……ここは世間知らずのお嬢様が来る場所ではないのよ」
お嬢様、の言葉に若い女性は反応した。
「そう……本来なら
拳を握り締め、何か決意を語るように声高に話すエレノアと名乗った若い女性。その話の中にあった言葉にヴェルセリアは反応する。
「スター……リング家……?」
その名前に聞き覚えがあったヴェルセリア。顎に指を添え、少し考える。
「あ……もしかしてスターリング商会の? 確か……3年ほど前に商会ギルドの副ギルド長を解任されたって聞いたわね」
「知ってるのか?」
ザークが意外そうな顔を向けてくる。
「えぇ、かなり特殊な魔道具などを卸していた商会だったから……突然商会自体がなくなってどうしたのかと思っていたけれど」
そのヴェルセリアの疑問に対して、青年が答える。
「色々ありまして、スターリング商会は現在廃業となりました。今はこのお方、エレノア・スターリングが借金返済のためにこうして
テオドールと名乗った青年は、深々とお辞儀をする。
「……ヴェルセリア・エルフェイン、よ。こちらは私の犬のザーク。……借金返済ねぇ……。同情はしてあげるけど、それとこれとは話は別よ」
ザークは舌舐めずりをしながらヴェルセリアの隣で頷いていた。
「も、申し訳ございませんわ! 誠意として、そちらのジャイアントリザードは、貴女達に譲りますわ」
探索中に倒した魔獣や魔物は素材として持ち帰る事ができる。大きな発見はなくても、倒した魔獣や魔物の素材は貴重な収入になるのだ。
「……そう言うことじゃないのだけれど……まぁいいわ、
階層の深い場所で討伐された大型魔獣は、引き上げるのに大変な労力とコストがかかる。ほとんどの場合、持ち帰れる牙や爪などの素材以外はその場で捨て置かれる事が多い。
ヴェルセリアはスタッフの先端にチョークを付けてジャイアントリザードの周りに線を描いていく。先日、ドラゴンを圧縮したのと同じだが、足元が土ではない場合はチョークなどで線を描くのだ。
「……何をしているのかしら?」
不思議そうにヴェルセリアを見つめるエレノア。
「……よし、と。この前より小さいから楽ね」
スタッフからチョークを外し、一回転させ地面を突く。
カッ……シャンッ!
ヴェルセリアのエメラルドの瞳に魔力が帯びる。スタッフを前に出し、静かに詠唱を紡ぐ。
「澄明なる器よ、我が意志を媒介に万象を飲み干す檻となれ。溢れ出づる存在の奔流を、
囲まれた線の内側が光りだし、段々と光る範囲が狭くなっていく。掌に収まる大きさの水晶にジャイアントリザードの体が入った。水晶を拾い上げ、光にかざして中身を確認する。
「……な、なんですの!? 今の魔術は!」
取り乱すように、かなり動揺した様子で声を上げる。
「何って……圧縮魔術よ」
右手のブレスレットに嵌められた赤い魔石を撫で、スタッフが瞬時に収納された。
ヴェルセリアは至って普通に話すが、この圧縮魔術は普通ではないのだ。あらゆる計算の元、時間と空間を崩さないよう丁寧に魔力を編み上げる。これを理解し使役できるようになるには、人間にはかなりの時間を必要とする。
「す、素晴らしいですわ! 私も
キラキラと目を輝かせ、ヴェルセリアに近付く。その気持ちを一番理解できるヴェルセリアは、先程までの怒りはどこへやら。エレノアの両肩を掴み、詰め寄るのだった。
「……貴女、魔術研究が好きなの?」
『シルヴァリア』に居た頃ですら、ここまで魔術に興味を示すエルフはそうそういなかった。お陰でヴェルセリアは周りから孤立をしていたのだが、誰にも邪魔をされずに魔術研究に没頭できたので本人は特に気にはしていない。
「えぇ! もちろん大好きですわ!」
「……そう、頑張りなさい」
何か、魔術を愛する者同士で分かり合えたような気がする、そう思うヴェルセリアだった。
「……いやいや、なんかわかり合ってるみたいだが、俺は納得してねぇからな」
邪魔された事が許せないザークが2人の間に入る。機嫌が悪いザークの顔をヴェルセリアは両手で掴み、乱暴に撫でまわす。
「なっ……ヴェル!」
「ふふ……よしよし、落ち着きなさい」
撫でまわされ、先程まで怒りで逆立っていた毛が段々と元に戻っていく。
その様子を間近で見ていたエレノアは、そっとザークに触れようとする。
「ウー……」
「ひっ……! 飼い主以外には触らせてくれないのですね、残念ですわ」
唸り声を上げ、再び威嚇をする。あれだけ怒りをぶつけてきた相手を撫でようとするエレノアのその度胸は、
「しかしこの狼、尋常ではない強さですわね……見たこともない魔術を使うエルフに喋る狼……一体貴女方は何者なんですの?」
「だから、犬よ」
「いいえ! この子はどう見ても狼ですわ!」
初めてヴェルセリアに対して反論をする人間が現れた。
「それになんですの? この狼が使う魔術、よく見る『オトモ』魔獣が使うのとは違いましてよ! 精霊魔術ではなかったですわ!」
魔術全般に興味があると言っていただけあり、エレノアの鋭い指摘にヴェルセリアも驚いた。先程の戦闘で、そこまで気が付く人がいるとは思わなかった。
「貴女……少しはやるわね」
「おーほほほ!
指をさされ大きな声で宣言をされた。それを受けたヴェルセリアは
「……人間なのにこの私に大口を叩くなんて……面白いわね」
その時、ヴェルセリアの背後から先程吹き飛ばしたベビーリザード1匹が襲い掛かる。
『!』
エレノアが指を鳴らすとベビーリザードが炎に包まれ、甲高い鳴き声を上げなら絶命した。
「ふう、危なかったですわ!」
突然の脅威を排し安心したのも束の間、その鳴き声に釣られるように周りからザワザワと
お気に召しましたら、感想、評価、お気に入り登録頂けると嬉しいです。
どうかよろしくお願いします。