『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「! ……まずいわね……」
「な、なんですの!?」
スンスンとザークが周りの臭いを嗅ぎ、臭いが強い方向を向いた。
「さっきの鳴き声、仲間を呼んだわね。……どれくらい来そうかわかる?」
ヴェルセリアは暗がりの奥を見つめ、ザークに問いかける。
「……デカいのはいねぇが、細かいのが……スゲェ数……ざっと数百ってところか」
「! す、数百……!?」
ベビーリザードとは言え、数百もの数が来られてはこちらも無事では済まない。前も後ろも暗闇が広がり、先が全く見えない状況はかなり厳しいものがある。
「貴方、
ヴェルセリアはテオドールに問う。
「強化魔術をかければそれなりに」
急いでテオドールは強化魔術の詠唱に入る。
「大気を巡る迅雷よ、我が四肢に宿りて時を追い越せ。肉の檻を脱ぎ捨て、刹那を駆ける閃光と成れ。思考の先を行く拍動を
詠唱と同時にテオドールの身体を光が包み魔力が全身に行き渡る。今回の詠唱は
「『ザーク』、私とこの子を乗せて走れる?」
ペロリと舌舐めずりをするザーク。
「女2人くらいならな」
「判断は早い方がいいわ、逃げましょう」
慣れたようにヴェルセリアはザークに跨る。エレノアの方を見ると迷っているようだった。狼の背に乗る事など、普通の人は経験がない。
「早く乗りなさい! ここに居ては無事では済まないわ」
「は、はいっ!」
「で、どっちに行くんだ?」
暗がりが広がる通路は全く先が見えず、逃げるにしても闇雲に進んでは助かるものも助からない。
ヴェルセリアはワンドを抜き、精霊を呼び込む。
シャンッ……
「水の精霊よ、我が声を聞き此処へ集え。我の目となりて其の奔流の道筋を見せよ」
水の精霊がヴェルセリアの周りに集まり、目を閉じると周りの風景を水を通して見えてくる。今いる場所から奥へ。
「……もっとよ、もっと先……っは!」
現在いる下層の道の先に見えたものがあった。ここは――
「『ザーク』! この先へ!」
ワンドで道の先を指し、暗闇の奥へ指示を出す。舌舐めずりをし、ワンドの指した方向を見る。
「わかった!」
ザワザワと、細かく大量の気配が近づいてくる。それから逃れるように、強化魔術を付与したテオドールはザークと同じ速さで走る。
通路の隙間からベビーリザード数匹が這い出て、飛び出してきた。
「邪魔よ!」
ワンドを振り、炎でベビーリザードを焼いていく。隣を走るテオドールも剣で振り払う。
「上からスライムも来てますわ!」
ザークにしがみついているエレノアが、声を上げる。通路の天井から滲み出るようにスライムが落ちてくる。
「……次から次と……!」
「ワオォォォォォーン!」
ザークの咆哮でスライム達が凍りつく。そうしている間にも、ザワザワと蠢く気配が背後から迫って来る。その時、ザークが何かの匂いに気付いた。
「ヴェル、この先には……」
「えぇ、この先は――」
走る先に一筋の光が見えてくる。その明るさはまるで地上の陽の光のように明るい。
「……え? 今、下層にいるのよね? 何故こんなに明るいのですの?」
エレノアが疑問をぶつけてくる。しかしその答えは、ここにいる誰にもわからない。
「ここは――」
石垣と石畳で囲まれた通路から急に視界が広がる。そこには広大な森があった。地上のように草木が生い茂り、光が降り注ぐ明るい場所。近くには川が流れているようで、せせらぎが聞こえてくる。
ヴェルセリアはワンドを抜き、詠唱をする。
シャンッ……
「大気を揺らす不可視の精霊よ、集いて我が足下の
詠唱が紡がれると同時に、半透明な足場が多数出現する。
「上に上がりなさい!」
ザークとテオドールは足場を使い、高い位置まで昇る。そして、たった今いた場所を数百ものベビーリザードやスライムが走り抜けてゆく。
「ギリギリだったな……しかし、ここは一体……」
足場から地面を覗き込むようにしてザークは大きなため息を吐く。
「いつの間に地上に出たのかしら?」
ザークからヴェルセリアとエレノアは足場に降り、それぞれが周りを確認する。足場に乗っているので、遠くまで見渡せる。一見地上のように見えるが、上を見ると魔術障壁が見えた。
「ここは下層……こんなに広大な森が下層に広がっているなんて……」
よく見れば魔術障壁の中心部分に、照明魔術に似た光がある。
「まるで太陽ね。照明魔術の類かしら?」
奥を見れば『壁』が見える。ここはさながら、箱庭のような場所だ。
「ふふ……これは報告のし甲斐があるわね……エレノア、って言ったわね、貴女の借金返せるんじゃない?」
エレノアの方に向き直り、ヴェルセリアはエメラルドの瞳を輝かせる。
「報告の……し甲斐?」
エレノアは何を言っているのかわからなかった。ここが何処でどんな場所なのかもわかっていなかったからだ。
「ここ、恐らく未踏域よ。誰も来た事がない、地図に無い場所だわ」
「え……えぇ!?」
エレノアはテオドールと顔を見合わせ、事の重大さをやっと理解できた。
「だから、ここを報告書に書いてギルドに提出すれば、貴女の借金も返せるかも、ね」
「え……あっ! ……でも! ここに来れたのは貴女のお陰ですわ! だから
一瞬喜んだが、この功績は自分のものではない。先程邪魔をした負目もあるため、ヴェルセリアに全てを譲ろうとしたエレノアだったが――
「共同報告にしてあげるわよ。私にはさっきのジャイアントリザードもあるから、ね」
ヴェルセリアは柔らかい笑顔をエレノアに向ける。
「えっ……あ……ありがとうございます! あの、貴女の事を敬意を込めてヴェル姉様って呼ばせて下さい!」
「ね、姉様……? さっきはライバルとか言ったり、忙しい子ね」
困惑するヴェルセリア。そんな2人のやり取りを横目に、テオドールはザークの元に行く。
「ザークさん、改めましてお嬢を乗せていただき、ありがとうございます。その上、貴方の主人にはお気遣いまで……なんとお礼を申したら良いのか」
テオドールがザークに謝意を伝える。ただ、ザークがやったのはエレノアを乗せただけなので、過剰に礼を言われて少し困っている。
「……お前、なんかあの娘に苦労させられっぱなしなんじゃねぇか? 礼や謝罪慣れし過ぎてるぞ」
「……っは、……お嬢とは幼い時からの付き合いですからね、色々ありましたから……」
ザークに指摘され、改めて気付く事があったテオドール。
「借金返せたらそれも終わりなんじゃねぇの?」
「いえ、スターリング家が再興した際は、またお嬢をお支えするつもりです」
間髪入れずに答えるテオドール、エレノアを真っ直ぐ見つめる眼差しはとても優しかった。
「律儀だな、まぁ、俺も色々あってヴェルからは離れられねぇけどな……」
「ふっ……お互い苦労しますね」
「全くだ」
こちらも女性を支える側として、意気投合ができそうであった。
***
下層で発見した森の報告書を作成するため、ヴェルセリア達は大まかに調べた。
森を調べて分かったことがある。ここは人工的な森、誰かがこの広大な森を作ったのだ。その誰かとは詳しくはまだわからないが、これだけ木々が根付いているならかなりの時間が経っている。この遺跡自体が古いので、恐らくは地下都市ができた頃と同じかそれに近しいものだと思われる。
遠くの方を見れば、古代人が住んでいたのだろうか、人が住んでいたと思われる建物の跡などが見える。
そして『アルカイア』の遺跡全体に現れる魔獣は、この森を起点に発生しているということもわかった。豊かな緑と水、本来なら古代人が自分たちのために用意したものだったが、人族がいなくなり魔獣の楽園になっていた。
「どおりで、遺跡内でエンカウントする魔獣達の健康状態がよかった訳よ。陽の光が無い下層で、あれだけ大きな魔獣が育つのには説明がつかなかったわ」
あの照明魔術に似た光は球体の塊が浮いているように見え、地上の陽の傾きと同じように光の明滅を繰り返しているようだ。そしてこの場所なのだが、現在開拓されている下層よりも更に下に位置している。ヴェルセリアが見つけた民家の地下からの入口は、この森に一番近い場所だった事も判明した。
「あの家はこの森へ直接行くために作られた物だったのかもしれないわね」
エレノア達も、通常ルートから外れた隠し通路を発見して、あの道に辿り着いたとの事だった。
そうして簡易地図と報告書をまとめ、ギルドへ提出に向かった。
***
冒険者ギルド『
「これは……未踏域発見……!? 大変な事になりますよ! 至急、支部長に連絡を!」
受付嬢のその言葉で、ギルドフロアは一瞬にして大騒ぎになった。残念ながらギルド支部長は『アクアス』支部での集まりに出席しており、不在との事で報告書は預かりとなった。
だが、遺跡探索で稀に見ぬほどの大発見だったため、エレノアの期待は膨らむ一方であった。
「これで借金も返せますわ!」
ギルドの近くのオープンカフェでお茶を飲みながら賑やかに談笑していた。
「良かったわね、貴女みたいな箱入り娘はこんな場所は似合わないわ」
お茶を飲みながらそう言うヴェルセリアをジッと見つめ、エレノアが今まで思っていた事を言う。
「……そう言うヴェル姉様も、割と箱入りじゃないかしら? こう……漂う気品が物語ってますわ」
「そんな事はないわ……気付いたら親はいなかったし、普通の家庭ですらないわ。そうエレノアが思うならきっと、育ててくれた人の品がよかったのね」
ふう、とため息を吐くヴェルセリア。そう言えば、『シルヴァリア』を出てから5年が経つが、エルヴァインはどうしているだろうか。
「……も、申し訳ございませんわ……そんな生い立ちだったとは……」
泣きそうな顔になりながら謝るエレノア。ヴェルセリアの生い立ちが想像の斜め上過ぎたため、困惑と聞いてはいけなかった罪悪感でいっぱいだった。
「あー……気にしないで、ね。私にとっては特別な事ではないし、自分の事が不幸だなんて思ってもいないわ。それに……今はこの子がいるから」
隣にいたザークの顔を両手で鷲掴みをし、撫で回しながらニコニコするヴェルセリア。
「だから……犬扱いはやめてくれ……」
半ば諦めのような声で、撫でられる手に抗おうとする。
「そうですわ、ザークさんは狼ですわ! ……それにしても不思議な狼ですわね」
「そりゃそうだ……俺はフェンリル……だからな……」
ヴェルセリアに撫で回され、堕ちる寸前の状態で発せられた告白に、
「……またまた、ご冗談を」
その場にいる3人は信じないのであった。
「……さて、報告書の結果は成果報酬の金額の高さでわかるでしょう。そして『アルカイア』での探索は暫くできないわね……」
頭や顔を撫で回し続け、今は地面に転がったザークの腹をゆっくり大きく撫でているヴェルセリアは少し残念そうな表情をする。
「これだけ大きな発見があった場合、ギルドの方針が決まるまで立ち入り禁止ですからね」
ギルドの管轄下の場所での新発見の場合、それ以上の探索は待ったがかかる。安全性の問題や、資源の調査などこれからやらねばならない事が多いのだ。
「せっかく見つけたのに、入れないなんて……」
お茶を飲みながらガッカリするエレノア。発見時にもっと探索ができればよかったのだが、そこまでの準備をしていなかったため仕方なく引き揚げてきたのだ。
「探索できないなら仕方ないわね、それなら私達は違う場所に行きましょうか。エレノア達はどうするの?」
「私達は、成果報酬を受け取ったら借金返済のために一度地元に戻りますわ」
「それではここでお別れね。またスターリング商会が商売を始められるのを祈っているわ」
「ありがとうございます! ……ヴェル姉様……またお会いできますよね?」
エレノアはヴェルセリアと握手を交わし、少し潤んだ瞳で見つめる。ヴェルセリアの事が気に入ったようだ。
「そうね、またすぐに会えるわよ、そんな予感がするわ。貴女は私のライバルなんでしょう? 魔術の勉強、頑張りなさい」
「はい! ヴェル姉様!」
***
ヴェルセリア達は別れを告げ、賢者の学舎『リヴェリア』を後にし拠点としている『マリヌス』へ戻る。
「ヴェル、俺はもっと暴れられる所に行きたいぞ。遺跡だと思うように動けねぇ」
帰る道中、走りながらヴェルセリアに訴える。
「今回の『アルカイア』は地下都市だったからね。あまり暴れると生き埋めになりかねないから……ほかの地上にある遺跡や、遺跡とも呼べないような場所なら暴れても大丈夫よ、……多分」
ザークの背に乗ったヴェルセリアは、暴れられそうで『禁書』がありそうな場所を考える。情報があまりにも少ないので、ありそうな場所の見当すらつかない。一度書庫で調べ直してみようと、ヴェルセリアは思った。
「さ、また『パープル・バレル』に寄って休みましょう。水浴びじゃなくて、ちゃんとお風呂に入って美味しいご飯が食べたいわ」
「え……飯は嬉しいが……また、風呂……?」
とても嫌そうな顔でヴェルセリアの方に振り向く。それに気付いたヴェルセリアはにっこり笑い、ザークの顔周りを撫で回す。
「当然、貴方もよ。私のワンちゃんが汚いなんてあり得ないわ」
跳ねる
「……マジかよ……」
***
「なに!?
会議室にギルド長バルガスの声が響く。
冒険者ギルド『
飛脚とは、足の速い獣人が専門としている職業で、緊急を要する内容を伝える文書などを届けるものだ。
「発見したのは、『リヴェリア』支部所属のエレノア・スターリング、『マリヌス』本部所属のヴェルセリア・エルフェインの2名。共同報告書として出されています」
アクアス支部の副支部長が淡々と飛脚が持ってきた文書を読み上げていたが、大きな声が再び響く。
「ヴェ、ヴェルセリア・エルフェインだと!?」
勢いよくテーブルを叩き立ち上がるギルド長のバルガス。
「どうした、バルガス。知っている冒険者か?」
「っ失礼、……現在ランクSに最も近い
ギルド長のバルガスがそう言わしめる
「ランクSになれるのは実力はもちろん、運も持ち合わせていないと務まらないからな。新発見は運の要素もかなり大きい……一度会ってみたいものだな」
他の支部長が興味を示したのを焦るバルガスは、先制として切り出す。
「いや、先ずはギルド長たる私が会う、異論は認めん。そうと決まれば……すまないが、『マリヌス』にすぐに戻らせてもらう」
バルガスは立ち上がり、早々に部屋を出ていく。
「……バルガス……相変わらずせっかちですね……」
元パーティメンバーだった『リヴェリア』支部長のアリスター・セドリックが呆れたように呟く。
ヴェルセリア達が『マリヌス』に戻るまであと2日、バルガスもそれに追いつくよう早馬で戻るのであった。果たして、面会は叶うのか――
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