『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「なぁ、何やってるんだ?」
ザークがヴェルセリアの後ろから声をかける。
昨日『パープル・バレル』を経由してから『リヴェリア』から戻ってきたヴェルセリアとザークは、冒険者ギルド『
「しっ! この時間、ミラがいるかもしれないでしょう?」
ミラとは、ギルドの受付嬢である。顔馴染みの受付嬢であるが、先日ギルド長の面会やランクSへの昇級試験の話をされ、それらを断ってしまったが故に少し気まずいのだ。
しかし、『聖下都市:アルカイア』から戻ったので、探索許可証の返却をしなければならない。探索許可証の返却は、冒険者の安否確認も兼ねているので必ず返さないといけないのだ。開け放たれた扉から隠れながら中の様子を窺う。
「……今ならいないわね」
「誰がいないのですか?」
後ろからヴェルセリアの肩を叩かれる。
「ひっ! ……ミラ……」
小さな悲鳴を上げ、肩が跳ね振り返ると受付嬢のミラが立っていた。
「おかえりなさい、ヴェルセリアさん。探索許可証の返却ですか?」
「えぇ……」
普通に接しられているのが逆に怖い。しかも探索許可証の受付をしていた事も把握されている。
「入らないのですか?」
「は……入るわよ」
ミラに続いてヴェルセリアとザークも建物の中に入っていく。そのまま受付カウンターへ向かい、ミラがカウンターの内側へと入る。当然、ヴェルセリアの用件を受け付けるのもミラだ。
「こちらにどうぞ」
促されるまま、ミラの元へ行く。
「ギルドカードと探索許可証を」
ヴェルセリアはできるだけミラの顔を見ないように、ギルドカードと探索許可証をカウンターに出した。
(怖くて顔をまともに見れないわ……でも、このままの状態が今後も続く事を考えたら良くないわよね……)
そう思い、下を向いたまま聞いてみる。
「……ミラ、その……何か怒ってる?」
「何がですか?」
淡々と、感情を乗せない声色で答える。
絶対に怒っている――そう感じたヴェルセリアは、顔をゆっくり上げてミラの顔を見る。
「何も、ありませんよ? ただ、いつもなら昼間に来て下さるヴェルセリアさんがどうして夜中に探索許可証の受付をしに来たのか気になっています」
「あ……」
一呼吸で言われ、事の深刻さに気付かされた。避けていた事を誤魔化そうと思っていたヴェルセリアだったが、これは今謝らないと後が大変な事になりそうだと思った。
(ど、どうしよう……でも謝罪するなら早い方が良いに決まってるっ!)
考えもまとまらないまま、感情で答えてしまった。
「あ……えっと……ご、ごめんなさい……その、この前の話を……その、断っ……た事がちょっと……ね」
瞳を潤ませしどろもどろに答えるヴェルセリアの様子を見て、ミラに罪悪感が芽生えた。
「……やはり気にされてましたか。その件は大変申し訳ございません」
「……え? ……?」
こちらが謝っているのに、逆に謝られてしまった。
そしてミラは普段なら考えられないくらいの声量で話す。
「あれは……全てギルド長が悪いのです!」
ミラはカウンターを拳で力いっぱい叩いた。その音はギルドフロアに響き、いきなりの事だったのでヴェルセリアは肩を震わす。周りの冒険者もその音に驚き、一瞬フロアがしん……となる。
「み、ミラ……?」
ミラは普段表情をあまり表に出さない。しかし、怒りに燃える瞳はここにはいないギルド長バルガスを捉え、虚空を睨みつけている。
「会いたいなら直接自分から会いに行けばいいのに私を間に挟んで話をややこしくして! 挙句連れてこいとは! しかも何か悪い事をしたかのようなあの言い方は良くない! ヴェルセリアさんはこれだけギルドに貢献されている方なのに!」
普段のミラらしくなく、一気に感情をそのまま口を吐いて出ていた。ミラの細い肩は怒りで震えている。
「……失礼しました。感情が抑えられなくなりました」
スン……と、いつもの表情に戻る。普段は落ち着いていて冷静に見えるミラだが、思ったよりも心の内は激しい感情を持っているのだとヴェルセリアは垣間見た。
「私は受付嬢、冒険者の皆さんのサポートをするのが仕事です。それが円滑に行えないのは大変な問題です。私はギルド長の部下ではありますが、召使いではありません……やはり、一度その辺りのお話をしないといけませんね」
淡々とした語り口だが、受付嬢としての矜持をしっかりと持ったミラらしいものだった。
「……ふふ、なんだか本当のミラを見た気がするわ」
先程までのギスギスした空気が一変した。ミラの本心を聞いて、ヴェルセリアも自分の気持ちを素直に言葉にしてみる。
「私達冒険者の事を第一に考えてくれてありがとう。私は他の支部より、このギルド本部が気に入っているから……居心地がよかったから、ギルド側と関係が悪くなるのは……悲しいわ。でも、ミラみたいに私達を守ってくれようと頑張っている人がいれば……安心ね」
先程までミラを怖がっていたヴェルセリアだが、ミラの本音が聞けて安心していた。そして柔らかな微笑みをミラに向ける。
「……っ! ヴェルセリアさん……!」
その微笑みを受け取ったミラは、少し頬を染める。このギルド本部の事を居心地が良いと言葉にされ、さらに受付嬢という仕事に対する信頼を向けられた。そんな風に思われているなら応えねばならないと、ヴェルセリアの手を取る。
「大丈夫です、私がギルド長からヴェルセリアさんを守りますから……!」
瞳に決意を込めるように、真っすぐに見つめる。
見つめられたヴェルセリアは――
「ありがとう……ミラ……っ!」
再び柔らかな微笑みを向けるのであった。ミラの後ろにいた他の受付嬢達もワラワラと集まり、バルガスに対して色々と文句を言いつつヴェルセリアを守ろうと団結をするのであった。
「……なんだこれ……」
その隣で一連の様子を見てたザークは、目の前で繰り広げられた茶番劇に呆れた顔をするのだった。
探索許可証を受け取ったミラは、改めてヴェルセリアに向き直り声をかける。
「……ヴェルセリアさん、お伝えしたかった事があります」
「? なにかしら?」
「未踏域、発見おめでとうございます」
『おめでとうございます』
先程団結した受付嬢も一緒になって祝ってくれた。
「……もう本部には伝わっていたのね」
「飛脚を使って各地のギルドに通達されましたよ。ヴェルセリアさんの所属ギルドとしてお祝い申し上げます」
拍手が沸き起こる。受付カウンターでのその様子に、フロアにいたほかの冒険者も騒めき出す。
「偶然、ね。運がよかったのよ」
「その幸運も実力のうちです」
「……ありがとう」
少し照れた顔をするヴェルセリア。あまり目立つことが好きではないので、このような場面は慣れていないのだった。
「もう一つお伝えする事が。先日のドラゴンの皮ですが、
「えぇ、この子の首輪を作りたいのよ」
ザークの頭を撫でながら微笑む。
「それでは素材買い取りカウンターの方へ」
ミラに促され、素材買い取りカウンターへ移動する。ここでは依頼の際、採取した素材の買い取りや、今回のように依頼で納品した素材の一部を冒険者側が買い取ることもできる。
「ついでで悪いのだけれど、これの買い取りもお願いできるかしら?」
差し出したのは、『アルカイア』で討伐したジャイアントリザードが収まった水晶だった。『リヴェリア』では共同報告書を出した時点でギルド全体がお祭り騒ぎになってしまい、買い取りどころではなかったのだ。
それを見たミラは――
「ヴェルセリアさん……、今度労金の方で資産形成についてお話をしませんか?」
と、お金の話もしようとしていた。
***
「ヴェル、さてはお前、人たらしだな?」
ドラゴンの革を受け取り、ギルド本部の建物を出たヴェルセリアとザーク。出た直後にザークから言われたのがこれだった。
「? 何のこと?」
「あれだけ怒りの感情に満ちた受付嬢を、あそこまで懐柔するなんて……恐ろしい女だな」
ギルドの入口にいた時のミラの様子から、この結果になるとは誰も予想ができないと思った。あの時のミラを手玉に取るようにたらしこむ、まさに恐ろしい女だと。
「人聞きの悪い事言わないの。私は普通に話しただけよ」
あれをただ話しただけで片付けるなら、相当な物だとザークは思った。
それに加え、この美貌。きっとヴェルセリア本人の知らない所で、男共が血で血を洗う争いを起こしていると予想できる。
初めこそは傲慢そうな女だと思っていたザークだが、隣で過ごすようになりヴェルセリアを見る目が変わってきた。自分が興味のないものに対して残酷なほどに突き放すが、一度興味を示したものに対してはとことん寄り添い大事にする。現状、自分が大事にされていると実感している。
「……なぁ、ヴェルの恋愛対象ってのはどこまでなんだ?」
「どこまで? 変なことを聞くのね」
「人たらしなヴェルなら、男女問わず色んな奴に相当モテそうだと思ってな。下手したら動物にも好かれるんじゃないのか?」
冗談まじりに聞くが、真面目な答えが返ってきた。
「モテるってそんな……そうね、私が好きになる人なら男女も種族も問わないわ。私は博愛主義者だから。でも、今は『禁書』探しが最優先だから恋愛なんてしていられないわ」
「はは、なるほどな。ヴェルに気がある奴が気の毒だな」
「気の毒って……勝手に好かれたってこっちが迷惑だわ。私はただ、相手に対して誠心誠意感謝を伝えてるだけよ」
言われてみれば、ヴェルセリアはただ相手に笑顔を向けてお礼を言っているだけだった。ただ、それだけなのに好意を抱かせてしまう。
「……それもそうだな……って、それが人たらしなんじゃねーか。ヴェルが一番わかってねぇ!」
思わず突っ込んでしまった。
「そんな事言われたって……そうやって生きてきたのだから、仕方ないじゃない」
「そんなんじゃ、逆に敵を作るだけだぞ。女を敵に回すのは怖いからな」
まるで女の怖さを知っているような口ぶりだ。
「いいわよ、そう言うのを全て分かった上でお付き合いしてくれる人と恋愛するから。……貴方がせめて獣人だったら結婚できたかも、ね。さすがにワンちゃんとは結婚はできないわ」
「はぁ!? なんで俺が!」
反射的に言ってしまったが、ザークはふと考えてしまった。
(……でも……獣人だったら……俺もヴェルの恋愛対象になる……のか?)
「なぁに? 私の事、好きになっちゃったの?」
覗き込むように、ヴェルセリアは柔らかく微笑む。その笑顔が争いの種になり得る事を、ヴェルセリアは全く気付いていない。
「そ、そんなんじゃねぇよ……ほら、次は何処に行くんだ?」
少し早足になり、石畳をザークの爪がチャッチャッと音を鳴らして歩いていく。
1人と1匹は 『
それから程なく、ギルド本部のフロアに大きな声が響く。
「今戻ったぞ! ……はぁ、はぁ……」
慌てて戻ってきた事が伺えるほど、息切れをしているギルド長のバルガス。フロアにいる他の冒険者が驚く。
「……ギルド長? 随分とお早いお戻りで。予定ではあと2日後ではありませんでしたか?」
ミラが対応するが先程ヴェルセリアとのやりとりがあったため、その顔はとても嫌そうである。
「会議の途中で抜け出してきた……はぁ……それより……」
ギルドのフロアを見渡す。ざわざわと冒険者が騒めいている。数日前のデジャヴだろうか。
「騒がしいな……何があった」
「……英雄の凱旋ですよ。例の、未踏域の発見をされた……」
「ヴェルセリア・エルフェインか! 戻ってきたか!?」
被せ気味にヴェルセリアの名前をフルネームで叫ぶバルガス。心底嫌そうな顔をするミラは、とても対応をしたくない気持ちが漏れ出ている。
「それで!? 彼女は今どこに!?」
受付カウンターを乗り出すようにしてミラに詰め寄る。先程のヴェルセリアとのやり取りで、ギルド長から守ると誓ったミラは冷静に対応する。
「――先程出ていかれましたよ。行き先はわかりません……街にはいると思いますけど、多分港の方じゃないでしょうか? 買い物に行くと仰ってましたから」
ヴェルセリア達が向かった 『
「そうか! 少し出てくる!」
疑いもせず、出ていくバルガス。出ていく姿を見送り、ミラは静かに祈る。
「ヴェルセリアさん、できるだけ遠くに誘導しました。どうかギルド長に遭遇しませんように……!」
他の受付嬢達も、同じように祈る。ギルド本部の受付嬢達の団結力は、今最高潮に高まっていた。
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