『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
エレノアが勧める飲食店へ向かうが、いくつか断られ最終的に『
「申し訳ございませんわ……こんなにも魔獣連れがダメなお店が多いなんて……」
「仕方ないわ、私も『マリヌス』にいる時はこの子が入っても大丈夫な、決まった酒場ばかりだもの」
ザークがいるため、断られる飲食店が多いのだ。獣人ならばどこでも入れるのだが、いくら知能が高くても四つ足で歩く獣は獣でしかない。
「俺は食べられさえすれば外でも構わねぇよ」
「だめよ、一緒に食べなきゃ。楽しくないじゃない」
ヴェルセリアはザークと共に食事を摂ることに拘っている。そのため、いつも新しい街で店を選ぶ基準が魔獣連れが大丈夫かどうかなのだ。
足元で伏せているザークをヴェルセリアはニコニコしながら撫でる。そうしているうちに飲み物と料理が運ばれて来た。
「こちら、
「お後、
2人の店員が卓席に、所狭しと肉料理からつまみまでたくさん並べていく。
「ヴェル姉様、本当によろしいのです? 奢って頂いて……」
「さ、遠慮はいらないわ、食べましょう」
「神よ、豊穣なる恵みに感謝いたします……」
祈りを捧げ、各々カラトリーを手に取る。ヴェルセリアはザークの目の前に
「! うまい!」
エレノアが勧めてきた店だけあり、美味しかったようだ。ザークの食いつきの良さを見て、ヴェルセリアはにっこり笑顔を向ける。
「そう言えばザークさん、首輪を新調されたのですか?」
テーブルの下で肉を貪っているザークに視線を落とし、目ざとく気付くエレノア。気付いてくれた事が嬉しかったヴェルセリアはエレノアの手を取る。
「そうなの! オーダーで作ってもらったのよ……素敵でしょう? それに見て!」
目をキラキラさせて、左手首に巻かれたお揃いのブレスレットを見せる。
「この子とお揃いなのよ!」
見せられたブレスレットをジッと見るエレノア。そして素材を見て驚く。
「本当に素敵……って、ヴェル姉様……これはもしや、レッド・ドラゴンの革では……」
「あら、エレノアは詳しいのね。そうなのよ、前にこの子と一緒に討伐したものよ」
カマンベールベイクを食べながらヴェルセリアはマナ・ベリー酒を呑む。一瞬の間を置き、エレノアが大きな声を上げる。
「れ、レッド・ドラゴンを討伐!? ですの!? ヴェル姉様……強すぎますわ……」
先の『アルカイア』での一件で、只者ではないのはわかっていたがここまでだとは思わず、若干引き気味である。
「そう言えば……『聖下都市:アルカイア』の未踏域、特別探索パーティを募集する話は知っている?」
手羽先スパイシー焼きを食べているエレノア達に、特別探索の事について話す。
「そう言えば……受付嬢の皆さんがそんな話があるのをこっそり教えていただきましたわ。それはいつのお話なのですの?」
「明日から正式に募集を開始するらしいわ。今日リヴェリア支部長と話したのも、それの事だったの」
先程まで首輪の件で上機嫌だったヴェルセリアだったが、昼間のリヴェリア支部長の事を話し出した途端に表情が曇る。グラスに入ったマナ・ベリー酒を一気に煽った。
「それ、
その時、ヴェルセリアが座っていた席の真後ろにいた人物が声をかけてくる。
「もしかして、『聖下都市:アルカイア』の未踏域の特別探索に参加希望の方ですか?」
振り返るとそこには紅い瞳、茶髪でラフな格好をした、20代くらいの青年がいた。
「……人の話を盗み聞きをするのは非常識じゃないかしら?」
ギロリと、ヴェルセリアは睨みつける。
「お……と、失礼。特別探索と聞こえてきたのでつい……俺の名前はイグニス・ローズベルト、ランクSの
「え! ランクSの……!?」
エレノアが素早く反応する。現在ランクSの冒険者は5人ほどしか存在しない。その1人が今目の前にいるのだ。
この反応を示すのは一般的だが、ヴェルセリアの反応は冷ややかであった。
「ふぅん……貴方が……いくらランクSでも非常識な振る舞いは他の冒険者に対しても迷惑だわ」
体の向きを元に戻し、気にせず
「ヴェル姉様、手厳しいですわ! ……失礼しましたわ、
「エレノア……さん? もしや未踏域の発見者の1人? それならそちらの女性、ヴェル姉様と……まさか、発見者のもう1人、ヴェルセリア・エルフェインさん?」
「はぁ……私、今日は機嫌が悪いの。フルネームで呼ばないでもらえる?」
今日は何度フルネームで呼ばれたか。よく知らぬ他人と関わるのがあまり好きでないヴェルセリアには、かなりのストレスであった。
「あ、す、すみません! つい……貴女の事はギルド本部でも有名ですから……」
テーブルを思い切り叩いて立ち上がるヴェルセリア。
「どう有名か知らないし、私の知らない場所で噂をされるのは嫌なのよ! それに貴方、さっきから『つい』で済ませているけど、とても不快よッ!」
不機嫌を通り越して怒りの表情で睨みつける。その目はドラゴンを睨んでいた時と同じ目だった。しかし、そんな目で睨まれてもイグニスは動じない。それどころか、ヴェルセリアの手を取る。
「!」
「これは……レッド・ドラゴンの革……まさか……いや、違うか……」
ヴェルセリアの左手首に巻かれた、ザークとお揃いのブレスレットをまじまじと見られる。ザークは立ち上がりイグニスを唸りながら睨みつける。
「っ!! 離しなさい!」
ヴェルセリアは弾くようにイグニスの手を振り払う。
「っはぁ……っ何なのよ貴方!」
「あぁ、ちょっと気になったので……」
悪びれる様子もなく、なぜ手を振り払われたのかもよくわかっていないイグニス。この男に何を言っても無駄だと察したヴェルセリアは、声のトーンを落として呟く。
「……帰るわ。貴方達は食事を続けて。支払いは済ませておくわ」
「お、おい! ヴェル!」
「『ザーク』、食べ終わったら戻っていらっしゃい」
そう言い残し、ヴェルセリアは店を出て行ってしまった。
「ヴェルを怒らせた上になに触ってるんだ……」
舌舐めずりをし、唸り声を上げならイグニスを睨みつけるザーク。
「残念だな、ヴェルセリアさんとはもっとお話がしたかったんだけど」
ヴェルセリアが出て行った店の出口を見て、ザークには視線すら合わせないイグニス。ザークを全く相手にしていない。
「おい!」
ザークが声をかけたその時、イグニスが静かに視線を合わせた。表情は笑っているが、その目は獲物を捕らえた猛禽類のそれだった。
「……ッ!」
少し舐めていたザークは、その目を見ただけで己の愚かさに気付かされた。この男、ランクSと言うだけあり隙が無い。今は武装をしていないが、武器などなくてもどんな相手でも倒せる覇気がある。
「……狼が喋っている……君が噂の喋る狼か」
ザークに凄まれても動じないイグニス。そしてザークの存在も知っていた。
「どうしたんだい? 相手になろうか? 俺、犬は好きな方なんだ。本当は猫の方が好きなんだけど……そう言えばヴェルセリアさんは少し猫っぽい感じがするね。さっきの怒った顔とか、ふふ、猫みたいで可愛かったな」
「テメェ……」
今にも飛びかかりそうな勢いのザークに、エレノアが止めに入る。
「ザークさん……! ここはお店の中ですわよ! 抑えて、ね?」
ザークに近付き、前に出ようとしたエレノアだがテオドールに止められる。
「お嬢! 危険です!」
周りが見えなくなっているザークを、テオドールが
「ザークさん、今ここで暴れたら『オトモ』の管理不足としてヴェルセリアさんがギルドからペナルティを受けます。貴方は知能が高い魔獣です、意味はわかりますよね?」
冒険者ギルドで登録されている『オトモ』は、冒険者が必ず傍で管理をしなければならない。冒険者の見ていない場所で起きた不祥事は、その責任を取るために冒険者登録の抹消と『オトモ』の殺処分が言い渡される。それだけ魔獣の取り扱いは厳重に行わなければならない。
「ヴェルセリアさんがザークさんを大切にされているのは、私達もよくわかっています。ヴェルセリアさんを悲しませないためにも……どうかここは引いて下さい」
「……」
傍から見ていてもわかるくらい、大切に扱われていた事に初めて気付かされた。ここで暴れたらヴェルセリアに迷惑がかかる。
「ザークさん、ヴェルセリアさんを追ってください。ここは私達で治めますから」
テオドールが冷静な声でザークを諭す。
「……わかった」
納得はしていないが店を出る。
「あれ? 行っちゃうの?」
前髪をかき上げ、ザークの背を見るイグニス。ザークが出ていくのを見送った2人は、イグニスに向き合った。
「大変失礼しましたわ……その、イグニスさん、特別探索について食事でもしながら教えていただきたいですわ」
***
「ヴェルの奴、宿の方に向かってないな」
匂いを辿って追いかけていたが、取った宿の方向とは真逆に流れていた。石畳をチャッチャッと鳴らし、匂いを嗅ぎながらザークは街を小走りで進んでいく。
すると匂いを辿った先にある、店の前にあるテラス席に人だかりができていた。
「なんだ……あれ」
その人だかりの中心にヴェルセリアが座っていた。
「え、ヴェ、ヴェル?」
「そっちから誘ってきたのに、もう潰れちゃうの? だらしないわねぇ……」
足を組み、頬杖をつきながらグラスをプラプラさせている。テーブルには突っ伏している男が2人と、空になったワインの瓶が何本か転がっていた。
「ヴェル……何やってんだ……?」
「ん〜? 貴方、どうしてここに? エレノア達とご飯食べていたんじゃないの?」
「いや、その、ヴェルが出て行ったから……その、心配で……」
「え? 私を心配してくれたの!? ……優しいわね」
いつもとは違う、頬を少し染め酒に浮かされた笑顔を向ける。酒を呑んでいたせいか、いつもより感情の起伏が激しい声色になる。
「お迎えも来たことだし、私帰るわ。ご馳走さま」
椅子から立ち上がると、ヴェルセリアを取り囲んでいた人だかりから声がかかる。
「ねーちゃんいい呑みっぷりだったぞー!」
「また呑みにこいよな!」
その声にひらひらと手を振って応える。
「さ、帰りましょう」
ザークの背中に片手を乗せ、撫でながら歩き出す。足取りは普通なので、酔っ払いとまではいっていないようだ。
「……ったく、何やってんだよ」
「何って、あのまま宿に戻るのも癪だからどこかで呑もうかと思って。そうしたら誘われたのよ。奢ってくれるって言ってたし。安心しなさい、私お酒は強いのよ」
ゆっくりとした足取りで歩く1人と1匹。周りの飲食店から笑い声が聞こえてくる。
「あー……エレノア達ともっとゆっくりご飯を食べたかったわ……また誘いましょう」
「そうだな」
「……心配してくれてありがとう……」
「……あぁ……」
1人と1匹でゆったりと街を歩き、宿に着く。
ここの宿は『マリヌス』出発前にミラが紹介してくれた、魔獣と同室可の専用の宿だ。なので、入口で魔獣の足を綺麗にする専用の足洗い場があり、とても綺麗な宿なのだ。
「そうそう、しっかり綺麗にしましょうね」
まるで子どもに言い聞かせるように、ザークの足を丁寧に洗うヴェルセリア。肉球の部分を合法的に触れるので、楽しみながらザークの足を洗う。
部屋に戻るとヴェルセリアは靴を脱ぎ捨てベッドへと転がるのだった。
「ザーク! こっちにいらっしゃい!」
ベッドを掌でぽんぽんと叩き、来るように促す。
この宿のベッドは魔獣と一緒に寝れるよう、大きなものも用意されている。
「ヴェル……やっぱり酔っぱらってるだろ……」
舌舐めずりをしながら困った顔をするザーク。ウザ絡みをする酔っ払いのようで嫌そうだ。
「酔ってないわよ。せっかく広いベッドなんだから……黙ってモフらせなさいよ」
ごろりと仰向けから横向きになり、ザークをじっと見つめる。お酒のせいか、目が潤みいつもより艶っぽく見える。
「……っ!」
ヴェルセリアに対して感情的に何も抱いていない時ならば何も考えずにいられただろうが、今となってはそれは無理だった。それでも、この人たらしのヴェルセリアに一番近い場所にいられる特権を持っているのは自分だけだとわかっているので、そっと近くに寄り添う。
「……仕方ねぇな、来たぞ、酔っ払い」
「ふふ……いい子ね」
優しくザークを撫でたあと、無遠慮に豊かな毛に顔を埋めモフモフし始める。その姿を見ていたザークは、気になっていた事をヴェルセリアに聞いた。
「……ヴェル、昼間の事だが……」
「なぁに?」
「ヴェルはハイエルフだったのか」
「……隠しているつもりはなかったけど……そうよ」
今までレッド・ドラゴン討伐に、アルカイアの探索でヴェルセリアの実力を見て来た。ザークに付いて来れる以前に、サポートをしていた事を思えば普通のエルフではないとどこかで思っていた。
「なぁに? 私が強いからビックリしたの?」
「いや……そんなんじゃねーけど……納得はした」
「普通のエルフでもハイエルフでも、私は私よ。関係ないわ」
そう言われ、ハイエルフと分かった所で何か変わるかと言われれば何も変わらない。
「それもそうだな……」
「それよりも……」
そのままヴェルセリアはザークの毛をモフりながらブツブツと話し始めた。
「……あの男、どこからかわからないけどずっと付けて来てたわね……私達だってわかって声をかけたのよ……」
「あの男? ランクSの? ……」
思い出しただけで腹が立つザーク。
「あれだけ色んな店を歩いていたから……お店に入った時に確信したわ」
ギュッとザークを抱きしめ、恨み言のように呟く。
「……なんで今日初めて会う男共はどれもこれも面倒で関わりたくないような人ばかりなの……お酒奢ってくれた人の方がマシだったわ……」
行きずりの男より、ギルド支部長やランクSの方が質が悪い。何より、その面倒で関わりたくない人ほど、今後も関わってくる。頭を抱えるくらい嫌だと思っていた時、ザークが前脚でヴェルセリアの頭を撫でる。
「俺が、ヴェルを守るから……安心してくれ」
少し照れたような、たどたどしさのある声色でザークが言った。昼間のルネに言われた事を思い出していた。強いヴェルセリアにはか弱いイメージは全くないが、女性として見た時確かに守らなくてはいけないなと思った。
そんな事を言われるとは思っていなかったヴェルセリアは、思わず笑みがこぼれる。
「ふふ……頼もしいわね」
先程まで不機嫌で険しい顔をしていたが、やっといつもの笑顔に戻ったヴェルセリアを見てザークも安心するのだった。
ただ、あのイグニスと言う男は油断ならない。一見人当たりの良さそうな青年に見えるが、隙の無さとあの眼光。何よりもザークはヴェルセリアに対する態度が気にくわなかった。
(ヴェルの手を握った上に猫みたいだって!? ふざけやがって)
ヴェルセリア自身も関わりたくないと言っているので、ザークは徹底的にイグニスから守ると誓うのであった。
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