『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
『リヴェリア』市街地から少し離れた山間にある廃村――依頼にあった場所だ。
「さすがに2人を乗せるのは重いな……」
いつもの癖で、ザークはエレノアとテオドールを背に乗せて移動してきた。普段はヴェルセリアだけなので何も考えずに走れたが、今日は2人しかも1人は大柄な男性だったので重かった。
「申し訳ございません……」
戦う前から疲れさせてしまったので、テオドールが心底申し訳なさそうに謝る。
「いや、今回はお前に活躍してもらうつもりだから構わねぇよ。俺は後ろから見てるからな」
「え! ザークさんも一緒に戦ってくださるんじゃないのですか!?」
「言っただろ? お前らの実力が知りたい。これから始まる探索で同じパーティ組むなら、その前にこの目で確かめておきたい。まぁ、ヤバかったら手伝ってやるから安心しろ」
「……何が起きるかわからない未踏域での探索、背中を預けるなら実力がわからないと不安ですよね。わかりました」
そう言うと、テオドールは依頼にあったゴブリンが住処にしている廃墟を探すために先頭を歩く。
「ゴブリンは通常夜間に活動をする事が多いです。なので、昼間の今のうちに叩いてしまいましょう」
先程までとは違い、獲物を狩る目つきに変わった。その様子を見ていたザークは肌がヒリつく感覚がする。
(やはりこの男、只者ではない)
廃村内を警戒しながら歩く。ゴブリンは夜間活動をするので、昼間の廃村内は人影もなにもない。
「陽の光に弱いゴブリンなので、建物の床下の地面を掘っている可能性があります。一見なにも無いように見えて潜んでいる可能性がありますので、気を付けてください」
「……あれだな」
ザークの鼻が奥にある廃教会から異臭が漂ってくるのを察する。ゴブリンは不衛生な環境を好む傾向にあり、奴らの住処は独特の悪臭を放っていた。しかし外からはゴブリンがいる様子は窺えない。
「昼間だからあまり活動はしていないのかもしれませんわ」
「そうですね、ですが油断はできません」
廃教会の近くにある別の建物の陰から様子を窺う。
賢いゴブリンは罠を張っていることもある。ただ、ここは森ではなく廃村。教会は開けた場所に立っているため、外に罠を設置しているようには見えない。
「ギルドの方に確認しましたが、建物は既に廃墟になっているので多少は破壊しても良いとの事です」
「……そうですの、それならあまりやりたくないですが火を放ちましょうか……」
ゴブリンは昼間、陽の光を好まないため今も建物の奥に潜んでいる。だからと言って無策で建物に飛び込んでは返り討ちに遭いかねない。それなら炙り出す他ない。
テオドールはザークに向き直る。
「ザークさん、取りこぼすつもりはありませんが……もしお嬢の方にゴブリンが行った時はお願いします」
一番にエレノアの心配をするテオドール。
「……わかった」
「それでは仕掛けましょうか。先ずはお嬢が炎を投げ入れ、出てきたゴブリンを叩きましょう。依頼には5〜8体とありましたが、もっといるかもしれませんので油断をしないように。お嬢は私のフォローをお願いします」
淡々と慣れたように指示を出すテオドール。その目は廃教会を捉え、獲物を逃さぬよう眼光鋭く睨みつける。そして、テオドールは強化魔術の詠唱を紡ぐ。
「束縛されし肉身よ、
詠唱が紡がれ始めると、テオドールの身体を淡い光が包み強化魔術が付与された。それを確かめるように、掌を何度か開閉する。
「お嬢、剣に魔術をお願いします。炎で」
「わかりましたわ!」
テオドールが剣を鞘から抜き、切っ先をエレノアの足元に下ろす。エレノアは剣の前に
「万象を
剣が輝き、魔術が宿る。炎の魔術を宿した刃は触れたものを焼き切る程の熱を持つ。
「……お嬢、始めましょう!」
「行きますわよ!!」
2人の声を合図に、ゴブリン討伐が始まった。
エレノアはワンドを前に出し構える。ジッと廃教会を見つめ、短い詠唱を紡ぐ。
「わが身に流れる魔力と魂、その力、顕現せよ!」
火球がエレノアの構えるワンドの前に現れる。激しい熱の唸りを上げて膨れ上がり、顔よりも二回り程大きくなったところで廃教会の入口めがけて放たれる。
暗い建物の中が炎に照らされ明るくなったと思った時、中にある物に燃え移ったようで炎が大きくなる。それと同時に建物の中から悲鳴のような声が聞こえてきた。
「キィィィッ!!」
「! 行きます……っ!」
テオドールが廃教会の入口に向かって走る。ゴブリン2体が廃教会から出てきたところで、テオドールの剣が襲う。常人には剣の軌道が見えぬほどの速さで、ゴブリンは何が起きたのかもわからぬまま絶命する。遅れて剣の軌道を沿うように、炎が細い線のように空中に現れた。
「! 速いっ!」
ザークがテオドールの動きを見て驚く。その剣捌きは無駄が一切なく、斬りに行くのではなく相手の動きを読み切った軌道を描いていた。
動きの先読み――相手の視線、筋肉の動きから手足の動きを先読みする、熟練された剣技を持つ者ができる技だ。
そうこうしている間に建物内は火の手が回り、パニックを起こしたゴブリンが出てきた。それを見越していたエレノアは、詠唱を紡いでいた。
「大気を翔ける精霊よ、我が意志の刃と成れ。千の断裂を以て虚空を刻み、形なき銀閃よ、
テオドールもエレノアの風魔術が来るのがわかっていたように、素早く移動する。テオドールに向かってゴブリンが走ってきたが、エレノアの放った風の刃の餌食になった。一度に2体を倒し、これで4体。依頼情報ではあと1〜4体がいるはずだ。
しかし――
「出てきませんわね」
最初のゴブリンが出てきてから30分程が経った。廃教会は
「マズイな……この鼻が曲がりそうな臭いのせいで生き残りのゴブリンがいてもわからねぇぞ……」
ザークが周りを見渡す。陽光を嫌い通常なら洞窟や森に潜んでいるゴブリンが、人は居ないとはいえ拓けた廃村に住み着いている。奴らは賢い、人族に襲われる事も想定しているはずだ。抜け穴くらい作っていても不思議ではない。
「テオ、もしかしたらこの依頼は単純なものではないのかもしれませんわ」
エレノアが警戒をする。いつでも攻撃ができるよう、手にはワンドではなく鞭が握られていた。
2人と1匹で背中合わせになり、周りを見渡す。
「建物同士、穴で繋がっている可能性があります。建物に警戒してください」
もし建物同士が地下で繋がっているなら、どこから飛び出してきてもおかしくない。周りには
いつもならヴェルセリアが魔力感知で見えない魔獣や魔物を探すのだが、今はいない。ザークの鼻も今は役に立たず、ゴブリンの方に動きがないとわからないのだ。
テオドールが剣を構えたまま静かに目を閉じる。
「ふー……」
深呼吸をし、集中する。周りの音が聞こえなくなる。聞こえてくる音は自分の心音だけ。その時、背後の建物から小さな気配がいくつか感じた。まだ建物から出てくる気配はないが、何か企んでいる動きをしている。
「お嬢、私の後ろの建物にゴブリンが複数います。お嬢から見て正面です。また炙り出しましょう」
「わかりましたわ……ッ!」
エレノアは鞭をワンドに持ち替え、短く詠唱を紡ぐ。
「わが身に流れる魔力と魂、その力、顕現せよ!」
建物の割れた窓に火球を放つと、先程より小さなゴブリンが5体飛び出してきた。
「キィィッ!」
「! 小せえ! これは……」
「マズいですね、この小さな個体は……繁殖しています!」
テオドールが冷静に分析をする。
ゴブリンの恐ろしいと言われるのは、繁殖力と成長が速いところだ。一度コミュニティができてしまうとあっという間に大所帯になる。コミュニティとして形成されると、強い個体が現れ統制を始める。
テオドールが飛び出してきたゴブリンの動きを先読みし、静かに斬っていく。ゴブリンも小さいながら、連携を組んだ動きをしてくる。1体がテオドールに斬られている間に、足元を狙い飛び掛かってくる。
「!」
「させませんわ!」
エレノアはワンドから鞭へ持ち替え、鞭を振り回しテオドールに向かっていたゴブリンを叩き落とした。小さな悲鳴を上げ、ゴブリンはボールのように跳ね地面に突っ伏したところでテオドールがとどめを刺す。一連の動きが流れるような動作で繰り広げられる。
「ホブゴブリンが出てくるかもしれません! 気をつけてください……っ!」
飛び出してきたゴブリンを全て斬り捨て、振り向きざまエレノアとザークに注意喚起をする。だが、振り向いた先の廃墟から壁を突き破り、今まで出てきたゴブリンより一回りも二回りも大きな個体がこちらに向かって来ているのが見えた。
「オオォォォッ! オデノナカマ! ヨクモ! オマエ、コロス!」
「あの巨体があんな小さな家から……っ! どう考えても建物の地下が繋がってんだろ!」
「やはり……っ! ……ザークさん! お嬢をお願いします!」
エレノアとザークの横を俊敏な動きでテオドールが走り抜けていく。テオドールは大きな個体、ホブゴブリンと見られる者へ向かった。
ホブゴブリンとは、通常のゴブリンより大きく、人語を話せる程の知能があり、リーダーになり得る個体の事だ。
「テオ!」
「おい! アイツの方ばかり気にしてる場合じゃねぇぞ!」
周りの廃墟から小さなゴブリンがゾロゾロと出てきた。ここは既にコミュニティが形成され、個体数を増やしていたのだ。その数15体。
「数は多いが……敵ではねぇな、アオオォォォォォーン!」
ザークが遠吠えをすると、氷の刃が数多く出現する。
エレノアは鞭を輪っか状に持ち変える。鞭は叩くだけでなく、鈍器として近接戦にも使える。
向かってくるゴブリンにザークの氷の刃が向かっていく。対象が小さいため、全てのゴブリンに当てるのが難しい。
「チッ! ちょこまかとッ!」
取りこぼしたゴブリンをザークは爪で
「ひ……っ! 来ないでっ、下さいましっ!」
エレノアは鞭を素早く振る。エレノアのしなやかな身体の動きに鞭の勢いが増し、軽いゴブリンが吹き飛ぶ。打撃ではあるが、鞭の痛みは装備を持たないゴブリンには堪える。痛みで悶絶しているところに、ザークが爪で引き裂き絶命させる。
「大丈夫か?」
ザークがエレノアの近くに寄り添い、無事を確認する。エレノアは涙目で頷く。
「ゴブリンみたいにっ! 『ヒト型』のっ! 魔獣はっ! 感情的にっ! 戦いにくくて……苦手ですのーッ!!」
依頼を受ける時にエレノアが嫌な顔をしたのは、そう言う事であった。
苦手と言いつつ鞭を大きく振り、自分の周囲に近づけないようにする。鞭を長く使いゴブリンの足に引っ掛け引き倒す、そして倒れたゴブリンをザークがとどめを刺す。事前に打ち合わせはしていないが、先程テオドールがやっていた事を見ていたので連携の取れた攻撃ができた。
「ンな事言ったって……冒険者やってたら『ヒト型』と戦う事もあるから仕方ねぇだろ……」
体を回転させながら後ろにいるゴブリンにも視線を向けず、鞭のリーチを活かしながら顔面を打つ。悲鳴を上げながら悶絶して倒れたところで、再びザークがとどめを刺す。
「わかってはいますわッ! でも……苦手なものはッ! 苦手ですわーッ!!」
隙間を縫うように近付いてきたゴブリンがエレノアの懐に入る――
「危ねぇ!」
「!」
鞭を短く巻き取り、殴るように腕を振り回す。
「ハァッ!!」
鈍器のようになった鞭は強力だ。弧を描くようにゴブリンが吹き飛び、そしてわかっていたようにザークがとどめを刺す。
「……やるじゃねぇか」
思わぬところでエレノアとザークの共闘が実現した。その甲斐あって小さなゴブリンはこれで全て倒し、あとはテオドールの大型ゴブリンだけだ。
「はぁッ!!」
テオドールはホブゴブリンに斬りかかる。その個体の大きさはテオドールより少し大きい190
「この大きさの個体……放っておいたら脅威になる……っ!」
今回の依頼は脅威になる前にゴブリンの群れを潰すことだったが、少し遅かったようだ。ホブゴブリンがゴブリン・リーダーへなってしまったら、個人で倒すのは難しくなる。
テオドールの剣がホブゴブリンの膝、足の甲の急所をめがけて切り裂く。
「グガァァッ! イダイ!」
切った箇所から炎も上がり、痛みに悶絶しながら地面に膝をつく。そのまま頸動脈のある首を狙い、剣を薙ぐ――が、ホブゴブリンが腕で剣を止める。
「っ!」
「オマエ、キライ! コロス! コロスッ!!」
テオドールは大きく後ろに跳びのきざま、別の強化魔術の詠唱をする。
「大気を巡る迅雷よ、我が四肢に宿りて時を追い越せ。肉の檻を脱ぎ捨て、刹那を駆ける閃光と成れ。思考の先を行く拍動を
詠唱が紡がれるとテオドールの身体を光が包み込む。先程かけた強化魔術は全体の
飛び退き地面に着地すると同時に、電光石火の如くホブゴブリンへと駆け出すテオドール。地面を蹴り出す時、一瞬パチリと稲光のようなものが発生する。
低い体勢でホブゴブリンへ近づき、剣の切っ先を下から上へと薙ぐ。テオドールはホブゴブリンの左わき腹から右肩にかけて大きく斬り込んだ。
「グアァァ! イダイ! イダイ!」
暴れるホブゴブリンはテオドールに向かって拳を振り回すが、そんな稚拙な攻撃は通じない。だが追い込まれたホブゴブリンのなりふり構わない攻撃は動きが読みづらい。
「くッ!」
「テオ! その大きなゴブリンの動きを止めますわ!」
エレノアはワンドを抜き詠唱を紡ぐ。
「静まれる岩よ、我が意志を芯に鋭き棘へと変ぜよ。地の底より溢れ出す無慈悲なる一突き。
足元が脈打ち地面が棘状に変質し、ホブゴブリンの動きを制限する。
「……お嬢、ありがとうございます!」
「グアァ!! コレ、ジャマ! ジャマ!」
棘状に変質した地面を、拳を振り回し破壊するホブゴブリン。長くは保たない。
「終わりにしましょう」
再び剣を構え、ホブゴブリンへ駆けるテオドールは素早い動きで一閃を放つ――
棘諸共ホブゴブリンの首が飛び、重々しい地響きを立てて、その巨体が地面に崩れ落ちた。テオドールは剣を振り、ホブゴブリンの体液を払う。
「へぇ……やるじゃねぇか、……テオドール」
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