『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
陽も傾き始めた夕方、冒険者ギルド『
「なぁ、いい時間だし一緒に食事にでも行こうぜ?」
所謂ナンパである。それに対しヴェルセリアは不機嫌に腕を組み、盛大なため息を吐く。
「だから、私は犬を待ってるのよ。貴方達とは行かないって言っているでしょう?」
特に今日はあからさまな
「ここ最近あの子が隣にいたせいか、この手のナンパは減っていたから油断していたわ……」
ザークがいるようになってから、何故か声を掛けてくる男はほぼいなくなった。
少し離れた所から、石畳をチャッチャッと駆けてくる音が聞こえてくる。
「ヴェル!」
ザークがヴェルセリアに駆け寄り、それと同時に唸り声を上げる。
「散れ! ヴェルに近付くな!」
「うわ! なんだこの……デカイ狼!? 喋ったぞ!」
ヴェルセリアを囲んでいた男たちが蜘蛛の子を散らすように去っていく。最後の1人がいなくなるまでザークは唸っていた。
「おかえりなさい、お疲れ様」
唸るザークを後ろから頭を撫で、ヴェルセリアは声をかける。撫でまわしていると、エレノアとテオドールも追いつく。ヴェルセリアの姿が見えてからザークだけで走って来たようだ。
「ヴェル姉様、ただいま戻りましたわ」
「ヴェルセリアさん、ザークさんをお借りしました」
2人とも少し疲れた様子だが、それと同時に達成感を感じさせる表情だった。
「お疲れ様、何をやってきたの?」
それに答えたのはザークだった。
「ゴブリン退治だ。テオドール達の実力を見させてもらったぞ」
鼻息を荒くしてザークは2人を見る。名前で呼んでいるあたり、ザークは認めたようだ。
「ゴブリン退治、内容的には大した事なさそうだけど……何かあったわね?」
2人と1匹の様子からヴェルセリアは察する。
「鋭いですわ、ヴェル姉様。依頼内容は廃村に住み着いたゴブリン小隊の掃討となっていましたけど……既にコミュニティは拡大して、ホブゴブリンまでいましたわ」
最終的に討伐したゴブリンの数は25体。その内1体はホブゴブリンだったので、当初の依頼内容とかなり隔たりがある。
「ホブゴブリン……それは大変だったわね。それじゃ、ギルドに報告して追加報酬もらわないと、ね」
依頼内容に相違があった場合、報告書を上げて追加報酬を得る事ができる。依頼をされた時期と受けた時期で内容が変わる場合があるため、報告書はとても大事なのだ。
「それでは、私は報告に行ってきます」
そう告げると、テオドールはギルドの建物に入っていった。その後ろ姿を見送り、ヴェルセリアはザークの首元に抱き着き、すんすんと匂いを嗅ぐ。
「……少し臭うわね……」
悪臭漂うゴブリンの住処をうろついていた上に、戦っていたので当然である。
「このままご飯を食べに行こうと思ったけれど、先にお風呂に入った方が良さそうね」
「あ゛ぁ!? 風呂だと!?」
不満を爆発させるくらいの声量で文句を言うザーク。
「エレノア達も同じでしょう? 汗もかいただろうし、3時間後にここで待ち合わせしましょう」
「ヴェル姉様、ありがとうございます……正直お風呂に入りたくて堪らなかったですわ……」
ぐったりした表情で、エレノアが話す。余程耐え難い臭いだったのだろう。
「テオドールにもそう伝えて。私はザークを洗ってくるわ」
そう言い残し、半ば無理やりザークを連れて宿に戻っていくヴェルセリア。引きずられながら、ザークは恨めしそうな声を上げるのであった。
「めしぃぃ……」
***
「……で? どうだったの? 貴方がすぐに2人を名前で呼ぶなんて、そんなにすごかったの?」
宿の風呂場でザークを洗いながら聞く。ヴェルセリアは長い髪を1つにまとめノースリーブのチュニックを着て、ザークを洗っていた。ザークを洗う時はいつもこの格好になっている。
「あぁ、正直驚いた。戦い慣れているし、2人の連携もうまい。エレノアは魔術だけじゃなく接近戦もできる。テオドールの剣は……凄かった。……あれは敵に回したくねぇ」
「ふぅん……私のことなかなか名前で呼んでくれなかったのに、テオドールとエレノアは随分気に入ったのね」
ヤキモチを焼くように頬を膨らませるヴェルセリア。
「いや……それは……」
なかなかヴェルセリアの名前を呼ばなかったのは、屈従契約に反発していた事と懐柔されるのに抗っていたからだ。
「……だが、テオドールはあんなに強いのに、なんでエレノアの
話を逸らすように2人の話題に戻すザーク。
「確かに気になるわね……後で聞いてみましょう。2人の事、もっと知りたいわ」
そう言いながら念入りにザークを洗っていく。
「で? ヴェルの方はどうだったんだ? 書庫に行ってきたんだろ?」
「どうって聞かれても……気になる事はあるけど、まだ調べ始めたばかりだからなんとも……」
『禁書』に関する事を調べているが、文献が少なく、時間がかかりそうだ。
泡で包まれたザークにお湯をかけて流すと、普段ふわふわで大きく見える身体が今は瘦せて見える。だが、よく見ると筋肉が引き締まり力強さがわかる。
封印の書から出てきた時は瘦せ細り今にも死んでしまいそうだったが、今はもう見る影もない。そう思っていると、ぶるぶると身体を震わせ水を払うザーク。
「ッん! もう! 私がいない所でやりなさいよ!」
ヴェルセリアはびしょびしょになり、文句を言う。
「ん? どうせヴェルも風呂に入るんだろ? 同じじゃねーか」
悪びれる素振りすら見せないザーク。
「そうだけど……びしょびしょになったチュニックが身体に貼り付いて脱ぎにくいのよ……」
そう言いながらチュニックを脱ぐヴェルセリア。もちろんその下は一糸まとわぬ姿だ。
「!」
ドタドタと、風呂場を後にするザーク。慌てるあまり、床に足を滑らせ転びながら出て行った。
「……獣なのに随分と紳士なのよね、あの子は」
いつもザークを洗った後にヴェルセリアは風呂に入るのだが、裸になる前にザークは風呂場を出ていく。
「……ったく、俺を普通の獣だと思って目の前で脱ぎやがって……」
獣だから人族に欲情はしない、だが好意を抱いている人物なら話は別だ。心臓が早鐘のように鳴っている。ふるふると頭を振り、邪念を払う。
「あんな無防備なヴェルは守らねぇと……」
普段のヴェルセリアは無防備と言えば聞こえはいいが、言い換えればだらしがない。宿屋の部屋に入った瞬間、目の前にいるのがザークだけとわかると靴や服を脱ぎ捨て、肌着でうろつく事が多い。とても人に見せられる姿ではないのだ。
気を許している相手にのみ見せる姿だとは思うが、目のやり場にいつも困っているザーク。
そして先程ギルド前で男共がヴェルセリアに声をかけていたのを思い出す。一緒に生活をし始めた頃は近付く男がいたら、何をされるかわからなかったので警戒をして唸り声を上げ追い払っていた。後からあれはヴェルセリアに対するナンパだと気付いた。
「今まで
建前上、ヴェルセリアを『主人』として守る事にしているが、普通に考えて男が近付いてくるのが面白く無い。昨日のイグニスの事もそうだ。
「……特にあの野郎は近付けさせねぇ……」
思い出しただけで怒りが込み上げてくるザークであった。
***
「お待たせ……あら、エレノア、とても可愛いわ」
待ち合わせたギルド前には風呂を済ませ、普段着ている
「ヴェル姉様! ……褒めても何も出ませんわよ?」
そう言いつつ、くるっと1回転してポーズを決めるエレノア。元々商家のお嬢様なので、ワンピースをよく着こなしている。隣にはラフな格好になったテオドールがいた。服の上からでも筋骨隆々なのがわかる。
「エレノアは可愛い格好がよく似合うわ」
そっとエレノアの頬を両手で包み込むヴェルセリア。流れるような動きでされたので、エレノアは一瞬の間を置き頬を赤らめる。
「……! ヴェ、ヴェル姉様!
無意識でやっていた事だが、一連の動きは普段ザークにやっている事だ。
「あら……? ごめんなさい。あまりに可愛かったからつい……」
にこにこと笑顔でヴェルセリアはそのままエレノアに抱きつく。そこまでの2人のやりとりを見てザークは思った。
「(普段から俺を可愛いって言ってるが、あれはマジだったのか?)」
「どうかされましたか?」
ブツブツと独り言を言っているザークをテオドールが気にかける。
「な、なんでもねぇよ」
「さ、ご飯を食べに行きましょう。昨日は食べ損ねた物が多かったから、今日は食べるわよ」
ザークがいるため、また昨日と同じ酒場『
美男美女に狼と、夜の街を歩く一行はとても目立った。すれ違う人が振り返る。エレノアとヴェルセリアの両脇にはテオドールとザークがいるので、声をかける勇気がある者はいない。
『
「――で、
ブルーハイポーション・ソーダを飲みながら、今日の討伐についてエレノアはザークに問う。
「……まぁまぁだな」
「なによ、さっきまで2人の事絶賛してたのに。素直じゃないわね」
「ヴェ、ヴェルッ!」
「え……! 絶賛ですの!?」
観念したザークは正直な気持ちを伝える。
「……あぁ、2人とも強くて驚いた。特にテオドール、お前そんなに強いのになぜ個人の
話を急に振られたテオドールは食事の手を止める。強さについて答えたのはエレノアだった。
「テオは強くて当然ですわ! テオは『アクアス』の士官学校を主席で卒業した実力者ですもの!」
「『アクアス』……士官学校……?」
中央大陸『ラクリア』について疎いヴェルセリアとザークは、いまいちピンと来ていない顔をする。
「えーっとですね……」
士官学校とは、聖騎士団に入団するための技術を学ぶ学校である。剣技や魔術だけではなく、騎士としての所作など18歳以上の者が4年間、全寮制で互いを高め合い学ぶ場だ。中央大陸『ラクリア』の北西部にある王都『アクアス』には聖騎士団があり、士官学校卒業後は聖騎士団に配属される。
「それなら、テオドールは聖騎士団にいたの?」
「いえ、私の家、ヘイズ家の長男は代々スターリング家に仕える習わしでして、士官学校を卒業するのが条件でした」
スターリング家は長く続く商家、要は用心棒としてヘイズ家と繋がっていたのだ。
「長男だけではなくヘイズを名乗る子は皆、士官学校に入学し長男以外は卒業後聖騎士団に所属しています」
実際テオドールの叔父や大叔父は聖騎士団に今も所属する者がいる。
「それじゃ、テオドールは長男なのね」
「……いえ、私は次男で3つ上の兄がいます。その辺りは少し複雑な話になるので……」
テオドールは話が長くなると暗に言っているが、ヴェルセリアはにっこりと笑い、興味津々に瞳を輝かせテオドールを見てきた。
「その話、とても聞きたいわ。そのまま続けてほしいわ」
ヴェルセリアがここまで興味を示すのは珍しい事である。
「しかし面白い話では……」
「テオ、ヴェル姉様が興味を示していますわ。お話して差し上げましょう」
エレノアがテオドールに促す。ヴェルセリア達と付き合いが深くなってきたので、ここで話すのがタイミングとしては良いとエレノアは思っていた。エレノアと目を合わせたテオドールは、小さくため息を吐き観念したように話し始める。
「……では、少々長い話になりますが――」
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