『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「チックショウ……」
暗闇の中、1匹の狼が悪態をついていた。ここは本の中、
いきなり
『グルゥゥゥ……いい加減諦めろよ……』
ギラリと牙と爪が怪しく光り、目の前にいる
カッ……シャン……ッ!
涼やかな鈴の音が響き、魔術の詠唱を紡ぐ。
『天上の天秤を揺らす激越なる光よ、我が意志を媒介に地へと降り注げ。天を
狼めがけて雷の雨が降り注ぐ。だが、狼は雷が落ちて来るのがわかっているのか、その全てを軽やかに避けていく。
『この程度か? 人間は大した事ねぇな』
『ぐ……ッ! この獣め! ……こうなったら……』
懐から取り出されたのは革でできた表紙の本。
『禁忌の書よ開け、我が標的の真名を
『なんだ……それ……ッ!?』
『力が弱るまで……ここに閉じ込めてやる!』
本のページがパラパラとめくれ、目の前の狼が吸い込まれていく――
そして現在に至る。あれからすでに80年、ゆっくりと魔力を奪われ続けた狼はかなり弱っていた。
「弱るまで閉じ込めるとか言ったくせに……一向に出さねぇじゃねぇか……俺はもう動けねぇぞ……」
何もない虚無の空間に長い間閉じ込められ、心身共に限界が来そうだ。
その時だった。
「……やらを読ませてもらいましょうか」
(声? 声が聞こえる?)
久しぶりに聞こえる音は、女性の声だった。そして目の前に眩い光が差し込んでくる――
***
「さて、早速『禁書』とやらを読ませてもらいましょうか」
革でできた表紙の本を手に取り、巻かれたブックバンドを外し開いた瞬間――
キィィイインッ
耳鳴りのような甲高い音と共に本から風が吹き荒れ、何かわからない大きな、そして温かみのある毛皮が出現した。
「……これは……ハズレね」
落胆とも言えぬ表情で、出現した毛皮を見下すヴェルセリア。何度も『禁書』のハズレを引いてきたので、既に慣れてしまっていた。ただ、何かが出てくるのは初めてのパターンだ。
出現したのは毛皮ではなく犬のような生き物。灰蒼のグラデーションのかかる豊かな毛で、大きさは普通の犬よりかなり大きいがとても痩せていた。
「大きな……犬?」
「く……っそ……あの、
起きあがろうとするが、力尽きたように横たわる。何やら
「え……? 喋る?」
ヴェルセリアはその犬のような生き物が人語を話した事に驚いた。その這いつくばる犬は、目の前にいるヴェルセリアを睨みつける。
「女の……エルフの……
お互い目が合う。
犬の今の状態は、生命維持ギリギリな魔力しか残っておらず、いわゆる死にかけだ。
「……おい。頼む、少しでいい。魔力を分けてくれ……。そうすれば……そうだな、お前の望みを……何でも叶えてやる」
掠れた声で懇願する犬。ヴェルセリアはそれを見つめ、脳裏には昔遊んでいた喋る犬を思い出していた。
『ワン! きょうもあそびに きてやったぞ!』
(あのワンちゃんはこんなに大きくなかったから……違うわよね)
毛色が似ていたので少し驚いてしまった。
(そんな事より、おとぎ話でよくある話が目の前に? そんな都合のいい話……じゃないわよね)
本当に魔力が無くて動けないのか確かめようと、ヴェルセリアは犬に近付き手を伸ばす。犬は睨みつけるが、抵抗する力すら残っていないようで頭に触れる事ができた。
「……本当に魔力が枯渇しているのね」
犬に触れると、魔力は微々たるものしか感じない。
「……頼む……」
魔力を分けろと言われたが、魔力は食べ物で摂取したり睡眠で回復するもの。一般的に
(今マナ・ドロップを与えてもいいけど、この犬が動けるようになったら何をするかわからないわ)
ヴェルセリアは少し困惑していた。望みを叶えると言っていたが、そんな話を信じるほどヴェルセリアは子どもではない。この犬をよく見ると、鋭い爪に鋭い牙が見える。襲われたらただでは済まない。それなら――
近くにあった椅子を引き寄せて座り、足を組んで左足を前に出す。
「……ん、うん! ……じゃあ、まずは私の靴を舐めなさい」
咳ばらいをし、虚勢を張るように少し大きな声で言う。
犬の思考が一瞬停止する。
「……は? 言っている意味がわからない(この女、頭がイカれているのか?)」
「(これじゃダメね……でも、強気でいかないとこっちがやられるわ)……だったら脚にキスをしなさい。魔力が欲しいのでしょう?」
腕を組み左手を頬に寄せ、挑発的な視線を投げかけ様子を伺う。犬は少し考えているようだ。
「(さっきからなんだこの女……言っている事がよくわからねぇが、気に入らねぇ……だが……背に腹はかえられねぇな)……チッ。ああ、わかったよ。それでいいならな」
靴を舐めるよりはマシと思い、犬は屈辱に震えながらも、ヴェルセリアの膝元に顔を寄せた。魔力を得て復活した瞬間、この傲慢そうな女をどう料理してやるか。そんな薄汚い算段を頭の中で巡らせながら、その肌に唇を触れさせようとした時だった。
「二つの魂重なり合い、命繋ぎし
ヴェルセリアは静かに詠唱をし、そのエメラルドの瞳が魔力を帯び輝く。
そして唇が触れた――その瞬間、犬の
「な……っ!? 体が、動かねぇ……!?」
「本当にやるなんて……今の行為は『魂の譲渡』を意味する契約の儀式……言わば
「な……っなんだって!?」
ヴェルセリアは無害になった犬の頭に触れる。長い間この魔術書の中にいたせいか、毛艶は悪くゴワゴワしている。
「言われるがままキスをするなんて……貴方、頭悪いのね。少しは疑いなさいよ」
「な……っ!」
「まぁ、やらなかったら貴方の事、永遠に動かないようにしてたから……私はどちらでもよかったのよ?」
「ッ! ……ぐ……ッ!」
犬は何か言いたげに動こうとするが、魔力不足なのか『屈従の紋章』の影響なのか動けない。
「私の名はヴェルセリア、貴方の主人の名前よ……その悪い頭で覚えておきなさい。で、貴方の名前は?」
「くそッ! ……ザーク、だ……」
観念したように、諦めたようにザークは名乗った。
ヴェルセリアは腰に着けたポーチから赤く輝く飴玉のような物を取り出した。
「喰んで飲みなさい」
「……」
「あら、疑う事を覚えたみたいね。でも、これは魔力を回復させるものよ」
そう言われ口に入れ飲むと、身体に魔力が流れてくる感覚が巡った。
だが――
「グエッ、何だこれ……まっず……いや? 魔力が回復してる気はするが……全然足りねぇ……」
耳を垂らし、床に伏せて文句を言った。
「あら……これ1つで足りないなんて、貴方只の犬って訳でもなさそうね」
先程ザークに与えた飴玉の様な物、魔力を凝縮させた赤のマナ・ドロップは常人なら余るほどの魔力回復が見込めるものだった。全然足りないと言う事は、この犬の魔力の器はかなり大きなものだと言うことになる。
「当たり前だ! 俺を誰だと思っている!」
唸り声を上げヴェルセリアを睨むが、睨まれた本人はキョトンとした表情をする。
「誰って私の……うーん……ペット? でしょう?」
そう答え、ザークの頭を撫でるのであった。
「あ゛ぁ!? ペット……だとぉ!?」
ヴェルセリアはニコニコしながらザークを撫でまわす。
(久しぶりにワンちゃんに触っちゃった……)
「(ダメだ、今この女になにを言っても無駄だ……)」
『禁書』と思われる物は今回もハズレだったが、喋る犬を手に入れたヴェルセリアの内心は、久しぶりに好奇心が揺れ動いていた。『禁書』探しをするにあたって、1人で旅をするのも飽きていたのだ。
「一体誰がこの子を封印してたのかしら」
『禁書』と思われたこの魔術書は封印の書だった。ご丁寧に封印した者の魔力を死ぬ寸前まで、時間をかけて吸い取るよう『言霊』が書き込まれていた。
「何の目的で? ……まぁ今は考えるのをやめましょう。さて、中身のなくなった封印の書はどうしようかしらね」
中身があってこそ封印の書には価値がある。空っぽになった封印の書が書庫にあったところで仕方がない。
暫く考えヴェルセリアは――
(もしこの子が言うことを聞かなかったら脅しに使えるかも?)
そのまま本を閉じ、マジックバッグへとしまった。
ヴェルセリアは両手でザークの顔を包む。ザークは唸り声を上げるが、気にせず燃える様な紅い瞳をじっと見つめる。瞳にヴェルセリアを捉え、荒々しい光が宿っていた。ヴェルセリアはニコリと笑い、顎下を撫でる。
「来なさい、貴方には私の手伝いをしてもらうわよ、返事は?」
「……ふん……」
動けるようになったザークは仕方なく、ヴェルセリアの後を緩慢な動きで付いていくのであった。
これは
これから先、1人と1匹は幾多の困難を乗り越え長い時間を共に過ごす事になるのをこの時はまだ知らない――
4話から15話まで毎日2話ずつ(7時・20時頃)更新になります。
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