『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「テオドール!!」
ヘイズ家に戻ると、母フローラが不安げな顔で駆け寄るのだった。
「母さん、そんなに慌ててどうし……」
「エレノアお嬢様が……っ! 誘拐されて……!」
突然の母からの思いもしない言葉に、テオドールは狼狽える。
「……ッ! お嬢様が、誘拐された……!?」
昨日エレノアは突如としていなくなったのだ。
守備隊の方ですでに捜索は始まっているが、1日経った現在まだ見つかっていない。そして既に身代金の要求がされていた。
「あぁ……エレノア、どこにいるんだ……」
取り乱したエレノアの父アリステアが応接室のソファで項垂れていた。応接室には守備隊の隊員数名が詰めかけ、情報を収集精査していた。
テオドールはスターリング家に到着すると、真っ先にアリステアの元に向かった。
「アリステア様! お嬢様は……」
声をかけた瞬間、アリステアは涙を流しながらテオドールに駆け寄る。
「テオドール……! エレノアを、エレノアを助けてくれ! きっと今頃恐怖に震えて泣いている! 1秒でも早く助け出してくれ!」
テオドールの両肩を掴み、アリステアは懇願する。ここまで取り乱したアリステアを見た事がなかったテオドールは困惑と同時に、エレノアを誘拐した人物に怒りが込み上げてきた。
「……わかりました、お嬢様がいなくなった当時の状況を教えてください」
冷静さを失わないよう努めるテオドール。今はエレノアの救助が最優先だ。
侍女や執事の話、守備隊が屋敷を調べた内容をまとめた。
裏庭の門へ続く道にエレノアの靴の足跡と、大人の男の足跡があった。裏門の外側には馬車の
既に守備隊の方では、近隣にある空き家など人目に付かない建物の捜索に入っているが今のところ発見に至っていない。
テオドールが気になるのは、あのエレノアがなぜ静かに連れ攫われたのか。彼女のお転婆ぶりはよく知っている。それに、ある程度魔術も使えるので抵抗しようと思えば人を殺しかねないほどするだろう。
それならば、強引に「連れ攫われた」のではなく、「連れて行かれた」のならどうだろうか。
「……顔見知り……それ以上の関係の者……?」
テオドールは昨日屋敷内にいた全員に話を聞く。ほとんどの者が各々仕事をしていて、エレノアと接触があったのは侍女と執事、そして父アリステア・スターリングの右腕として従事していたギルバートだけだった。
テオドールにとって、ギルバートはアリステアの傍にいて実質的な仕事を任されている人物との認識だった。父ベルナールの方がギルバートについては詳しそうだ。
ベルナールは応接室の前で待機していた。
「父さん、ギルバートさんについて知っていることはありますか?」
「ギルバート? 彼は長年アリステア様に従事されている方だ。あまり屋敷の方には顔を出さないが……昨日は商会の事でいらしていた」
普段スターリング家には来ないらしい。テオドールもあまり面識がなく、遠目に正面玄関で見かける程度だった。エレノアとの親密度はどうだったのだろうか、直接聞くしかない。そう思っていた時、ギルバートが戻ってきたので声をかける。
「ギルバートさん初めまして、テオドール・ヘイズと申します」
「あぁ、君がヘイズ家の……お嬢様のお相手をよくされていたと聞いてますよ。今は……士官学校生だったかな?」
40代くらいの整えられた金髪、物腰が柔らかく、商会で色んな相手と円滑にコミュニケーションをとっていると感じる。そしてテオドールの事を情報として知っていたギルバートの頭には包帯が巻かれていた。
「その頭のお怪我は……?」
「あぁ、昨日エレノアお嬢様と庭にいた時に、裏庭の方に珍しい鳥が飛ぶのが見えましてね。裏門の方にお嬢様と見に行こうと出た時に暴漢に襲われ……お嬢様が攫われてしまったのだよ……私が不甲斐ないばかりに……」
そう言うとギルバートは涙を流し目元をハンカチで押さえた。エレノアと最後にいたのがこのギルバートらしい。
「そうだったのですね……」
「門を開けていきなり襲われたので、何が何だかわからないまま倒れていた……そういう訳なのだよ。その時に、身代金の要求が書かれた手紙が私の傍らに落ちていたと言う事です」
応接室のローテーブルの上にはその手紙が置かれていた。
(……これは、上質な紙。とても営利誘拐を企てる者が使うような、平民が使うような紙ではない)
そして書かれた文字も、普段から文字を書きなれている人物が書いたように淀みなく端正な文字で書かれていた。
(何か、普通の誘拐と違うような気がする)
疑念を抱え、テオドールは応接室から裏門の方へ向かった。裏門の内側と外側に守備隊がそれぞれ1人ずつ立っていた。軽く挨拶を済ませ、足元を見せてもらう。
(聞いた通り子供の足跡と大人の足跡……だが、馬車の轍付近で暴れたような乱れたものはあまり見られない)
やはりこの誘拐事件は普通とは違うと確信する。恐らくはスターリング家に内通している人物が企てたもの。
そうなれば、潜伏先については守備隊で探し回っている空き家など、人目に付かない建物という思い込みを捨てなければならない。エレノアが大人しく付いていき、今も大きなアクションを起こさずにいられる場所。
「……別荘……」
完全に内部犯行の場合、別荘にいる可能性がある。スターリング家の別荘はここ『リヴェリア』ではなく北西にある王都『アクアス』の避暑地にある。ここから別荘まで馬車で飛ばしても5日の距離、そんな離れた場所へ誘拐と本人が認識していなくても子供を連れて行くだろうか。
「現実的にそれは難しい……ならば、『リヴェリア』市街にある宿屋は?」
今は犯人捜しよりもエレノアの安全確保が最優先。事件発覚からそろそろ丸1日が経とうとしている。市街にある宿屋を一軒ずつ回るほかない。
「お嬢様……!」
テオドールは『リヴェリア』市街へ走るのだった。
***
「これが庶民の泊まる宿屋ですの?」
「しー! お嬢様、声が大きいです!」
口元を押さえるエレノア、その姿はいつもの上質な生地でできたドレスではなく庶民が着るような粗雑な生地でできたワンピースだった。
遡る事丸一日、エレノアは裏門を出たところで先月辞めた元侍女のエリーゼにサプライズとして庶民ツアーに誘われたのだ。
「お嬢様、ぜひ庶民の生活を肌で感じてみませんか?」
そう言われ、馬車に乗せられたのだ。エリーゼに聞けば、侍女を辞めた今は『リヴェリア』で観光の仕事をしており、その企画の中に『貴族の令嬢向けの庶民ツアー』なるものをやっているというのだ。好奇心旺盛なエレノアはもちろん、
「面白そう! ぜひ参加しますわ!」
と、二つ返事で付いて行ってしまった。馬車の中で着替えをし、『リヴェリア』市街の宿屋へと向かった。宿の部屋には庶民の子どもの間で流行っているおもちゃ、お菓子などを用意され軟禁状態なのだが、エレノア本人はそれに全く気付いていなかった。
食事も部屋に運ばれ、これも『庶民の食事』と称してツアーの一部だと言われる。そのため、部屋から一歩も出ずに監視されていた。時折、部屋には誰が来るのだが、エリーゼが対応をし何かを話しているが聞き取れない。
エレノアは騙されていることに全く気付かず、一晩が経っていた。
朝になり、食事を摂りながらエレノアはエリーゼに質問をする。
「エリーゼ、このツアーは外へは行かないのですの?」
さすがに泊りで一度も外に出させてもらえない状況に、エレノアも疑問を抱く。
「お嬢様、申し訳ございません。次の場所へ移動となるのですが、まだ準備が整っておりませんのでもう少しお待ちくださいませ」
そう言われ、次があるならと思い大人しく待つことにするエレノア。窓の外を見て、街の様子を眺めていた。
エレノアを言いくるめたエリーゼは内心焦っていた。同じ宿屋に居れば怪しまれる、移動をしたいのだが連絡役からまだ指示が飛んでこないのだ。
「(早くしてよ……なにをやっているの?)」
計画としては、身代金を手に入れるまでは宿屋を転々とする予定だった。その宿屋も指示役からの連絡がないと移動ができない。
チェックアウトの時間ギリギリまで粘ったが、連絡が来なかった。エリーゼは腹を括り、エレノアを連れて宿屋を出る決意をする。
「お嬢様、次の場所へ移動しましょう。次は宿を取るところからの体験です!」
「宿を取る? 面白そうですわ!」
怪しまれないよう、ツアーが続いているように振る舞う。フロントに降り、チェックアウトをしようとした時だった。
「あ……! テオ!!」
エレノアがテオドールを見つける。
「……お嬢様ッ!!」
宿屋のエントランスに入ってきたテオドールが叫ぶ。テオドールは『リヴェリア』にある庶民向けの宿屋を一軒ずつ回っていたのだ。
その声に反応したエリーゼは、咄嗟にエレノアを後ろから抱きかかえる。
「? エリーゼ?」
突然の事にエレノアはエリーゼの顔を見上げる。その表情は焦りで顔面蒼白であった。
「お嬢様を、放してください……」
テオドールは肩で息をし、そして眼光鋭くエリーゼを睨みつける。
「……っ! 下がれ! それ以上近付くとこの子を傷つける!」
エリーゼは小さな果物ナイフを取り出し、エレノアに突きつける。何が起きたのかわかっていないエレノアは、エリーゼとテオドールを交互に見る。
「? 何が起きているのです? テオ?」
キョトンとしたエレノアに対し、テオドールは静かに――
「……お嬢様、絶対に動かないでください……」
そう言い放つと、低い体勢から床板を蹴り飛ばし全力で駆ける。
「……!」
あまりの速さについていけないエリーゼは、気付けばナイフを落とし意識は暗転し倒れていた。そしてテオドールはエレノアを引き寄せ、抱きしめる。
「お嬢様、ご無事ですか!?」
「ん~! 無事も何も、何が起きたのですの?」
強く抱きしめられているため、もがくが身動きがとれないエレノア。
「て、テオ! 痛いですわ!」
やりすぎたと思ったテオドールはエレノアを開放する。1年振りに会うエレノアは少し背が伸びていた。
「無事で、よかった……とにかく、帰りましょう……お嬢様」
大きく息を吐き、肩から力が抜けるテオドール。よくわからないが、自分のためにテオドールがこんなにグッタリするほど動いてくれていたと察したエレノアは、テオドールの肩を優しくぽんぽんと叩くのだった。
騒ぎを聞きつけた守備隊にエリーゼを任せ、家路につく。
後の守備隊の調べで、エリーゼは先月スターリング家で盗みを働き解雇になっていた。その恨みと金銭目的で犯行に及んだと供述したという。
守備隊は共犯者がいるとみて捜査をするが、エリーゼ自身共犯者の素顔と名前を知らずに行っていた。物的証拠はあるが、特定の人物へ決定的な結びつきが見られず、証拠不十分で捜査は打ち切りになった。
「テオ、もう会えないと思っていましたが戻ってきたのですね。士官学校はどうしたのですの?」
「今は長期休暇中ですので、戻ってまいりました」
「そうですの……テオ、何だか大きくなりました? 最後に会った時より逞しくなったみたいですわ」
「お嬢様も大きくなられましたね」
「育ち盛りですから! ……久しぶりに会えて、嬉しいですわ!」
今生の別れと思い、1年前に挨拶をしていた2人。エレノアは言葉以上に嬉しそうだった。
スターリング家に戻ったエレノアとテオドールは、アリステアに涙で迎えられた。
「あぁ……可愛いエレノア……無事でよかった……」
「お父様っ! 痛いですわ! 一体何が起きたのですの?」
強く抱きしめられているエレノアは、まさか自分が誘拐されていたとは思ってはおらず、屋敷に戻ってきたら守備隊が大勢出入りしていて物々しい雰囲気に圧倒されていた。
***
翌日、スターリング家の執務室に呼ばれたテオドールはアリステアに改めて礼を言われた。
「スターリング家当主アリステア・スターリングが……いや、形式的な言葉は抜きにしよう。テオドール、エレノアを救い出してくれて本当にありがとう……そんな言葉では足りないくらいだ」
「アリステア様、そんな……お嬢様が無事見つかり、私も嬉しく思います」
アリステアは何度も何度もテオドールの手を握りながら礼を言う。そしてアリステア、テオドール双方が気になっている事を話した。
「……レオナールの事だが……」
「兄が……っ! スターリング家を裏切る行為を……ッ! なんと申し上げれば良いか……言葉がありません」
テオドールは項垂れ、アリステアの顔を見ることができない。レオナールはもう説得しても戻ってはこない。
「その事だが……テオドール、折いって相談がある。士官学校卒業後、エレノアの
「それは……アリステア様のご命令とあれば……」
「いや、これは命令ではなく私からのお願いだ」
「お願い……?」
「テオドールは元々聖騎士団へ行くのは決まっていた事だ。もちろん、そのまま聖騎士団に行きたいのであれば……ただ、エレノアが信頼しているのはテオドール、お前だから……これはエレノアの父としての我儘だ。……テオドールが決めてくれ」
「……私に、選択肢がある……と」
今までヘイズ家には選択肢などなかった。だが、今目の前には主君たるアリステアから提示された選択肢がある。
「……」
大事な選択の時、テオドールの脳裏に真っ先に浮かんだのはエレノアの笑顔だった。そして、兄レオナールの事。
(もし、兄さんが同じ状況だったなら……きっと聖騎士団を選んだだろう)
国を護る事は他の人間でもできる。だが、エレノアを護れるのは自分だけだと十分理解していた。
テオドールは決意する――
「私は、お嬢様の『
***
「――と、長くなりましたがそのような形で
ヴェルセリアがうっとりした顔で拍手をする。その傍にはマナ・ベリー酒のボトルが3本ほど空になっていた。
「なんだか素敵なお話だったわぁ……お陰でお酒が進んだわ……店員さん、マナ・ベリー酒のボトル1本追加をお願いするわ」
「ヴェル姉様! 感動的なお話なのに、酒の肴にしないでいただきたいですわ!」
昨日の夜もワインを数本空けていたヴェルセリアだったが、良い話だったので酒が進んだようだ。
「それで宣言通り、シュセキ? でソツギョウ? ってやつができたのか?」
ザークが初めて聞く言葉を使って質問をする。
「はい、あの時は宣言した手前必死でしたから」
サラリと答えているが、その努力は並大抵のものではない。
「それで、テオドールは首席で卒業してみてどうだったの? お兄さんの気持ちはわかった?」
同じ首席卒業を果たしたテオドールだったが、レオナールが言っていた言葉を未だ飲み込めていなかった。
「結局私は兄の言葉を理解できませんでした。護るものの価値、と言うのでしょうか……私は了見が狭く自分の手が届く範囲のみを護りたいと思いましたから」
それはエレノアだけを護りたいという事。そう受け取ったヴェルセリアはキュンとする。
「……っ! はぁ、貴方達、イイわねぇ」
ヴェルセリアは頬杖をつき頬を少し紅く染めてニコニコしている。
(この2人、くっついてしまえばいいのに)
と、思いながらマナ・ベリー酒を一口呑んだ。
「そう言えば……テオの話を聞いてて思いましたけど、あの誘拐事件の主犯は誰だったのですの? あの時捕まったのはエリーゼだけでしたわ」
「それは……恐らく、ギルバートでしょう。あの時、本当に頭を怪我していたのか怪しかったですし、馬車までお嬢を誘導をしていました。それに身代金要求の手紙に使われている便箋が貴族が使うような物でしたから……」
「ギルバート……! あの時からスターリング家を陥れようとしていたのね! 思い出しただけで腹が立ちますわ! 今頃どうしているのかしら!」
頬を膨らませてエレノアが思い出しながら腹を立てていた。ギルバートはスターリング家が多額の借金を背負う原因となった人物だ。
「今頃……どう、しています、かね……」
テオドールが不敵な笑みを浮かべながらエールを煽った。その表情を見たヴェルセリアとザークは、
(あ、これはテオドールが何かやったな)
と、思うのであった。
お気に召しましたら、感想、評価、お気に入り登録頂けると嬉しいです。
どうかよろしくお願いします。