『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
探索3日目、天候の変わらない未踏域は今日も晴れている。
この人工的な森に季節が存在するのかわからないが、新緑のように青々とした緑で囲まれキラキラと輝いている。そして小鳥たちがさえずり、とても平和な森――
「思ったより魔獣が少ないな。それにしても……流石にずっと森の中を進んでいると、今どこにいるのかわからなくなるな」
シオンがヘルムのバイザーを少し持ち上げ、森を見上げる。木々の隙間から人工太陽の光が降り注ぐ。移動しない人工太陽に目印になるものは基本的になく、
「そのためのマッピングよ。今回の探索で次からはマップを見ながら移動ができるようになるわ。そのための苦労を今、私達の手で、やって……いるわ……はぁ……」
話している途中で、ヴェルセリアは息を切らし苦しそうにしている。
「ヴェル、どうした?」
前を歩いていたザークが、その様子にいち早く気付き駆け寄る。ヴェルセリアはその場で膝をついてしゃがみ込んでしまった。
「ヴェルセリアさん!」
フィオナがヴェルセリアに駆け寄り、具合を診る。肩で息をするほど荒く、顔色が悪い。何が起きたのか、その答えをクレアが示す。
「ここ、何か毒を撒き散らかす毒草の類が近くにないか?」
口元をハンカチで押さえながら木の上から声をかけるクレア。クレア自身もあまり顔色が良くない。
「え……? 私は何も感じませんが……(私が鈍いだけ?)」
ヴェルセリアの肩を支え、キョロキョロと周りを見回すフィオナ。
「俺の鼻も何も感じないぞ」
鼻の良いザークですら気付いていない。
「エルフは毒素に敏感なんだよ、多分この先から風に乗って流れてきてるんだ。地面近くの方が直接感じるんだと思う」
風の流れる方向を指差すクレア。エルフ以外には感じない、微量の毒素が流れてきているようだ。
フィオナはすぐさまヴェルセリアに解毒魔術をかける。
先端に碧い宝石が付いたロッドを持ち、ヴェルセリアの背中を優しくトントンと叩く。そして優しい声色で詠唱をする。
「慈愛なる
ヴェルセリアの体を包むように優しい光が瞬き、魔術が発動する。吸い込んだ毒素を浄化していく。
「はぁ……あ、ありがとう……」
先程までの荒い呼吸を整えるヴェルセリア。
フィオナは立ち上がり、ロッドを地面に2回トントンと突き立てる。先程とは違い、少し大き目な声で詠唱をする。
「
宙を漂う精霊達が柔らかく光り、風が流れていく。
「一時的ですが、この辺りを浄化しました。少しは楽になったと思います(大丈夫かな?)」
「はぁ……フィオナ、ありがとう。この先もマッピングしないといけないから、時々空間浄化をお願いするわ」
深呼吸をしてからフィオナにお礼を言うヴェルセリア。顔色の悪さが抜け、フィオナの魔術の効果が出ているのがわかる。
「はい! また何か感じましたら言ってください! (よかった、役に立てた!)」
ヴェルセリアに頼られて嬉しかったのか、フィオナは満面の笑みで応えるのだった。
何度か空間浄化を行い、暫く先に進んだ時、クレアが何かを見つけた。
「……毒素の発生源が見えてきたぞ」
そこは森の中で拓けた場所であった。
大きな立ち木に囲まれ、その場所だけがぽっかりと空いている。そこを取り囲むようにして、『蒼い花』が咲き誇っていた。そして花の内側には、ずらりと並んだ石。それはただの石ではなく、人の手で大きさを揃えられたものが整然と並んでいたのだ。
「ここは……もしかして墓地、ですの?」
「この森に住んでいた者でしょうか、かなりの数がありますね」
エレノアとテオドールは口元をハンカチで押さえ、近付いていく。
『蒼い花』は美しいが、その花の花粉には確実に毒が含まれている。魔獣達に荒らされぬよう、墓地全体を取り囲んで植えられたと思われる。ここら一帯で魔獣が少なかった理由もこれだろう。
「この花は墓地を守るために植えられた物だったのね」
花が植えられた内側に入ると、その空間だけ毒素が入ってこない。
「ここは簡易結界でも張られているのかしら? 外側と空気が違うわ」
防御結界とは違い、出入りができる。花の内側を調べると細かな石が全体を囲むように並べられており、これが簡易結界を形作っている。そして長い年月が経っているであろう今も、この空間を浄化し続けている。
「一体いつからこの簡易結界は発動しているのかしら。まさに
ヴェルセリアはノートを取り出し、メモをとる。
墓石と思われる並べられた石の一つひとつに、名前らしき文字が刻まれていた。古代語がわかるエレノアが墓石の1つの前に跪く。
「人の……名前ですわね。傍に家族の名前もありますわ」
「ここには人の営みの全てがあったのね」
前回この森を発見した時に、人が住んでいたと思われる建物の跡が見えた。ここはその建物から離れた森の中に作られた墓地。生と死を遠くに分けた、人の一生の全てが閉じ込められた場所なのだ。
「しっかりとマッピングしないとな! ここに人がいた事を記さないと」
シオンが墓地を見回し、ここに眠る先人達に呼びかけるように伝える。
すると、ザークが何かに気が付く。
「……だが、その前に……グルゥゥ……」
ザークが唸る。
その目の先には赤く燃えるような瞳をした黒い影が一つ、また一つと増えてくる。その数は数十ほど、少なくはない。
「魔獣……! あれは……ヘルハウンド!?」
シオンがシールドを構える。
木々が生い茂る中、赤い瞳がこちらの動きに気が付いたようで、ジリジリと少しずつ茂みから出てきた。
「空間浄化で毒素が薄くなったから寄ってきたな」
ゆっくりと弓を構えるクレア。大きな動きをすれば相手を刺激してしまい、一気に襲い掛かってくる危険性がある。
ヴェルセリアもワンドを静かに抜く。
「シオンさん、前衛をお願いします。お嬢、剣に魔術を」
ヘルハウンドへの視線を外さずに、テオドールが静かに指示を出す。それに応えるように2人は頷き、ゆっくりと動き出す。
「フィオナ、私の後ろに。『ザーク』、シオンと一緒に前衛へ。クレア、わかっているわね」
舌舐めずりをするザークはヘルハウンドへ視線を逸らさず、シオンの隣へと静かに移動する。クレアも依然ヘルハウンドに狙いを定め、弓をいつでも引けるよう構えている。
緊張が一行に走る中、一人青ざめた顔でフィオナがヴェルセリアの背で震えている。
「わ……私が、く、空間、じ、浄化を……した、せいで……(どう……しよう)」
「違うわ、誰もこうなるとは思わなかったから……貴女のせいではないわ」
「ヴェ、……ヴェル、セリア……さん……」
ヴェルセリアはワンドを構え、小さく鈴を鳴らす。
シャンッ……
そして小声で言葉を紡ぐ。
「精霊達よ 我が声を聞き此処へ集え」
ヴェルセリアの周りに光の粒が湧き立つ。続けて詠唱を唱える。
「万象を隔つる不可視の境界よ、我が命に従いて
ヴェルセリアの前に透明な壁のような盾が出現し、守りを固める。
「さ、震えてないで皆に加護を与えて、フィオナ」
ヴェルセリアは柔らかな笑顔をフィオナに向け、背中を優しく撫でる。
「は、……はい!」
フィオナは一瞬泣きそうな顔をしたが、ヴェルセリアに背中を撫でられ気持ちを立て直す。すぐさま地面に2回、ロッドを突き立て詠唱に入る。
「慈愛なる
パーティメンバー全員に光が降り注ぎ、状態異常無効化の加護が与えられた。
「皆さん、状態異常無効化をかけました。花の外側に出て大丈夫です!」
それを合図に全員が動き出す――
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