『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
そのままザークは遠吠えを上げ、氷の刃を多数出現させる。ヘルハウンドの数は出現した時より半減したが、それでもまだ多い。
「数が多くてイライラする! ……まとめて始末してやる! ガアアアアァァァ!!」
ザークの声に呼応するように、更に氷の刃が増えていく。限界まで増えた氷の刃が、雨のようになって降り注ぎ命中したヘルハウンドたちは溶けるように消えていく。しかし、
「……フ……ハハ……フハハハハハ!! やっぱ戦闘はこうだよなぁ!」
今まで見たことのない顔でザークは笑う。一度にたくさんの魔獣を相手にして、どこかタガが外れたようになっている。
「……『ザーク』? なにか……いつもと違う……?」
ヴェルセリアは見たことのないザークの様子を目の当たりにし、初めて恐怖の感情をカケラ程だが抱いた。
ザークの変化に気が付いたエレノアは、ワンドを鞭に持ち替え振り回しながらヘルハウンドの群れに飛び込みザークに近付いていく。
「ザークさん! 戦闘を楽しんでる場合じゃないですわ! 数を減らしてくださいまし!」
「グルルゥゥ……邪魔をするな……」
エレノアに向かって唸り声を上げ、ザークの眼光が鋭くなる。
「ザークさん?」
先日ザークと共闘をしたエレノアだったが、その時とはまるで様子が違う。エレノアがたじろぐと、そこにテオドールがザークとの間に立ち塞がる。
「お嬢! 下がってください! これは……今のザークさんは魔獣としての本能が半分目醒めた状態になっています……ッ!」
テオドールはエレノアを護るためにヘルハウンドではなく、ザークに剣の切っ先を向ける。テオドールから発せられる覇気に、ザークは唸り声を上げる。
「! それなら……ヴェル姉様!! ザークさんを何とかしてくださいまし!」
エレノアは大声でヴェルセリアを呼ぶ。エレノア達のやり取りを見ていたヴェルセリアは状況を理解し、すぐに行動に移す。
「『ザーク』!! おすわり!! 命令よ!」
「!!」
『おすわり』と命令され、ザークはその場で足を揃えて座る。屈従の紋章が僅かに光り、強制的に座らせた。
「『ザーク』! ……私の声は聞こえてるかしら?」
少し優しい声色で呼びかけるヴェルセリア。ザークが命令通りに『おすわり』ができたので、胸をなでおろす。
「……あぁ……」
ザークは瞬きをし、ゆっくりとヴェルセリアの方を向く。我を失いかけていたが、ヴェルセリアの『おすわり』の声で引き戻された。
「よし。……まったく、『誇り高き灰蒼の狼』が聞いて呆れるわ。ヘルハウンド如きで理性を飛ばさないの」
ヴェルセリアの『よし』の一言で命令が解除される。ザークは動けるようになると、再びヘルハウンドに向かって走り出す。
「……チッ! クソ……」
ザークは悪態をつきながら自分の中で反省していた。周りが見えなくなっていた、それはパーティで戦う上で一番やってはいけない事だ。
ザークの方は大丈夫だと安心したのも束の間、フィオナの背後から回り込むようにしてヘルハウンドが駆けてくる。数が少なくなり、個々で体当たりを仕掛けてくる。
「フィオナッ! 危ないッ!」
クレアが悲鳴のような声を上げる。
「……え?」
「させない!」
ギリギリのところでヴェルセリアが魔術の透明な盾で防ぐ、が――
あまりにも強い力で体当たりをされたので、盾が砕けてしまった。
「しまった……ッ! このッ!」
ヴェルセリアはスタッフを両手で持ち、下から掬い上げるようにして思い切り振り回す。
「ギャインッ!」
振り上げたヴェルセリアのスタッフがヘルハウンドに命中し、悲鳴を上げ吹き飛ぶ。が、別の個体がすぐ後ろに迫り、そのまま襲い掛かってくる。連携を組んで攻撃をしてくるヘルハウンドのスイッチ攻撃だ。
「ッ!!」
予想外の動きをされ、このままでは無防備なフィオナが狙われる。そう思ったヴェルセリアはフィオナを庇い前に出る。口を開け牙を剥き首を狙ってきたヘルハウンドを、ヴェルセリアは咄嗟に左腕でガードする。
「! うッ!!」
首は無事だが左腕を深く噛まれる。そのヘルハウンドの口には種火があり、今まさに炎を吐こうとしていた。
「ヴェル!!」
ヴェルセリアの声を聞き、ザークが風の速さでこちらに向かってくるが、間に合わない。
「……っ!」
炎を吐かれる覚悟をしたその時、左手首に着けられたレッド・ドラゴンの革でできたブレスレットが一瞬輝く。炎がドラゴンの形をしたかと思った次の瞬間、みるみるブレスレットに吸収された。
噛み付いたヘルハウンドは予想外の事が起き、一瞬ヴェルセリアに噛み付く力を緩める。その隙に、ザークがヘルハウンドを爪で切り裂き、倒す。地面に叩きつけられたヘルハウンドは、溶けるように消えていった。
「ヴェル! 大丈夫か!?」
ヴェルセリアはその場でへたり込む。
「っ……ブレスレットのお陰で丸焼けにならずに済んだわ……お揃いを作ってもらってよかった……ハルムに感謝しなきゃね……」
炎からは守られたが、咬まれた箇所から鮮血が吹き出す。
「そんな事より怪我は!?」
今までヴェルセリアが大きな怪我をしたところを見たことが無かったザークは慌てる。
「あ……ヴェルセリア、さん……ち、治療を……!」
フィオナは真っ青な顔をしながら、震える手でヴェルセリアの傷付いた腕を取る。ロッドを持つ手が震え、先程のように上手くできない。ヴェルセリアに庇ってもらった事、大変な怪我をさせてしまった事でパニックを起こしていた。
「あ……あ……(どうしよう……どうしよう……)」
ヴェルセリアは
「何やってるんだ! 早く……」
フィオナを急かせようとするザークを、ヴェルセリアは顔の前に右手を出して制する。フィオナの震える手を、ザークを制した右手でそっと優しく触れた。
「大丈夫、っよ……落ち着きなさい。深呼吸を、してっ……貴女なら、できるわ」
傷が痛むはずだが、フィオナの状態を気にかけるヴェルセリア。その瞳はフィオナを見つめ、優しく見守る。
「ご、ごめんなさい! す、すぐに治療します!」
深呼吸をして、気持ちを立て直す。そしてロッドを構えてトントンと優しく触れる。
「慈愛なる
柔らかな光が、ヴェルセリアの怪我をした腕を包む。傷口があっという間に塞がっていく。治癒魔術の中でも高位の術だ。
「凄い……ありがとう……さすが、フィオナだわ」
「そ……んなことは……ごめんなさいっ! 私のせいで……」
ポロポロと涙がフィオナの意思とは関係なく溢れてくる。そんなフィオナの頭をヴェルセリアは優しく撫でる。
「魔獣がいる場所で怪我を全くしないで済むわけがないわ。だから
毒がばら撒かれたこの墓地で、皆が自由に動いて戦えているのはフィオナが状態異常無効化の加護を与えたおかげである。
「でも……でも! 私のせいで、ヴェリセリアさんが……!」
「フィオナのお陰で綺麗に治ったわ。もう痛くない、さすがランクAね」
先日ランクAになったばかりだと、顔合わせをした時に話していたフィオナ。自信なさげに話していたので、ヴェルセリアは柔らかな笑顔を向けその凄さを認める。
「あ……」
「さぁ、そろそろ終わりそうよ。皆細かく傷を負っているわ。まだまだ道のりが長いこの探索で、小さな怪我が命取りになるわ。フィオナ、皆を癒してあげて」
「……っ! はい!」
涙を拭ったフィオナは、少しだけ自信がついた表情をした。
「これで……最後です!」
剣を一閃――最後のヘルハウンドをテオドールが倒した。緊張状態からやっと解放され、各々その場でへたり込む。数が多かったので、全員かなり消耗していた。
「け、怪我をされた方はいませんか?」
フィオナが周りを見回し、パーティメンバーに声をかける。
「おーいフィオナ、こっちを頼む」
シオンは足を投げ出し座り込んでいる。何度もヘルハウンドをシールドで押さえ込んでいたので、一番消耗している。先程右腕をヘルハウンドに咬まれ、裂傷は負っていないが重めなアザができている。フィオナの優しい光で傷を癒していく。
「ヴェル、だいじょ……」
ザークがヴェルセリアに声をかけようとした時、クレアが全力で走ってこちらに向かってくる。
「ヴェルセリア! 無事か!?」
「クレア……えぇ、フィオナのお陰で大丈夫よ」
クレアは顔面蒼白でかなり焦った様子だった。ヴェルセリアの両肩を掴み、じっと顔を見つめ、ほかに怪我が無いか確認する。
「本当に? 大丈夫?」
「え、えぇ……クレアこそ大丈夫?」
あまりにも必死なので、クレアの方が心配になる。肩を掴んでいる腕に手を添え、落ち着かせようと撫でるヴェルセリア。
「私は大丈夫だ!」
大丈夫といいつつ、クレアのその目には今にも涙が溢れそうだった。ヴェルセリアの肩を抱くようにしてクレアが顔を寄せる。
「……ッ……フィオナを、守ってくれて……ありがとう……前に、似たような事があって……」
クレアにとってトラウマ級の出来事があったのだろう。ヴェルセリアの肩を掴む手は小刻みに震えていた。組んだばかりのパーティメンバーに、ここまで心配ができるクレアはとても優しいとヴェルセリアは思った。
「大丈夫、フィオナは必ず守るから。私はそのための後衛よ」
「! ……その言葉、あの時に聞きたかったな……」
小さく呟いた言葉は何の事だろう。ただ、今はその事について言及してはいけないような気がした。
「……さ、凄く頑張ったから、フィオナを褒めてあげてちょうだい」
「……あぁ、そうするよ」
クレアはシオンを治療中のフィオナの方へ駆けて行った。
すっかり声をかけるタイミングを失ったザークがヴェルセリアに近づく。
「……ヴェル、大丈夫か?」
ヴェルセリアに寄り添うザークが、心配そうに怪我をした左腕を鼻先でクンクンしながら気にかける。
「大丈夫よ、フィオナが治してくれたから。……でも、私が死んだら貴方も死ぬから気が気じゃないわよね……」
一瞬の間が空き、何の事だと思ったザーク。思い出したように慌てて言う。
「あ……そ、そうだ! ヴェルが死んだら俺も死ぬんだぞ! き、気をつけろよ!」
屈従契約の事をすっかり忘れていたザークだったが、心配をしていたのを照れ隠しをするように語気を強める。
「そう言うならちゃんと貴方が私を守りなさい」
鼻先をちょんちょんしながら、ヴェルセリアは少し微笑む。
「わ、わかってる……」
そうは言ったが、ザークは途中戦闘に夢中になり理性が飛びかけ反応が遅れた。それのせいでヴェルセリアを守りきれなかった事に対して自分に腹が立っていた。
ヴェルセリアが強いのはわかっている。だが、今は別の人間とパーティを組んでいる。ヴェルセリアがいくら強くても、他の人間を庇う事だって考えられたはずなのに。
「……クソッ!」
ヴェルセリアの強さに甘えていた部分があったとザークは気付かされた。
***
脅威が去ったのを確認したかのように、再び魂の声が聞こえてくる。
わたし……はみまも……てはいけ……
……ばしょが……のを
あの……しいけんきゅ……を
そ……かいがかく……できた……いほうさ……
墓石のまわりを舞っている光が何かを訴え、そして静かに消えて行った。
「なにか、まだここから離れられない理由がありそうね」
「魂が離れられない理由……一体なんです? わざわざヘルハウンド避けをこの時代にまで遺して」
エレノアは墓地にある一つひとつの墓石を見て回る。ここには墓石以外に何もなく、その意図が見えてこない。
蒼い花は年中咲くよう品種改良をしているのだろう、花の下には新たな芽がいくつも芽吹いていた。
簡易結界が崩れぬよう、並べられた石はそれぞれに魔力が込められている。この墓地を作った先人達の意地のようなものが垣間見えた。
「ただわかるのは、魂はここに縛られているのではなく、自らの意志で留まっているということね」
長い時間が経ったこの墓地には、今も魂が彷徨っている。そして死して尚、強い意志でここに留まり続けている。静かになった墓地に、墓石に、柔らかな人工太陽の光が降り注いだ。
「魂がいつか解放される日を……祈っているわ」
ヴェルセリアのその言葉で、パーティ全員が墓地に眠る死者に対し祈りを捧げるのであった。
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