『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「あ゛ぁ! なんでだ!」
ギルドが管理する書庫で見つけた『禁書』、と思われた本に犬が封印されているのを知らずに解いてしまったヴェルセリア。
「だから、普通の犬は喋らないのよ」
魔力不足から動けなくなっていた犬に懇願され魔力を与える事になった。しかし動けるようになった後になにをされるかわからなかったので、屈従契約をし現在目の前に犬がいる。
「うるせぇ! そんなの納得できねぇ!」
そして今『犬は喋らないから喋るな』と言われ、納得できないと叫びながらザークは前脚の爪をヴェルセリアに向かって振り下ろすところだった。
「!」
ヴェルセリアが咄嗟に身構えた次の瞬間、鼓膜を刺すような強烈な放電音が鳴り響いた。
「ギャンッ!」
『屈従の紋章』から雷撃のようなものが発せられ、ザークはその場に突っ伏してしまった。
「だから……私を攻撃しようとするから……わかった? その『屈従の紋章』がある限り私には逆らえないのよ」
ヴェルセリアは突っ伏したザークのそばにしゃがみ込んで突つくが、体が痺れ動けなくなっている。
「……チクショウ……」
「と、言うわけで……私は目立ちたくないの、わかったなら獣語以外喋らない。命令よ」
子供に言い聞かせるように、鼻先をちょんちょん触りながら命令するヴェルセリア。
「ワン! わふ……?」
文句を言おうとしたザークだったが、『屈従の紋章』の効果から人語を話すことを許されなくなった。ザークは耳を垂らし、不満げなため息を吐く。
喋る事に対し、一件落着かと思われた。
しかし――
「何を言っているかわからない……」
頭を抱えるヴェルセリア。犬と触れ合うのに慣れていても、実際に寝食を共にする生活をした事がなかったので犬の気持ちを察するのは容易ではなかった。
撫でれば嫌がり、
「ワンワンッ! ウー……」
食事を与えれば食べず、
「グゥゥゥ……」
寝ようとすればなかなか寝ない。
「ワンッ!」
ただ、ザーク本人は封印を解かれてからと言うもの、まるで普通の犬のようだった。
「ハッハッ……ワンッ!」
「……楽しそうに走り回ってる……」
だがこれは魔力を持つ珍しい犬。そして底なしの魔力量。一般的な人なら魔力が完全回復をする赤のマナ・ドロップで完全回復しないどころかザーク曰く全然足りないらしい。
そもそもこれは普通の犬ではない。それは、あの『封印の書』が物語っていた。
「封印の書を使ってまでこの犬を封印する理由ってなんだったのかしら……犬型の魔物? 犬と言うより狼種の魔獣……」
となると――
「……フェンリル……」
ポツリとこぼした言葉。
伝説級の魔獣・フェンリル。それこそ本の中でしか見たことのない、一度はお目にかかりたい生き物の1つだ。
こぼした言葉に目ざとく反応してザークがこちらへ近づいてくる。
「ワン! ワン! ゥウー……」
明らかに何か言いたげな雰囲気だ。
「なぁに? 何か言いたいことでもあるの? ……お手」
不満げな表情を浮かべたザークは渋々ヴェルセリアの掌に自分の前足を乗せる。その姿を見たヴェルセリアは笑いを堪えながら、先程まで色々考えていたのが馬鹿らしくなり、考えるのを止めた。
「……ふふ……こんな犬がフェンリルな訳無いわね」
***
「ヴェルセリアちゃん、さっきすごい音がしたわね」
ここは『マリヌス』にある冒険者専用の宿屋『
「あー……五月蝿くてごめんなさい、ちょっと犬の躾をしていたのよ」
ザークはヴェルセリアの隣でギロリと睨みつける。
「そうだったの? いやービックリしたわよ! 昨日いきなり大きな狼を連れてきて部屋を変えてほしいなんて言うから……」
『
ヴェルセリアを『ちゃん』付けで呼ぶあたり、女主人のマリンダとは親しくしているのがわかる。
「犬、よ。ちょっと弱ってた子を拾っちゃったから……急に部屋の変更をお願いしてしまって悪かったわね」
「いいのよ、ヴェルセリアちゃんは長期契約してくれているお得意さんだからね。それに、たまたま
宿屋には人族専用、魔獣連れ専用、両方の部屋を扱っているところがあり、『
「それで、やっぱりこの狼はお喋りさせているの?」
「え……?」
「だって、エルフって動物を喋らせるのが得意なんでしょ?」
エルフと呼ばれる民は自然と共生し、生きるもの全てと対話をしていた。動物の「声を聴く」のは大事としているエルフ達だったので、他の人族から見たエルフは動物を喋らせるのは当たり前だと思われている。
実際、ヴェルセリアは『遊び』として動物を喋らせていた事がある。
「……他の人族にそう思われているものなのね」
ポツリと呟くヴェルセリア。
「? どうかした?」
「いいえ、何でもないわ。さ、アレを買いに行かなきゃ。来なさい、買い物に行くわよ」
ヴェルセリアはザークを引きずるようにして連れ出し、街へと出かけて行った。
ここ『マリヌス』は他の大陸へと渡る船の中継基地にもなっている都市で、あらゆる国の物が手に入る。珍しい異国の食べ物、服、生活用品――そして武器や防具など。
街の露店では荷揚げされた物を扱っているが、ヴェルセリアが求めているのは輸入されたそのものではなかった。
「街中で貴方と歩くなら、首輪を着けなければならないわ」
「ワン! ウー……」
首輪、と話したらザークは何か不満気な声を上げる。
「仕方ないでしょ? 野良犬と思われちゃうのも困るし。それに……貴方にとっても悪い事ではないはずよ」
何か考えがあるような口ぶりであった。
ヴェルセリア達は武器や防具を職人が作る工房 『
以前、自分専用のナイフを作るにあたり、素材を集めてやっとの思いで作ってもらったナイフ。手に馴染み羽のように軽く、そして美しい。
とても気に入っているので、同じ工房に首輪を探しに来たのだ。武器防具を扱う工房では、首輪も取り扱っている。
「ここよ」
港とは真逆の方向にあり、高台の近くにある『
ガチャ……カラン
工房の扉を開けると乾いたドアベルの音がした。
中に入ると壁一面に武器が並べられ、アーマー・スタンドには甲冑が飾られ、展示されている。
「いらっしゃい。おや、エルフの姐さん。久しぶりに来たね……暫く見ないうちに立派な犬を連れてるな……ん? これは……犬、なのか?」
困惑気味に工房の店主、ドワーフのハルムが接客をする。
やはり通常の犬よりも身体つきが大きく、犬と言うより狼に見える。
「えぇ、犬よ。この子に合いそうな首輪はあるかしら?」
断じて狼と認めないヴェルセリア。
犬と言われたザークは隣で諦めたかのような表情で「ク〜ン……」と鳴いていた。
「首輪……その大きさの……犬? なら狼用で見てみな。そっちの棚にないかい?」
「ありがとう。今すぐ欲しいから……このあたりでいいかしら。……材料を揃えたら新しくこの子の首輪、作ってくださる?」
店内を見回りながらハルムの元に首輪を持っていく。
「そうだな、納得する素材が手に入ったら持っておいで。あとこのおお……犬の名前は? サービスで名入れをするぞ」
「……ザーク、よ」
名を言われた瞬間、ザークは耳をピンと立て舌舐めずりをし、尻尾をパタパタさせた。
屈従契約では、
「わふぅ……」
ザークが目と尻尾で訴える。もっと魔力を寄越せ、と。
調子に乗ると思ったので、名を呼びたくなかったヴェルセリアは小さくため息を吐く。
「さぁ、できたぞ」
「ありがとう」
名入れをしてもらった首輪を受け取り、早速ザークの首に装備する。その際、首輪に風の精霊石のカケラが付いたタリスマンを通した。
ヴェルセリアは小声でザークに諭すように話す。
「いい? 首輪をしている間は人語を話すのを許可するわ。ただし、余計なことは話さない事、わかったわね?」
ただの飾りでしかない風の精霊石だが、魔術を使っている体でザークを喋らせるなら不自然ではないだろう。
「……あー……やっと喋れる……」
やれやれと、頭を左右に振りため息を吐く。
目の前で犬が喋り出したのを見た店主のハルムは――
「な……! 犬が喋っただと!? いや、これ本当に犬なのか……?」
驚きを隠せなかった。
ヴェルセリアは気が付いた、目立つから喋らせないと思ったが、目立つのは自分ではなくザークの方だと。それならば、と思いハルムの言葉に対しヴェルセリアは言い放つ。
「落ち着きなさい、これはちょっとした魔術よ。『普通』の犬は喋らないし、この子はどう見ても犬よ」
ザークを犬以外と一切認めず、魔術で喋らせているのをアピールをするヴェルセリアであった。
***
「初めから魔術を使っている体にしておけばよかったわ」
宿屋の自室に戻り、ため息を吐きながら改めて思ったヴェルセリア。
「ったく……回りくどい事させやがって……」
ヴェルセリアはブツブツ文句を人語で流暢に話すザークには、若干の罪悪感を抱いていた。
「だって……あんなにあっさり『魔術で喋らせている』って受け入れられるなんて思わなかったのよ」
ザークからは盛大なため息を吐かれる。そして、人語を普通に話すことができるようになったザークに話を聞く。
「話せるようになったから改めて聞くわね……なぜ撫でるのを嫌がるのか、ご飯を食べないのか、眠らないのか!」
鼻息を荒くしてザークの前に仁王立ちする。ヴェルセリアにとって、今聴きたいのは身の上話よりもその3つが最優先だった。ザークはヴェルセリアに圧倒され、顔を引きつらせながらポツポツと話し始めた。
「いや……その、懐柔されそうになるのが嫌だから……」
視線を合わせず、何か気まずそうに話す。
「は? 馬鹿ね。貴方はそうやって一生反発して生きていくつもり? 反抗期の子どもかしら」
腕を組み、母親が子を叱りつけるように言い放つヴェルセリア。
「誰が反抗期の子どもだ! 俺は大人だ!」
ムキになっている辺りが子どもに見える。
「じゃあ、ご飯を食べなかったのは?」
「それは、野菜や果物だけで肉が無いからだ!」
「……そうね、犬だから肉食だったわね……」
心底失敗した、と額に手を当てヴェルセリアは反省した。
自分基準で食事を用意したので、犬は肉食と言う概念がすっかり抜けていたのだ。
「……夜眠らなかったのは?」
「長い間封印されてて外に出れなかったから……寝るのが勿体無くて……」
最後の方は口籠り、歯切れ悪く答える。それを聞いたヴェルセリアは、呆れたようにザークを見る。
「やっぱり子どもじゃない、まさに子犬ね」
「子犬じゃねぇ! それに俺は、フェンリル……誇り高き灰蒼の狼、フェンリルだ!」
「……は?」
一瞬フリーズしてしまった。一番可能性のない生き物の名前が出たので驚いてしまった。
「だから、俺はフェンリルだって言ってるだろ!」
「ちょっと待って、……そんな話、誰が信じるのよ……見たことも無い伝説の魔獣なんて……」
信じてもらえない苛立ちを抑えきれないザークは、ヴェルセリアに近付き唸り声を上げる。
ヴェルセリアは近付いたザークの顔を両手で掴み、乱暴に掻きむしる。
「なに! する……んだ……クゥン……」
徐々に力を緩め顔や首回りを撫でまわし、ザークは段々と床に寝そべり腹を出す。腹を優しく撫でると床をゴロゴロと左右に転がった。ヴェルセリアは犬の扱いには慣れたもので、これで落ちない犬はいない。
「よしよし……どう見たって犬……よね」
ザークはうっとりした顔をしていたが、犬と言われて我に返る。
「い、犬じゃ、ねぇ!」
「はいはい……」
ザークを喋らせる事で意思の疎通ができるようになり、にっこりと笑うヴェルセリア。
これで今日はちゃんとご飯を食べてくれると一安心だった。実はご飯を食べなかったのでかなり心配していたのだ。
「来なさい、明日からはしっかり働いてもらうわ。明日のために、ご飯を食べに行くわよ」
「! ワンッ! 肉を食わせろッ!」
目を爛々とさせヴェルセリアの後に続く。余程腹が空いていたのだろう。
「……やっぱり犬ね」
明日からは再び『禁書』とザーク専用の首輪素材探しを始めるので、ザークにはしっかり働いてもらうつもりであった。
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