『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。   作:ねこめがね

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第40話【イグニスの水浴び】

「あぁ……心まで洗われるみたいだ」

 

 イグニスは川で水浴びをしていた。

 

 先程戦った虫(ワーム)の体液や肉片を全身に浴びてしまい、あまりの酷さからリリアに洗い流してくるよう言われたのだ。

 

 イグニスは全て力で押し切る。戦闘になると周りが見えなくなるためパーティメンバーは彼の言動・行動を常に注視しながら行動しなくてはならない。

 

 そのため、今のメンバーに落ち着くまでに何人もの冒険者がこのパーティを脱退している。

 

 今いるパーティメンバーのアルドリックは、数少ない初期メンバーの一人だ。アルドリックがこのパーティで見てきたものは、よかった事だけではない。自分が守りきれずに亡くなった冒険者を目の前で見てきた。そのため、イグニスの言動・行動にはパーティメンバーの中でも一番気にかけている。

 

 そして、イグニスの元パーティメンバーが今回の大規模探索に参加しているのだ。

 

***

 

「このあたりに川があるわ。水浴びと洗濯物をやりましょうか」

 

 ヴェルセリア達パーティDが森の中を歩いている。未踏域を発見した当時、川が流れる場所を簡易的に地図に記していたのである程度の場所は把握していたのだ。ヘルハウンドからの脅威が去り、休憩も兼ねて水浴びと洗濯をしに川を探していた。ガサガサと、背の低い木をかき分け歩いた先に――

 

『あ……』

 

 川はさらさらと流れ、木々は青々と輝き、鳥がさえずる。そんな穏やかな景色の中、ここにいないはずのイグニスとヴェルセリアの目が合ってしまった。しかも、イグニスは全裸である。

 

「……何故ここにランクSがいるのかしら? ここは私達パーティDの担当区域よ」

 

 氷のように冷たい視線をイグニスに向け、真後ろを歩くフィオナに見せないよう制するヴェルセリア。

 

「? どうかされました? (なになに? 何かいるの?)」

 

「フィオナ、前に出ないで。目に毒よ」

 

「やぁ、ヴェルセリアさん。こんな所で会えるなんて偶然だね。目に毒だなんてひどいなぁ」

 

 口元が緩んだ笑顔を見せ、前髪をかき上げるイグニス。

 

「イグニス……」

 

 ヴェルセリアの後ろから、名を呼んだのはクレアだった。それに気が付いたイグニスは満面の笑みで手を振った。

 

「やぁ、クレア。久しぶりだね」

 

「……知り合いなの?」

 

 ヴェルセリアは怪訝そうな顔でクレアを見る。

 

「あぁ……昔、ちょっとな」

 

 クレアは暗い表情をする。

 

「つれないなぁ……一緒に冒険した仲じゃないか」

 

 その言葉を聞いたイグニスは、少し不満げな声色で言うのだった。

 

「え!? イグニスさんと同じパーティだったのか!?」

 

 シオンが驚いた声を上げる。イグニスと同じパーティと言う事は、クレアは『最果ての開拓者(フロンティア)』だったと言う事になる。ギルド内で今一番有名なパーティで、誰もが憧れ、元パーティメンバーだと言うだけで一目置かれる存在になれるくらいだ。

 

 殿(しんがり)を務めていたザークが、先頭の異変に気付き駆け寄る。

 

「ヴェル? どうし……あ゛ぁ?」

 

 イグニスの姿を見るなり、ザークは嫌な顔をして唸り声を上げる。ザークにとってイグニスは、バルガスと同じくらいヴェルセリアに近付けたくない人物だ。

 

「この前の狼くんじゃないか。そんなに俺と遊びたいのかい?」

 

「うるせぇ、なんでお前がここにいるんだ!?」

 

 今にも飛びかかりそうなザークを、ヴェルセリアが首に抱きつき抑える。ザークにはつまらない者と問題を起こしてほしくないからだ。

 

「汚れたから体を洗おうと思って川を探してたら辿り着いただけさ。多分、他のメンバーももう少ししたら来るかな……? あれだけの虫(ワーム)を相手にするなら……きっと今頃は俺以上にぐちゃぐちゃに汚れてるかもしれないね」

 

 あれだけの虫(ワーム)

 

 ぐちゃぐちゃに汚れてるかも

 

 その言葉を聞いたクレアは察した。

 

「ヴェルセリア、ここを離れよう。できるだけ遠くに……」

 

 クレアが言い終える前に、ザークの耳と鼻が反応する。

 

「なんかこっちに向かって……人と細かいのが大量に来るぞ!」

 

 何か(・・)が来る方向をザークが見る。まだ遠いが、明らかに様子がおかしい。先程まで鳥がさえずっていたが、今は森がしん……となっている。

 

「チッ……遅かったか……」

 

 舌打ちをしながらクレアが悔しそうな表情をする。大量に何かが来ると言われ、エレノア、テオドール、ヴェルセリアはここを発見した時のことを思い出した。素早い判断が求められる。

 

「テオ!」

 

 瞬発的にエレノアがテオドールに指示を仰ぐ。

 

 未踏域を発見したときもベビーリザードやスライムなどに追われ、数の多さに倒すのを諦め逃げた記憶が鮮明に思い出される。

 

「……! ヴェルセリアさん! 足場をお願いします!」

 

 まだ先程のヘルハウンドと戦った疲れも癒えていない状態のパーティメンバーを考え、とにかく無傷で乗り切りたい。そう一瞬で考え導いた答えだった。ヴェルセリアも同じ思いだったため、行動は早かった。

 

「わかったわ!」

 

 ヴェルセリアがワンドを抜き、詠唱を紡ごうとした。

 

 しかしその時、横から差し込むように声がかかる。

 

「逃げるの?」

 

 イグニスが全裸のまま川の中からゆっくり上がってくる。そして何か(・・)が来る方向を向き、剣を構える。

 

「逃げるも何も……この場の最適解を選ぶだけよ」

 

 ヴェルセリアはイグニスを見ずに前を向く。

 

「最適解? そんなの、つまらないじゃないか」

 

 パチリと、イグニスの身体に小さな雷のような光が纏わりつく。そのままヴェルセリアの前に立ち、前方を注視する。そして地響きの音と共に、人の声が聞こえてきた。

 

「……この量の虫(ワーム)の相手は無理だ! イグニスはどこに行った!?」

 

「こっちは私達の担当区域から外れているわよ!」

 

「そんにゃ事、言ってる場合じゃにゃいニャ!」

 

 イグニス以外の『最果ての開拓者(フロンティア)』メンバーが走ってこちらに向かってくる。イグニスはその姿を確認し目をそっと閉じ、剣を構えボソリと呟く。

 

「皆、うまく避けてくれよ……」

 

 剣には小さな光がパチパチと集まり、大きくなっていく。これは魔術の詠唱ではない。

 

「ッ! ……なに……あれ、魔術ではない? あれじゃまるで……ザークと同じじゃない……」

 

 ヴェルセリアはイグニスの後ろ姿を見て驚く。身体に纏っている稲光のような光は、精霊から得た魔術ではない。炎魔術と同じように己の魔力から変換されているものだ。

 

 そしてイグニスは目を見開き、剣を一振りする。常人には軌道すら視認できぬほどの神速。振り下ろされた刃から強烈な閃光が放たれ、地を裂くような雷鳴が轟いた。

 

 ――地鳴りのような大轟音が遅れてやってくる。地面を激しく揺らすほどの衝撃波となって、周囲の森を大きく震わせた。

 

『うわぁ!!』

 

 後ろから追ってきた虫(ワーム)が弾け飛ぶ。と、同時に『最果ての開拓者(フロンティア)』のメンバーも前のめりに飛ぶ。

 

「ほら、散らしたから後はなんとかしてよ」

 

 イグニスは一仕事終えたように肩に剣を担ぎ、『最果ての開拓者(フロンティア)』のメンバーに言い放つ。

 

「イグニス!!」

 

 起き上がったローランドの一言目は怒声のようなそれだった。誰がやったのかは見なくてもわかる。

 

 投げられた仕事の後始末を任されたローランドは、イグニスを睨みながら次の一手を打つ。

 

「……これだから……アルドリック! シールドを!! 全員アルドリックの後ろに!」

 

 ローランドが立ち上がり、指示を出すと手(・)を虫(ワーム)に向かって突き出す。

 

「わが身に流れる魔力と魂、その力、顕現せよ!」

 

 短い詠唱が紡がれたと同時に巨大な火球が現れ、業火が虫(ワーム)を襲う。キィキィと、甲高い鳴き声を上げながら燃えていくが、その炎が森へと燃え広がり始めた。

 

「いけない……!」

 

 この先には、先程ヘルハウンドから護った古代人の墓地がある。延焼したら今まで魔獣から守られていた蒼い花まで燃えてしまう。

 

「『ザーク』! この炎をこれ以上拡げないよう、氷結魔術で抑えなさい!」

 

「チッ! 面倒事を……アオオオォォォォォーン!!」

 

 ザークが遠吠えを上げる。その声に呼応するように、ザークの前に氷柱状の氷の塊が出現する。

 

「遠吠え……? な! なんですか!? あの狼は!?」

 

 食いついたのはローランドだった。背後から聞こえる狼の遠吠えに振り返ると、目の前に氷の塊があり驚く。そしてザークの事をよく見ると、普通の魔獣とは違う魔術を扱っているのにすぐに気が付いた。

 

 ザークが出した氷柱は燃え盛る炎へと落とされ、それ以上の延焼を食い止めていく。

 

「よしよし、よくやったわ」

 

 ヴェルセリアは、ザークを大袈裟なくらい褒め撫でる。そして、ローランドの方を向き直り睨みつけた。

 

「貴方……こんな森の中で、ほぼコントロールをしていない炎を虫(ワーム)に向かって放つなんて……どうかしてるわ。この一帯を焼野原にしたいのかしら?」

 

 ワンドやスタッフを使わずに魔術を使う場合、その力をコントロールが難しくなるのだ。加減をしていない、特に炎魔術は思わぬ結果を招く場合が多い。

 

 そのため魔術師(スペルキャスター)を名乗るのなら、必ずすぐ取り出せるワンドとメインの装備を整えてから魔術を使わなければならない。

 

「……何方かな? 先程は緊急だったために仕方なく、ですよ。あれだけの虫(ワーム)に追われてましたからね」

 

 メガネをクイッと持ち上げ、ヴェルセリアに向き直るローランド。すると、ビクリと身体を震わす。

 

「ひッ……! し、師匠……!? ……いや、別人……?」

 

 まじまじとヴェルセリアの顔を見て、別人だと確認をした。

 

「……? 誰と勘違いしてるかわからないけど……ワンドくらい装備してなかったのかしら? それにタンクにシールドの使用を指示してから炎を放っている辺り、確信犯だと思うわ」

 

 ヴェルセリアは腕を組み、不機嫌さを露わにする。

 

「(腕を組む姿や言い方まで似ている……)ふん……これだからエルフは面倒なんだ……」

 

 眉間に皺を深く寄せ、ローランドは悪態をつく。

 

「それは私に対しての当てつけか? ローランド」

 

 だが、それに反応したのはヴェルセリアではなかった。ローランドが振り返ると、クレアが睨みつけていた。

 

「クレア……ですか。貴女もこの探索に参加していたのですね」

 

 ローランドもクレアの事を知っているようだ。

 

「はぁ……『最果ての開拓者(フロンティア)』には相変わらず周りが見えない奴がいるな」

 

 心底呆れたように、ため息を吐きながらローランドに向けて話す。

 

「その中に私も含まれているのかな?」

 

「お前こそが一番見えてないだろ。……じゃなければ……あの子は死ななかった……」

 

 クレアの表情が先程よりも暗くなる。

 

「あの子……?」

 

 コーデリアが疑問に思う。

 

「クレア、その話は……ローランドが悪いんじゃない、俺が悪いんだ」

 

 アルドリックが話を止めようとする。

 

「違うね、アルドリックは悪くない。あの時、アコが死んだのはイグニスとローランドの暴走が原因だ」

 

 クレアは当時起きた事を吐き出すかのように語り始めた。




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