『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「『ザーク』、『ザーク』、『ザーク』」
先程から、食事をしながらヴェルセリアはザークの名前を連呼している。
「はぁ……私の魔力回復が全然されないわ……」
「俺も全然だぞ」
舌舐めずりをしながらザークは不満そうな顔をする。
ここ数日の戦闘において、ザークは魔力をかなり消耗していた。魔力供給をしなければ動けなくなる。こんなに大きな狼が動けなくなるのは困る、と言う事で強制的に魔力供給をしているのだが――
「食事を摂りながら供給すると、摂取してそのまま横流し状態だから疲れるわ……いい加減、マナ・ドロップを食べなさいよ」
はぁ、と深いため息を吐くヴェルセリア。
「嫌だね、あれは美味くねぇし魔力も溜まらねぇ、いい事が1つもねぇ」
ザークは鼻をフンと鳴らす。
ヴェルセリア本人の魔力も消耗していたので、自分のためにも魔力回復をしたい。だが、ザークにも供給しないと動けなくなる。
「……本日の進捗はルート番号4、地点番号3-4特に問題なし……と。喧嘩ですの? 珍しいですわね」
エレノアは『鳥籠』の
ヴェルセリアとザークの様子がいつもと違い、気にかける。
「喧嘩じゃないわ……はぁ……」
「……ヴェル姉様、どうされたんです? 何故そんなにお疲れなんですの?」
「ザークさんも、いつもより元気がありませんね」
何も知らないエレノアとテオドールが不思議そうな顔をして聞いてきた。ヴェルセリアは周りを気にしながら、小声で説明をする。
「……ザークと私は屈従契約をしているのよ……魔力供給は私から行っているから、供給しないとあの子が動けなくなるの。自分から魔力を含んだ食べ物を食べればここまで私も消耗しないのだけど、魔力含んだ食べ物は野菜や果物が多いから食べないのよ……」
「屈従契約……! そうでしたの、……それで魔力供給を……それはヴェル姉様もお疲れですわね。ザークさんは狼ですから当然肉食ですわね」
肉食動物に繊維質の高い物をあげすぎると、消化不良を起こすのであまり良くないため無理に与えるわけにもいかないのだ。
「マルドの料理には隠し味にマナ・ベリーが使われているから、ザークが食べる肉料理でも回復はするけど……潤う程度だから。ここ最近魔力の消耗が激しすぎて間に合わないのよ」
『パープル・バレル』にある『
「肉でも大量に魔力を含んだ物は無くはないですが……あまり一般流通していない希少なものな上に大変高価ですからね」
テオドールは魔力食材について詳しいらしく、ザークでも食べられそうな物を考えるが現実的に難しいと言う事だけが露呈しただけだった。
「そうなのよ……あと、あまりこの話は……ね?」
ヴェルセリアは小声で話し、口元に人差し指を立てて当てる。
「内緒、ですのね」
小声でエレノアも応える。
その話を聞いて、ふとエレノアは思った。
「……あれだけの魔術をザークさんは使っていた……あれはヴェル姉様から供給された魔力で、ヴェル姉様もそれなりに魔術を使ってましたよね……? ……と言うことは……お互い、どれだけ魔力の器が大きいのですの!?」
「先日のヘルハウンドと対峙した時も、かなりの氷結魔術を使ってましたよね。あれを人間でやるならかなりの魔力の器の持ち主でなければ難しいです」
テオドールも冷静に分析する。ザークの場合詠唱無しで魔術を発動させるので、息を吐くように氷結魔術を使っていた。
それに対して得意げに答えたのはザークだった。
「……そりゃ、俺はフェンリルだからな……魔力の器は大きいどころじゃないんだぜ?」
前にザークが自分はフェンリルだと言っていた事を思い出したエレノアとテオドール。
「……え? あれは……冗談じゃなかったのですの?」
「冗談じゃねぇよ」
「……ヴェル姉様? え? 本当ですの?」
かなり動揺した様子でエレノアが聞いてくる。だが――
「正直、まだ信じきれてないけど……可能性はある、としか」
ヴェルセリア自身、少しは信じてもいいと思い始めている段階なので断言ができないのだ。
「どちらにしても、お2人の魔力の器が大きいと言うことがわかりました……」
テオドールも平静を装っているが、伝説級の魔獣が目の前にいると思うと内心は動揺している。器が大きいとわかったところで、魔力回復が早まる訳では無い。どこかでしっかりと回復をさせないといずれヴェルセリアとザークは共倒れてしまう。
(仕方がない……)
「皆、ごめんなさい。今夜は私、見張はパスさせてもらうわ。完全に魔力回復に充てさせてもらいたいの」
ヴェルセリアは申し訳なさそうに頭を下げる。
理由がわかったエレノアがフォローする。
「大丈夫ですわ、ヴェル姉様。そもそも防御結界を張ってくださっているので、全員寝てても大丈夫なくらいですわ」
他のメンバーも頷いている。野営の際、この一帯を囲むように防御結界を張っているため簡単には魔獣など入ってこれない。
「そうだよ、たまには全員でしっかり休もうぜ」
シオンも賛同する。野営をしているので、見張りを交代で行っているため各々しっかり休めてはいない。
「ありがとう……そうと決まれば……」
ヴェルセリアはマジックバックの中から色々と取り出す。重そうに置かれたのはマナ・ベリー酒だった。それと、普段はお茶の時間にしか出さないスイーツも出す。
「ヴェルセリア……夜にこんな高カロリーのものばかり食べたら太るぞ……」
クレアが出してきた物を見て心配する。
「大丈夫、これのほとんどが魔力回復用のものだから。魔力の器が溢れない限り太らないわ。それに私、美味しいものを食べないと魔力が回復しないのよ」
普段から「美味しいものを食べる」が食事の条件なのはこれが理由なのだ。ヴェルセリアにとっての食事は、心と体を満たすのと同時に、魔力を最大限に満たすもの。なので、どんな案件の時でも食事だけは手を抜けないのである。
出したマナ・ベリー酒を一口呑む。
「……はぁ、美味しい……」
幸せそうな顔をして、マナ・ベリーパイも口にする。普段の食事は野菜と果物中心だ。それらは魔力回復に特化した内容で作られた物をヴェルセリアは好んで食べていた。普段の食事から気を遣っていたので、魔力回復を怠っていた訳ではなく単に消費量があまりにも多かったので枯渇気味になってしまったのだ。
「名前を呼んで供給されるのは、離れていてもできるからいいのだけど……ただ供給したいだけの時は不便ね」
ザークを見ながら果実酒を呑む。
「名前を呼ぶ以外にないのか? 少ししか魔力が来ないからまどろっこしいぞ」
ヴェルセリアは少し考え、答える。
「あるにはあるんだけど……他のやり方、あまりやりたくないのよね……もっとたくさんの魔力を与えられるやり方ではあるのだけれど……」
「もっとたくさん? あるのか? それならその方法でさっさと魔力を寄越せ! 俺もいい加減ちゃんと魔力をもらわねぇと倒れるぞ」
「……」
ザークをじっと見つめ、お酒をまた一口呑む。
「……? なんだよ、その顔は」
じとっとした嫌な顔をして、深いため息を吐くヴェルセリア。余程そのやり方をしたくないのだろう。
「仕方ないわね、倒れられたら困るし……こっちにいらっしゃい」
ヴェルセリアは口元を拭き、手招きをする。嫌そうな顔をされたので、足取りが重いザーク。ヴェルセリアが仕方ないと、嫌な顔をするほどやりたくないやり方とはどのようなものなのだろうか。
「で? どうすれば……」
言いかけたところでヴェルセリアがザークの首に抱きつく。
「……は? ヴェル?」
「動かないで」
ぱく
「!!!! な……な……っ! ヴェル!!」
ザークが突然大きな声を出したので、他のパーティメンバーが驚き注目する。
『!!』
「騒がないの」
ザークのふわふわな耳先を、ヴェルセリアは遠慮がちに甘噛みする。いきなりされたので、ザークは動揺する。
「なっ! ……なにを……」
「魔力供給よ……いつもより流れてくるでしょう?」
「……言われてみれば……」
驚きのあまり、舌舐めずりするのを忘れていた。エレノアとテオドール以外のパーティメンバーがその様子を見て、なんとも言えぬ表情をする。
「ヴェルセリア……いくら飼い犬でもそこまで……いや、もう何も言わない。大丈夫」
クレアが何か言いたげだが、何かを諦めたようだ。
「な……(なんて羨ましい……!)」
小声で呟きザークを恨めしそうに睨むシオン。
「……〜だからやりたくなかったのよ! 耳をハムハムするなんて、犬好き通り越してただの変態にしか見えないじゃない!」
耳と頬を真っ赤にしてヴェルセリアは更に叫ぶ。
「一応言っておくけど、このやり方は理に適ってるから! 力の根源たる言葉を発する口と、それを聞く耳を直接繋ぐやり方だから……決してそのふわふわな耳をハムハムしたいからやった訳じゃないわ!」
「ヴェル姉様、その言い方だとやりたかったとしか聞こえませんわ……」
言い訳がましい言い方をするので、思わずエレノアが突っ込んでしまった。された側のザークは、心臓が早鐘のように打っていた。顔色こそ変わらず表面上わからないが、内心かなり動揺している。
(び、ビックリした……! いきなり、み、耳を、甘噛みとか……)
(ヴェルの、く、唇……! や、柔らかい……)
(ヴェルがあんなに顔を赤くしてる……かわいい……)
感情がぐるぐるしていて自分で自分がうるさいと思うザーク。
「で、でも、人間だって可愛がっているワンちゃんに対してそれくらいはやってますよ? だから変じゃないです! ワンちゃんの耳、ふわふわで可愛いですし……ね? (ヴェルセリアさんの意外な一面見ちゃった!)」
フィオナが擁護をするが、その優しさが逆に恥ずかしくなる。耳の先まで真っ赤になり、涙目になりながらヴェルセリアは叫んだ。
「もう……っ! 犬好きの変態でいいわよ!」
ハムハム
ヤケクソになったヴェルセリアはザークの耳にかぶり付く。
「や、ちょ、ヴェ、ヴェル! も、もういい、もう大丈夫だ!」
何度もザークの耳にかぶり付き、ある程度魔力供給を終わらせた。開けたばかりのマナ・ベリー酒の瓶を3本空になるまで呑んだヴェルセリアは、ザークに寄りかかる形で眠ってしまった。
「ヴェル姉様、呑み散らかしたまま寝てしまいましたわ……こんな所で寝たら風邪ひきますわよ」
「寝かせておけ。ヴェルがここまで深く寝てるのはここに来て初めてだからな……」
ザークのふさふさな尻尾をヴェルセリアのお腹に乗せる。いくら防御結界をはっていても、気を張っているので深くは眠れていなかったのだ。魔力が完全に回復しないのも、それが原因の一つだった。
「(あれ以上魔力供給されてたら危なかったな……。? 危なかった? ……なんでそう思う?)」
よく眠るヴェルセリアの顔を見る。寝息をたて、時々笑いながら眠っている。
寝返りを打ったヴェルセリアは、寝ながらザークの豊かな毛に顔をすり寄せる。
「ふふ……きもち……い……」
「! ……ヴェル……」
モフるその左手の手首には、ザークとお揃いのブレスレットが巻かれている。ザークは、お揃いだと喜んでいたあの時のヴェルセリアの笑顔が思い出された。
「……ヴェルは俺が犬……だから可愛がるのか? ……この姿じゃなかったらこんな事しないのか?」
眠っているので答えないヴェルセリアの顔を、鼻先で撫でる。
「……何言ってんだ俺……」
ザークの小さな独り言は、夜の闇に溶けていった。
この日のヴェルセリアは珍しく深く眠っていたようで、明るくなるまで起きなかった。そして起きてから、昨日は呑みすぎたと反省しながら片付けをするヴェルセリアなのであった。
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