『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「なんか……今までの森と違うな」
探索が始まってはや10日。細かい魔獣や魔物との遭遇はあったが、ヘルハウンドの一件以来、命の危機を感じるような事は起きていない。
パーティメンバーも段々と慣れ、マッピング中は周りを警戒してくれるので安心して作業ができる。最初の1週間は予想よりもマッピング作業が遅れていたが、ここ3日程はスムーズに作業が進み遅れを取り戻しつつある。
今日の探索地は深い森。
「ここは他の場所と比べて暗い森ね」
場所によっては森の深さが違い、明るい森と暗い森がある。今いるこの森は今まで探索していた中でもかなり暗い森に部類する。
「他の場所よりも湿度が高め、キノコ類も多いですわ」
エレノアは見つけたキノコをまじまじと見る。古木など、朽ちた木や幹には苔とキノコが生えていた。
「キノコによっては触るだけでも毒性が表れる物があるから、できるだけ触らない方がいい」
触ろうとしていたエレノアを制止しながら、クレアはアドバイスをする。
「しかし……これだけ暗いと、
シオンが前を歩きながら周りを見回す。何か、とは。
「それはどっちですか? 魔獣とか魔物? それとも……お化けの方ですか? (私はお化けの方が面白そうでいいなぁ)」
フィオナがシオンの真後ろから無邪気に聞く。シオンは暫く考え、顎を撫でながらゆっくり答える。
「……魔獣とか魔物の方が物理的に倒せるからタチはいいかな……お化け……は、どうすればいいのかわからないから困る」
シオンらしい、倒し方に関する感想だった。フィオナはクスクスと笑う。
「……士官学校時代、寮の誰もいないはずの部屋で毎晩ガタガタと音がすると噂になりましたね」
テオドールが思い出したかのように語る。
「毎晩? 誰もいないのに?」
クレアがテオドールの話に食いつく。その表情は少し楽しそうだ。
「はい、毎晩夜になると必ず。気になったルームメイトがその部屋を調べると、消灯時間後に部屋を抜け出して行ったことがありました」
「テオはそれに付いて行ったのかしら?」
エレノアも興味津々に聞いてくる。士官学校時代のテオドールの話を聞く機会はなかなかないので、とても新鮮なのだ。
「消灯時間後に出歩くのは禁止されていましたので、私は付いていきませんでした」
「真面目かよ! そこは付いていくしかないじゃないか!」
シオンが思わず突っ込んでしまった。
「ですので、ちゃんと理由を用意して許可を取って行きました。近頃寮内で不審な人物が目撃されている……と。警備をするという体にして許可を」
「自らその役を買って出て何も疑わられない辺り、優等生なのがわかるわ」
マッピングの手を止めずに話をしっかり聞いているヴェルセリア。
「それで……? 何があったんだ?」
クレアは焦ったそうに、先を聞きたくてしょうがないようだ。
「そこには……子猫がいました。誰かが子猫を拾って使われていない部屋で飼っていたようです」
「猫? ……なーんだ、お化けでもなんでもない話じゃないか!」
シオンが期待を裏切られたような感想を伝える。しかし――
「……それが……その子猫の世話をしていたとされる人物は最後まで現れませんでした。一体誰が……」
不穏な終わり方をしたので、全員が黙ってしまった。
「恐らくですが、先輩方か先生が子猫の世話をしていたのでは、と、私は思っています。言い出すタイミングを逃したのではないかと」
最後は明るくテオドールがまとめたので、全員の緊張が解かれる。
「ったく、迷惑な話だな! 猫を閉じ込めて飼育なんて」
クレアが猫を案じる体でガッカリしていた。オカルト話を期待していたようだ。
「物事には必ず理由がありますから、お化けの類と言われていても実際は人の手で起きた事象だったりします。それに……一番怖いのは生きた人間ですから」
「……テオドール、お前一体何を見て来たんだ……?」
シオンが訝しげにテオドールに投げかける。
「さぁ、なんでしょうね」
それに対し不敵な笑みを浮かべ、答えるテオドールだった。
「(テオドールさん! なんだかミステリアスで素敵です!! ……それにしても、テオドールさんが士官学校に通っていたなんて……お兄様と同じ士官学校だったのかしら?)」
心の声が漏れているフィオナを尻目に、ザークは鼻息を荒くする。
「魔獣だろうがお化けだろうが人間だろうが、こっちに敵意を向けるなら倒すだけだ」
周りの匂いをスンスン嗅ぎながら意気込む。
「そうね、立ち塞がるというのなら魔獣もお化けも人間も関係ないものね。期待しているわよ」
「任せろ!」
ヴェルセリアに期待を寄せられたザークは得意げに応えるのだった。
ザークは鼻をスンスン、耳をピクピクさせながら索敵を怠らない。その姿を見たヴェルセリアは――
「(一生懸命索敵をしている姿、可愛い! マッピング作業さえなかったら撫で回したい……)」
そんな事を小声で言いながら、手元を動かしていく。その時、ヴェルセリアの首筋に何かが触れた。
「ひゃっ……! な、なに?」
この日は森が暗いので、いつものつばの大きな帽子を被っていなかった。それに普段下ろしていた長い髪を緩めの三つ編みにし、横に流していたので首筋が露わになっていた。マッピングをする手を止め、首筋を確認するが、何もない。
「? 気のせいだったのかしら?」
「ヴェルセリア? 大丈夫か?」
クレアが気にかける。
「えぇ、気のせいだったみたい」
気を取り直して、そのままマッピング作業を再開するヴェルセリア。
森の中を進めば進むほど人工太陽の光が届かなくなり、暗さが増していく。
「しかしこの暗さ、足元も危ないな」
シオンが警戒しながら周りを見渡す。生い茂る木々が光を遮り、昼間の時間帯なのにまるで夕暮れ間近と思うほど暗い。
「マッピングするのも暗すぎるわ。明かりを点けるわね」
暗さの限界だったので、ヴェルセリアはワンドを抜く。
シャンッ……
「精霊達よ 我が声を聞き此処へ集え」
ヴェルセリアの声に応えるように、光の粒が沸き立つように集まる。そして短い詠唱を紡ぐ。
「陽光を集めし光の子らよ、我が道を照らせ」
ポゥ……と、柔らかな照明魔術の光で暗い森が照らされる。すると、見えていなかったものが見えてきた。
「え……?」
ヴェルセリアは固まってしまった。小刻みに震えだし、瞳が潤み、今にも涙が零れそうな顔をしている。
「あ……あ……」
ふるふると左右に首を振り、その視線は上の方、生い茂る木の枝。そこには、蜘蛛の巣が張り巡らされていた。よく見れば小さな蜘蛛が大量にいる。これだけ蜘蛛の巣の層が厚いなら人工太陽の光が遮られるため、森が暗くて当たり前だ。
ヴェルセリアの異変に気付いたザークがすぐに駆け寄る。
「大丈夫か? ……ヴェル……?」
ザークがヴェルセリアの隣に寄り添うが、全く動かない。傍にザークがいるのも気付いていないようだ。
「おい、ヴェル! しっかりしろ!」
後ろ脚で立ち上がり、ヴェルセリアの肩に前脚を乗せ目線を合わせる。が、涙がポロポロと零れザークをそのまま抱きしめる。
「いやーッ!!」
子供のように泣き叫ぶヴェルセリア。見た事のない姿に、ザークは戸惑ってしまう。
「お、おい、ヴェル? どうしたんだ……?」
「ヴェル姉様! これは……」
エレノアが心配をしてヴェルセリアの様子を見るが、小声で何かを言っている。
「……いや……くも……こわい……」
うわ言のようにブツブツと、ザークを抱きしめたまま蜘蛛が怖いと繰り返していた。
「あぁ……蜘蛛が苦手、なんでしょうね……」
あまりにも取り乱しているヴェルセリアを全員が心配したが、原因が蜘蛛が苦手だとわかりため息が漏れる。
「ここは一旦引きましょう。ヴェルセリアさんが心配ですし、このままだとマッピング作業も進みません」
テオドールが指示を出す。マッピング作業を主にやっているのはヴェルセリアのため、作業を止めざるを得ない。これ以上進むのも暗すぎて危険なため、一度対策を考えねばならない。
「この森の入口まで戻りましょう」
明るく開けた場所まで引き返す一行。
ヴェルセリアに後衛を任せられなくなったので、テオドールがパーティの最後尾を歩く。当のヴェルセリアはザークの背中にしがみつくように乗り、そのまま運ばれる形になった。グスンと、しゃくりながらまだ泣いている。
「ヴェルにも苦手なものがあったのか……」
ヴェルセリアを背に乗せたザークは、意外過ぎて心配を通り越して呆れている。
「だって……糸を出すのよ? 足もいっぱいあるし……毒も持っている……見た目がまず受け付けられないわ……ぐす……」
蜘蛛が苦手な理由をつらつらと挙げていくが、言っている事は子供のようだ。そんなヴェルセリアの姿を温かい目で見ている人物がいた。
「(ヴェルセリア……蜘蛛を怖がっているあたり、普通の女性と変わらないな……)」
ブツブツと小声で言っているのはシオンである。
普段は何事にも強気で、実際ドラゴンを倒すほど強いヴェルセリア。イグニス率いる『最果ての
チラチラと、後ろからついてくるザークの方を見ながら歩くシオン。それに気付いたクレアが後ろから声をかける。
「シオン! ちゃんと前向いて歩きな! 前衛がそんなんでどうするんだ」
「わ、わかってる!」
慌てて前へと向き直る。段々と明るくなり森の入口が見えてきた、と思った時だった。
「テオ! 森の外に出たらどうしますの? ……テオ?」
エレノアがテオドールの話しかけるが、返事がない。一瞬の間を置き、テオドールを呼ぶ。
「テオ?」
エレノアが振り返ると、テオドールがいない。
「テオ!! 皆さん待ってくださいまし!」
『!!』
エレノアの声で列が止まる。先程までテオドールがいたはずなのに音もなくいなくなったのだ。
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