『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。   作:ねこめがね

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第50話【破幻鏡】

「そろそろ見張りの交代だ」

 

 ローワンが櫓(やぐら)の足元から、見張りをしているコルネットに声を掛ける。

 

「もうそんな時間か」

 

 現在は日付が変わった夜中、静まり返った未踏域では虫の声が静かに聞こえる。

 

「静かだなー、本当に見張りなんているのか?」

 

「だよな、ここにいる冒険者はランクA以上しかいないのに。むしろここの本部の方が危ないんじゃ……」

 

 ローワンがため息を吐きながら櫓の上に上がってきた。三交代で見張りをしているので、真夜中を担当するのが一番辛い。

 

「昼間の見張りだって、あっちこっちで戦闘をしているっぽい大きな音を聞くくらいだしな」

 

「まぁ、それもあともう少し、かなぁ。あー早く帰りてぇ」

 

 ギルドの仕事とは言え、冒険者達と同じ期間この地下での生活なので2人はかなり参っている。

 

 その時だった。

 

「ん? あそこ、誰かいる」

 

「え? こんな夜中に? 入口付近に?」

 

 上から覗き込むと櫓の足元に大きなつばの帽子を被った女性らしき人影が見える。そんな格好をしていた参加者を思い出す2人。

 

『……ヴェルセリアさん?』

 

 その名を口にした時、女性が振り返りローワンとコルネットの方を見上げてきた。

 

 金の髪、特徴的な長い耳、エメラルドの瞳、そして美人だ。そんな人は参加者には1人しかいなかった。

 

「やっぱりヴェルセリアさんだ!」

 

「なんで本部に? パーティDの現在地は確か……ここから一番遠い所に……何かあったのか?」

 

「おーい! ヴェルセリアさーん! 何かありましたかー?」

 

 コルネットが手を振りながら声を掛けると、こちらに妖艶な笑みを浮かべローブを翻しふわりと溶けるように消えていった。

 

『えぇ!?』

 

「おい、今、見たよな!?」

 

「あぁ……」

 

 2人は何度も目を擦り、櫓の足元を見渡した。しかし、人影はもうない。

 

「俺達、夢でも見たのか……?」

 

***

 

「あー……残念ね」

 

「本当ですわ、ヴェル姉様」

 

 探索開始から20日目、予定されていた探索区域の3分の2以上が終わり、マッピングの全体像が見えてきた。

 

 ヴェルセリアとエレノアはため息を吐きながら、落胆している。

 

 2人は魔術で足場を作り、少し高い位置から遠くを眺めていた。見ている先は、この未踏域の中心に位置する大きな木。イグニス率いる『最果ての開拓者(フロンティア)』が探索を担当している場所だ。

 

「2人とも、何やっているんだ?」

 

 足場の真下からクレアが声をかける。それに応えるようにヴェルセリアとエレノアは再びため息を吐く。

 

「おいおい……どうしたんだよ」

 

 呆れたような声を上げるクレアに、足場に上がるようヴェルセリアは手招きをする。

 

「? 何があるんだ?」

 

 軽い身のこなしでヴェルセリアとエレノアが立っている足場に上ってきたクレアは、2人が見ていたと思われる方向を見る。

 

「ん? あの中心にある大きな木か?」

 

 そうクレアに指摘され、ヴェルセリアは両手の人差し指と親指で三角の穴を作る。そして短く詠唱を紡いだ。

 

「光と大気の精霊よ、我が声を聞き此処へ集え。朧げな光、惑わす気流、全てを排し、あるべき真姿(ますがた)を見せよ」

 

 ヴェルセリアの手に光が宿り、作られた三角の穴を覗き込むよう促される。すると、穴を通して大きな木を見ると違う物が見えてきた。

 

「なに……これ……幻術なのか?」

 

「そう、あの中心にある大きな木に見えていた物は、実際には存在せずにあるものを隠していたのよ」

 

 あるものとは、大きな神殿のような建物だった。

 

 それが見えたところで、再びヴェルセリアとエレノアは盛大なため息を吐くのだった。

 

「はぁ……本当に残念ね」

 

「本当に……ですわ」

 

「え? え?」

 

 その落胆ぶりに驚くクレア。何がそこまで残念なのか、すぐには理解ができなかった。

 

「……なんでそこまで?」

 

「なんで? それは……あの神殿がランクSがいるパーティの担当区域にあるからよっ!」

 

「私達(わたくしたち)が最初に見つけたのに、調べるのはパーティE……悔しいですわッ!」

 

 2人の反応と悔しがり方が全く同じで、クレアは思わず吹き出してしまった。

 

「ふっ……2人の反応が……面白すぎだろ……ふふ……」

 

「面白くないですわ! あの場所を調べる事ができると思って今回の探索に参加したのですのよ!」

 

 怒りを露わにしたエレノアは、クレアを睨みつける。かなり悔しがっているようだ。

 

「悪かったって……でもあの神殿にいつから気付いていたんだ? その言い方だと……」

 

「初めからよ。ここを発見した時から、ね」

 

「初めから? 遠目で見たって全然わからないのに?」

 

 ヴェルセリアの魔術で初めて気付く程、建物にかけられた幻術はかなり高位のものだった。あれを見破るのは至難の業だ。

 

「これを使いましたわ」

 

 そう言うと、エレノアは眼鏡を取り出した。一見普通の眼鏡だが、エレノアは頼んでもいないのに自慢げに説明をし始めた。

 

「ふっふっふ……この眼鏡はスターリング商会謹製の『破幻鏡(ディスペル・アイズ)』ですわ!」

 

「ディスペル……アイズ?」

 

「この眼鏡をかければ、先程ヴェル姉様が詠唱した幻術を見破る魔術と同じ効果で真実の姿が見えますのよ! アルカイアなどの遺跡探索の際、必須アイテムですわ!」

 

 遺跡探索の際、隠し通路などを幻術をかけて隠している場合があるため、見破る魔術は必要なのだ。スターリング商会はそこに目を付け、開発されたのが『破幻鏡(ディスペル・アイズ)』と言う訳だ。

 

 クレアはその『破幻鏡(ディスペル・アイズ)』を渡され、かけるよう促される。

 

「……本当だ……これ、すごい便利だな」

 

「おーほっほっほ! ……そう、便利ですわ、便利ですが……この眼鏡はスターリング商会幻の商品となってしまったのですわ……」

 

 商品の自慢から落差が激しく、エレノアは肩を落とした。

 

「え? 幻? 幻を見破る商品なのに、商品自体が幻になったのか?」

 

「……ふふっ……上手いわね」

 

 ヴェルセリアは思わず笑ってしまった。エレノアも一本取られたと顔に出し、笑いそうになるのを咳払いで誤魔化す。

 

「……ん、うん! えぇ、冗談みたいな話ですが、その通りですわ……なんでも、高齢の魔術師から販売差し止めの申請がありまして……」

 

「大方、自分に幻術をかけて若く見えるようにしていたのね。それを簡単に見破られるなんて、販売差し止めと騒ぐはずよ」

 

 どの時代でも若く見られたいと思う人間はいる。魔術でそれを実現できるとあれば、それを使うだろう。それを他人が勝手に見破れるとなれば、必死に販売差し止めに動くのは火を見るより明らかだ。

 

「その高齢の魔術師は自分に自信がなかったのね。どんな見た目でも、自分に自信があれば年老いても美しいものよ」

 

「本当に。下らないな」

 

 ヴェルセリアの発言に頷きながら賛同するクレア。

 

「……良い事を言っていますがエルフのお2人にそう言われても、説得力がありませんわ……」

 

 見た目が変わらないエルフの2人、年老いた姿が全く想像がつかない。

 

『???』

 

 ヴェルセリアとクレアは首を傾げるのであった。

 

「……女性に聞くのも憚(はばか)れますが……ヴェル姉様とクレアさんって、おいくつですの? エルフは見た目では年齢がわかりませんので……」

 

 歳を重ねる、と話が出たので今まで気になっていた事をエレノアは2人にぶつけてみた。

 

「私? 実年齢は235歳だ。エルフは20歳を越えたら見た目がずっとこのままだからな……まぁ、世間に大人と認められるのは100歳越えてからだけど」

 

「ヴェル姉様は?」

 

「私は155歳よ」

 

「なんだ、ヴェルセリア全然若いな! あまりにも落ち着いてるから同じくらいかと思ったよ。まぁ、80歳差なんて誤差みたいなもんだからな」

 

 普通に考えたら80歳差は赤子と老人ほど離れている。エルフと人間の時間間隔の違いが露呈され、エレノアは頭を抱えた。

 

「……エルフジョークは理解ができませんわ……」

 

「エレノアは?」

 

「私(わたくし)? 18になりましたわ!」

 

 成人年齢を迎えたと、自慢げに胸に手を当て鼻息荒く宣言するエレノア。

 

『……赤子ね』

 

 ヴェルセリアとクレアは、エレノアの頭をニコニコしながら撫でまわす。

 

「や、やめてくださいまし! 私(わたくし)は立派なレディですわ!」

 

 高い足場で女性3人が楽しそうにじゃれ合っていると、下から声がかかる。

 

「おーい、何やってるんだ? そろそろ移動しようぜ」

 

 シオンが呆れた顔をして3人を見え上げる。その隣にいるフィオナが頬を膨らませてぴょんぴょん跳ねていた。足場に登れず地面にいたのだ。

 

「皆さん楽しそうでズルいですー! (私も混ぜてほしい!)」

 

「あらあら……行きましょうか。私達は私達の担当区域の探索をしましょう」

 

 中央の神殿を尻目に、足場から3人は降りて合流する。仕方がないと半ば諦め、埋まっていない地図を再び埋める作業に戻っていく一行。

 

「テオとザークさんは?」

 

「もうとっくにこの先の索敵をしてるぞ」

 

 テオドールとザークを追いかけ、まだ人が足を踏み入れていない未踏域を進んでいく。

 

***

 

「素晴らしいですね……」

 

 ローランドは感嘆の声を上げる。神殿らしき建物の足元に、『最果ての開拓者(フロンティア)』のメンバーがいた。

 

「まさか見えていた物が幻術だったとは……」

 

 アルドリックも驚きを隠せない。それもそのはず、近くに寄っても全くわからないほど精巧に隠されていたのだ。

 

 森を大きな木を目印に進んでいた『最果ての開拓者(フロンティア)』のメンバー達、それが突然巨木が消え目の前には拓かれた場所に神殿らしき建物が現れた。あまりにも突然だったため、何が起きたのかわからなかったのだ。

 

「いやーすごいねー! 魔術ってこんなこともできるんだ」

 

 相変わらず緊張感に欠ける声でイグニスはローランドに聞く。この手の話で一番詳しいのはローランドだからだ。

 

「……あまり幻術は詳しくないのですが……ここまで完璧にカモフラージュができるのは、かなりの技術が必要ですよ」

 

「……そうなの?」

 

「普通なら空気の流れや気温湿度などで乱れますからね。いくら閉鎖された空間とは言え、ここは風が流れていますから」

 

 詳しくないと言いつつ、凄さを語るローランド。先程から建物周りの足元を見て歩いている。幻術がかかるための仕掛けを探しているのだ。

 

「ローランドさん! これじゃないですか?」

 

 リリアが足元のタイルを指さし、ローランドを呼び寄せた。地面には魔石がはめられたタイルがあり、それが神殿らしき建物を囲むようにして敷き詰められている。

 

「なるほど……この魔石で魔術を発動、タイルはその幻術の範囲を示しているのですね……かなり大がかりな魔術なのがわかりますね」

 

 ローランドはタイルに書かれた魔法陣を指でなぞりながら、ノートに写している。現代にはない魔術なので、珍しいのだ。

 

「ねー! そんにゃ事より、中を調べるんじゃニャいにょ? 早く行こうニャ!」

 

 あまり魔術に興味のないメイプルがローランド達に声をかける。放っておいたら勝手に神殿の中に入ってしまいそうな勢いだ。

 

「メイプル! まだ入っちゃダメよ! ステイ!」

 

「私は犬じゃにゃいニャ!」

 

 コーデリアがメイプルを止め、犬扱いをしたので怒っている。

 

「……イグニス、ここはどうだ? 何か感じるか?」

 

 アルドリックがイグニスに問う。新たに足を踏み入れる場所はいつもイグニスに野生の勘的な索敵(・・・・・・・・)をさせてから、本格的に索敵を開始するのだ。

 

「うーん……生き物的なものは感じないかな。ただ……ここから先に行くと何か視線を感じる。でも、下がるとそれがなくなる。なんだろう?」

 

 足元には建物を取り囲むようにして敷き詰められたタイルがある。その境界となる場所には淡い色の違うタイルで、線が引かれているように見えなくもない。

 

 そこから建物の入口に向かって石柱が左右に立ち、通路のようになっている。

 

「それは……装置、的なものかもしれないですね。これだけ大掛かりな幻術をかけるくらいです、警備装置的なものがあってもおかしくありませんよ」

 

 ローランドは、その装置があるとすればどこにあるか観察するように建物を見上げる。装置と言われても、わかりやすい形をしているとは限らない。

 

 通路の左右にある石柱の上には石像があり、石像は入口までの石柱全てに載っている。何かがありそうな雰囲気だ。

 

「なんとなく、あれ(・・)っぽい雰囲気ですが……装置がわかるまでは、下手に近付かない方がいいですね……って、イグニス!!」

 

 ローランドの話が終わる前に、建物の入口向かって行くイグニス。すでに走り出している。

 

「パッと見わからないなら、動かしてみればいいんじゃないの? その、装置とやらを。援護よろしくね」

 

 建物の入口に向かってイグニスは徐々にスピードを上げて走っていく。その装置がどんなものなのかわからないので、とにかく発動させてみようとイグニスは真っ直ぐではなく無駄に左右に振れながら移動していった。

 

 すると、左右両側にある石柱の上にある2体の石像が動いた。その石像は魔術師のような格好をしており、手にはロッドのようなものを持っている。

 

「あれは……生ける石像(リビング・スタチュー)!」

 

「ん? 石像が動いた、面白いね!」

 

 そう思った瞬間、石像のロッドが光り出しイグニス目がけて雷の魔術が落ちてきた。強烈な稲光で、辺りが白い光に包まれる。

 

「い、イグニス!!」

 

 イグニスの安否を確認するように声をかけるが、本人はそれに気付かず突っ込んでいく。左右の石柱を交互に蹴り上げ、既に石像の目の前に跳躍して斬りかかっていた。

 

「ハァッ!!」

 

 剣の軌道すら見えないほどの速さで一閃を放ち、石像を真っ二つに斬る。

 

「先ずは1体目!」

 

 魔術師の格好をした石像はイグニスに斬られ、石柱から落とされ砕け散った。

 

 石像を斬った勢いで身体を半回転させ、反対側の石像を捉える。すると、今度は氷柱状の氷をイグニス目がけて飛ばそうとしていた。

 

「やらせにゃいニャ!!」

 

 低い体勢で走り込んできたメイプルが高く跳躍をし、もう1体の石像に回し蹴りを喰らわせる。石像の首から上、頭を蹴飛ばし弧を描くようにして首が飛んだ。しかし、石像は首が飛んでもロッドを前に出し、魔術を発動させようとしてきた。

 

「へぇ、しぶといね」

 

 魔術が発動する前にイグニスが石像に向かって跳躍する。剣を握り直し、下から掬い上げるように斬りかかり、トドメに上から地面に叩きつけるようにして剣を振り下ろした。魔術師の石像は砕け散り、漸く沈黙する。

 

「……で、これがなんだって?」

 

 先程斬りかかる前にローランドがこの石像について言っていたため、確認するようにイグニスは問う。

 

「これは生ける石像(リビング・スタチュー)、石像に魔力を込め侵入者に対して攻撃をする。予想通り建物を護る警備装置みたいなものです」

 

「……って事は、あの石柱の上にあるのは全部……」

 

 コーデリアが嫌な顔をして石柱の上にある石像を見る。

 

「全部、ではないと思いたいですが、まだ動く物は混ざっていると……」

 

 ローランドは眼鏡を指で持ち上げ、石柱の上にある石像を見つめるのであった。




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