『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「ゴーレムが……氷漬けになっている……」
ヴェルセリア達は意を決して、怪しげな建物の内部に入っていた。そこで見たのは、魔力感知で見えていたゴーレム5体が全て氷漬けになっている光景だった。
建物の入口は見た事のない造りで、床は埃や砂が被っていたが滑らかで磨き上げられた大理石でできており、閑散としている。歩くたびに一行の足音が響く。
ゴーレムを警戒しながら進んでいたのだが、入口に向かって並ぶようにして5体のゴーレムが氷漬けになっていたのだ。
「この氷……いつかけられた魔術なんだ? 一切溶けた形跡がない」
ザークが驚きを隠せない。氷結魔術を使うからこそ、凄さがわかるのだ。
「ゴーレムは発動しているのに動けないでいる……なんて強力な魔術なの……」
氷漬けになっているゴーレムは、確実に発動している。今目の前にヴェルセリア達がいることで、動こうとしているのだが氷に阻まれ全く身動きがとれないでいるのだ。
「一体誰がこれを?」
クレアがゴーレムの目の前まで近付き、ゴーレムが発動をしているのを確認している。
「私達が来る前に誰かが来ていたのでしょうか?」
フィオナはシオンの後ろに隠れながらゴーレムを覗き込んでいる。
「古代人がやったんですかね……? 魔術の効果はそこまで持続するものでしょうか?」
テオドールがヴェルセリアとエレノアに向き直り、質問をする。
「普通の氷結魔術だけでは無理ね。時間を操る、固定化の魔術も重ね掛けしなければこうはならないわ。でも……時間の固定化は難しい魔術……かなりの手練れがやったのは間違いないわ」
「……理屈はわかりますが、それって理論上できることですの?」
「あら、それはマジックバッグの原理と同じよ? マジックバッグも空間を拡張する魔術と時間の固定化を重ね掛けしたマジックアイテムだから、ね。厳密に言えば、もう一手間かけられてはいるけど……」
「そう言われれば……現実味が一気に湧いてきますわ」
ヴェルセリアとエレノアの会話を聞いていたザークは何を言っているのか理解できなかった。魔術の重ね掛けとは魔獣が操るものとは異なり、人族が知恵を絞り研究された結晶のようなものだ。
少しの会話でその内容を理解できるエレノアは、魔術研究が好きと言っていただけありできる人間だ。そしてすぐに理解した様子を見て、ヴェルセリアは嬉しそうにしている。
「……でも、この建物を管理をしていた古代人がゴーレムを氷漬けにするのはおかしな話だな。ゴーレムを管理してたのも建物を管理していた古代人じゃないのか?」
シオンは氷漬けにされた理由の方が気になる。警備のために設置されたのなら設置した側が解除をすればいいだけの話だ。
「そうね、氷漬けにするよりゴーレムの命令を止める方が簡単だわ。うーん……でも今それを考えても仕方ないし、警戒していたゴーレムが動かないなら好都合だわ。このまま探索を始めましょう」
「そうですね、まずは入口周辺から。この建物は地下へと続いている可能性がありますので、1つ1つ確実に見て回りましょう」
テオドールの声掛けに全員が頷き、各々探索を開始する。ただ、入口のあるこの階は何も無く、広いフロアになっている。
「ここは何もなさそうだな」
「そうだな……ここはギルドの受付フロアに似ているな」
細かく見ようにも、あるのは受付カウンターのようなものとソファとローテーブルのみ。その時、フィオナが声を掛ける。
「ここ、扉のようなものがありますが……」
フィオナが見つけたのは、扉のようなもの。それは不思議な形をしていた。金属でできた扉なのだがドアノブはない。しかも左右に同じ扉が2つあり、扉を挟んだ真ん中の壁にボタンらしきものがある。
「これはなんでしょう?」
「罠……ってわけじゃないよな?」
怪しげなボタンがあり、皆が警戒をする。ドアも押したところで開く気配がない。ヴェルセリアはボタンに手を伸ばし魔力感知をしてみる。
「……雷……?」
ヴェルセリアが手をかざすとボタンの周りに魔法陣が浮き上がるように光る。
「……雷の精霊よ、集え」
小さく呟くように精霊を呼び込む。すると、ボタンが光り開かなかったドアノブのない扉が左右に横開きをしたのだ。
『!!』
予想外の開き方をした扉に、全員が警戒をする。扉の中は狭い部屋のようで、開いた瞬間、中の灯りが点った。誰も動かないため、ザークは警戒しながら部屋を覗き込む。
「……さほど広くない部屋みたいだな」
一歩踏み出して中に入ると、足元がどこか不安定だった。
「なんだこの部屋……足元がグラつくぞ」
ザークに続きヴェルセリアも中に入る。周りを見回し中に何かないか確認をすると、扉側の内側の壁にまたボタンのようなものがあった。
「またボタンと魔法陣があるわ。さっき魔力を流したら扉が開いた……と言うことは、今度は閉じるのかしら?」
「ヴェル姉様、その中は他に何もないのですの?」
改めて部屋の中を見回してみるヴェルセリア。
「えぇ、他には何もないわ」
「うーん……扉が閉じたらどうなるのかしら?」
「とりあえず全員この部屋に入ってみるか」
クレアがエレノアの両肩を押して部屋に入る。エレノアを追うようにテオドールが、釣られるようにシオンとフィオナも入る。
奥に少し長い部屋はザークを含め全員が入った。
「魔力を流してみるわね……雷の精霊よ、集え」
ボタンの周りに描かれた魔法陣が浮かび上がるように光り、扉が閉じる。すると、言いようのない感覚に一同は襲われる。部屋が動いているのだ。
「キャッ!!」
「えっ! なんだこれ!?」
「う……っ! なんだか、気分が……」
「な、なんだ!?」
「部屋が……下がっている?」
各々が感じたことのない感覚で戸惑っている間に、動いていた部屋は止まった。それと同時に扉が開かれる。
『うわぁッ!!』
扉が開いたと同時に全員が部屋から飛び出すように倒れ込んでしまった。
「イテテ……」
「ぐえぇ……お、重い!! 早く……退いてくれ!!」
1番下になったザークがうめき声を上げながら文句を言う。
「大丈夫?」
ヴェルセリアはザークを撫でながら起きるのを手伝う。全員が立ち上がり、動く部屋を出るとそこは暗く長い廊下があった。
***
「さっきの場所じゃない……」
クレアは降りた先を見回す。その言葉を受けて皆が警戒をする。先程狭い部屋に入った時と場所が変わっていたのだ。
「……さっきの部屋は地下に降りるための物だったのね」
「あぁ……なるほど、『アクアス』の展望塔にある魔動昇降機と同じですね。形状が全く違うのでわかりませんでした」
テオドールが似たような物がある事を思い出した。どうやら、同じ働きをする魔道具があるらしい。
「違う形?」
「はい、展望塔は観光地ですので、魔動昇降機の壁がガラス張りになっていて、外の景色が見える形になっています」
「これは地下に降りるためのものだからこの形になったのね」
魔動昇降機とわかり納得ができたので、全員が警戒する部屋ではなくなった。それよりも、この廊下の先の方が気になる。
「しかし暗いわね……灯りをつけるわ」
ヴェルセリアはワンドを抜き、精霊を呼び込む。
シャンッ……
「精霊達よ 我が声を聞き此処へ集え」
ヴェルセリアの周りに湧き立つように光の粒が集まる。
「陽光を集めし光の子らよ、我が道を照らせ」
光の玉のような照明魔術をワンドで軽く叩くと数が増え、1人1人に配られる。数が増えた事で、廊下が明るく照らされた。廊下は広く、壁がガラス張りになった部屋が左右にいくつもあり、部屋の奥には見慣れぬ機材など何か大きなものが見えた。ヴェルセリアは廊下の奥を見据える。
「……一番奥に、さっき感じた
異様な気配にザークの毛が少し逆立つ。だが、現状何かが起きるような様子はない。
「静かですわね……生き物であるなら眠っているか、先程のゴーレムのように動けないようになっているか……でしょうか?」
「どちらにしても今動かないなら好都合よ。他の部屋の探索を行いましょう」
手前にある右側のガラス張りの部屋を覗き込む。廊下側から中に入れないか探ると、扉があった。今度はドアノブが付いている。ヴェルセリアはドアノブに手をかけ開けようとするが、鍵がかかっているようで開かない。
「鍵がかかっているわね」
「それなら!
エレノアは自信満々にヴェルセリアが開けようとしたドアの前に立つ。ドアノブに手をかざし、物理的な鍵なのか魔術的な鍵なのかを判別する。
「これは……物理的な鍵ですわ。少々お待ちを」
そう言うと、金属でできた細い器具を取り出す。
「……何をやっているの?」
物珍しそうにヴェルセリアが覗き込む。
「鍵開けですわ。
「すげぇ……一瞬だな」
シオンが思わず声を漏らす。それを受けてエレノアは得意げな笑顔を見せる。
扉を開けると薬品と思われる、独特な臭いがした。
「……何か、治療院の調合室みたいな臭いですね(この臭い……あまり好きじゃないです……)」
フィオナに続きザークも部屋に入るが、鼻が良いせいで苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「毒素……は無さそうだな」
クレアが部屋の臭いを嗅ぎ、安全性を確かめている。
「部屋はたくさんあるみたいだから、エレノアは鍵を全て開けてくれるかしら。テオドールはエレノアと一緒に回って」
「わかりました。お嬢、行きましょう」
「えぇ! 全部開けますわ!」
エレノアが鍵を開けている間、最初の部屋を見て回る。部屋には薬品棚があり、様々なラベルが付けられた瓶が所狭しと並べられている。地下の暗い部屋なので、日焼けもせず綺麗に保存されていた。埃は被っているものの最近まで使われていたと言われてもおかしくない状態だ。
「ここは何の施設だったのかしら……薬の調合? でも……」
奥にある扉の向こうに、人とも魔物ともとれない生き物の気配がある。その存在がなければ、この未踏域での人工的な薬草栽培をしていたと言えた。だが、その
「ヴェ、ヴェル姉様!!」
廊下からエレノアが呼ぶ声がする。その声色から只事ではなさそうだ。
「エレノア?」
ヴェルセリアはザークと目を合わせ、エレノアの声がする方へ共に駆けていく。声がした部屋に着くと、エレノアは腰を抜かしていた。
「どうし……っ!! う……っこれは……」
ヴェルセリアの声が詰まる。エレノアの視線の先に巨大な水槽のようなものがあり、その中には頭部は人間、身体は獣、しかし身体を覆うのは毛ではなく鱗で尻尾は魚、指には水掻きが付いている異形の者が入っていた。それはすでに息絶えており、標本保存されているようだ。
「こんな……こんな事は……許されませんわ……酷すぎる……」
エレノアは口元を押さえ、掠れる声を絞り出す。
「フィオナが言っていた事が……本当に行われていたのね……」
エレノア達の声を聞きつけ、クレア、シオン、フィオナも駆けつける。そして3人も水槽に入れられた異形の者を目の当たりにし、言葉が出ない。
ザークは水槽を見上げ、その異形の者を目を凝らして見る。魔獣であるザークから見たその異形の者は、あまりにも
「……魔獣2体に人間を合わせたのか……」
ヴェルセリアはその部屋で、ある物を漁る。
「……ない……ここにも……っ……おかしいわね……」
「……ヴェル姉様? 何を探していますの?」
「研究資料よ。これほどの物を造る研究職の人間なら、嫌と言うほど記録を付けるものよ。だから資料がないのはおかしいわ……」
この異形の者を造るにあたり、記録が付けられた物がないか部屋にある棚という棚をひっくり返す。
驚くことに、先程からこの施設の中では
「……この施設を放棄する前に、資料を持ち出したのではないでしょうか?」
テオドールがヴェルセリアの背に投げかける。その言葉を受けて嫌な予感がした。
「まさか……これを引き継いで研究を続けている場所がある、とか言わないでしょうね?」
「……そう思いたくありませんが、もしかしたら……」
ヴェルセリアは唇を噛んだ。人や魔獣の命を弄ぶような実験を、昔とは言え行われていた事に憤りを隠せない。過去の過ちを繰り返さないよう世間に公表する動きがあったのなら、王立魔術研究所が既に公表しているはずだ。だが資料が一切無くなり公表されていないあたり、世界のどこかでこの研究の続きをしている人物がいる可能性が捨てきれない――
「許せないわね……エレノア! 一番奥の部屋の扉に向かうわよ」
ヴェルセリアはエレノアの手を取り、一番奥の扉へと歩き出す。
「ちょっ……! ヴェル姉様! どうなさるつもりですの!?」
「こんな倫理が崩壊した研究所は破壊しないと……っ!」
「だ、ダメですわ! ヴェル姉様! 落ち着いてくださいまし!」
エレノアはヴェルセリアの手を強く握り、歩みを止める。テオドールも駆け寄り、ヴェルセリアを説得を試みる。
「お気持ちはわかりますが、今はギルド主体で行っている探索中です。ここで見つけたものは全て報告を上げねばなりません」
「でも……! 資料を持っている人間が今現物が遺っていると知ってしまったら……」
「ギルドに判断を委ねるしかありません。私達にできることは、ここを調べ報告をまとめる事です。その報告の中に、世間へ公表する事へのリスクも含めて……」
ヴェルセリアは悔しさを滲ませた表情をする。ここがギルド管轄下の場所でなければ、今すぐにでも破壊をするのだが。
「……わかったわ。その報告書、私に書かせてね……絶対に世間に公表させないように書いてやるんだから!」
暴走しかけていたヴェルセリアを止めることができたエレノアとテオドールは、互いに安堵のため息を吐くのだった。
その後の探索で長い廊下の左右にあったガラス張りの部屋には、やはり資料のような文字が刻まれた物が出てこなかった。あるのは、実験に使われた魔獣の身体の一部の標本やホルマリン漬け、薬品の調合に使われた機材だけだった。
「報告書にし辛いわね……いつ頃の物なのかわかったものじゃないわ」
「そうですわね、わかるのは薬品のラベルに書かれた文字くらい。ただ、書かれている言語の使用されていた期間が長いものなので、特定が難しいですわ……」
古代語が読めるエレノアでも、判別が難しいのだ。悔しさを滲ませながら部屋の探索を進めていく。やはりどの部屋にも
長い廊下を奥へ行けば行くほど、人体実験が行われていた事実を突きつけられるような
そして最後の扉の前へと向かうのであった――
お気に召しましたら、感想、評価、お気に入り登録頂けると嬉しいです。
どうかよろしくお願いします。