『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「さて、いよいよ最後の扉、ね」
長い廊下の突き当たり、大きな扉の前に一行は辿り着いた。
『……』
「……どうしたのよ、皆顔が怖いわ……」
「き、緊張しすぎてな……」
シオンが正直な感想を述べる。そして他のメンバーも同じように緊張をしている。それもそのはず、この扉の向こう側には今までとは違い、標本ではなく
「皆さん、一度深呼吸をしましょう。大丈夫です、扉の向こうにいる者は動く気配がありません」
テオドールの声が皆を落ち着かせる。1人を除いて。
「(て、て、テオドールさんッ!! この状況で皆を落ち着かせるなんて……さすがです! さすがリーダーです!!)」
小声で騒いでいるフィオナを、ザークは呆れた目で見ていた。
(この娘、
「ザーク? 大丈夫?」
「あ、いや、大丈夫だ。なんでもねぇよ」
舌舐めずりしながらザークはヴェルセリアに寄り添う。ヴェルセリアも緊張から少し手が震えていたが、ザークの首周りに抱きつき心を落ち着かせる。そして流れるように耳を甘噛みをした。
「!! ……ヴェル?」
前触れもなくいきなり甘噛みをされたので、ザークは一瞬身体が跳ねる。チラリとヴェルセリアを見ると、その表情は硬い。
「……準備よ。何か……嫌な予感がするから、ね」
その言葉を受けてザークは気を引き締める。ヴェルセリアの予感は当たる。
「それでは、扉を開けますわ」
今まさに扉を開けようとエレノアが開錠作業に入ろうとしていた時だった。クレアが間が悪いとわかりつつ、申し訳なさそうに声を上げる。
「……悪い、気になる事があるんだけど……」
「クレアさん、どうかされましたか?」
テオドールが話しやすくするため、クレアに促す。
「うん、今更なんだけど……ここに、見覚えのある扉があるんだけど……」
そう言われ、クレアが指さす方を見る一同。皆が突き当たりの大きな扉を注目していたばかりに、全く気が付いていなかったのだ。大きな扉の左側の壁に、ヴェルセリア達が地下に降りるために使った魔動昇降機と同じ扉があった。
「ん? これって……魔動昇降機、だよな」
「と言うことは、この真上に建物があるって事ですかね?」
シオンとフィオナがその見覚えのある扉について考えているその時、ザークの耳が人の声を捉える。
「……この声……
「え?」
『……ぅわぁぁぁ!!』
複数人の叫び声が聞こえたと思った時、目の前にある魔動昇降機の扉が開いた。ヴェルセリア達同様、扉が開いた瞬間イグニス以外の『最果ての
「いたーい!! 早く退いてニャ!!」
「メイプルごめん! 大丈夫か? ローランド! お前無駄にデカいんだから早く退いてくれ!」
「みんなー大丈夫?」
「イグニスさん! 立っているならアルドリックさんを起こしてください!」
『最果ての
「な……んでここにランクSがいるのよ……」
「……嫌な予感、早速当たったな」
ザークは呆れた様子でヴェルセリアを見た。
「あれ? ヴェルセリアさん達だ! なんでここにいるの?」
ひらひらと手を振りながらイグニスはヴェルセリアに近付いていく。
「なぜって……ここは私達が探索している場所だからよ」
「おっかしいなぁ〜ここ、俺達が探索してた神殿っぽい建物の真下なんだけど」
そうイグニスに言われ、ヴェルセリアはエレノアと目を合わせる。そして
「うそ……確かにここの廊下は長いとは思っていたけれど……」
「おや? パーティDの皆さんじゃないですか……」
フラフラとしながら立ち上がったローランドがヴェルセリア達の方に近付いてきた。ヴェルセリアは咄嗟にザークの前に立ち塞がり、ローランドに近づけさせないようにする。だが、ローランドはヴェルセリア達が通ってきた長い廊下の方を注目した。
「なんですかここは……気になる事が多すぎますね」
「残念だけど、ここまでの部屋の探索は既に終わっているわよ」
「えぇ! ……一歩遅かったですか……」
ガックリと肩を落とすローランドに対して、イグニスが文句を言う。
「ほら、ローランドがモタモタするからだよ」
「はぁ!? 何を言っているんですか! 何度呼んでも戻ってこなかったのはイグニスじゃないですか! 装備は全部脱いでいたし……それに防御結界を張り直すのだってそれなりに大変なんですよ!」
どうやら、ここに来るまでに何かあったようだ。
「……でも、探索としては終わっていますが、見て回るのは自由ですよね」
興味のある事に対しては前向きなローランド。かなりの数の部屋があるのだが、それを1人で見て回る気満々である。
「それよりさ、ここ、開けないの?」
イグニスが大きな扉の前で目をキラキラさせている。中にどんなものがいるのかわかっているようだ。
「イグニス、ここは元々パーティDの皆さんが先に探索に入っていた場所だから……すみません、横から急に俺達が来たせいで……」
アルドリックが申し訳なさそうに頭を下げる。それを見て小さくため息を吐いたクレアは擁護する。
「仕方ないよ、ここ、お前達の探索してた場所の真下なんだろ?」
「そうなんです、ここは神殿にあった治療院の真下で、隠し扉がありまして――」
リリアが事の経緯を簡潔に教えてくれた。
「――と言う訳です。まさか地下にこんな場所があるなんて思いませんでした」
それを聞いたヴェルセリア達は嫌な予感がしていた。治療院の真下に非人道的な実験場――何か、点と点が繋がりそうで怖いのだ。イグニス達はまだ廊下に続いている部屋の内部を見ていないので、ただ不思議に思って降りてきただけだろう。
期待に胸を膨らませ楽しそうにしている『最果ての
「……ヴェル姉様、開けてもよろしいですか?」
「仕方ないわね、探索しなければならないのは変わらないし……」
扉を開けるのを躊躇していると、イグニスが指摘をする。
「ヴェルセリアさん達は、なんでそんなに顔色悪いの?」
「……貴方の事だから、この中にいるものが
「……何となくね」
「わかっててよくそんな顔ができるわね。この場所が何をする場所かわかったらそんな顔はできないわ……」
イグニス以外の『最果ての
「解錠、始めますわよ」
エレノアは扉に手をかざすと、大きな魔法陣が浮かび上がった。この扉だけ魔術で施錠されているようだ。
「テオ、これは時間がかかりそうですわ。皆さんには今のうちに補給を行うよう伝えてほしいですわ」
「わかりました。皆さん! 今の内に食事を摂って下さい」
テオドールは残りのメンバーに声を掛けて周る。
「……うーん……」
エレノアは施錠の魔法陣を前に、唸り声を上げる。それを見ていたローランドはメガネを指で持ち上げ、ノートを取り出す。
「……解錠、手伝いましょうか?」
ローランドはエレノアに近付き、手伝いの申し出をする。
「お願いしますわ。……この手の施錠用の魔法陣はある程度パターンが決まっていますわ。3枚の重ね掛けならば……」
エレノアも過去の探索で見つけた魔法陣を記したノートを取り出し、見比べる。エレノアのノートを横から見たローランドは、感嘆の声を上げる。
「ほう……貴女はエレノアさん、ですよね。古代語だけではなく、古代の魔法陣の研究も深くされているのですね」
この未踏域発見で新聞にエレノアについて書かれていたのを読んでいたローランドは、古代語がわかると知っていた。
「
エレノアは得意げな顔をして、大きな魔法陣の解錠をしようとした時だった。ヴェルセリアが声をかける。
「エレノア! そこ、気を付けなさい」
エレノアとローランドが会話をしている間、ヴェルセリアも扉の魔法陣を見ていた。その中に気になる箇所があったのだ。
「どこです?」
「ここよ、先にこの小さな魔法陣を解除しないと……これは時間固定の魔法陣?」
どうやら大きな魔法陣3つに見せかけ、トラップとしてもう1つ小さな魔法陣が施されていたようだ。
「っ! 本当ですわ! 先にこちらを解除しないと……うっ……間違えたら50時間、ロックがされるようになってますわ。これを設置した
「探索を行う時は、人が何を思って設置した物か考えるといいわよ。どんな物でも人の手で作られた物なら、その時の気持ちや心が少なからず入っているから、ね。……でも……」
「? 何か気になる事でもあるのか?」
ヴェルセリアの表情が少し曇ったように感じたザークが気にかける。
「……さっきの氷漬けのゴーレム……あれと何か近いものを感じたのだけど……気のせいかしら」
探索の際設置した人の気持ちを考える――その言葉を横で聞いていたローランドは、ヴェルセリアの人間性について思い直していた。
先日の
「(師匠に似てると思いましたが違いましたね)」
温かい目で見ていたローランドだったが、その視線に気付いたヴェルセリアは怪訝な表情を浮かべる。
「? なによ? ……はっ! エレノアには指一本触れさせないわよ」
ローランドがエレノアを邪な目で見ていると勘違いしたヴェルセリアは、エレノアを後ろから抱きしめる。その言葉に眼光が鋭くなったのはテオドールだった。
「ひゃっ! ヴェ、ヴェル姉様!?」
「……違いますよ……(このハイエルフ、人族を見下しはしないが……逆に距離感おかしくないですか? )」
扉の解錠に時間がかかっている一方、他のメンバー達は暇を持て余していた。
「まーた待たされる……」
イグニスはこの3日間神殿の探索から追い出され、外でメイプルと共に時間を潰していたばかりだ。やっと動きがあったかと思えば、また待たされる。そろそろ限界だ。そんなイグニスはため息を吐きながら座り込み食事を摂っていた。
だが、それとは対照的にイグニスを羨望の眼差しで見る人物がいる。シオンだ。
「(スッゲー! またイグニスさんがこんな近くで! 暇そうにしてるから、お話とかできるかな……?)」
モジモジしていると、それに気付いたアルドリックが近付いてくる。
「……イグニスに何か話があるのか?」
「え! ……あ、その……ランクSの、しかも
イグニスと行動を共にしているアルドリックは、こういう場面に何度も遭遇している。
「イグニス! 前衛として彼が話をしたいそうだ」
「えぇ!?」
アルドリックはシオンの背中を押してイグニスの傍に連れて行く。
「んー? なんだい? 俺と話がしたいの?」
「え……っと、お話、よろしいですか!?」
シオンは顔を赤くしていつもより声量が大きい。先程とは違う緊張をしている。
一方、女性達も賑やかに食事を摂っていた。
「やっとこの未踏域での探索が終わるなー」
「流石にひと月近くかかってますから、疲れましたね」
リリアとコーデリアが談笑をしていると、フィオナとクレアも加わる。
「ついさっき、私達も同じような事を話してましたよ」
「これが終わったら何がしたいかってね」
コーデリアが走り出しそうになっているメイプルを捕まえ、こちらの話の輪に加える。
「メイプル〜どこに行く気だ? 頼むからジッとしててくれ」
「ニャー! あの様子だとまた時間かかりそうだから遊んで待ってるニャ!」
「もう! この先ヤバそうなのがいるからしっかり食べて体力の温存しておきな! 体力の温存、わかる? お、ん、ぞ、ん!」
先程まで顔色が悪かったパーティDのメンバー達は、程よく緊張がほぐれていった。まさかここで他のパーティと合流するとは思ってもいなかったからだ。この扉の先にいる『何か』と対峙するのには心強い。そして――
「解錠、できましたわ!」
隣でヴェルセリアに食事を食べさせてもらい、口をもぐもぐさせながら大きな声でエレノアは宣言する。エレノアのその言葉に、食事を終えたメンバー達が走り寄る。
「お嬢、お疲れ様でした」
「お見事でした」
「エレノア、お疲れ様」
「いえ! ヴェル姉様がトラップに気付いたお陰で大変な目に遭わなくて済みましたわ。あれに引っかかっていたら……2日ちょっとは何もできませんでしたわ……」
すっかり緊張も解け、少し気が緩んだ空気だが――
「さーて、やっと中の奴と対面だな」
イグニスが意気込むが、生きている
意を決してエレノアが扉に触れると、重くゆっくりと開いていった。
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