『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「へぇ、あのトラップに引っかからなかったのか。やるじゃねぇか」
そこはどこかの執務室だろうか。書類等が整頓されて置かれた大きな机の上に、行儀悪く腰を掛け
「……あれをやったのは貴女ですか……ほら、性格の悪さが滲み出ていると指摘されていましたよ?」
机の上にある水晶に映し出された幻影を指さし、余計なことをするなと目で訴える。
「ハッ! あれぐらい簡単に突破できないようじゃダメだな。それに入口のゴーレムでヒントは与えてやったし……わかってたみたいだぞ?」
オーバーリアクションでダメ出しをするのは女性だが、美しい見た目とは正反対な粗野な物言いで全てを台無しにしている。どうやら、未踏域の建物にいたゴーレムを氷漬けにした本人のようだ。
「それは彼女だからわかったんですよ。だから彼女は並みではないと……」
「当り前だ。それくらいできなきゃ先が思いやられる」
腰に手を当て鼻息荒く言い放つ。彼女と呼ばれた人物を、言い方は悪いが評価をしているようだ。
「急に未踏域に行くと言ったと思えば……
「あーあれ、外の警備用の奴なんだが暗くてよく見えなかったんだ。とりあえず落とし穴に落として、一度砕いて放っておいた」
「……雑に倒したのですね……」
「仕方ねぇだろ、よく見えなかったんだから。で、帰りにもう一度砕いた」
ゴーレムは穴に埋まった状態から、ヴェルセリアが近付いたため穴を這い上がろうとして派手な音を上げながら出てきたようだ。
「
「……知らされたのは、私がここ『リヴェリア』の支部長になった時です。他の者は知りません。それと同時に世界に公表するのは、冒険者が
話していた男性は『リヴェリア』の冒険者ギルド支部長、アリスター・セドリックだった。
「偶然って……そんなのを悠長に待っていたって?」
「笑われてしまうでしょうが、歴代の支部長達が隠してきて今更言えなくなったのです。過去に支部長を任命された方で存命の方もいますし……。私も言えなかったその1人ですよ」
「存命って……人間以外が支部長だったのに言えねぇのか。臆病な連中だな……それなら100年前に言っておけばよかったか?」
顎に手を添え少し悩むように眉間に皺を寄せる女性。
「まさか……そんなに前からあの場所を見つけていたのですか!?」
「あぁ、それこそ偶然な。見つけてはいたが、まぁ騒がれるのが目に見えていたから黙ってた」
「貴女と言う人は……」
呆れた顔をしつつ盛大なため息を吐くアリスター、過去にも黙っていた事が後に大事に発展したケースがあったのだろう。
「だからあの元研究所の場所を迷う事なく行けた訳だが。……地下のアレは、な。早く解放してやった方がいい」
「そう思うなら100年前に貴女が解放してあげればよかったのでは」
「……1人で決断するには荷が重すぎる」
「……そうですか」
「いや、そもそも歴代支部長が知ってるなら冒険者に頼らないでお前らが何とかしておけば良かっただろうが!」
「……ごもっともです」
「なによりギルド長が、バルガスが知らないって滑稽だな。今、現場に行っているんだろ?」
腕を組み鼻で笑う女性。バルガスの事もよく知っているようだ。
「今回の探索、本来なら私が現場に出る予定でしたが……バルガスがどうしても行きたいと。まぁ、貴女が様子を見たいとここに来たので、ある意味好都合でしたね。冒険者の
「ギルド長自らって……それで本部は大丈夫なのかよ」
呆れたように女性はため息を吐く。
「ギルド長はどの時代もお飾りですからね。各地のギルドをまとめているのは支部長と現場の人族ですから」
「『マリヌス』本部の連中が可哀想だな……」
「そんな事より、彼女は貴女と違って人族への嫌悪感は無さそうですね。よかったじゃないですか、
「うるさいな、それは今も変わってねぇよ。人族なんぞ私らエルフよりも力が無いくせに世界を動かしていると勘違いしやがって。第一、この『旧魔術研究所』だって愚かな人間が造ったものじゃねぇか。本当、人間は馬鹿だな」
会話をしている女性はエルフのようだ。そして人族、とりわけ人間に対しての嫌悪感は大きい。
「……それは弁解の余地もありませんね……こんな愚かな実験をしていたのは……」
「過去の事とは言え、やはり人間は好きになれん!」
「……人間だって悪い人ばかりじゃありませんよ?」
「それは……わかっているつもりだ……」
女性はハッとした表情を見せ、そっぽを向いた。
「……それで、いつまでここにいるつもりですか?」
それまで好きに喋らせていたアリスターだが、女性をじっと見つめて問う。
「あぁ? なんだよ、人を暇人みたいに言いやがって。私も忙しい、そろそろ戻る」
心外だと言わんばかりに嫌な顔を向け、腰掛けていた机から飛び降り背を向け歩き出す女性。
「そうですか。他の者に会っていかなくていいのですか? こちらに来るのは5年振りじゃないですか」
その言葉に女性は立ち止まり、振り返るがその顔は先程より嫌そうだ。
「……別にいいだろ。私に会いたい奴なんていないさ。皆私の顔を見ると青ざめやがる。特に坊やは、な」
「彼はまぁ……仕方ないですよ。誰よりも貴女と過ごした時間が長いですから。紹介をした手前、少し罪悪感があります……」
「坊やも立派になったみたいだな。ランクSと同じパーティか」
「彼はよくやってますよ。あのイグニスを飼い慣らしていますから」
『坊や』と呼ばれた人物は『最果ての
「……あれは何なんだ? 規格外にも程があるぞ」
今まで余裕のある表情をしていた女性は、イグニスの話題になると驚いた顔をする。
「イグニスは少し特殊ですからね……」
少し含みを込めた言い方をするアリスター。イグニスの強さには何か秘密があるようだ。
「まぁいい、強い奴がいるのは未来に希望が持てるからな。1人でも多く、強い奴を育ててくれよ」
女性のその言葉に、アリスターは眉間に皺をよせ不安げな顔をする。
「まさか……貴女がここにいると言う事は……」
「いや、まだだ、安心しろ。だが……お前が生きている内には……な」
「そうですか……」
安堵、とも言えない複雑な表情をする。
「そんな顔すんなよ。そうならないために今、動いているんじゃねぇか。だからもう行くぞ」
「次はいつこちらに?」
「そうだな、多分これでやっと
「……なぜこのタイミングなのですか? 彼女がこちらの大陸に来てから既に数年……」
「ん? そりゃフェンリルを手に入れたからだ」
「あれは……元々セドリック家が捕獲したもの。私が引き受ける予定でしたが、あの防御結界があまりにも強力で断念しましたよ。一体誰がかけたのですか?」
「あぁ、中身が弱ってなかったから……えーっと……30年前? だったか……私が掛けておいた。悪く思うなよ」
悪戯っぽい顔をしてクスクスと笑う女性。それを見たアリスターは、驚きと悔しさが混ざった顔をする。
「っ! そう、だったのですか……」
「お前が現役だった……そうだな、20年前じゃモノにできなかったと思うぞ。アレは強すぎる上に男を
「なら、なぜ貴女が契約をしなかったのですか?」
「……番になるつもりは無いし、狼と言うか、犬は好きじゃない……あんなのを私が世話できると思うか?」
腕を組み、ため息混じりに諦めの表情をする。
「……そうですか、彼女は可愛がっているようでしたけど」
「そうみたいだな。アイツは犬が好きだって聞いてはいた。お互いピッタリのパートナーでよかったじゃねーか」
「まだヒヤリとする所はありますがね」
「それは追い追いじゃねーかな、これからだ。……そろそろ本当に行くぞ、それじゃあな」
そう言うと、女性はエメラルドの瞳を細めにやりと笑う。ローブを翻し空気に溶けるように女性は消えていった。
「……せっかちな人だ。もう少し彼女の事を見てあげればいいのに」
静かになった部屋で1人、水晶に映し出される探索中の人物達を眺めるアリスター。
「さて、バルガスはこの件をどう処理するのか……頼むから感情的に走らないでくれ」
***
「なんだ……? これ……」
扉の先は、明るかった。
部屋の内部はどこか温かみのある造りで、今までの廊下や探索してきた部屋とは違い壁や床は木材でできていた。天井から鳥や虫の形をしたオーナメントがぶら下がり、足元には
「かなり高純度の光の魔石がありますね」
ローランドが部屋の天井に設置してある光の魔石に気付く。魔石の力で部屋を明るく保っているようだ。
そして部屋にはローランド達が先程治療院の中で見つけた揺りかごがあった。
「この揺りかご……治療院の変わった部屋にたくさんありましたね」
リリアがその揺りかごをまじまじと見つめる。移動がしやすいように、揺りかごの脚には車輪が付いている。
そして――
「変わった気配がするやつの正体はこれか」
イグニスは部屋の奥にあった、巨大な水槽の前に佇んでいる。壁全体に埋め込む形で設置された水槽のガラスは苔で濁り、はっきりとは見えないが黒く大きなものが入っているのがわかる。そしてその黒く大きなものは動かないが、生きている事を伝えるように拍動が大きく聞こえてくる。
「これが……生きた『
ヴェルセリアはザークと共に水槽に近付く。今まで見てきた部屋には標本として遺された物があったが、それとは何か雰囲気が違うようだ。
「これ、『
イグニスはこの
ヴェルセリアは先程までの探索同様、この部屋も漁っていく。他の部屋とは違い、この部屋は置いてある物が違う。研究施設というより、入った瞬間抱いた印象は『子ども部屋』そのものだ。
「……すごく嫌な予感がするわ……なぜこの部屋だけこんな造りなの?」
「
明るく飾り付けされた子ども部屋のような場所、おもちゃ、揺りかご――パーティDのメンバーは皆同じ事を思っている。使われた
「ヴェル」
ザークが何かに気付きヴェルセリアを呼ぶ。足元を前脚の爪で突いていた。
「何かあったの?」
「ここだけ音が違う」
足元の床板をよく見ると、切れ目があった。ヴェルセリアは護身用のナイフを抜き、切れ目に沿って刃を入れる。
「ん……っしょ!」
床板の一部分が外れた。外した床には穴があけられ、布にくるまれた何かが入っている。
「何かしら……この青い円盤状のものは」
大きさは広げた手より二回りほど小さく、青く丸い。真ん中には丸くくり抜かれ、3
「エレノア、わかるかしら?」
「これは……被験体……258……号……観察……記録……!」
残りの出てきた円盤の表面を見えるように広げ、他の物も読む。
「ヴェル姉様、ここにあるのは258号とされた
エレノアのその言葉を受けて、全員が部屋中を探し回る。床から出てきた事を受けて、皆一様に床の状態を確認する。
「どこか、不自然な場所がないかよく見てください! 床だけじゃなく、他の場所も同様ですよ」
ローランドがこの場にいる全員に声をかける。
「明らかに隠していたという事は……他の部屋にあった資料を持ち出したのは一体誰が? この場所にこれを遺した理由は?」
ヴェルセリアは考える。なぜこの部屋にだけ隠すように資料を遺しているのか。
「……誰かに見つけてほしかった……?」
「ヴェル姉様、これらの記録を見ればきっとわかりますわ」
エレノアは先程見つけた青い円盤をヴェルセリアに差し出す。円盤を受け取り、それに手をかざすと魔法陣が浮き上がった。魔力を流し込むと円盤から淡い光が立ち上り、光の空間に過去の光景を写し絵のように紡ぎ出していく。
「これは……」
全員が探す手を止め、円盤に注目する。そこに映し出されたのは、かつてこの場所で行われていた実験の記録だった――
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