『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「なぁ、目的地ってのはどれくらいかかるんだ?」
ギルドを後にしたヴェルセリア達は賑わう街で人々が行き交う中、乗合馬車のターミナルに向かっていた。乗合馬車のターミナルは、乗り継いで遠出をする人も多く、朝早くから列ができている。
「そうね、『
目的地の方向を指さし、遠くに見える山、さらにその奥に山が見えた。
「5日!? しかも片道!」
移動だけで長時間かかるとわかり、ザークは大きな声を上げる。
「仕方ないじゃない、山を越えて乗り継ぎもするし……5日と言うのも順調に行っての話よ」
「……こんな距離、俺が走った方が早いな……おい! 俺の背中に乗せてやる!」
「……は? 貴方、何を言っているの?」
いきなり何を言い出すかと思えば、馬車で5日もかかる距離を走るとなどと言うこの犬。さすがに冗談だと思ったのだが――
「さっさとしろよ! 日が暮れちまう!」
尻尾をブンブン振り回し、まだ朝だというのに日が暮れると急かす。
「ちょっ……もう……」
強引に促されるまま、ヴェルセリアはザークの背中に跨った。
「いいか、振り落とされねぇよう、しっかりしがみつけよ!」
「え……と、こう?」
「もっとだ!」
ギュッと抱きつく形でしがみつくヴェルセリア。その瞬間――ザークは建物の壁から壁を蹴り上げ、昇っていく。
建物の屋根や屋上を伝い、街の外へと向かう。風のような速さにヴェルセリアは目を開けられない。
一度街を出たところでスピードを緩め、街道を確認する。
「この道で、山を2つ越えて湖に向かえばいいんだよな?」
「え、えぇ」
スピードを緩めた時にヴェルセリアは顔を上げたが、道を確認したザークは先程よりもスピードを上げる。
「ひ……ッ! きゃあぁぁぁ!」
「……喋ると舌噛むぞ」
走りやすくなった街道沿いを、駆け抜けていく。あまりの速さにすれ違う荷馬車や人はザークを認識できないまま、突風だけが吹き抜けていく。
最短ルートを真っすぐ抜けて行き、途中方向を確認し森を抜け川を越え道なき道を進んだ。
――出発してから数時間後、目的地の湖に到着した。
「ふー……ここだな」
達成感と久しぶりに全力で走り抜けた爽快感で、ザークはとても満足気であった。
なんとか振り落とされないようしがみついていたヴェルセリアは、その場でプルプルと突っ伏している。
「はぁ……はぁ……、この、バカ犬! 加減というものを知らないの!?」
「普段から馬車なんて温いのに乗って移動なんかしてるからだろ」
ザークは悪びれる事もせず、後ろ足で頭を掻く。
「はぁ……はぁ……とりあえず、近くにドラゴンがいる気配がないみたいだから……はぁ……一休みするわよ……」
まだ息が整わないヴェルセリアは、マジックバッグから色々出す。敷物を広げ、さながらピクニックのようだ。
マジックバッグの中は時が止まっているので、お茶が入ったポットが入れたてのように温かい。
「はぁ……貴方も疲れたでしょう? お水とミルク、どちらがいいかしら?」
お茶をカップに注ぎながら、ヴェルセリアはザークに聞く。その姿はカフェでティータイムを楽しんでいるようだ。
「おいおい……これからドラゴン討伐なんだよな……?」
「だからこそ、よ。全力で挑まないと怪我をするわ。こちらにいらっしゃい、食事にするわよ」
ドラゴン討伐というかなり大きな案件なのだが、怪我だけで済むと思っているあたりに自信が窺える。
とても討伐に来たようには見えないが、ヴェルセリアが最速でランクを上げられた理由はここにある。どんな時でもどんな場所でもペースを乱さず、常に最高の状態で挑む。これは並みの冒険者にはできない事である。
「昨日オルソンに頼んで食事を作ってもらったのよ」
オルソンとは、『
「……肉はあるか?」
「えぇ、もちろん」
ヴェルセリアはにっこり笑い、マジックバッグから木箱を取り出す。木箱に入っていたのはザーク用に用意したものだった。
「炙りハーブチキンと厚切り塩豚のグリルですって。大麦パンと燻製チーズもあるわよ」
「ちーず?」
「牛や山羊などのミルクから作られたものよ」
ザークは差し出されたチーズを警戒しながら匂いを嗅ぐ。
「……独特な匂いがするが……嫌じゃない」
「食べてみなさい。美味しいわよ」
ヴェルセリアに促され、少しだけ齧ってみる。
「……! 癖があるが……美味いな!」
「気に入ったみたいでよかったわ」
ザークは用意された食事を貪るように食べていく。それを見て、ヴェルセリアも自分の食事を摂るのだった。
時刻はお昼を少し過ぎたところ、雲一つない晴天、一番高い位置に陽が昇り切った。ゆっくりと食事を摂り、周囲の索敵を鳥の目を使い済ませた。ひと段落がつき、気持ちの良い風が吹き抜ける。
そして――
ピクリ
ザークの耳が立ち、鼻をピクピクとさせ空気を感じる。
お茶を飲んでいたヴェルセリアも手を止め、立ち上がる。
(この女、この空気がわかるのか……)
先程まで鳥のさえずりが聞こえていたが、周囲の森は水を打ったかのように静かだ。
「……食後の運動、ってところか」
ザークは身体を伸ばし、準備運動をするよう身体を動かし始める。
「せっかく気持ちの良い風が出てきて、お昼寝にぴったりなのに」
ため息を吐きながらカップのお茶を飲み干し、ヴェルセリアは出していた物全てを片付ける。
そして同時に同じ方向を見、1人と1匹の目つきが険しくなる。
「グオォォォォォォォーッ!! 誰だ! 我の縄張りに足を踏み入れたのは! ……狼……それにこれは……エルフか!?」
羽音と共にドラゴンが近づいてくる。ドラゴンの大きさは約10
縄張りに入った者を威嚇するように、大きな鳴き声を上げ、低空飛行をする。あまりにも低く飛ぶため真上を通過する際、ドラゴンの羽ばたきで嵐のような風が吹き荒れ、枝葉が舞い視界も悪くなる。
「くッ! 思ったよりも大きいわね……それより、あのドラゴン喋るのね。これから倒さなきゃいけないのにやりにくいわ」
呑気にドラゴンを観察するヴェルセリア。上級のドラゴンになると、知能が高く人語で喋ることができる。
通過したドラゴンは旋回して、再びこちらに向かって飛んでくる。それを確認するとヴェルセリアは右手を前に出し、言葉を紡ぐ。
「虚空を越えよ、鋼の魂。封印の楔を解き、今こそ
右手のブレスレットに嵌められた赤い魔石が輝き、ヴェルセリアの手には一瞬にして背丈を超える2
一回転させ地面を突く。
カッ……シャンッ!
涼やかな鈴の音と共に場の空気が変わる。
「精霊達よ! 我が声を聞き此処へ集え!」
紡がれる短い言葉に呼応するように、ヴェルセリアの周りには光の粒が湧き立つように取り囲む。ヴェルセリアのエメラルドの瞳が、魔力を帯び妖艶に輝いた。
「『ザーク』」
魔力を込めて初めて名を呼ぶ。名を聞かれて答えるようなものとは違い、ザークに向けて発せられた名は今までで一番の魔力供給がされた。
(魔力が、力が、
ザークは舌舐めずりをし、頭を左右に振る。
「貴方の実力、見せてごらんなさい」
魔力で輝きを増したエメラルドの瞳を細め、挑発的な視線をザークに送る。
「はッ! 俺の力を見たら主従関係が逆転するぞ?」
「言ったわね? もし使えない犬ならまた封印するわよ? 私の場合、封印したのを忘れて次に解放されるのは……1000年後かもしれないわね」
「……それは嫌だな……」
「そう思うなら存分に暴れてきなさい。それと……言い忘れていたけど、私が死んだら貴方も死ぬわよ。死にたくないなら死ぬ気で私を守りなさい」
討伐を始める直前に大事な話をサラリと伝えるヴェルセリア。それを聞いたザークは渋い顔をするのだった。
「はぁ!? ……クソッ……アオォォォーン!!」
ザークは宣戦布告の遠吠えをあげる。
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