『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
『記録は撮っているか!?』
若い男性の声が聞こえてくる。その声は少し震え、焦りさえ感じさせる。
『俺じゃなくて、被験体を撮ってくれ! そう、こっちだ』
男性の顎から下を映していた光景は少し乱れ、次に映し出されたのは赤子だった。まだ
そしてその近くに黒に近い茶色のニードル・グリズリーの幼体が眠っている。
『えー……今日は
その言葉を受けて、赤子とニードル・グリズリーの周りにいた白い服を着た人間が動き出す。グッスリ眠っている赤子とニードル・グリズリーを抱き上げ、床に下ろされる。その床には何か模様が描いてあった。
『二つの器、二つの魂、重ね合い、一つになりて、新たな
言霊を紡ぐと、床の模様が光り出す。その光が赤子とニードル・グリズリーを包み込み、映し出された光景が乱れる。次に映し出された時には、赤子とニードル・グリズリーがいた場所に、1つの黒い個体が転がっていた。
『……
黒い毛で覆われた動物のようなものを抱き上げ、揺りかごに乗せられる。そして腕や脚を伸ばしたり、顔を覗き込み光を当てる。そうしていると、その動物のようなものが目を覚まし、泣き出した。
『う……っくっひ……ほぎゃぁぁ……』
『人間のような泣き声を確認、概ね成功ですね』
『あぁ……あとはどれくらいこれを維持できるか……』
『被験体第258号』と番号の数が多いと言う事は、それだけ実験を重ねているのだろう。その場にいる人物達は安堵の空気に包まれている。
そこで円盤の光が消えた。
『…………』
その場で見ていたヴェルセリア達は言葉を失っていた。特にパーティDのメンバーはこの地下にあった部屋を全て見て来た中で、
「……嫌な予感が当たったわね……」
標本として遺されていたものは、全て成人している人間だった。それなのになぜ子ども、しかも
「人がやる事じゃないな……」
シオンが顔を歪ませ、暗い影を落とす。
「……ま、待ってください、ここは何の施設なのですか?」
何も知らない『最果ての
「はっきりした事は文字として何も残っていなかったからわからないけど……かつて人と魔物を融合させた『
「『
聞き慣れぬ言葉が出てきて、ローランドは明らかに困惑している。
「そして、この地下に現物として
「え……現物が遺されていた!? それは……」
「標本としてよ。既に息はないわ。それでも、赤子の標本はなかった……全て成人している人間だったわ」
ヴェルセリアの言葉を聞き、神殿内の治療院を探索していたローランド、リリア、コーデリアは察した。
「まさか……この真上の治療院……あの場所からさっきの赤ちゃんは連れてこられた……って事でしょうか?」
リリアが震える声で指摘をする。今いるこの部屋は揺りかごがたくさんあった場所の真下、そして同じ揺りかごがこの部屋に遺されていた。
「この揺りかご、たくさんありましたね……あの場所で生まれた赤子を、連れてきて、ここで……」
ローランドの言葉が詰まる。
「なぜ赤子で『
独り言のように呟くヴェルセリア。そもそもとして、『生物兵器』を造る必要性が見えてこない。
「……先程の幻影で、『
エレノアが指摘をする『
この世界『アストラルム』の成り立ちとして『救済の神話』という形で語り継がれている一節がある。
【遥か昔、人族と魔族の間で起こった魔術大戦。それに終止符を打ったのは、自らを神と名乗った見たことのない魔術を操る天界人。そして、世界は誰もが望んだ平和の世になる】
教育を受けている人族はこれを、子どもの頃に皆習うのだ。魔術大戦は100年続き、『
『救済の神話』、即ち魔術大戦が終結した年を1年とし、今現在
「『生物兵器』は魔術大戦で使うために造られたって事なのね……」
「当時の事は『神話』とされていて、書物によって内容がバラバラですからね……それでも、『生物兵器』と言う言葉自体見たことありませんでしたが……」
テオドールも子ども時代に家庭教師から習った内容を思い出す。歴史の話は扱う教材や指導者によって偏りが出るため、同じ内容とは限らない。
「当時の事を見てきたように詳しく知っている人がいれば……」
コーデリアが腕を組み、悩むように呟くと明るい声で返事が返ってきた。
「それじゃ、聞いちゃうニャ?」
『は?』
全員がその明るい声のする方を一斉に注目する。メイプルだった。
「……聞くって、何を?」
コーデリアはメイプルに詰め寄り、この真面目な空気を壊した事を責めようとしていたのだが――
「だーかーら、この人に」
メイプルが指をさす。その先は部屋の角、そこには物陰に隠れるようにして何かがあった。『この人』とメイプルは言っていたが、人がいるような気配はない。だがよく見ると――
「っ!! 遺体だ……」
そこには、先ほどの円盤に映し出されていた人間と同じ白い服を着た白骨化した遺体があった。
「さっきから、この人、ずーっと私達を見てたニャ。んで、ずーっとおしゃべりしたいって言ってるニャ」
「め、メイプルさん、た、魂の、声が、き、聞こえるのですか? (うそうそ……そんなお化けがいるなんて)」
フィオナがクレアの背中に縋るようにくっ付き、小刻みに震えなが聞いてくる。
「聞こえてるからそう言ってるニャ。猫の獣人は死んじゃった人の声が聞こえるニャ。黒猫だともっとすごいんだけどニャ」
「……猫が虚空を見てるのは、
実家に猫がいたシオンは腕を組み感心したように頷いていた。
そして部屋にいる全員に注目され、その遺体から光の玉が出現した。
……ってた……
はな……きい……
「……何を言っているかわからねぇな」
いくら耳の良いザークでも魂の声は聞き取れない。
「仕方にゃいニャ、私が一肌脱ぐニャ!」
メイプルがそう言うと、光の玉の前に座った。
「さ、少しだけ身体を貸してあげるニャ」
両手を広げ、光の玉を受け入れる。メイプルの身体に光の玉が入ると、全身がぼんやりと光り出す。
「……あ……あーあー、ごほん。喋れる……喋れるぞー!!」
明らかにメイプルの喋り口調ではない言葉を話し出す。
「ヘリオスの神よ……感謝いたします……そしてこの身体の主にも……少しお借りします……」
膝をつき、手を胸の前で組み祈りを捧げるような仕草をする。
「それで……貴方は誰ですか? 何を話したいのですか?」
ローランドがメイプルに入っている魂に問いかける。中身が違うと思いつつも、見た目がメイプルなので混乱しそうになるローランド。
「あ、私、ここの、魔術研究所の研究員、ヘンドリック・ブルーウィンと申します!」
「魔術……研究所……」
フィオナがクレアの背にもたれるように、声を絞り出す。ここが『魔術研究所』と言う事がハッキリわかってしまった。と、言う事は、フィオナの父が所長を務めている『王立魔術研究所』と繋がっている可能性が高い。これだけ恐ろしい実験が実際に行われていたとわかってしまい、他人事ではなくなっている。
「フィオナ……大丈夫、大丈夫だから」
クレアがフィオナの背中をさすり、落ち着かせる。
「えーっと、ヘンドリックさん、貴方はここで何をしていたのですか?」
「私はここで
「……でぃすく……?」
「あぁ、それです、その青い丸いものですよ」
『…………』
赤子とニードル・グリズリーを合成していた本人を目の前にして、全員が黙ってしまった。ため息を短く吐き、ローランドは続ける。
「……それで、何を私達に話したいのですか?」
「その前に! 現在の地上の状況を聞きたいです! 私死んでからずーっとここにいましたから、地上の様子が知りたくて……魔術大戦は終わったんですよね?」
それに答えたのはエレノアだった。
「今は『
当時の人間に分かるよう、『
「1200年……そうですか……本当に平和に、なったのですね。では地上に人は戻ったのですね?」
「えぇ、今はもうすっかり」
「ではなぜ貴方達はここに? ここにはもう用はないのでは? それにその格好……おとぎ話に出てくる勇者みたいな、まるで魔族と戦うような姿だ」
確かにこの場所は余程の用がなければ、来るような場所ではない。そしてヘンドリックは冒険者の格好を『魔族と戦う姿』と言い表す。
「? 魔族と戦う?」
「魔族に対抗するのに
話の後半は独り言のようにブツブツと語ったヘンドリック。そして聞き慣れぬ言葉があった。
「魔法……カガク……操る? うーん、今の私達にはわからない事が多いようですね。ヘンドリックさん、当時の事を教えてください。わからない事は後から質問しますので」
「あ、わかりました。どこから語ればいいのやら……」
腕を組んだヘンドリックは、少し悩んでから静かに語り出した――
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