『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
先に自宅に戻ったエイミーは、ヘンドリックの帰りを夜遅くまで待っていた。改めて聞きたいことがあったからだ。
「おかえりなさい、ヘンドリック」
「……エイミー、まだ起きていたのかい?」
「えぇ……ヘンドリック……あの子、258号ちゃんについて聞いてもいい?」
「え? 研究所の子だから……あまり答えられないよ……」
そうヘンドリックに言われたが、エイミーはどうしても気になり矢継ぎ早に聞いてしまった。
「あの子は……どうやって生まれたの? 人間なの? 魔獣なの?」
その質問にドキリとするヘンドリック。表情に出さないよう、必死に取り繕う。
「それは……詳しくは言えないけど……えっと、魔獣の力を持った人間……と言えばいいかな」
「人間、なのね……」
ヘンドリックの口から258号は人間だと聞かされ、どこか安堵にも似た感情が湧いた。ただ、それと同時にあの小さな体を覆う子熊のような毛は、普通の人間ではないという事が突き付けられた。
エイミーが何かを察したと思ったヘンドリックは、慌てて話題を変える。
「そ、そうだ、今日はどうだった? 楽しく遊んでいたみたいだけど。258号はエイミーを本当に気に入っているみたいだから、また一緒に遊んでやってほしい」
「……え、えぇ、わかったわ」
***
それからエイミーと258号の面会は幾度となく行われた。その度に258号の精神面は安定し、外からのコントロールも上手くいっていた。
「最近の258号は調子がいいですね。暴れる事も減りましたし、機嫌がいい。途中でコントロールが効かなくなる事もほぼ無くなった」
1人の研究員が、よく眠る258号を見ながら呟く。それに近くにいた別の研究員が応える。
「あぁ、これなら実戦投入も近いな」
「……だが、今までの4体はその実戦の時にコントロールが効かなくなったんだよな……」
「何が原因だろうか?」
原因を考えている時、別の研究員が口を挟む。
「それは母親の存在じゃないか?」
「トビアス……それはどう言うことだ?」
トビアスと呼ばれた研究員、トビアス・カプランは細身で長身の男性だ。箱庭で生まれた3世で、研究対象を見る瞳は細く鋭い。探求心が強く研究職に向いているが、効率だけを考え人としての何かが欠如している。そのせいで魔術研究所内では、その無慈悲なやり方で恐れられていた。
「初めての環境は大人だって緊張する、子どもなら尚の事だ。そんな時に傍で母親が見守っていたら子どもは心強いと思わないか? あれは子どもだ、そう考えれば自然な事だと思うが?」
「……珍しいな、お前がそんな事を言うなんて。それはそうだが……
「それに今となっては地上に
「……同じ
不敵な笑みを浮かべながらそう答えたトビアスは、よく眠る258号を見つめていた。
「……トビアス……お前……」
「……ふふ、冗談だ」
「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ……」
だがトビアスの瞳は冗談を言っている人間の瞳ではなかった。
トビアスは過去に成人を使って
そのため、未だに成人を使用しての合成を試みようと、研究を続けていた。
そして、エイミーが258号と面会する日がやってきた。エイミーが魔術研究所に着くと、そこにはヘンドリックではない研究員と258号がいた。
「エイミーさん、今日はヘンドリックは別の作業があるので代わりに来ました。トビアス・カプランと申します、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「エイミーさんが258号と過ごすようになってから、とても状態がいいのですよ。貴女のお陰です」
「いえ、私は何も。ただ、あの子と遊んでいるだけですから……」
「失礼ですが、エイミーさんにはお子さんは? 子どもの扱いが慣れてらっしゃるようなので」
「あ……5年程前に、亡くなってしまいました……」
「それは……申し訳ございません」
「いえ……だから、258号ちゃんと一緒にいると、もし赤ちゃんが生きていたらこんな感じなのかなって、少しだけ前向きになれるんです」
エイミーは優し気な笑みを258号に向ける。
「そうですか。258号は……5年前の3月に生まれたんですよ。確か……3月5日だったかな」
「3月……5日……っ!?」
エイミーは言葉が詰まった。その日は、エイミーが出産をした日、そして赤ちゃんが亡くなった日だった。
「えいみー!」
258号はエイミーに抱き付き、無邪気な笑顔を向ける。エイミーは小刻みに震え、その瞳に自分だけを映している人と魔獣の合いの子を抱きしめた。
「えいみー? どうした?」
「なんでも……なんでもないのよ」
少し強く抱きしめると、2人の鼓動が重なり合う。そしてエイミーは思う、258号は我が子ではないかと。
そんなはずはないと考えるが、当時の状況を思い出す。出産の時、元気な産声は聞こえていた。だが、医師が告げたのは産まれてすぐに亡くなったという事だった。そんなはずはないと、何度も訴えたが、産まれた子は奇病に侵され見る事もできないと。我が子を抱く事すら叶わなかった。
あの日から形だけの墓に祈りを捧げていたエイミー。そんな時出会ったのが258号だった。
もし、我が子が生きていてこの研究所の実験に使われていたのなら? 今ここにいる、人と魔獣の合いの子が我が子だったら?
「この子は……この先どうなるのですか……?」
エイミーの声は震えていた。もし我が子ならこの先待ち受けているのはどんな事なのか、嫌な予感しかしなかった。
「それは……研究所にも守秘義務がありますから……ただ、エイミーさんには多大なご協力をしていただいてますからね……258号、エイミーさんとお話をするので少し向こうへ行っていてください」
「えー! ……わかった」
258号は文句を言いつつ別の研究員の元に行くのを見守り、トビアスは目を細め少し笑い、耳打ちをする。
「内緒ですよ? この子は、地上の魔族との戦いに投じられます。この子は私達の希望、この長く続いている争いを終わらせる切り札なのです」
「魔族と……戦う……?」
「はい。私達が生まれる前から続いている魔術大戦……この箱庭で生まれ育った我々は空という存在も知らなければ、その色を見た事もない。知識の上でしか知らない場所は、かつて私達の先祖が住んでいた。その場所を取り戻すために、この研究所では長年対抗策を考えられてきました」
魔術大戦は100年近く続いている。この箱庭で生まれ育った今の世代は、人族が元々地上に住んでいた事すら忘れ始めている。
「こんな小さな子を戦わせるなんて、と思うでしょうが、この子は魔獣の力を持つ兵器として生まれた子なのです」
エイミーは恐ろしかった。いくら魔獣の力を持っていても、こんな小さな子が戦うなんて。
「ただ……1人で戦わせるのは私達も不安です。誰かがこの子の傍にいれば、きっと心強いと思うのですが……」
「……」
「例えばですけど、この子の母親が、傍にいれば……きっと頑張ってくれると思うのです」
「母、親……?」
「しかし地上は最早魔族達の楽園、
「普通の、人間? ……力? 待ってください、あの子は両親を知らないと言っていました」
「知らないだけで、居ない訳ではありませんよ。無から有を生み出すのは今の我々にはできませんから。258号が知らないだけです」
「それでは、あの子には親がいるのですね?」
258号に母親がいると聞き、エイミーは少し明るい表情になる。
「えぇ、いますとも……だからこそ、母親には傍にいてもらいたいのです」
「……ではなぜ本当の母親ではなく、私があの子と遊んでいるのですか?」
素朴な疑問をトビアスにぶつけるが、トビアスのその表情は何も感じていないように読めない。
「……」
「……? あの子の母親は?」
返事をしないトビアスに怪訝な表情を向けるエイミー。
「258号はどうやって産まれたと思いますか?」
「え……?」
「産まれた時は普通の人間、後天的に魔獣の力を与えられた……つまり……258号は赤子の時に魔獣と
「!! 魔獣と……同化……っ!? まさか……」
とても嫌な予感がした。エイミーが生んだ赤ちゃんが亡くなった日と、258号が生まれた日が同じだともう気付いている。
「お気付きになりませんか? そう、258号は――貴女の産んだ赤子です」
「あぁ……あぁッ!! ……そんな……ヘンドリックは……ヘンドリックはその事を知って……?」
エイミーはその場で崩れるように膝をつき、涙を流し声を絞り出すようにして聞く。
「ヘンドリックは知りません。知っていたらできなかったでしょうね。258号を造ったのは彼ですから」
「な……なんて……事……」
ヘンドリックが我が子と知らずに魔獣と合成させていたと知ったらどうなってしまうのだろうと、エイミーの感情はかき乱された。
「そこでエイミーさんに相談です。貴女のためにも258号のためにも、そしてこの箱庭に住む人族のためにも力を貸してくれませんか?」
「……なに……を……?」
「258号と同じように魔獣との『同化』をしませんか? そうすれば、ずっと258号と一緒にいられますよ。そして共に戦う事ができます。258号も安心して魔族と戦い、ゆくゆくは地上を取り戻してくれる、とてもいい話だと思うのです」
トビアスは素晴らしいアイディアと言わんばかりにエイミーに詰め寄る。
「ずっと……一緒に……」
「えぇ、258号とずっと一緒に」
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