『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。   作:ねこめがね

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第63話【合成生物の親と子】

「おい! 聞いたか? 合成生物(キメラ)の合成を今日やるって! しかも合成の材料に、大人を使うらしいぞ」

 

「本当か!? ……また失敗するぞ……」

 

 研究所内は騒がしかった。このところ合成生物(キメラ)の合成は行われていなかった上、大人の人間を材料にするのは久方ぶりだったからだ。

 

「何の話だ?」

 

「ヘンドリック! 合成生物(キメラ)の合成作業を久しぶりにするってさ。それの責任者が……トビアスだって」

 

「トビアスが!? あいつ……散々失敗したから合成作業からはずされていたのに……なぜ?」

 

「材料になる人間を探してきて……その人、最終的に志願したんだってよ……しかも女性だって」

 

「志願? 女性? ……なんだ……嫌な予感がする……それ、どこでやるんだ?」

 

 ヘンドリックは何か言葉に表せない胸騒ぎがしていて、実験室へと急ぎ走っていた。

 

 実験室に向かうと既に作業に入っているようで、部屋の外には見物をしようと研究員が群がっていた。

 

「すみません……っ! 通してください!」

 

 人をかき分け、実験室のガラスの壁の前にヘンドリックは躍り出た。すると、目に飛び込んできたのは見慣れた人影だった。

 

「っ!! え、エイミー!?」

 

 ガラスの壁を力いっぱい叩くヘンドリック。その音に気付いたトビアスが近付いてくる。

 

「おや、ヘンドリックじゃないか。お前も見学に来たのか?」

 

「トビアス!! なんで……なんでそこにエイミーがいるんだっ!!」

 

「あぁ、彼女は志願したのですよ」

 

 エイミーは医療用のガウンを着てガラスの壁に背を向けている。

 

「嘘だ! エイミーが志願なんてするもんか! 第一なぜ合成生物(キメラ)の事を知っているんだ!」

 

「それは私が教えましたからね……258号の事も……」

 

「な……っ!?」

 

「トビアスさん!! ……それ以上は、ヘンドリックには、言わないで……」

 

 背を向けていたエイミーはそれ以上トビアスに話してほしくないと、振り向き大きな声を上げる。

 

「エイミー? ……何を知っているんだ?」

 

「ヘンドリック……私、あの子の傍にいたいの。ずっと傍に……だから……」

 

 俯きながらヘンドリックの前に近付き、手をガラスの壁に付ける。

 

「待ってくれ、だからって何でエイミーが合成生物(キメラ)になる必要があるんだ!」

 

 エイミーの手を重ねるように、ヘンドリックもガラスの壁に手を合わせる。

 

「あの子を、『ヘンリー』をどんな場所でも1人にさせたくないの……お願い……」

 

「『ヘンリー』……? 誰だ? ……まてよ、『ヘンリー』……まさか……」

 

「さ、そろそろ始めましょう。エイミーさんには眠ってもらいますよ」

 

 エイミーの肩に触れ実験室の中央、大きな魔法陣が描かれた場所に促す。その場に寝転がらせ、トビアスは魔法陣が描かれたハンカチをエイミーの顔に被せ、短く詠唱を唱えるとエイミーは深い眠りへ落ちて行った。

 

 そしてその隣には258号と同じニードル・グリズリーが眠った状態で荷台に載せられ運ばれてくる。

 

「待ってくれ……待ってくれーっ!! これ以上、俺から家族を奪わないでくれ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)!!」

 

 ヘンドリックは察した。なぜエイミーは258号と共に居たいのか。なぜエイミーが258号を『ヘンリー』と呼んだのか。

 

 『ヘンリー』と言う名前は、ヘンドリックとエイミーで考えた産まれてくる子どもにつけるはずの名前だった。

 

「エイミー! エイミーッ!!」

 

「二つの器、二つの魂、重ね合い、一つになりて、新たな生命(いのち)へ結びたまえ」

 

 ――そして新たな合成生物(キメラ)が誕生した。

 

***

 

「へんどりっく? えいみーはどこ?」

 

「エイミーは……」

 

 あれからニードル・グリズリーと同化したエイミーは、意識はあるが何も反応を返さない。今まで成人を合成生物(キメラ)にした時とは違う状態だった。

 

 エイミーの同化は身体も精神も5割ずつ、完全に半分だ。見た目はほぼ獣人と変わらない。身体の中で人と魔獣の魂がぶつかり合い、どちらが優勢になるのかまだわからないのだ。

 

 幼体同士で合成した258号は、身体の8割以上が魔獣、精神の9割以上が人間。そしてぶつかり合う程の魂の記憶が無いので安定している。

 

「エイミーはきっと身体の中でどうにか折り合いをつけようと戦っているんだ……」

 

 もしかしたら今までの実験体とは違う結果になるのではないかと、わずかな望みにかけていた。それはヘンドリックだけではなく、研究者が皆思っていた。

 

「えいみーに、あいたい……」

 

「……そうだな、俺も、会いたい……」

 

 現在エイミーは完全に隔離され、24時間体制で監視されている。研究員と言えど、担当している者以外は面会ができない。特にヘンドリックの場合は親族のため面会禁止になっている。

 

『……』

 

 エイミーの事が気になり、何も手につかないヘンドリック。それを心配そうに見上げる258号。2人が寄り添う姿は、まるで本当の親子のようだった。

 

「オイラ、やっぱりエイミーにあってくる!」

 

「お、おい! 258号!」

 

 258号はそう言うと研究所内を走り出した。本能的に何処にエイミーが隔離されているのかわかっているのだ。そして、隔離されている部屋の扉の前にはトビアスがいた。

 

「えいみーにあわせて!」

 

「258号……いいでしょう、貴方達親子の絆とやらを見せてみなさい」

 

 部屋に通された258号は真っ直ぐにエイミーの元に走っていく。

 

「えいみー!」

 

「……」

 

 エイミーの瞳は開いているのだが、虚空を見つめている。

 

「オイラのこと、わからないの?」

 

「……」

 

「えいみー……」

 

 258号は力なくエイミーにしがみつく。ついこの前まで笑顔で抱きしめてくれたエイミーはもうここにはいないと、幼いながらに涙した。だがその時、エイミーが反応した。

 

「……ちゃん……」

 

「! えいみー!?」

 

 ゆっくりとエイミーの手が258号の頭に触れる。

 

「258……ごう……ちゃん……」

 

「オイラここにいるよ!」

 

 2人のその声に室内にいた研究員が騒めき出す。

 

「人だった時の記憶を維持しているぞ」

 

「これなら……」

 

 とりわけトビアスは、自分の見立てが間違っていなかった事を確信するかのように口元を歪め笑っていた。

 

 少しずつだがエイミーは自分を表に出すようになり、穏やかに258号を抱きしめる。2人が触れ合うと互いに精神が安定し、一時ではあるが以前のエイミーのように話す時があった。

 

 しかしそれは長く続かなかった。

 

 エイミーの中ではニードル・グリズリーの意識も残っていて、どちらが表に出るかせめぎ合いをしていた。少しでもエイミーが弱まるとニードル・グリズリーの凶暴さが表に出ようと意識を奪いに来る。それはあからさまだった。

 

「うぅ……ウゥゥ……」

 

 その度に258号が近くに寄り添い、エイミーを呼び戻す。それは日を追うごとに頻度が高まっていた。

 

「早く259号(・・・・)にも『首輪』を付けさせろ。早い段階でコントロールしなければ今までと同じ道を辿るぞ」

 

 トビアスは少し焦っていた。親子で合成生物(キメラ)ならばお互いを支え合えると思っていたが、合成の割合が幼体と成体では違い、精神を蝕み始めているからだ。

 

 合成生物(キメラ)をコントロールするには、首の第七頸椎に特殊な首輪を当てる。頸椎の神経に直接介入し、全身をコントロールするのだが、魔獣の本能が優勢になっている時は外からの命令に従わないため、人間の意識が安定的に保たれなければならない。

 

「やはり成体では難しいか……それならば24時間コントロールしなければ……」

 

 隔離から解放されたエイミーだったが、常にコントロール下に置かれ自由はほぼなかった。研究所内でヘンドリックがエイミーの傍に近付いても、全く気付かない。

 

「エイミー……」

 

「ヘンドリック、あまり言いたくはないが259号(・・・・)に近付かないでくれ。彼女の精神はギリギリ人側にいるのだ。お前がいるとそれがかき乱される」

 

 毎日のようにエイミーの元に来るヘンドリックを咎めるように、トビアスは言い放つ。

 

「トビアス……頼むからエイミーを番号で呼ばないでくれ……せめて名前だけは奪わないでほしい……」

 

 ヘンドリックは背を向け、静かにエイミーの傍から離れて行く。自分の大切な人はもう、いなくなってしまった。

 

「……自分の息子だと気付かないで合成した奴がよく言う……」

 

 ヘンドリックの背に向け、ボソリとトビアスが呟いた。その言葉に弾かれたように振り返り、ヘンドリックは大声で嘆いた。

 

「なにも……なにも知らなかったんだ!! あの日はただ、合成に使う材料(・・)が来るとしか言われていなかった!!」

 

「……ならなぜ、自分の妻の出産日を把握していなかった? 立ち会わなかったのはなぜだ?」

 

「……っ!! それは……」

 

「仮に他人の赤子だとしても、材料(・・)としてしか見ていない時点で、お前に親になる資格はなかったんだ」

 

 その言葉にヘンドリックは怒りを露わにする。

 

「お前に……お前に何がわかる!! 家族を奪われた俺の気持ちがわかるか!?」

 

 ヘンドリックはトビアスの胸倉を掴み、怒りに任せて壁に押し当てた。

 

「……今のお前に何を言っても無駄だな」

 

 トビアスの瞳には怒りで顔を歪ませたヘンドリックが写り込んでいた。それに気付いたヘンドリックは手を緩めトビアスを開放する。トビアスは白衣の襟を正し、小さくため息を吐く。

 

「合成されてしまったものは取り返しがつかない。……だから親子で合成生物(キメラ)になった方が幸せだと思ったんだ」

 

 一度合成された『合成生物(キメラ)』は元には戻らない。せめて――

 

「258号が順調に行けばこれから魔族との戦いに駆り出される。親子で行ければ恐怖が半減するのでは、と。せめて最期は親子で……」

 

「っ! それはトビアスにとっての優しさなのか? ……それでも俺は……最期までエイミーの傍にいたい。例え彼女が俺の事をわからなくても……」

 

「……それなら、お前も合成生物(キメラ)になるか?」

 

「! そ、それは……」

 

 ヘンドリックは目を泳がせ、明らかに動揺していた。その様子を見ていたトビアスは哀れな者を見る目をした。

 

「彼女は迷わなかった。親として立派だよ……合成生物(キメラ)にならないなら、お前はここでエイミーさん(・・・・・・)を最期まで見届けろよ。258号……ヘンリーと共に」

 

「……っ……」

 

 ヘンドリックは情けなくて項垂れる。エイミーは迷いなく258号、ヘンリーの傍にいると決意していたが、己の可愛さから決意などできなかった。

 

 そんなヘンドリックに、トビアスは静かに語り始めた。

 

「……私は家族が合成に使われ、標本保存されている」

 

「え……?」

 

「兄が、な。私がここに来る前の話だ。兄もここの研究員で、実験に使われたんだ」

 

「……」

 

 ヘンドリックは言葉を失った。標本保存とは言うが、兄の遺体が施設内にある苦しみは想像に絶する。

 

「家族が奪われる苦しみはわかっているつもりだ。……標本にされた兄を見る度に、何としてもこのバカげた実験を終わりにさせたいと思った」

 

 そう語るトビアスの表情は、今まで見た事のないほど辛く苦しそうだった。

 

「……トビアス、俺はお前の事少し誤解してたみたいだ」

 

 家族を奪われる気持ちがわからないと決め付け、ヘンドリックは叫んでいた自分が情けないと思った。

 

「ふん……誤解されようが結果が出せなければ研究者としてはダメだ。だから……負の連鎖を断ち切るためにも、今回の合成は成功させたい……そしてこれで合成は最後になれば……」

 

 この魔術研究所にいる研究員は、魔術大戦を終わらせるために皆が必死であった。その形は様々だが、共通する思いは地上を取り戻す――それだった。

 

***

 

「ウウゥ……ガァァァッ!!」

 

「えいみー!!」

 

 それから数日後、エイミーの精神は限界だった。もう、外からのコントロールが効かなくなっていた。

 

「このままじゃ……エイミー!!」

 

 ヘンドリックが叫ぶようにエイミーの名を呼ぶ。

 

 エイミーの背中からは太く鋭い棘が伸び、そして誰を狙う訳でもなく飛ばしていく。実験室の壁に棘が刺さり、人を寄せ付けようとしない。

 

 ひどく苦しむエイミーは頭を抱え、必死に何かを抑えようとしている。

 

「あぁ……ガァァ……ッ!!」

 

「えいみー! おねがい、もとにもどって!」

 

 258号がエイミーに近付こうとするが、あまりに危険なためヘンドリックが止める。

 

「ダメだ! 今エイミーに近付いたら危険だ!」

 

「でも……でも!」

 

 泣き叫ぶ258号をエイミーの瞳が捉える。その瞳には大粒の涙が溢れていた。

 

「あぁ……258号……ちゃん……私の……坊や……うぅ……」

 

 エイミーはふらつく足取りで、自らが放った棘を壁から引き抜きそれを喉元に突き付ける。

 

「エイミー? やめろ! やめるんだ!」

 

「ヘンド……リック……ごめ……んなさい……もう……私……」

 

 エイミーは自分の身体が言う事を聞かず、必死に抑えていた。だがニードル・グリズリーの力があまりにも強く、もう限界だった。

 

 皆を傷つける前に、目の前のヘンドリックとヘンリーを傷つける前に自ら命を絶とうとしていた。

 

「えいみー!」

 

「エイミー!! やめてくれ!!」

 

「ヘンリー……一緒に……いられなくて……ごめん……なさい」

 

 そしてエイミーは自ら喉を突き、苦しみながら絶命した。

 

「えいみーー!! わぁぁぁーーッ!!」

 

 目の前でエイミーが自死を選び斃(たお)れる姿を見た258号は、今までで一番不安定な状態になった。そのショックから、身体が変質し急成長を始める。今まで人間の子どもと変わらぬ大きさだった258号は、みるみる背中が大きくなり大人の背丈を越えていく。

 

「まずいぞ……258号を現時刻をもって凍結!! 作業急げ!!」

 

 周りにいた研究員が慌ただしく走り回る。研究所内で暴れる前に、魔法陣の描かれた大きな布を258号に被せようと広げる。エイミーしか目に入っていなかった258号はその亡骸を抱きしめ大声で泣いていた。その背に布をそっと被せ詠唱をする。

 

「今は夜、夜帷(よとばり)が下り常闇に沈む、嫋(たお)やかな調べ、揺蕩(たゆた)う眠りに身を任せろ」

 

 258号は急成長した大きな身体で、エイミーの亡骸を抱きしめ丸まる形で眠りについた。眠っている間にその身体を巨大な水槽に移動させ起きぬよう、睡眠作用のある溶液を流し入れて。

 

 

 

 時を同じくして、地上では魔族との争いに終止符を打つべく力の介入があった。それは今までの100年間、一度も姿を現さなかった天界人が3人降りてきたのだ。

 

「この大地は血で汚れすぎました。それぞれの住処に戻りなさい」

 

 そう告げると、1人の天界人は人型魔族の力を時限的に抑え込み、もう1人の天界人は人型魔族の全てを西方魔域『ヴォルカヌス』へと瞬時に戻した。そして最後の1人が二度と中央大陸『ラクリア』の地に足を踏み入れないよう、人型魔族に呪いをかけた。

 

「それぞれの地でそれぞれの種族が暮らしなさい。私達天界人も、これ以上の介入はいたしません」

 

 その圧倒的な力は地上に住む全ての者が見た事のないものだった。魔法に長けていた人型魔族は恐れ戦(おのの)いた。見る者全てはその圧倒的な力の前に神を見たようだった。

 

 なぜ100年もの間、何もしてこなかった天界人が介入したのか、それは謎のままだ。

 

 一瞬にして決したこの行動を、後に「救済の神話」として語り継がれる事になる。

 

 100年続いた魔術大戦は、こうして突然幕を下ろしたのだ。

 

***

 

 地下深くにあった魔術研究所は、合成生物(キメラ)の研究の終了と共に閉鎖が決定する。この場所は大戦の終結を目的に研究をしていたが犠牲者も多く、関わった人間は忌むべき場所として早々に立ち去って行った。だが、ヘンドリックは残る事を決意する。

 

「本当に残るのか?」

 

「あぁ……エイミーと……ヘンリーを残して地上に行けないからな。だから……」

 

「わかっている、研究資料の全てを破棄するんだろ?」

 

 研究所にあった合成生物(キメラ)に関するレポートの全ては回収されていた。

 

「こんな研究、二度とやってはいけない……できればこの施設も破壊したいが……ヘンリーが眠っているからね」

 

「……わかった、レポートは全て責任をもって破棄する」

 

「頼んだぞ、トビアス」

 

 そしてヘンリーが眠る一番奥の部屋にはヘンドリックが残り、その命が尽きるまで寄り添った。皮肉にも、親子3人が一番穏やかに過ごせた時間であった。




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