『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。   作:ねこめがね

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第64話【ヘンリーの目醒め】

「――周りから聞いた話と私が知っている事は以上です。……私は死んでからもここでヘンリーを見守っているのです」

 

 あまりにも壮絶な過去に、その場にいる全員が言葉を失っていた。『救済の神話』として語られた裏には知られていない犠牲者の数が多すぎる。だが、当時の人達の思いは『地上を取り戻すため』に必死だったと今ならわかる。

 

「魂をここに縛り付けてまで……」

 

 フィオナは合成生物(キメラ)の存在を知っていたが故に、その強い気持ちがどれほどのものか心が痛む思いであった。

 

「ここの住民はほとんどがそうですよ。墓地の魂も……この施設の破壊を望んでいる者もいましたから」

 

「だからあの蒼い花が……」

 

 ヘルハウンドが現れた墓地に現れた魂の声が、今ならわかる。

 

 わたしたちは みまもらなくては いけない

 

 あのばしょが なくなるのを

 

 あのいまわしい けんきゅうじょを

 

 それの はかいが かくにんできたら かいほうされる

 

「あ、墓地を見てきたのですね。そうです、あれは魂が冥界の使者ヘルハウンドに連れて行かれないように植えられたものなのです。1200年経ってもあの花は健在でしたか」

 

「……知らずに近付いたら酷い目に遭ったわ」

 

 探索3日目にヘルハウンドと対峙したパーティDのメンバーは苦々しい顔をする。

 

「しかし、1200年も経つと中央大陸(ラクリア)に本当に(・・・)エルフはいるのですね」

 

 ヘンドリックはヴェルセリアとクレアを珍しい物を見つけたように驚いていた。

 

「1200年前はいなかったのか?」

 

 クレアは怪訝そうな顔で聞き返す。今は多くはないにしても、この大陸でエルフを全く見ない事はない。

 

「えぇ、魔術大戦が始まった頃には中央大陸(ラクリア)には全くエルフはいなかったと聞いています。なので私も存在は知っていましたが見た事がありませんでした」

 

「……それは、同胞殺しになるからよ。『ヴォルカヌス』にはダークエルフが住んでいるから。当時は同胞として助けもしないけど攻撃もしない中立の立場だったと聞いたわ」

 

「私達は生まれてなかったけど……そうだよな、当時の事を知っている奴もまだ生きているかもしれないよな」

 

 ヴェルセリアとクレアは生まれていなかった時代だが、人間と比べ寿命があまりにも長いエルフの場合、当時を生きていた者も存在する。

 

「それで、さっきの話にあったここの研究資料だけど……この部屋以外にあったものは全て破棄されたのは本当かしら?」

 

 全ての実験室を調べ、資料などの文字が記された物を発見できなかったヴェルセリアは気になっていた。

 

「見当たらなければ破棄されたと思います。トビアスが約束を守ってくれていればの話ですけど……」

 

「これは一度ギルドを通して確認を行った方がいいですね。あのような技術、現在も続いていたら大変ですよ」

 

 技術の継承がされていない事の確認が、過去の研究者達の願いなら今を生きる者の役目だとテオドールは思った。もし邪な考えを持った者が資料を保管していた場合、それが世に放たれた時には同じ過ちを繰り返してしまう。

 

「そう言えば、貴方達は『科学』を知らぬ言葉としていましたけど……現在の科学技術はどうなったのですか?」

 

 話を始める前に、ローランドがヘンドリックの話にはわからない事があると言っていたのが気になっていた。

 

「その、カガクと呼ばれる技術は聞かれないですね。技術的なものと言えば、今は魔術技術が発達していますから」

 

 ローランドがそう言うと、掌に精霊を呼び込み光の粒を見せる。

 

「なるほど……皆さんのその姿を見て納得しました。そうか……科学技術は衰退していったのか……」

 

「ただ、そのカガクと呼ばれる技術は今や魔術に転用されたものじゃないかしら? 魔術の術式を組み込むのは、おとぎ話のような何もない場に何かを出すのではなく、理論的にそれぞれの属性の力を組み立て作用させるものだから」

 

 エルフであり魔術研究を『エテルナ』でしてきたヴェルセリアは、魔術の根幹部分について語る事ができるほど詳しい。ヘンドリックの話を聞き、科学技術の欠片を感じていた。

 

「……私達が作り上げてきた技術が、せめて少しでもどこかで役に立つ形で生きているなら嬉しいですけどね……」

 

 ヘンドリックは力なく微笑んだ。

 

「それで……お話は終わったようですけど、これからどうされるのですか?」

 

「そうですね、ここに皆さんが来られたのも何かの縁……実はお手伝いをしていただきたくて」

 

「手伝いって……まさか……」

 

「いやー死んでしまっては何もできなくて困っていたのですよ。えぇ、皆さんにお願いしたいのはこの施設の破壊と……ヘンリーを私達と一緒に冥界へ送ってほしいのです」

 

『やっぱり』

 

「ついさっき、それをやろうとした人を止めたばかりですわ……」

 

 エレノアはヴェルセリアの方をチラリと見る。見られたヴェルセリアは腕を組み、軽くため息を吐いていた。

 

「おお、やって下さる方がいらっしゃったのですね!」

 

「ですが……申し訳ないですが、今私達はギルドからの依頼でこの場所を探索してまして……勝手に破壊するのはこちらとしてはできかねます」

 

 心底申し訳なさそうに頭を下げるテオドール。話を聞いた上でこの施設の破壊が妥当だと思う反面、やはりギルド主体の依頼であるのは変わらない。ギルドの方針が決まらなければ何もできないのだ。

 

「ギルド……? 依頼……探索……?」

 

「今となってはこの場所は遺跡として見られているのですわ」

 

 困惑するヘンドリックにエレノアが追加で説明をする。1200年も時が止まった中にいた魂には、この場所がいかに古く歴史的な価値があるものか簡単にはわからないのだ。

 

「はは……時間が経ちすぎると研究所も遺跡なんですね……そうですか……」

 

「しかし……今も生きているヘンリーを、その……冥界に送ると言う事は……」

 

 ローランドが躊躇しながらヘンドリックに話しかける。

 

「もう、ヘンリーを本当の意味で眠らせてあげたいのです……」

 

 1200年という長い間、この地下施設で眠り続けているヘンリーをなんとかしてあげたいと父としての苦渋の決断であった。

 

「そうですか、それならば……仕方のない事ですね。ただ、今すぐと言う訳にはいきませんけど……」

 

 先程テオドールが話した通り、探索中の現在はギルドの方針が決まるまで破壊行為などはできない。

 

「……ギルド側と話に折り合いが付いたら、全て破壊するわ。だから、安心しなさい」

 

 元から破壊する気だったヴェルセリアは、話を聞いた上で感情的にではなく納得した上でヘンドリックに約束をする。それを聞いたヘンドリックは安堵の表情を浮かべ、頭を下げた。

 

「では……私達の願いを、今を生きる人達に託します」

 

「……それでは、この部屋をもってこの施設の探索は完了ですね」

 

 ローランドが探索の終わりを告げようとした時、場違いなほど明るい声が飛んでくる。

 

「ねー! この子は遊びたいみたいだよ?」

 

「は? イグニス? 何を言って……」

 

「ガァァ……」

 

「っ! へ、ヘンリー?」

 

 ヘンドリックが驚きのあまり、腰を抜かした。1200年もの間、一度も目を覚まさず眠り続けていたヘンリーが突然目を覚ましたからだ。

 

「へぇ……この子はここから出たいって。俺と遊ぶ?」

 

 イグニスの紅い瞳がヘンリーと呼ばれた合成生物(キメラ)を捉える。すると、合成生物(キメラ)は体を収めている巨大な水槽に体当たりをし始めた。それはまるでイグニスに掴み掛ろうとしているようだった。

 

「なっ!! 急に暴れ出したぞ!」

 

 ザークが身構え、唸り声を上げながらヴェルセリアの前に立つ。

 

「さっきまであんなに穏やかに眠っていたのに……なぜ?」

 

「イグニス……ッ!! また貴方は挑発を!」

 

 ローランドのその言葉に『最果ての開拓者(フロンティア)』のメンバーは焦り出す。

 

「何が……起きたのでしょう?」

 

 フィオナが不安げな顔でクレアに問いかける。クレアも『最果ての開拓者(フロンティア)』のメンバーと同様にその表情に焦りの色が滲み出ている。

 

「……イグニスは、魔獣や魔物と対峙する時に挑発をする事があるんだが……それ自体は攻撃手(アタッカー)としては普通なんだけど、相手側から必要以上に怒りを、いや、怒り以上の感情を引き出す事がほとんどなんだ……」

 

「だから、挑発はするなと何度も言っていたのですけど……これは少しマズイ状況ですね」

 

 ローランドはヘンリーを見据え、身構える。

 

「何がマズイの? 俺は別に構わないよ。このままこの子の相手をしたって」

 

 そう言うとイグニスは剣を抜き構える。それを見たローランドは血相を変え、大声を張り上げた。

 

「ぜ、全員退避ー!! 全力でこの部屋から逃げてくださいっ!!」

 

「え!? どういう事ですの?」

 

 困惑するエレノアに、コーデリアが短く説明をする。

 

「イグニスがヤル気になっている! あぁなってしまったら誰も止められないんだ!」

 

「こんな地下深い場所で暴れられたら、私達生き埋めになります! 退避急いでください!」

 

 リリアも続けて注意をする。『最果ての開拓者(フロンティア)』のメンバーは何度も同じような事があったのか、慌ててはいるが焦りはしていない。

 

「とにかく魔動昇降機へ! イグニスさん達が降りてきた物はここから近すぎるので危険です。私達が降りてきた物が廊下の先にありますので、そちらに向かってください!」

 

 テオドールがその場にいる全員に呼びかける。部屋から出ようとした時、メイプルに身体を借りていたヘンドリックがヴェルセリアに声を掛けてきた。

 

「えっと、エメラルドの瞳のエルフさん」

 

 メイプルの身体を借りているヘンドリックは、近くにあった棚の裏側に貼ってあったある物を取り出した。

 

「これを」

 

「え? 私に?」

 

 差し出されたのはメッセージカードだった。

 

「この部屋を施錠した別の……あ、いや、その、ある人が、エメラルドの瞳をしたエルフが来たら渡してほしいってこれを置いていきました」

 

「……どう言う事? 私がここに来る事がわかっていた? 誰が? そもそも、ここは未踏域じゃ……」

 

 矢継ぎ早にヴェルセリアが指摘をするが、メイプルの身体を借りたヘンドリックは口をとがらせごにょごにょと話す。

 

「そ、それは……言ったら遠隔で魂を強制浄化すると言われ……」

 

「……脅されたのね……魂を脅すってどんな人よ……」

 

「ヴェル姉様! 急ぎませんと!」

 

 エレノアがヴェルセリアの腕を引っ張り連れて行こうとする。

 

「あ……まだ聞きたい事がっ! エレノア!」

 

「イグニスさんが臨戦態勢に入りましたわ! 退避しないと私達(わたくしたち)の命も危ないですわ!」

 

 そのままヴェルセリアはエレノアに引きずられる形で連れて行かれてしまった。

 

「アンタもいい加減メイプルの身体から出て行けよ! 言いたい事は言えただろ?」

 

 コーデリアがメイプルの両肩を掴み前後に揺らし、強制的にヘンドリックを追い出そうとする。

 

「あ、あ、あ、ありがとうございました……後はこの施設の破壊と……ヘンリーを……それで私もエイミーも思い残す事はないです……」

 

「……多分、それはヘンリーとイグニスがやってくれると思うよ。それにイグニスが後からヘンリーを……送ってくれる。だから……安心して冥界に行ってくれ」

 

 メイプルの身体に入るヘンドリックに向かい、コーデリアは言葉を選びながら伝える。察したヘンドリックは安心した表情を浮かべ、メイプルの体表が光り始める。

 

「ありがとう……ございます……」

 

 その一言を発すると、メイプルの身体から光る玉が抜け出し意識が戻ってきた。するともう1つの光る玉がヘンドリックの魂に寄り添うように現れる。

 

「あれは……エイミーの魂か?」

 

「んにゃ? 終わったニャ?」

 

 メイプルが寝起きのように目をこすりコーデリアを見上げた。

 

「メイプルか!? よし、すぐにここから逃げるぞ! 走れ!」

 

「ニャ!? 待ってニャ!」




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