『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
コーデリアとメイプルが廊下に出ると、ローランドが幻獣の召喚詠唱をしていた。
「我と契約せし友よ、我が声の呼びかけに応えよ。その名は
円を描くように光の環が床に現れる。複雑な文様が浮かび上がり、その中心から
「リリア! コーデリア!
「ニャー! 獣人差別だニャ!」
「緊急事態ですよ! 貴女は走るのが早いのですから、文句言わずに走って下さい!」
「仕方にゃいニャー、
「
『最果ての
「ザーク! エレノアとフィオナを乗せて全力で走りなさい。下ろしたらすぐに戻る事、わかった?」
「ヴェル姉様!?」
「ヴェルセリアさん!」
エレノアとフィオナは先に行くのを罪悪感がありそうな顔でヴェルセリアを見る。
「エレノア、フィオナ、ザークは足が速いわ。先に行って魔動昇降機を動かして、ランクSパーティの女の子と一緒に上へ。……クレア、付き合わせて悪いわね」
「気にするな。人間は脆い、さっさと脱出しな」
「で、でも……っ!」
「私とクレアは大丈夫、自分の身は自分で守れるわ。だから、早く行きなさい」
「わ、わかりましたわ。ヴェル姉様、お気を付けて!」
エレノアとフィオナは覚悟を決め、ザークに跨る。
「ヴェル……大丈夫なのか?」
「そう思うなら早く戻って来なさい」
「あぁ……すぐ戻る。2人共、しっかり掴まれよ!」
ザークは言いながら全力で駆け抜けていく。その場では、テオドールが強化詠唱を紡いでいた。ヴェルセリアはシオンに赤のマナ・ドロップを手渡す。
「ヴェルセリア?」
「強化詠唱の練習の成果、見せてちょうだい」
「っ……あぁ!」
シオンは大きく深呼吸をし、強化詠唱を紡いでいく。
「大気を巡る迅雷よ、我が四肢に宿りて時を追い越せ」
シオンは詠唱の途中でマナ・ドロップを飲み込み、再び詠唱を続ける。
「肉の檻を脱ぎ捨て、刹那を駆ける閃光と成れ。思考の先を行く拍動を
詠唱が終わるとシオンの身体を包むように、体内から光が溢れ出す。
「で、できた!」
「シオン、テオドール、全力で走って行くのよ」
「いえ、ヴェルセリアさんとクレアさんを残して行けません」
「そうだ! 2人を残してなんか……」
「律儀ね、でも向こうは女の子ばかりで心配よ。その内ザークも戻って来るから大丈夫よ」
「しかし……」
「ほら! 早く行きな! エレノアが不安な顔して待ってるぞ」
踏ん切りがつかないテオドールの背中を押すように、クレアがエレノアの名を出す。そう言われたテオドールは少し迷うが、自分はエレノアの
「くッ! ……お気をつけて」
「さ、シオンも早く。向こうには
シオンも迷っていたので、ヴェルセリアが背中を押す。
「……わかった。ザークが戻ったらすぐに来いよな!」
テオドールとシオンは後ろ髪引かれる思いで、全力で長い廊下を駆け抜けていく。
「……ウチのパーティメンバーは優しい人ばかりね」
「そうだな」
ヴェルセリアは微笑みながら既に小さくなった2人の背を見送る。
「さて、貴方達も移動を始めた方がいいわよ」
ローランドとアルドリックを見ながらヴェルセリアは忠告をする。
「いや、ローランドの馬が戻るまで俺達は待機だ。イグニスが暴れ過ぎたら全員生き埋めになるからな」
「自分達のパーティメンバーがやる事ですからね、一応は責任を持たないと。貴女達こそ少しでも移動を始めた方がいいですよ」
ローランドとアルドリックは覚悟を決めた顔で、イグニスとヘンリーがいる部屋を見つめている。
「……ランクSを好き勝手にやらせているのかと思ったけど、貴方達はちゃんと手綱を握っているのね」
「イグニスを好き勝手にやらせていたら、この未踏域はとっくに崩壊していましたよ。……彼はそれだけの力がありますからね」
ポツリとローランドは恐ろしい事を言った。ヴェルセリア自身も前に
「ランクSは何者なの? ザークと同じ……魔力を直接力に変換されているわ」
「……詳しい事は俺達も知らない。ただ、育ちが普通じゃないとは聞いている」
『最果ての
「あれは育ちがどうとかの問題じゃないわ。もっとこう、根本的な……」
話している最中、部屋の奥から硬い物が割れる大きな音と水が流れる音がした。
『!!』
「水槽が割れましたね……イグニス! その部屋から出てください! 戦うには狭すぎます!」
ローランドが言った言葉を受けて、ヴェルセリアは静かにスタッフを手にする。
「わかった! こっちだ、おいで!」
「い、イグニス!
部屋を出たイグニスは何かを察し、不自然な動きをして何かを避ける。
「……一時の静寂を
小声で紡いでいたヴェルセリアの詠唱が完成したその瞬間、長く太い棘が透明な盾に鋭く深く刺さった。
「なっ!!」
「下がりなさい! ヘンリーは何か凄く怒っている……怒りの感情が……ランクSに真っ直ぐ向けられているわ。貴方、何をしたのよ!」
「何も。ただ遊ぼうとしただけさ」
剣を構え直し、大きく後ろに飛び退いたイグニスは、ヘンリーがいる部屋を真っ直ぐ見据える。開け放たれた部屋の扉から黒く大きな物が現れた。扉の枠を潜ろうとするが、あまりにも大きく引っかかり何度も激突している。
「で、デカいな……」
クレアは弓を構えつつ後退していく。ヴェルセリアも次の盾の詠唱を紡ぎ始めていた。
「出てくるの、手伝ってあげるよ」
「え!? い、イグニス!? ま……っ」
イグニスはそう言うとローランドが咎めるより先に常人には見えない速さで剣で振り、扉周りの壁を斬りつける。壁がガラガラと崩れ、自由になったヘンリーは咆哮を上げながら部屋から廊下へと出てきた。
「ガァァッ!! ……コ……ロ……ス……ッ!」
「……イグニス、一体何をやったのですか……? かなりお怒りの様子ですよ?」
「だーかーらー、何もしてないって」
「……また、イグニスの覇気にやられたんだな……」
何度目の事かとアルドリックは前を見据え、盾を構え強化詠唱を始める。
「ここで暴れられたら生き埋めになるぞ! とにかく廊下の先にある魔動昇降機で上に出ないと!」
完全な姿を現したヘンリーの大きさに圧倒され、このままでは危ないと察したクレアが注意をする。
「……天を突く牙、地を砕く爪、あらゆる破砕の意志を拒絶せよ!」
先程からヴェルセリアが詠唱していた護りの盾の魔術を発動させ、ヘンリーの目の前に大きく透明な壁のような盾が出現する。
「あれを相手にするには場所が悪すぎるわ! 全員走りなさい!」
ヴェルセリアの声をきっかけに、全員が走り出す。後ろからは護りの盾に何度も体当たりをする轟音が響く。
ヴェルセリアとローランドは走りながら護りの盾の詠唱を紡いでいる。通常のルーティーンができず、集中力が途切れがちだがそんな事を考えている余裕はない。
クレアが走りながら弓を引き、詠唱を唱え始める。
「
後ろを向き飛び退きながら矢を放ち、廊下の硬質な床に
「少しでも時間が稼げれば……ッ!」
ヴェルセリアもプッシュダガーナイフを投げ、クレアの放った氷の棘に更に氷の壁を追加する。
『……天を突く牙、地を砕く爪、あらゆる破砕の意志を拒絶せよ!』
そしてヴェルセリアとローランドの詠唱が完了したのは同時だった。護りの盾が二重に展開され、隙がない程に護りを固める。
全員が走っていると、前方から蹄と爪を擦るような音が聞こえてくる。
「ヴェル!」
「ザーク! 遅いわよ!」
ザークと
「
「クレア! 早くザークに!」
ヴェルセリアとクレアがザークに、そしてローランドとアルドリックが
「
「イグニス! ……無茶はしないでください!」
「わかってるって」
イグニスは振り向き、笑顔を向ける。その顔は心の底から楽しそうな、遊びに夢中になっている子どものようだった。
ザークと
「始まりましたね! 一刻も早くここから脱出しないと確実に生き埋めですよ!」
ローランドは振り向きながら遠ざかるイグニスの様子を最後まで見ていた。
「ランクSはどうやって脱出するつもり?」
「一時的にでもヘンリーを抑え込めればその隙に脱出できるのですが……イグニスの事ですから、そのまま倒す気でしょうね」
「あんなに大きなニードル・グリズリーは見た事がないぞ! 人の知性もあるなら厄介だ……大丈夫なのか?」
並走するローランドに不安そうな顔で聞くクレア。
「……多分」
状況が地下、そして今まで戦った
「……仕方ないわね……ザーク! 止まりなさい!」
「あ? どうした?」
ザークは言われた通りその場で止まり、ヴェルセリアは降りる。
「真上に穴を開けるわ。上にさえ繋がっていればランクSは上がってこられるのでしょう? 貴方達は先に行っていなさい。穴を開けたら私はここから出るから」
ヴェルセリアはスタッフを構える。
「なっ! これは『最果ての
ローランドが
「貴方が魔力を使い果たしたら、その
「ッ! しかし……」
「早く行きなさい。足手まといよ」
「……っ! この借りはいつか返しますからねッ!」
「ヴェル! ッ……クレア、全力で飛ばすからしっかり掴まれよ」
「ザーク!? ちょっ……ヴェルセリア!!」
ヴェルセリアは強い、他人がいる事によって足手まといになる事がわかっているザークは何も言わずに走る。
クレアの声が響くが、ヴェルセリアはこの地下深い場所から未踏域の地表までを貫くため瞳を閉じて集中する。構えたスタッフを一回転させ床を突く。
カッ……シャンッ!
開かれたヴェルセリアのエメラルドの瞳に魔力が宿り、妖艶に輝く。そして詠唱を紡いだ。
「大気を統べる無形の
スタッフを高く掲げ、風が渦を巻き一点集中で吹き荒れる。そして見えぬ風の楔が天井を貫いていく。その勢いは凄まじく、足元から風が全てを持ち上げ、あっという間に未踏域地表まで到達した。
***
未踏域の地表では、凄まじい音が響いた。音と共に掘られた土砂が舞い上がり、四方にばら撒かれる。その音を本部にいたローワンが確認する。
「うわっ、と……凄い音がしたな。 ギルド長! のびてる場合じゃないですよ! いい加減起きてください!」
「う、うーん……」
「コルネット! 状況は!?」
「中心の方で爆発? なんだ、よくわからないが何かが爆ぜたみたいだ!」
「一体ここで何が起きているんだ……?」
地の底から何かが暴れてるかのように、未踏域の地表全体が小刻みに揺れている。何かが吹き飛ぶ事はこの探索中に何度かあったが、未踏域全体が震えるような事はなかった。
「コルネット! 爆発があった場所を注視してくれ!」
***
「うん、穴は開いたわね」
ヴェルセリアは満足気に開けた穴を見上げる。続けて別の詠唱を紡いでいく。
「大気を揺らす不可視の精霊よ、集いて我が足下の
半透明な足場を作る魔術だ。開けた穴を登るように階段状に足場を作ったその時、イグニスがいる方から何かが割れるような音が響いてくる。
「護りの盾がもう壊されたのね……私も急がないと巻き込まれるわ」
ヴェルセリアは跳躍魔術の詠唱を始める。
イグニスはヘンリーと交戦していた。鋭い爪がイグニス目がけて振り下ろされるが、動きを見切りギリギリのところで躱していく。
「今まで寝てたから身体が鈍ってるだろ? たくさん遊ぼうよ!」
小馬鹿にしている訳ではなく、イグニスは本気で遊んでいた。振り下ろされる爪、時折飛ばされる棘を無駄な動きをせずに避け、剣は構えてはいるが斬りつけてはいない。
全ての攻撃を避けているので、そこかしこの部屋のガラスの壁は壊され、部屋の内部も荒らしていく。
「ガァァッ!! コロ……スッ!」
ヘンリーは目の前のイグニスに本気で襲い掛かっていた。それは自分の与えられた使命を果たそうとしているようだった。
「殺す? どうして? 俺達、さっき会ったばかりじゃないか」
イグニスの言葉にヘンリーは反応した。
「オマエ……ニン……ゲン? ……チガウ、オマエ、テキ……ッ!」
「えー? ひどいな、俺、人間だよ。なんで敵認定されなきゃいけないんだよ」
再び爪が振り下ろされ、それをイグニスは剣で受け止めた。ヘンリーの重さが圧し掛かるが、イグニスは涼しい顔をしている。
チリチリと金属が擦れる音がするが、微動だにせずに動きを止め、イグニスはヘンリーの目を見て話しかけた。
「俺のどこが敵なの? さっきから俺、攻撃してないよ?」
「……ア……ア……」
攻撃をしていない、その言葉を受けたヘンリーは力を緩める。だが、目の前にいるこの強い者を倒せと頭の中で誰かに言われた気がした。
「ガァァッ!!」
再びヘンリーは腕を振り上げ、鋭い爪をイグニス目がけて振り下ろす。今度は受け止めず、後方に大きく飛び退いて避ける。
「うーん、話が通じると思ったけどダメかぁ」
少し困った様子で、この後どうするか考えてたいた時、後方から声が聞こえてきた。
「ランクS! 遊んでないでここから脱出しなさい! 生き埋めになるわよ!」
ヴェルセリアが大声でイグニスに声をかけた。退路を確保できたので知らせたのだが、イグニスは動こうとしない。まだここでヘンリーと
「絶対聞こえてたわよね……言い方が良くなかったかしら。……よしっ」
今まで『最果ての
「ランクS! 外に出た方がもっと遊べるわよ!」
「え? 本当!?」
弾かれたように振り向くイグニスは、ニコニコしながら物凄い速さでこちらに向かって走ってくる。
「……だんだんランクSの事がわかってきたわ……あれは、子どもね」
呆れたように小さくため息を吐いたヴェルセリアは、護りの盾の詠唱を紡ぎ始める。イグニスはヴェルセリアの傍に到着すると、真上の穴を見上げる。
「こっちに行けばいいのかい?」
詠唱中だったヴェルセリアは真上に指をさし、頷いてイグニスを地表へ向かわせる。イグニスが足場を使って登っていくのを確認したヴェルセリアは、護りの盾の魔術を発動させる。
「……天を突く牙、地を砕く爪、あらゆる破砕の意志を拒絶せよ!」
今日何度目の護りの盾の魔術だろうか。遅れてやって来たヘンリーが透明な盾に激突する。
「ッ!! 速い!!」
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