『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
地表に上がったイグニスは周りを見渡す。すると見える距離に『最果ての
「イグニス!!」
ローランド達はつい先程上がってきたようで、研究所の入口から出てきたところだった。
「皆、無事だった?」
何事もなかったかのように、明るく声を掛けるイグニス。
「お前1人か!? ヴェルは!?」
ローランド達と一緒に魔動昇降機に乗っていたザークがイグニスの傍まで走ってくる。てっきり、ヴェルセリアも一緒に上がってくると思ったからだ。
「ヴェルセリアさんはまだ下かな。盾の魔術を使ってあの子を抑えていたよ」
「なんだって!?」
ザークはヴェルセリアが開けた穴を覗き込もうと近付いたが、穴からはヘンリーの咆哮が聞こえてきた。その声は凄まじく、ビリビリと空気が震えるのが肌で感じる程だった。
「ヴェル!!」
ザークがヴェルセリアを呼んだ瞬間だった。開けられた穴からヘンリーが昇って来たのだ。昇ってきたヘンリーは勢いそのままに宙を舞い、その口には――
「ッ!! ヴェルセリアッ!!」
クレアが悲鳴を上げるようにヴェルセリアの名を叫ぶ。ヘンリーの口にはヴェルセリアが咥えられていた。身を捩り抜け出そうとしているが、ヘンリーの歯が身体に食い込み身動きが取れないようだ。そして着地と同時に――そのまま噛み砕かれる。辺りに骨が砕かれる鈍い音が響いた。
『!!』
その様子を見ていた『最果ての
「ヴェル姉様ーッ!! いやぁーッ!!」
「ヴェルセリアッ!!」
「あ……あ……うそ、だろ……? ヴェルセリア……」
地面に降り立ったヘンリーは、噛み砕いたヴェルセリアを吐き捨てた。力なく横たわるヴェルセリアに近付こうにも、ヘンリーが立ち塞がり威嚇をしている。
「は……早く……治療をしないと……手遅れに……っ!」
フィオナが震える手でロッドを握り前に出ようとするが、あまりにも危険なためシオンが止める。
「今はダメだ……ヘンリーを、何とかしないとッ!」
その場にいる全員がヘンリーを倒そうと、各々の武器を構える。殺気に満ちた、空気を察したヘンリーは咆哮を上げた。
「ガァァァッ!! テキ……コロス……ッ!!」
ヘンリーの背中から鋭い棘が飛ばされる。シオンとアルドリックが前に立ち、その棘を防ぐ。鋭く重い衝撃が盾を伝う。
「ック!! なんて重さ……ッ!!」
その後ろで、只ならぬ空気を発している者がいた。
「ヴェル……ヴェルッ!!」
ザークの周りだけが氷原にいるように、空気が凍てつくように冷たい。怒りの感情が全て氷となり、ザークが歩くたびに冷気が舞い足元を凍らせる。
「ガァァァァァァッ!!」
渾身の咆哮を上げ、ザークの前には無数の氷の刃が出現する。その数は今まで戦っていた時とは比にならない数だった。刃を飛ばすと共に、ザークが全力で走り出す。
「よくも……ヴェルを!!」
放たれた氷の刃のいくつかはヘンリーに命中した。動きが鈍くなったところで、ザークは爪を振り下ろし殴りつける。だが、豊かな毛で覆われたヘンリーにはその爪は届かない。ザークの後ろから今度はイグニスが斬りかかる。今までヘンリーを相手にしてた時とは違い、本気で斬りに行く。
「ダメだよ、人を傷つけちゃ」
優し気な言葉とは裏腹に、表情は暗くその紅い瞳は怒りが宿っていた。その殺気に気圧されたのか、ヘンリーは後退しイグニスの剣の直撃を免れる。だが、その切っ先は確実にヘンリーを捉え、苦悶の表情を浮かべ、更に後退する。
「ガァァ……イタイッ! コウゲキ、スル……ッ!」
踵を返し突進してくるヘンリーに、ローランドの魔術が飛ぶ。
「大気を翔ける精霊よ、我が意志の刃と成れ。千の断裂を以て虚空を刻み、形なき銀閃よ、
風の刃が無遠慮にヘンリーへ向かっていく。正面から受け止めたヘンリーは痛みはあるが、
「静まれる岩よ、我が意志を芯に鋭き棘へと変ぜよ。地の底より溢れ出す無慈悲なる一突き。
エレノアが紡いだ詠唱により、土や岩が棘状に変形しヘンリーの行く手を阻む。しかし、その力強い突進で棘を壊しながら向かってくる。
「っ! なんて力……足止めにもなりませんわ!」
「グルルゥゥ……マホウ……ツカウ、タオス!」
「2人とも下がってくれ!」
シオンとアルドリックがエレノア達の前に盾を構えて立ち塞がる。
『盾よ、不変の
シオンとアルドリックの詠唱がピタリと揃い、2人の盾で抑える。2枚の盾に黒い巨体がぶつかり激しい衝突音を鳴らした。だが、強化魔術をかけられた2枚の盾は、ヘンリーをその場から先へ進めないようにする。
「ニャー!!」
動かぬ的になった巨体に、メイプルが横から鋭い蹴りを喰らわせ、ヘンリーはグラリと態勢を崩す。
「今だニャ!」
詠唱を完了させていたコーデリアとクレアは、メイプルの合図で炎を纏った矢を放つ。態勢が崩れたヘンリーに矢は命中し、突進はようやく止まる。
「よくも……よくもヴェルセリアを!!」
クレアは怒りと悲しみで涙を流しながら続けて詠唱を紡いでいく。
「天空の覇者を縛る閃光の鎖よ、今こそ解き放たれて
雷光を纏った矢を複数本同時に放つ。まるで雷が瞬いたように閃光を撒き散らしながら、ヘンリーの巨体に刺さる。
「ガ、ア、ァ、ァッ!」
雷で痺れ、動きが鈍くなったところにテオドールが走り込み斬りかかる。
「はぁッ!!」
地面スレスレから剣の切っ先を掬い上げ、そして上から斬り落とした。
堪らず仰け反ったヘンリーはそのまま倒れそうになるが、なんとか踏ん張り体勢を立て直す。
「そろそろ、終わりにしようか」
イグニスが静かに、ヘンリーの背後に立つ。ヘンリーは弾かれたように振り向き、イグニスの瞳を見た瞬間まるで金縛りにあったかのように動けなくなる。
「グルゥゥ……」
せめて威嚇をしようと唸り声を上げるが、それは意味を成していなかった。イグニスが剣をゆっくりと構え、踏み込もうとしたその時――
「ガァァァッ!!」
ザークがヘンリーの首に噛み付き、引き倒す。巨体が低い音を立てて倒れると、ザークはヘンリーの上に乗ったまま遠吠えをする。
「アオォォォーンッ!!」
頭上に冷気をまとった巨大な氷の刃が出現する。それを見たヘンリーは逃げようとするが、再びザークが首に噛み付き傷を抉られる。
「ガァァァ……ッ!」
噛まれた箇所から大量の出血をしたヘンリーは、苦悶の表情を浮かべザークを振り払おうと暴れる。だがザークは離さない。頭上の氷の刃が限界まで大きく結したその時、重力に任せ氷の巨大な刃は冷気を置き去りにして落ちてきた。そしてザークは離れ――氷の刃がヘンリーを貫く。
「ガァ……ァァ……」
だがヘンリーはまだ
「マゾク……タオス……ミンナヲ……チジョウヘ……」
ゆっくりと起き上がるが、その身体はもうすでに限界を迎えている。
「……君とは別の形で会いたかったな」
イグニスが一言発すると、神速の踏み込みでヘンリーへと近付き――
「ガァ……」
ヘンリーの背後に回る頃には、全てが決していた。静かに、ゆっくりと膝を突き、その巨体が倒れた。
イグニスは剣に付着したヘンリーの血を払い、鞘に納める。
「……やったのか……?」
シオンが盾を構えながら近付き、ヘンリーの様子を窺う。既に呼吸はなく、その瞳に光は失われていた。
「ヴェル!」
ザークはヘンリーよりもヴェルセリアに駆け寄る。そこにはフィオナとリリアが傍に寄り添っていた。
「っ……うっ……そんな……」
ヴェルセリアはピクリとも動かず、冷たくなっていた。
「ヴェル姉様……うっ……こんな事って……ありませんわ……」
エレノアが膝を突き、大粒の涙を流している。パーティDのメンバーはその場で動けなくなっていた。
先程までの激しい戦闘が嘘のように、しん……と静まり返った。『最果ての
泣き崩れるエレノアの肩を抱き、頭を撫で頬を寄せる。
「……よしよし、悲しい事があったのね……」
「だって、ヴェル姉様が……ヴェル姉様が……っ! ……ん?」
泣いていたエレノアの頭を撫でる人物の声に聞き覚えがあった。目を擦り、肩を抱き頭を撫で頬を寄せている人物を見る。至近距離で見るその人物は、金の長い髪に長い耳を持ち、エメラルドの瞳をしたエルフだった。
「ヴェ、ヴェ、ヴェル姉様!?」
今日一番の大きな声を上げたエレノアに全員が注目をする。
『ヴェルセリア!!』
「え? 何? どうしたの?」
「ヴェルセリア……お前……死んだんじゃ……」
シオンがお化けを見るような目でヴェルセリアを見る。シオンだけではなく、周りにいる全員が驚いていた。
「え? あぁ、あれ? あれは
ヴェルセリアの目線の先には、先程ヘンリーが噛み砕いたヴェルセリアが横たわっていた。それに近付きまじまじと見る。
「うーん……思った以上にリアルね。自分の死体を見ているようだわ……」
ヴェルセリアがそれに触れると元の形に戻っていく。元の形、手のひらサイズのぬいぐるみだ。戻った瞬間、役割を終えたぬいぐるみは砂のようにサラサラと形が崩れていった。
「仲間ですら騙せるなんて、高いだけあってよく出来ていたわね。いい買い物だったわ」
「ヴェルッ!!」
ザークが走り寄り、ヴェルセリアの匂いを確認するように纏わり付きぐるぐる回る。
「もう、私が死んでたら貴方も死んでたのよ? その辺で気付きなさいよ、おバカなんだから」
「だってよ……」
「……心配してくれたのね。ありがとう」
ぐるぐる回っていたザークの首元に抱きつき、頭を撫で回す。
「ヴェルセリアーッ!!」
クレアが走り込んでヴェルセリアの背中に抱き付く。その顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「本当に、本当に……心配したんだからなッ!」
しゃくり上げながら子どものように涙をながしているクレアを見て、思っていた以上に心配させてしまった事を察したヴェルセリアは居た堪れない気持ちになった。
「クレア……ごめんなさい。そんなに心配するなんて……」
「本当に! 死んだかと思ったぞ!! ……ぐす……一体何が起きたんだ?」
クレアの涙をハンカチで拭いながら、ヴェルセリアはその時の状況を語り出した。
「あの後、天井に穴を開けてからランクSを登らせて――」
護りの盾を展開した直後にヘンリーが突っ込んできたため、このまま地表に向かえば追いつかれると思ったヴェルセリアは形代を取り出した。
『無機質なる器よ、我が身代わりとなり役目を果たせ』
短く紡がれた言霊に応えるように、形代に魔力を込めると自分そっくりに形が変わった。
『鏡を見ているみたいね……いい? 護りの盾をもう一度出すのよ?』
込める魔力量によって複雑ではない魔術を使う事ができると聞いていたので、それなりに魔力を流して命令をしていた。
その隙に、ザーク達が使った魔動昇降機に向かって走り、背後から咆哮が響きヘンリーが穴の上へと向かっていったのを確認してから魔動昇降機に乗ったのだ。
「そうだったのか……」
「お陰で魔力がほぼカラよ」
ヴェルセリアは赤のマナ・ドロップを10粒ほど取り出すと、一度に口に入れ飲み込む。
「!!」
それを見ていたローランドは顔を青ざめる。
「一度に赤のマナ・ドロップをそんなに摂取したら魔力酔いを起こしますよ!!」
「? 魔力酔い? これくらい食べないと回復しないわ」
魔力酔いとは、一度に大量のマナ・ドロップなど魔力を摂取した際に起こる現象で、眩暈、吐き気など人によっては立てぬほど具合が悪くなるのだ。
平然としているヴェルセリアを見て、ローランドは師匠の事を思い出していた。ローランドの師匠も魔力が底なしだったため、大物を相手にした後は赤のマナ・ドロップを大量に摂取していた。
魔力量が多いと言われていたローランドでさえ、一度の摂取で赤と青のマナ・ドロップを1つずつ同時に摂取するのが限界だと思うと、ヴェルセリアの魔力量が師匠と同等かそれ以上だとわかった。
「はは……確かに力不足と言われるだけある……ハイエルフは魔力が底なしなのでしょうか……」
「いや、あれは普通じゃないと思う……同族のエルフだけど、あんなのと一緒にしてほしくないな……」
探索中、魔力回復のために大量のマナ・ベリー酒を飲んでいた事を思い出していたクレアだった。
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