『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。   作:ねこめがね

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第67話【安らぎの鎮魂歌】

「親子3人、やっと一緒になれるわね」

 

 『最果ての開拓者(フロンティア)』とパーティDのメンバーで、圧縮魔術で小さくしたヘンリーを墓地へと運んだ。

 

 地下の研究所にあったヘンドリックの白骨遺体と、ヘンリーが抱きしめていたエイミーと思われる遺体も一緒に弔う事になった。

 

「こんな場所に墓地があったのか」

 

 イグニスが墓地周辺を見渡す。以前パーティDがヘルハウンドと対峙した墓地に再び戻ってきたのだ。

 

 フィオナはロッドで地面を2回突き、詠唱を紡ぐ。

 

「清澄(せいちょう)なる空を司る精霊たちよ、我が呼び声に翼を広げよ。此(こ)の場に居座る不浄の霧を、一陣の息吹を以(も)て彼方(かなた)へと放逐(ほうちく)せん。世界を巡る清き息吹よ、此処(ここ)に新しき命の息吹を運び給え」

 

 宙を漂う精霊達が柔らかく光り、風が流れていく。

 

「もう大丈夫ですよ」

 

 フィオナは空間浄化魔術を使い、一時的に墓地周辺の蒼い花の毒を浄化した。口元を覆っていた一同は息を吐く。

 

「またここに戻ってくるとは思わなかったな」

 

「そうですね。ですがこの場所で亡くなった方達と共に眠ってもらうのが最良だと思います」

 

「そうだな。じゃ、やるか」

 

 シオンとテオドールはシャベルを背負い、ヘンドリック達を埋葬する場所を決める。

 

 主に男性陣が中心となって、全員で遺体を埋める作業を始めた。

 

「しかし……合成生物(キメラ)の戦闘能力は生物兵器と言われるだけあってすごかったな」

 

 穴を掘りながらヘンリーとの一戦を振り返るシオン、それを穴の上からクレアが返事をする。

 

「ヴェルセリアを欠いた状態だったから……イグニス達がいなかったら危なかったな」

 

「本当に。でもまさか『最果ての開拓者(フロンティア)』と共闘できると思わなかった! ……貴重な経験だったな」

 

 憧れていたイグニス達と共闘できた喜びで、シオンの表情は明るい。自然と穴を掘るスピードが上がる。

 

「だけど……なぜヘンリーは私達を襲って来たんだ? イグニスが挑発をしたとは言え……私達は魔族じゃない」

 

「そうだよな……でも、もしかしたら……ヘンリーは自分に与えられた役割を全うしようとしていただけ、なのかもな……」

 

 ポツリと、シオンが圧縮魔術で水晶に閉じ込められたヘンリーの亡骸を、悲壮感溢れる眼差しを向けながら呟く。

 

「どういう事だ?」

 

「魔族を倒すために合成生物(キメラ)にされたけど……何というか……」

 

「……攻撃対象が魔法を使う人型(・・)、とだけ命令されていた可能性がありますね」

 

 テオドールがシオンが思っているであろう事を付け足すように話す。

 

「そう、それだ。ヘンリーは魔族を一度も見た事がないんじゃないかな」

 

 シオンにそう言われ、クレアはふと考える。

 

「……人型魔族って簡単に言うけど、私達だって見た事ないよな。シオン、知ってるか?」

 

「そう言われれば……知識としては見た目、角が生えているって事しか知らないな……」

 

「……人型魔族は、種類にもよりますけど共通して角が生えている認識で合っています。あとは、肌が褐色、背中に翼がある者も。翼がある者は高位の者だと聞いています」

 

「テオドール、詳しいな」

 

「士官学校時代にそう座学で習いました。聖騎士団の配属先として『バステオン』もありましたから、人型魔族の容姿を知らなければなりませんでしたからね」

 

 赤土の砦城(さいじょう)『バステオン』は、西方魔域『ヴォルカヌス』と最も近い中央大陸(ラクリア)最西端に位置する西方監視の要、軍事と防衛の都だ。ここは人型魔族が再び中央大陸(ラクリア)に渡らないよう、聖騎士団が常駐している。

 

「ヘンリー達の時代は魔術大戦の末期って言ってたよな。それなら、地上に行く人族も限られていたから魔族をその目で見た者も少なかったかもしれないな」

 

「だとしたら、魔法陣を使わずに魔術を使うのは魔族……そう思われたのかもしれないな」

 

 クレアがため息混じりに推測を口にする。

 

 まだ魔力の存在に気付いたばかりだった当時の人族は、魔法の設計図として描かれた魔法陣に魔力を乗せ言霊で発動をさせていた。現在では魔術の研究が進み、魔力コントロールによって魔法陣を介さずに言霊のみで発動させている。魔族はそれを初めから知っていて魔法(・・)を使役していたのだ。

 

 攻撃ではなく盾の魔術を使っていた形代のヴェルセリアを噛み砕いたくらいだ、その命令は絶対的なものだった可能性がある。

 

「話そうとしたけど、何かこう……抗えない感じだったからね」

 

 イグニスがいつの間にかシオンの隣に来て、穴を掘っている。

 

「い、イグニスさん! 話そうと……って、ヘンリーと話をしたんですか
?」

 

 突然イグニスが現れたため、シオンは動揺しつつ質問をする。

 

「うん、遊ぼうって。俺は敵じゃないよって言ったんだけどね」

 

「それで……反応は?」

 

「話を聞く感じはあったけど、思い直したみたいに俺に攻撃してきた」

 

「余程強いコントロールだったのでしょう……今で言うところの『契約』による『命令』に近いものかもしれませんね。あ、そこはもう少し深く掘ってくださいね」

 

 イグニスに続き、ローランドが近くに来て穴の高さを見ている。ヘンリーが大きいため、かなり深く掘らないと入らないのだ。

 

「強い命令となると、それこそ『屈従契約』くらいの拘束力のあるものだと思いますね」

 

 眼鏡を指で持ち上げながら、そう続けるローランド。

 

「『屈従契約』……最近どっかで聞いたような……」

 

 シオンは周囲を見渡しながら思い出そうとすると、ザークが目に付く。

 

「あぁ、ザークの事か! ……あっ!」

 

 しまったと口元を押さえそっぽを向くシオンだが、一度言葉にしてしまったら取り消せない。ローランドが目ざとく反応する。

 

「ザーク……あの狼の事ですか?」

 

「シオン!」

 

「……すまん……」

 

 以前、ヴェルセリアからザークと屈従契約をしている事を秘密にして欲しいと懇願されていた。あっさりとバラしてしまい、クレアに咎められバツの悪い顔をするシオン。

 

 ローランドは眼鏡を外し、ザークの体から発せられる魔力の流れを読む。魔力感知が得意な者が見れば、契約をしている者同士が細く繋がっているのが見えてくるのだ。

 

 ローランドはザークから伸びている魔力を辿るように目線を巡らせる。

 

「なるほど……あのハイエルフと繋がっている……だからあれだけ強いのにハイエルフの命令に従っていたのですね」

 

 納得したように頷いているローランドに対し、クレアが反論する。

 

「いや、ヴェルセリアとザークは仲がいいから別に命令で動いている訳じゃないと思うけど。探索中にハッキリ命令してたのは『おすわり』をさせたくらいしか見た事なかったし」

 

「お、おすわり!? 探索中に命令でさせるなんて……どのような状況なのですか……」

 

 只者ではない大きな狼を犬のように『おすわり』をさせた状況が全く見えてこないローランドは、困惑した表情になる。

 

「あー……ヘルハウンドと戦ってて、楽しくなりすぎたザークを止めた。それだけだよ」

 

 ヘルハウンドと交戦中にタガが外れたザークは周りが見えなくなり、エレノアとテオドールに襲い掛かる勢いだった。それを止めるために探索中、初めて命令という形でおすわりをさせていたのだ。

 

「……その時は『屈従契約』の事を知らなかったから、随分と飼い慣らされた狼だとしか思わなかったんだ」

 

 シオンがボソリと当時の状況を付け足した。

 

「あの強い狼を止められる程の拘束力がある『屈従契約』ですか……もしかしたら『屈従契約』の原型はヘンドリック達研究者によって確立されたものなのかもしれませんね」

 

 眼鏡を掛け直しローランドがザークを目で追う。それに気付いたザークがローランドを睨みつけ唸り声を上げている。すかさずヴェルセリアがザークを護るように前に立ち、睨みつける。

 

「……随分と嫌われましたね……私はあの狼をもっと観察したいのですが」

 

「それは難しいかもな。ヴェルセリアはザークをかなり可愛がってるから」

 

「……ハイエルフが狼を可愛がる(・・・・)……!? ハイエルフは傲慢でエルフ以外を虫ケラ以下としか見てないものじゃないのですか!? ましてや相手は獣ですよ!?」

 

 ローランドは信じられないと言わんばかりに、早口で捲し立てた。

 

「……私もハイエルフに対しての認識はそうだけど……」

 

「そうですよね! エルフ以外の人族を毛嫌いして、他を受け入れない……なんて差別主義者だと」

 

 クレアが同意をしたのをいい事に、ローランドは調子に乗って更に悪口を並べる。

 

「ローランド……お前森エルフ(ウッドエルフ)を目の前にして同族を……ヴェルセリアを貶すとかいい度胸してるじゃないか……」

 

 黙って聞いていたクレアが静かに立ち上がり、腕まくりをし始めるのを見たローランドはその場を走って逃げるのだった。

 

 探索が始まる前、クレアは同族であるがハイエルフがあまり好きではないとはっきりヴェルセリアに伝えていた。しかしこの約1ヶ月の間、行動を共にして来てヴェルセリアは違うと思い直した。

 

「クレアも随分変わったな」

 

 ローランドを追いかけるクレアをシオンが目で追いながら呟くと、隣いたイグニスが穴を掘る手を止め2人を見る。

 

「そうだね、また昔みたいに仲良くできて俺は嬉しいよ」

 

 アコの一件から『最果ての開拓者(フロンティア)』から逃げるように去ったクレアに、少なからず気にかけていたイグニスは2人に笑顔を向ける。

 

「待て! ローランド!!」

 

「待ちません! クレア! あの、ハイエルフの事が、随分と、お気に入り、みたい、ですね!」

 

「は……はぁ!? そんな事は……っ待てコラ!」

 

 アルドリックの脇をすり抜けるように息を切らせながらローランドが走り、その後を照れながらクレアが追いかけていた。

 

「2人共、ここは墓地だ。少しは静かにできないか?」

 

 アルドリックが呆れ気味に、しかし2人が昔のように接しているのを嬉しそうな眼差しを向ける。

 

『はーい……』

 

 クレアに捕まったローランドは軽く頭を殴られていた。

 

「ほら、遊んでいないで、早く埋葬しましょう。暗くなってしまうわ」

 

 自分の事で騒いでいたとは気付いていないヴェルセリアは、作業を進めるよう促した。クレアがヴェルセリアと目が合い、頬を紅く染めてそっぽを向いたのは気のせいではない。

 

「? クレアはどうしたのかしら?」

 

「さぁな」

 

 一部始終を見ていたザークは知らぬふりをした。ハイエルフと言うだけで偏見を持たれて大変だなと、チラリとヴェルセリアを見る。

 

「どうしたの?」

 

「なんでもねぇよ……」

 

 ヴェルセリアと目が合いそうになると、ザークは目を逸らし少し暗い影を落とした。

 

「……?」

 

***

 

 埋葬を済ませ、辺りには清らかな歌声が響く。

 

 リリアとフィオナで鎮魂歌(レクイエム)を歌い、死者の魂を慰める。墓地からはその歌声に誘われたかのように、光の玉が浮かび上がって来た。

 

『死者の魂よ、怒りや悲しみを忘れ、安らかなる眠りを。神の御許へ還りなさい』

 

 2人の声が重なる。その言葉を合図に墓地から無数の魂が浮かび上がり、冥界へと旅立っていく。

 

「ようやく解放されましたわね」

 

「えぇ、1200年以上もこの地に留まっていた魂が……」

 

 エレノアとヴェルセリアは静かに見守る。

 

 浮かび上がっていく無数の魂は、幻想的な光を放ちながらこの箱庭の上へと立ち上る。その場にいる全員が祈るように見送る。

 

 無数の光の玉の中でメイプルが何かに気付き、手を振っていた。

 

「メイプル? また何か見えたか?」

 

「コーデリア、あそこにヘンリー達がいるニャ! ヘンドリックとエイミーが一緒ニャ」

 

 メイプルには光の玉が人の姿に見えているようだった。

 

「どれがヘンリーだい?」

 

「イグニス! あれだニャ」

 

 3つの光の玉がイグニスに近付いて来る。その中の1つが身体の周りをゆっくりと回っている。

 

「もしかしてヘンリーかい?」

 

 イグニスの周りをくるりと一周する。ヘンリーの魂のようだ。

 

「もっと遊びたかったな。次にこの世界に来る時は、いっぱい遊ぼうな」

 

 手を差し出し、光る玉を掌に乗せる。一瞬だけ、ヘンリーの魂が生前の穏やかな姿が見えた気がした。もう一度イグニスの周りを一周すると、待っていた2つの光の玉の元に飛んでいく。

 

「これで本当にさよならだね」

 

 1200年余りの時間が止まっていた箱庭から、全ての魂が漸く解放され旅立っていく。




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