『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
ザークが風のような速さで森を駆け抜けた。勢いよく木を蹴り上げながら高い場所まで昇り、ドラゴンの飛ぶ位置を確認し待機をする。
「さぁ……来やがれ!」
ドラゴンが先程よりも低空飛行で火を吐きながら迫ってくる。厄介な事に、ドラゴンの周りにはワイバーンが取り囲むようにして飛んでいる。
「目障りな狼だな! 灰になれ!」
「ワオォォォォォーン!」
ザークが吠えると身体の周りに冷気が纏わりつき、炎から身を守る。そのままドラゴンが近付いた時、何匹かのワイバーンを足場にしてザークが飛び付く。前脚の爪に氷を纏わせドラゴンの脇腹を抉る……が、あまりの硬さに歯が立たない。
「ックソ! 硬えな!」
再びワイバーンを足場に体勢を整えようとするザークだったが、その隙を見逃さないドラゴン。
「その程度の攻撃で我に傷を付けられると思うな!!」
ドラゴンは空中で体を捻り、長い尻尾で反撃をする。振り回された重量のある尻尾はザークに当たる事なく空振りをするが、代わりにワイバーンに当たり地面に叩きつけた。
「ハッ! そんなのが当たるかよ!」
小馬鹿にするようにヒラリと避け、ザークは高い木立に降り立つ。
ザークの戦い方を見ていたヴェルセリアは新鮮な気持ちで心躍っていた。
「なに……あれ……」
目の前でザークがやった事に、顔が綻ぶのを止められない。ゾクゾクと、高揚感が身体を支配する。こんな気持ちになったのはいつぐらい振りだろうか。
「ドラゴンみたいに『袋』を持たないのに……」
元来、ドラゴンは体内に『袋』と呼ばれる器官があり、魔力を貯め、そこから炎や氷、雷など属性に合わせた魔術を吐き出す。
その他の魔術を使う魔獣と呼ばれる生き物は、精霊と『共存』と言う名の生まれながらの『契約』を結んでおり、精霊を体に纏わせ使う者もいる。しかし、言葉を操る人族とは違い、単純な魔術しか使うことはできない。
「精霊魔術の氷ではなく自分の魔力を氷に変換しているの……?」
しかし、ザークがやったのは全く違う、人族が使う炎系魔術と同じなのだ。
精霊魔術に炎は存在しない、気象現象と同じだからだ。炎系魔術は魂の熱量、即ち生命力と己の魔力の器が比例する。詠唱の長さなどでも調整は効くが、基本的に生まれ持っての素質で左右されるのだ。
魂の熱量、魔力の器で威力が変わる、なので強い者なら短い詠唱でもかなりの威力を出せる。
「詠唱も無しに? ……っ! あの時の違和感はこれだったのね……イイわ、最高にイイ!!」
ザークが先程やった、氷を纏わせた防壁は精霊魔術なら複雑な詠唱を必要としている。それを鳴き声一つでやったという事実に、ヴェルセリアは興奮を隠せない。
「喋ってねぇで、あの周りを飛んでるワイバーンをなんとかしろよ!」
一人で騒いでいたヴェルセリアを
「わかったわよ……もう!」
興奮を隠しきれないヴェルセリアは、ザークに続くために詠唱を始める。
「目に見えぬ風の精霊たちよ、我が足下に集いて不可視の奔流を成せ。重き大地の
ふわりと、ヴェルセリアの身体を風が包む。軽く地面を蹴れば、驚くほどの跳躍で宙を舞う。
森の木々を飛び越え、更に詠唱を紡ぐ。
「大気を揺らす不可視の精霊よ、集いて我が足下の
空中に半透明な板の様な物がいくつも出現する。その上にヴェルセリアはふわりと降り立った。足場を作り、空からドラゴン討伐に臨む。
それを見たザークが――
「いいもんあるじゃねーか」
足場を利用し、
「クソッ! 邪魔だ!」
「グギャァァッ!!」
言葉を持たないワイバーンは、鳴き声を上げながらザークに襲い掛かる。1匹だけが来るのなら大した事はないのだが、とにかく数が多い。鋭い爪で次々に攻撃をしてくる。ザークは襲い掛かる爪を避け、時に空中でワイバーンを蹴り上げながらいなしていく。
その混戦状態を見逃すドラゴンではない。
「威勢がいいのは口だけか!」
ドラゴンは炎のブレスを吐きかけワイバーンごと燃やし、断末魔の叫びを上げながら炎に包まれる。
「取り巻きごと燃やすとか……」
ワイバーンを足場に炎のブレスを避けながら、ザークは落ちていく燃えたワイバーンに目をやる。
「あいつ等は勝手に我の周りにいるだけだ」
冷徹な声で燃えたワイバーンを一瞥し、羽ばたくドラゴン。ザークに向かって滑空するように飛んでくる。向かってくるドラゴンを正面にし、ザークはヴェルセリアが作った足場を使い空中を駆ける。
その様子を見ながら、ヴェルセリアは跳躍を繰り返し足場を作りながら安全な距離を保ちつつ近づき、そっと瞳を閉じ詠唱を紡ぐ。
「大気に漂う滴よ、極寒の戒めを
詠唱が紡がれる間、空中に氷の欠片が集まりヴェルセリアの前に無数の氷の刃が形作られ、硬質な音を立てて硬さを増していく。
ドラゴンの方へ手を差し出し、魔力を帯びたエメラルドの瞳が静かに開かれ――
「……いきなさい」
その声と同時に無数の氷の刃がドラゴン達の方に向かって飛んでいった。
「ッ!」
ドラゴンの分厚い皮膚に苦戦をしているザークの背後から氷の刃が迫るが、来ることがわかっていたかのようにひらりと避ける。
直後、立て続けに激しい衝撃音が響き渡る。放たれた氷の刃のいくつかは、容赦なくドラゴンとワイバーンに命中した。
「ガアァァッ!! エルフか! 小癪な真似を!」
今の攻撃で、取り巻きで飛んでいた数匹のワイバーンが落ちていく。
そしてザークの爪では傷一つ付けられなかったドラゴンの皮膚に裂傷を与えた。しかし、ドラゴンの勢いを止めるほどのダメージは与えられていない。
「おかしいわね、いつもより威力が弱い……」
首を傾げ、考える。周りを見渡すと森の木々があちらこちらで燃えている。ドラゴンが暴れ始めてから森へ燃え移った炎は勢いよく広がっていた。
考えている間に、ヴェルセリアが作った足場を使ってザークが近くまで来る。
「あ……危ねぇじゃねーか! 俺を殺す気か!?」
「あら? 貴方なら当然避けられるでしょう?」
わざわざ文句を言いに来たザークを、ヴェルセリアは小馬鹿にしたように見下ろす。
「チッ! ……周りが暑すぎる! こっちまでへばっちまう。それにワイバーンが邪魔だ!」
暑さからか、ザークは舌を出し息遣いが荒い。身体に纏わせていた冷気が消えていた。ドラゴンの周辺ではかなり暑いのだろう。
「……刃が届くまでに炎の熱で威力が落ちてるのね、それなら……」
ヴェルセリアはスタッフを前に出し、詠唱を紡ぐ。
「大気を翔ける精霊よ、我が意志の刃と成れ。千の断裂を以て虚空を刻み、形なき銀閃よ、
ヴェルセリアの周りに風が吹き荒れ、木々の葉が舞い上がる。舞い上がった葉が細切れになり、目に見えない風の刃が形成されているのがわかる。その風の刃がドラゴン達めがけて放たれる。
ワイバーンを散らし、ドラゴンの皮膚を浅く切り裂く――が、ザークの爪も歯が立たないほど分厚い皮膚だ。風魔術でも威力はいまいちであった。
「……これもダメ……どう戦えばいいの……」
「来るぞ!」
ザークが叫ぶ。ドラゴンは戦い方を考える余裕すら与えてくれない。
「何度も何度も小賢しい! 灰になれ!」
ドラゴンがこちらに向かって飛んでくる。何度も裂傷を受け怒りを露わにし、その矛先をヴェルセリアに向け炎のブレスを吐き出す。その炎に巻き込まれる形で生きながらワイバーンも燃え上がる。
「ッ!」
跳躍をし躱すが、燃えたワイバーンが邪魔になりヴェルセリアは目測を誤ってしまった。
「しまっ……」
飛んだ先に足場は無く、新たに作る詠唱が間に合わない。地面は既に炎が燃え盛り、火の海と化していた。その森に落ちる――その時、柔らかな毛が滑り込んでくる。
「ッ! ……え?」
「何やってんだ! しっかりしろ! テメェが死んだら俺も死ぬだろうが!」
ザークがヴェルセリアを背中で受け止めたのだ。ヴェルセリアは落ちないようにしがみ付く。
この女のことだ、助けても文句しか言わないだろうとザークは予想をしていたのだが――
「……あ、ありがとう……」
拍子抜けする程素直に、お礼を言うヴェルセリア。まさか文句ではなくお礼を言われると思っていなかったので調子が狂う。
「あ、いや、気をつけろよ……」
考えてみたら、ヴェルセリアの言動は屈従関係の割に普通以上に優しい。寧ろザークの事をかなり丁寧に扱っている。
(俺、この女にペットって言われなかったか? ペット? んん? ペットって言い方……)
体勢を整えるために火が回っていない場所で下ろし、ヴェルセリアをじっと見る。急に見つめられたヴェルセリアは困惑した顔をする。
「? どうしたのよ?」
「……なんでもねぇよ」
調子が狂う。だが今は目の前のドラゴンに集中、気持ちを切り替える。ヴェルセリアも今のままではドラゴンを討伐が難しいと判断し、次の手に出る。
「貴方、少しは時間を稼げるかしら?」
「……何か策はあるのか?」
ヴェルセリアは人差し指を立て、上に向ける。
そして――
「雨を、降らせるわ」
エメラルドの瞳を細め、口角を上げる。
察したザークは少し悪い顔をする。
「……へぇ、それなら時間を稼いでやるから魔力をもっと寄越しな」
そんなザークに小さくため息を吐き、改めて名を呼ぶ。
「仕方ないわね、行くわよ『ザーク』」
魔力供給を受けたザークは舌舐めずりをし、ドラゴンの方へ駆け出していった。
ヴェルセリアは跳躍し、再度足場を作るために詠唱を紡ぐ。
「大気を揺らす不可視の精霊よ――」
詠唱をしながら周りを見渡す。
雨を降らせる魔術は確かにある。だが、生憎今日の天気は雲一つない晴天、一から雨を降らせるのはかなりの時間と魔力を消耗する。
それならば――
「水は……あっちね」
戦いながら移動をしていたので、元々いた湖から離れていた。
更に足場を作りながら湖の方へ移動をする。チラリとザークの方を見ると冷気を纏い、先程より俊敏に動いていた。
「あの子はどれだけの魔力の器を持っているのかしら……かなり魔力を持っていかれたわ」
腰に付けたポーチから赤いマナ・ドロップを数粒取り出し口にする。これ1つで並の人間なら余るほど魔力を回復させるが、ヴェルセリア自身の魔力の器も並ではなかった。
魔力は枯渇こそしていなかったがザークに与えた量が多く、これからやろうとする事は今の魔力残量では足りない。
「……完全じゃないけど、魔力回復完了、さぁ始めましょうか!」
自分を鼓舞するかのように声を上げる。
「湖にいる生き物には悪いけど、半分くらい水をもらうわね」
そう言うと、スタッフを一回転させ足場を突く。
カッ……シャンッ!
ヴェルセリアのエメラルドの瞳に魔力が帯びる。両手でスタッフを支え、静かに詠唱を紡いでいく。
「静止せる水よ、我が魔力を
静かだった湖面の水が徐々に波立つ。波は次第に渦を巻き、中心から空へと昇っていく。その水の量は湖にあった半分くらい、薄く広く空中に同じサイズの湖があるように見える。
水を意のままに動かす高等使役魔術。液体という形が不安定な物を使役するこの魔術は、使える魔術師はギルドランクSでなければ難しいだろう。ましてや、湖の水を持ち上げるともなるとやろうとする者もそうはいない。かなりの魔力と集中力が必要とされ、ヴェルセリアでも気を張る魔術であった。
「……集中……集中……」
自分に言い聞かせるよう、ブツブツと声に出していた。
ドラゴンとワイバーンが飛び交っている、炎の勢いが一番強い真上に湖の水を持っていく。
右手にスタッフを持ち、ドラゴンの方へ先を向ける。そして――
「落ちなさい」
左手で指をパチンッと鳴らすと、空中にあった湖サイズの水の塊がドラゴン目がけて集中的に水柱となって落ちていく。
「! マジか! 雨降らせるんじゃなかったのかよぉ!」
水が落ちる瞬間、察したザークは文句を言いつつ風の速さでその場を離れた。ザークは走りながら振り返り、ドラゴンの動向を見守る。
森に放たれた炎は消え、落ちる水の勢いでドラゴンとワイバーンは地面に叩きつけられた。
「ガアァァァァァッ!! おのれ……!」
いきなり大量の水を浴びせられ、地面に這いつくばるドラゴンは怒りの咆哮を上げる。
しかし、明らかにドラゴンの動きが鈍くなった。
「今よ!!」
ヴェルセリアに促されたザークは咆哮を上げると、ドラゴンの身体に纏わりついた水が冷気を帯び凍り始める。
「ワオォォォォォーン!」
身動きが取れなくなると気づいたドラゴンが暴れる。
「グオォォーッ!! こんな所でやられてなるものか……ッ!」
急速に凍結していく身体を捩り暴れ、何とか起き上がろうとするがザークが更に魔力を込める。
「やっと地べたに落ちたんだ、逃さねぇよ! ワオォォォォォーン!」
凍り始めた水が氷柱のような棘になりドラゴンを襲う。
そして――
「大気に漂う滴よ、極寒の戒めを
ヴェルセリアの詠唱が紡がれ、上空から氷の刃が降り注ぐ。先程とは違い、周りの火の手が完全に消えたため威力が数段上がっていた。残っていたワイバーンはこれでほぼ全滅する。
「グルゥゥゥーッ! そんな……ッ!」
唸り声をあげ苦しそうに悶えるドラゴン。
「あと一息よ、トドメを!」
「わかってるッ! ワオォォォォォーン!」
今日一番の咆哮、ザークの前に巨大な氷の刃が出現する。
ザークの魂の熱量、魔力の器に比例し更に巨大化する。限界まで大きくなった氷の刃が、動きが鈍くなったドラゴンに向けて放たれた。
――凄まじい衝撃音とともに、氷の刃がドラゴンを貫いた。
「そんな……たった2匹に……ガアァァァァァ……」
力なく咆哮を上げ、ドラゴンは動かなくなった。
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