『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「……終わったな」
ザークの体に纏った冷気が空気に溶けて消えていく。
ふぅ、と息を吐いたところで空からヴェルセリアがふわりと降りてきた。ザークに近づき、頭を撫で首回りも撫でまわし、段々と腰が砕けてくる。
「くぅ~ん……」
「よしよし、よく頑張ったわね」
ヴェルセリアは褒めながら撫でまわしていたが、ハッ!! とした顔でザークの動きが止まる。
「テメェッ! さっきはよくもいきなり大量の水を落としてくれたな! 死ぬかと思ったぞ!!」
寝転がったままザークはヴェルセリアを睨みつけ文句を言う。
「あら? 雨を降らすと言ったでしょ? それにちゃんと避けてたじゃない」
ちゃんと宣言通りにしたのに文句を言われたので、少し呆れ気味に言う。
「……あれは雨じゃなくて水柱だ……」
ぼそりと、こちらも呆れたようにザークが言う。
「どちらでもいいじゃない、火が消えたのだから。それより、ドラゴンをお持ち帰りしないと」
横たわる大きなドラゴン。今回は討伐と素材採取が依頼内容なので、これをギルドに持ち帰らないといけない。
本来ならここまで解体屋を連れてきてその場で解体か、ドラゴンを分割して荷馬車何台かに乗せて持ち帰る。だが、ヴェルセリアの場合は違った。
スタッフの先端で地面にドラゴンを取り囲むようにして線を描く。
「何をやってるんだ?」
「……これでよし。これからこの倒したドラゴンを圧縮するのよ」
二コリと笑顔を見せ、ヴェルセリアはスタッフを一回転させ地面を突く。
カッ……シャンッ!
エメラルドの瞳に魔力が帯びる。スタッフを前に出し、静かに詠唱を紡ぐ。
「澄明なる器よ、我が意志を媒介に万象を飲み干す檻となれ。溢れ出づる存在の奔流を、
囲まれた線の内側が光りだし、段々と光る範囲が狭くなっていく。元の大きさから考えられないほど小さく、掌に収まる大きさの水晶にドラゴンが入った。
水晶を拾い上げ、空にかざして中身を確認する。
「依頼、完了ね」
右手のブレスレットに嵌められた赤い魔石を撫でると、スタッフが瞬時に消える。手にはドラゴンが収まった水晶がある。
「うお、なんだこれ……」
ヴェルセリアの手にある水晶を鼻先で匂いを嗅ぐザーク。
「ドラゴンみたいに大きな物を持ち運ぶのに便利な圧縮魔術よ。これで貴方専用の首輪が作れるわ」
圧縮されたドラゴンをマジックバッグに入れ、ヴェルセリアはにっこり笑い、ザークの顎下を両手で包み首回りを撫でる。
「……って、マジで俺の首輪のためだけにドラゴン討伐を引き受けたのか?」
「? そうよ? 当り前じゃない。貴方に見合う装備を用意できそうでよかったわ」
半分は冗談だと思っていたザークは、ヴェルセリアの表情から本気で首輪の素材のためだけにこんな危険な依頼を受けたという事に驚いた。そして先程思った疑問。
「……なぁ、お前にとって屈従契約の俺って、なんなんだ?」
急に聞かれ、ヴェルセリアは驚いた表情をする。
「え? なによそれ……うーん、それは……」
腕を組み、目を伏せ考える。
「それは?」
「……かわいいワンちゃん」
「……は?」
拍子抜けたような、変な声が出てしまった。ザークの頭の中では何を言われたのか、何度も反芻するが理解できない。
「ほら……ワンちゃんは飼い主が責任もってお世話をしてあげないとだめでしょう? 可愛がって甘やかして。私の屈従契約は、主人無くして生きていけないようにするための契約よ」
「ちょっと待った、ペットって言っていたのは……読んで字のごとく、だったのか?」
ザークはてっきり、ヴェルセリアの言う『ペット』は虐げる者を表していたのだと思っていた。
「え……? ペットって撫でたり可愛がる動物の事をいうのでしょう? それ以外にどんな意味があるの?」
「……いや、まぁ、そうだけど……」
ザークは思い切り勘違いしていた。字の通りの捉え方をしていたら、今までのヴェルセリアの行動全てが腑に落ちる。
「はぁ、間違ってなくてよかったわ。『エテルナ』だと
ヴェルセリアが住む世界では一般的な事ではなかったので、間違っていないとわかり胸を撫で下ろしている。ただ、ザークは納得できていない所があった。
「……可愛がる前提のペット、なのになんで俺を屈従契約なんてさせたんだ?」
屈従契約のために、自分の自由にならない部分があるのが納得できていないのだ。
「それは、あの時魔力を与えた瞬間に襲い掛かってきそうだったからよ。だから無力化してからマナ・ドロップを与えたの。貴方、絶対私を襲う気だったでしょう?」
「う……」
実際そのつもりだったので、否定ができないザーク。それともう1つ、さっき言っていた中に気になる事があった。
「……さっき言ってた『主人無くして生きていけないようにするための契約』って……」
そう聞かれたヴェルセリアの表情は、不敵な笑みを浮かべていた。
「ふふ……覚悟していなさい……もっと甘やかして私無しでは生きられないようにしてあげるから」
「……」
この女、ヤバいと思ったが屈従契約がされている時点でもう逃げられない。ただ、それ以外は真っ当な生活をしているので、深く考えなければいい生活なのかもしれない――そう思う時点で、既に思考が支配されているとは気付いていないザークであった。
「さ、帰りましょう、また背中に乗せてくれるのかしら?」
「あー……疲れたからゆっくりな……」
「それはよかったわ、さすがにあの速さは景色を楽しむ余裕もなかったから」
ザークの背中を撫で、ヴェルセリアは行きと同様に跨った。
帰路は話ができるくらいの速度で走るザーク。
「なぁ、俺の実力はわかっただろ?」
ドラゴン討伐前に言ってた、『使えなければ再び封印』を少し気にしていた。
「そうね、正直予想以上よ。でも……私のサポートが無ければ厳しかったんじゃないかしら?」
背中から顔を覗き込むようにしてザークの耳元で話す。
「……そんな事ねぇよ」
少し不貞腐れたような返事をする。ただザークもわかってはいた。ヴェルセリアはとても強い。
「認めなさいよ、相手の力量を測れない程貴方は愚かではないのでしょう?」
ヴェルセリアも先の戦いでザークを認めている。今までパーティを組まずに戦ってきたヴェルセリアは、今回の討伐で誰かと共闘する「愉しさ」を理解できた。
「……そうだな、……ヴェル」
少し照れくさそうに、やっと名前を呼んだザーク。
「……!」
素直になったザークが可愛く見えたヴェルセリアは背中に抱きついた。
「〜んーかわいい! やっと私の名前を呼んでくれたのね!」
頬ずりをしながら、ザークの頭や首回りを撫で回す。
可愛いなどと初めて言われたザークは激しく動揺する。
「ッ! なッ! なに、言ってやがる! そ、それより! いい加減俺も普通に名前で呼べ! もっと魔力を寄越せ!」
照れ隠しをするように、ついでに魔力供給を要求する。
「それはダメよ、供給過多になるし私も疲れるわ。貴方の魔力の器、底無しなの? マナ・ドロップでも食べなさいよ」
「不味いからそれ、嫌だ……(ヴェルからの魔力の方が甘くて美味いからそっちの方が……)」
封印を解かれた日に初めて口にしたマナ・ドロップ。あの日も言っていたが、ザークの口には合わない上に魔力回復量が微々たるものだったため嫌がる。そしていつも名前を呼ばれた時に舌舐めずりをしていたのは、ヴェルセリアの魔力供給が『美味しい』からであった。
「? なぁに? 何か言った?」
「な、なんでもねぇよ!」
気恥ずかしさから走るスピードを少し上げるザーク。
「あ! 街が見えてきたわ。ギルドに報告したらご飯を食べましょう。魔力を使いすぎて疲れたわ」
ザークの背中に抱き着くようにしてヴェルセリアはぐったりする。
「俺も疲れた。肉が食いてぇ!」
「はいはい、わかったわ」
ザークの背中を撫で、そっと目を閉じる。背中からザークの鼓動が聞こえ、心地よい。
陽もすっかり落ち、街明かりがキラキラと輝いて見える。それに向かってザークは走っていった。
わずか1日で依頼を完了させた1人と1匹。後にこの日の出来事は「ドラゴン退治を1日で終わらせたエルフと喋る狼」としてギルド内で噂になった。それがきっかけでヴェルセリアとザークに注目が集まるのは、また別の話である。
お気に召しましたら、感想、評価、お気に入り登録頂けると嬉しいです。
どうかよろしくお願いします。