『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「冒険者さん、おはようございます」
ここは冒険者ギルド『
「なに!? ドラゴン討伐に行ったエルフと狼が戻ってきてるだと!?」
朝の比較的空いている時間に、受付カウンターでギルド長バルガスの声が響く。
昨日出発したはずのヴェルセリア達が、戻ってきていると言うのだ。
「はい、昨夜戻られたとクララから報告を受けています」
受付嬢のミラがバルガスに報告する。クララと呼ばれた人物は昨夜遅番の受付嬢である。
「……忘れ物をして戻ったのか?」
「それが……既にドラゴン討伐を終わらせ、納品ができる状態だと」
このドラゴン討伐と素材採取の依頼は、数ヶ月に渡り誰も引き受けなかった案件だった。
10
そのため報酬は跳ね上がりはしたが、誰も依頼を受ける者はいなかった。
「最短で15日って言ってなかったか……?」
「通常、片道の移動だけで最低5日はかかると見込んでいましたし、あれはパーティを組んでの話でしたから……とても『オトモ』を連れているとは言え、1人で討伐できるものではないと……」
「『オトモ』連れとは言え1人、移動だけでも5日……一体どうやって……」
たった1日で移動だけではなく討伐と納品まで終わらせるなど、普通ならできるものではない。まさか、移動にあの魔術を使ったのか――
「移動に関してですが、ヴェルセリアさんが連れていた狼の背に乗って移動したそうです」
「……は?」
「納品に関しても圧縮魔術? と言うものを使ったそうで、クララが初めて見たと興奮していました」
「圧縮魔術……懐かしいな……」
まさかの物理的な移動と圧縮魔術で可能としていたとは。なによりも重大な脅威になり得る個体を、たった1人と1匹で討伐した事に驚きを隠せない。
「……クックック……アーハッハッハ! とんでもない連中だな!」
ギルドフロアにバルガスの笑い声が響く。腹の底から笑ったのはいつぐらい振りだろうか。
「ミラ! そのエルフと狼、俺の前に連れてこい! 興味が湧いたぞ!」
バルガスは受付カウンターを盛大に叩き、興奮気味にミラに言う。
「……それでしたらヴェルセリアさんは午後、解体屋の工房に行くそうですよ。圧縮したドラゴンはここでは出せないので、直接工房で納品すると仰っていたと聞いています」
「午後だと? タイミングが悪いな……」
顎の髭を触りながら、眉間に皺を寄せるバルガス。
「午後はどちらに?」
「『アクアス』支部へ行かねばならない要件があってな。10日程戻れない」
「それは残念でしたね」
「そのエルフに言伝を頼む。バルガスから話があると」
「承知しました、納品の立ち会いをする際お伝えします」
***
「――との事です。是非ギルド長がお会いしたいとのことですが」
「嫌よ、いつ戻ってくるかわからないギルド長に会うなんて、時間が勿体無いわ」
ミラの話を即答で断るヴェルセリア。
ヴェルセリアの隣ではザークが大きな欠伸をしていた。さすがにドラゴン討伐をしてきた翌日なだけあり、疲れの色が滲み出ていた。
ここは『マリヌス』の街から少し離れた林の中、解体工房『
「第一ギルド長がなぜ、私達に話があるのよ」
腕を組み明らかに不機嫌になるヴェルセリア。
ただのギルド所属の
「詳しくはわかりませんが、今回のドラゴン討伐の件で興味が出たと。それと書庫にあった本がどうとか……」
一瞬ヴェルセリアの顔が引きつる。
「……書庫の本……? それがどうしたのかしら?」
怪しまれないよう、とぼける。確実にザークが封印されていた本の事だとすぐにわかるが、ここで下手なことを口走れば怒られそうな気配である。
「なんでも無くなったとか。何かご存知じゃないですか?」
「さぁ?」
――沈黙は金なり。余計なことは口にしないで、ここは知らぬ存ぜぬを決め込む。ザークを見下ろし、目で黙るよう訴える。
「……?」
ザークは首を傾げ、ヴェルセリアの目つきがやたらと怖いので取り敢えず黙っている。
「ところで、この狼……いえ、犬はどちらで――」
そう聞きかけた所で大きな声がかかる。
「おーい! 準備ができたぞ!」
解体工房の工房長のガリムだ。服越しでもわかるほど筋骨隆々の身体つきのドワーフだ。その背後には同じ工房で働く男達が控えている。手には各々斧や鋸を持っている。
「やっとだわ……悪いわね、お話はまた今度、ね」
ヴェルセリアは工房長ガリムの方へ向かう。
「……で? 広い場所を用意しろと言われたがドラゴンは何処に?」
ヴェルセリアは昨日持ち帰ったドラゴンを収めた水晶を取り出す。
「ここよ」
それを見たガリムが驚く。
「……はぁーッ! こりゃ驚いたな、圧縮して納品なんて、久しぶりだ!」
過去にも圧縮魔術で納品された事があったのだろう、ジロジロとヴェルセリアの手の内にある水晶を見る。その声に後ろに控えていた男達が集まり、押し合いながら水晶を覗き見る。
口々に
「なんだあれ」
「あの中にドラゴンが?」
「トカゲでも捕まえたのか?」
などとざわつき始める。
「圧縮魔術を見たことがあるですって?」
「あぁ、前に見た時もエルフの
「圧縮魔術はエルフの中でも一部の人しか知らない魔術……そんなピンポイントで『外の世界』に出た人がいたなんて……」
近しい人物でも圧縮魔術を使いこなしていた人物に心当たりがないので、古くから『外の世界』に出たそれこそ『冒険者』がいたのだろう。
そんな事より、ドラゴンを出す準備をする。
「中身は大きいから下がりなさい」
開けた場所の中心辺りに水晶を置き、ヴェルセリアは右手を前に出し言葉を紡ぐ。
「虚空を越えよ、鋼の魂。封印の楔を解き、今こそ
右手のブレスレットに嵌められた赤い魔石が輝き、ヴェルセリアの手にはスタッフが握られる。
一回転させ地面を突く。
カッ……シャンッ!
スタッフに装飾された鈴が涼やかに鳴り、ヴェルセリアのエメラルドの瞳に魔力が帯び輝く。そして少し大きめな声で詠唱をする。
「
詠唱が終わると同時に水晶が眩い光を放つ。
それは少しずつ大きくなり、昨日倒したドラゴンが現れた。球状に地面ごと圧縮されていたので、ドラゴンが展開されたと同時に草木が焦げた臭いと湿った土の臭いが鼻をつく。
「なんだ! デカくなったぞ!」
「マジでドラゴンだ!」
「うぉッ! ヤベェな!」
男達の歓声とも言えぬ声が上がる。
「これは……レッド・ドラゴン! ……エルフの姐さんがコイツを倒したのか……? ……腕が鳴るなっ! 野郎ども! 仕事だ!」
ガリムの声と共に男達がドラゴンに詰め寄る。
ドラゴンが解放されたのを確認すると、右手のブレスレットに嵌められた赤い魔石を撫で、スタッフが瞬時に消えた。ヴェルセリアはミラの元に行く。
「レッド……ドラゴン……? まぁいいわ。さ、納品完了よ。それと、このドラゴンの皮を少し分けてもらいたいわ」
「……えっ、わかりました。それでは皮の代金は報酬から引かせてもらいますね。革のサイズなどは
常に冷静なミラらしくなく、圧縮魔術の凄さに一瞬反応が遅れた。
受付嬢という仕事柄、冒険者達の実力は報告を受けた内容を文字としてしか見る事ができない。実際に目の当たりにする機会が少ないので、今目の前でヴェルセリアがやった事に驚きを隠せないのだ。
これを見てミラは改めて思う、この人はランクAのままでは勿体ない。
「……ヴェルセリアさん、やはりランクSの昇級試験受けませんか?」
「嫌よ、面倒だわ」
即答で断る。前に打診した時も即答で断られていた。
「ランクSになればギルドから受けられる支援も拡充しますし、待遇も良くなります。悪い話ではないと思いますが」
ミラも食い下がる。
ランクSになれる冒険者が現れるのは、それそこ何十年に一度くらいなのだ。これを逃せば次いつ現れるかわからない。しかしヴェルセリアにはミラの訴えは響かない。
「だって、ランクSになったら国の有事に関わる案件を絶対やらないといけないのでしょう? 私にはそんな事をやってる暇はないわ」
国の有事より自分の都合を優先するヴェルセリア。
「ならなんでギルドにいるんだ?」
横で聞いていたザークが口を挟む。
「なぜって? 探し物をしている場所がギルドの管轄地だからよ。それ以上でもそれ以下でもないわ。さぁ、戻りましょう」
あくまで、ギルドに所属している理由は自分都合なのだ。ザークの頭を一撫でし、街に戻ってゆく。自由過ぎるヴェルセリアを縛るのは難しいと、この時ミラは思った。
「困りましたね、これではギルド長に会わせるのも難しいかもしれません……」
1人呟く。
バルガスに「俺の前に連れてこい!」と言われた手前、どうにかして連れて行かねばならないが――
「私は受付嬢、それは私の管轄外の仕事なのでゆっくりでいいでしょう」
スン……と表情を鎮めあっさりと諦める。納品の立ち会いも終わったので、ミラもギルドへと戻るのであった。
***
『マリヌス』の市街地に戻る道すがら、ヴェルセリアは少し焦っていた。受付嬢のミラと話していた時も、実は気が気でなかったのだ。
(封印の書の事、バレてる? もしかしてザークの事も?)
少し早足で歩くので、ザークが困惑する。
「? ヴェル? どうした?」
「……本を持ち出したのがいけなかったかしら……でも犬を連れているのはバレてないはず……」
ブツブツと独り言を言っている。
ザークを封印の書から解放したあの日は書庫から出る際、幻術をかけザークを見る者から目を逸らすようにしていた。なので書庫から犬が出てきたと認識できた者はいないはずなのだ。
「そうよ……この子を書庫から連れている姿を見られていないなら確信をもって私に声をかけた訳じゃないわね。あくまでも可能性の話……」
「……ヴェル?」
ピタリと足を止め、ザークの方に向き直る。両手でザークの顔を包み込み、目を合わせる。
「お……? なんだよ」
「いい? 貴方は森で倒れてました。そこに私が通りすがり助けました。それ以前の記憶は曖昧で名前以外は覚えていない。……もし誰かに私との出会いを聞かれたらそう答えなさい、命令よ」
真剣な顔でザークに命令する。
「お、おう……」
とりあえずヴェルセリアとの出会いは何かまずい事になっているとザークは察した。屈従契約からの命令となれば、従わざるを得ない。
そのまま、ヴェルセリアはザークを抱きしめる。
「取られてたまりますか……この子は私のよ……」
なにか、執念めいた声色で話す。いつもの自信に溢れたヴェルセリアではない。
(どうしたんだ? いつものヴェルじゃねぇみたいだ……)
様子がおかしいと察したザークは、抱きしめられたまま少し考えた。
「……ヴェルに何があったか知らねぇが、屈従契約があるなら俺は離れるに離れられねぇだろ?」
ザークはそう伝えると、互いに目を合わせる。
「勝手にいなくなったりしねぇから、安心しろ」
ハッとした顔をするヴェルセリア。そう、ザークとは死ぬまで切れぬ契約をしていたのだ。
「……っ……犬なのに、生意気なこと言うのね……ありがとう」
そう言い放った時には、いつものヴェルセリアに戻っていた。そして『マリヌス』の市街地の方に向けて再び歩き出す1人と1匹。
「……今日はなんだか気疲れしたわ。ゆっくりお風呂に入って明日に備えましょうか」
「俺はメシ食って寝たいぞ」
昨日の疲れが残っているのか、ザークは欠伸をしながら歩いている。
「貴方もお風呂よ」
「はぁ!?」
お風呂の一言で目が覚めたのか、勢いよくヴェルセリアの方を向くザーク。
「私の可愛いワンちゃんなんだから、キレイにしないとね。今の貴方、毛並みがゴワゴワよ。それに今日は良いブラシを手に入れたのよ! ご飯はその後、ね」
「……午前中いなかったのはそれを買いに行ってたからかよ……」
新しく手に入れたブラシを使うのを楽しみにしているヴェルセリア、ザークとは対照的に街に向かって歩く足取りが少し軽くなっていた。
ギルド長バルガスの面会にランクSへの昇級試験、身に降りかかる話が一度に来たので、ヴェルセリアは少しギルド本部と距離を置きたいと思っていた。距離を置く、と言う事は暫くの間逃げ回る事――ヴェルセリア達がギルド長バルガスと面会を果たすのは、いつになるだろうか。
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