義手に絡みつくグレースをエデが引き剥がし、白祇重工を後にした。この後はタイムフィールド家か。
「ちょっと待ってくださる?」
「ん?どうしたエデ?」
エデの方を見るとプシュっと何かスプレーの様なものを首筋に掛けられた。これは…香水か?
「ほら、手首も出して。」
「お、おう。」
さらに手首にも香水を掛けられた。メヌが横から匂いを嗅いできて、
「クンクン…良い香りだね♡」
と言ってきた。自分でも嗅いでみたがいまいちよく分からない。エデも首筋に顔を近づけて匂いを嗅ぎ、
「スンスン…えぇ、思った通りの香りになったわ♡」
「そんなに変わるもんなのか?」
「勿論よ。香水とは視覚ではなく嗅覚に訴えかける見えない服のような物。服装が印象を決めるように、香りでもまた、印象を決められるのよ。」
「へぇ〜だから香水は着るものって言う人もいたんだ?」
「その通りよ。タイムフィールド家にお邪魔するのだから、これくらいはしておかないと、ね?」
「別にタイムフィールド家に行くのはこれが初めてじゃないんだが…。」
「貴方は最早カールミンロート家の者と見なさせてもおかしくないのだから、身嗜みには気を遣いなさいな。」
そこを突かれると痛いな。一番出入りしてるのは間違いなくカールミンロート家だし、住んでいるところも別邸みたいなものだし。ジーク総長の顔に泥を塗る訳にも行かないから今後は身嗜みにも気を遣わないといけない訳だ。
「メヌとエデは来ないのか?」
「お呼ばれしているのは貴方だけでしょ?名家同士だと、そう気軽に会えないもの。周りが要らぬ勘繰りをしてしまうから。それに黒枝の仕事が入りそうだし、そちらに行ってくるわ。」
「私はランダムプレイでバイトのシフトが入っているからパス。」
二人とも意外と薄情だな。それぞれ用事がある二人と別れ、単身タイムフィールド家へ向かうとしよう。
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タイムフィールド家はTOPSに名を連ねる名家で、エーテル研究の権威だ。特にホロウ内で活動する際に必ずと言っていいほど付き纏う侵食のリスクを減らす侵食緩和剤を開発し、その特許を握っているのは大きいだろう。
そんなタイムフィールド家の屋敷はかなりでかい。カールミンロート家に勝るとも劣らない規模だ。その屋敷の正門前には老執事が立っていた。確か…アーノルドさんだったか?
「お待ちしておりました、ノワール様。本日はマスクを着けていらっしゃないのですね?」
「えぇ、仕事で来た訳ではないのと、素顔もバレちゃいましたからね、外してもいいかと思ったところです。」
「なるほど、左様でございましたか。旦那様がお待ちです。こちらへ。」
アーノルドさんに案内されたのはライオネル氏の執務室だった。
「旦那様。お客様をお連れしました。」
「入ってくれ。」
落ち着いたモダン調のデザインで統一された、良い部屋だな。奥の机で書類にサインしていたライオネル氏がこちらを見るや笑顔で出迎えてくれた。
「こうして直に会うのは久しぶりだね、ノワールくん。初めて君の素顔を拝見させてもらったが、中々どうして男前じゃないか。」
「お久しぶりです、ライオネルさん。貴方程顔の造形は良くありませんよ。」
軽口を言い合いながら握手をし、執務室内のソファに案内される。
「アーノルド、お茶の用意を。それとアリスと柚葉も呼んできてくれ。」
「承りました。」
恭しく一礼をして去っていくアーノルドさんの歩き方、剣術…それも細剣か刺剣だな。重心のブレが全くない。
「強いんですね、アーノルドさん。」
「分かるかい?私は彼の剣技に惚れ込んでね、娘の剣術指南もお願いしているんだ。」
「なるほどアリスの方ですか。」
「おや?そこまで分かるのかい?」
「こんな仕事をしていますからね。見た相手の実力はある程度見抜けないといけませんから。」
「なるほど。流石は星見家の武芸百般と謳われた男。それくらいはお見通しな訳だね。」
うげ…身バレしてるし…。てか雅と面白半分で考えてた二つ名がなーんで外部に漏れてるんですかねぇ…?
「はぁ〜〜、ジーク総長ですか…。」
「ふっ…ノーコメント、とさせて貰うよ。勿論事情については粗方承知しているから心配せず安心して欲しい。」
「貴方の人となりは理解していますから、そこについては心配していませんよ。」
「おや、嬉しいことを言ってくれるね。あの歩く地獄からは別邸を貰ってるみたいだし、私の方からも何かプレゼントをしようか。車か、船か、それとも……」
ライオネル氏の目が怪しげに光っている。何やら嫌な予感がするような、しないような…?
「アリスと柚葉、うちの娘二人なんてどうだろうか?」
えぇ....(困惑)
ライオネル氏の目は無言で語っている、冗談ではなくマジだと。
「それは…まずは二人の意志を聞いてからでは…?」
「私が娘達の意志を尊重しないと思っているのかい?」
「そうは思いませんが……」
「旦那様。お茶をお持ちしました。」
さっと音もなく現れたアーノルドさんがテーブルにカップを置いていく。カップに入っているのは紅茶か。香りからかなり高級な茶葉を使用していることが伺える。その紅茶を一口飲んだライオネル氏が説明を始めた。
「いきなりこんな事を言われてさぞ困惑していることだろう。まずは順を追って説明させて欲しい。」
「はい、まずは聞かせてください。」
「一つ目。君は君が思っている以上に周囲への影響力がある。君の実力が虚狩りと同等であると認知されているんだ。そんな君との繋がりはとても重要なものだ。それこそ政略結婚のようにしてでも、確保しておきたい。」
「二つ目。君が星見家の人間である事だ。現虚狩りである星見雅との親交があった、と言うだけでもその価値は計り知れないだろう。こんな時代だ、後ろ盾に虚狩りが居ると思わせるだけでもあらゆる交渉で優位に立てる。」
ふーむ、自分にそこまで政治的価値があったとは…。
「そしてなにより三つ目。アリスと柚葉が君に少なからず好意を抱いていることだ。特に柚葉はね。理由は言わずとも分かっていると思う。」
「柚葉はまぁ分かりますが、アリスは何故?」
「柚葉から君の話を何時も聞かされていたみたいだね。まるで御伽噺に出てくる、囚われのお姫様を助け出す王子様のようだと。大層羨ましがっていたよ。そしてルミナスクエアの件でアリス自身も助けられたんだ、惚れない筈がない。」
「そ、そういうものですか…。」
まさかアリスからも好意を持たれているとは……メヌとエデが言っていたとおりだったかぁ…。
「君が危惧しているようなカールミンロート家との取り合いにはならないよ。既にジークバルトには話を通してあるからね。」
めっちゃ外堀から埋められてるじゃん…。
「旦那様。お二人をお連れしました。」
「「し、失礼します…。」」
うわ二人とも顔真っ赤じゃん。これは話を盗み聞きでもしてたなこれ。
めっちゃ気まずい…。