TS未成年酒カス魔法少女 作:一般酒カス
これは、一人の男として問いたい素朴な質問だ。答えてくれてもいいし、無視したってかまわない。ただ、私がこの質問を投げかけたという事だけは、決して忘れないでいてほしい。
・一切の救済を得られないままいる人間と、中途半端に救われた人間。その二人が同時に一つの部屋に押し込められたとした時、彼ら二人は、どちらの方がより不幸であるだろう。
それが紛い物であるとしても、一度救いという名目を置かれた手を差し伸べられた。あるいは、それ自体を救いと受け取っても良い状況が降りかかってきた。
彼は、その救済を信じて歩いて行ったが、その先にあったのは、以前よりも絶望的でいて、それでも好転の兆しを感じられる世界だった。
しかし彼はそれ単体で救われることはできず、足掻き続けなくてはならない。藻掻いた先に自分が助かる未来があるかは不透明なまま、ただ苦しみ続け、欲してやまなかった希望を得られるその日まで、絶望的な世界を歩まなければならない。
そして、なまじ一度希望を見せられていることから、彼は希望と絶望の二つを知っている。知りながら、絶望の中を生きることになる。
一方もう一人は、最初から一度も救われるような事がなく、全てを諦めた人間だ。
どうすれば自分が救われるのかすらわからない。暗澹としたふらつく部屋の中で、如何様に自らを救済するかを妄想する。絶望しか知らぬ、生まれついての敗北者。
さて、彼ら二人を同じ部屋に閉じ込めた時、二人はどちらがより不幸だろうか。
私は思う。
本当に不幸な人間とは、常に揺られ続ける荒れた車内に取り残された、最後の生存者であると。
いつまた揺れるかわからない。もしかしたら、次に揺れた時が自分の最後の瞬間かもしれない。それでも、いつかたどり着くかもしれない終点に思いを馳せ、その車内に留まり続ける他、彼には道がないのだ。
*
眼下で水蒸気をあげて蒸発していく一つ目の悪魔の死体を見下ろした。
こつこつと地を蹴るローファーの音がこちらに近付いていくのを聞きながら、私はため息を吐いた。
魔法少女と聞いて思い浮べる物は、どんな物だろう。
煌びやかな衣装を身にまとい、華麗に敵と戦う可憐な少女達だろうか。
魔女見習いとして、下積みのために出向いた小さな街で、人々のために魔法を使う幼い女の子達だろうか。
どちらも正解であり、どちらも不正解だ。
あるいは、これこそが正解と呼べる答えなのかもしれない。魔法少女として生きる事を決めた少女達の中には、確かに、きらびやかな理想を掲げて生きている者たちも要るはずだ。
今しがた駆け寄ってくる、あの少女が、まさにその好例だろう。
*
「お前一人で対処に当たったのか、ミイナ」
目が合うなり、今にも殴りかかってきそうな表情でそう言われた。黒髪ロングの、気の強そうな女。
まさに正統派美少女の装いだが、手にしているステッキにはクマさんのキーホルダーがつけられている。
「誰も来ないようでしたので」
「……お前な、」
私が短くそう返すと、少女がステッキを握る手に力を込める。
「待っていれば応援くらい来るに決まってるだろうが! どうしていつも一人で戦おうとするんだ! 死にたいのか!?」
「まさか、そんなわけないでしょ。それに、レベル4相手に殉職するような魔法少女なら、さっさと死んでおくのが
戦場に弱者はいらない。
最も憎むべき者は、強き敵ではなく、愚かな味方である。とはよく言ったものである。
「悪魔一体に付き、こちらは常に三人以上で戦うのが決まりだ。そうすることで不要な犠牲を避け、戦いを有利に進める。それが機構の定めた法のはず。どうして守ってくれない? それとも、私たちが足手まといとでも言いたいのか」
誰がどう見てもブチギレだった。ため息を吐きながら応じる。何の心当たりもないのに、意味も分からないまま上司に恫喝されたことはあるか?
残念ながら、今更中学生に叱られたところで何も怖くなかった。
「私には私の目的があるんですよ。人を守るために魔法少女になった誇り高きあなた方とは違う、私だけの崇高な使命が」
と言いつつ、悪魔の死体に向かって歩く。既に大方蒸発が済んでいるようで、いくつかの魔石――悪魔のコアがきらきらと太陽を反射して輝いていた。
「なら、その目的とやらを話してみろ。私たちが納得できるだけの素晴らしい考えなら、お前の単独行動も認めてやるが?」
「それは言えません。もとより、自分の夢や希望を他者に語る事は、得てして無様でしょう? 私は愚か者ではあっても、無様な人間にはなりたくない」
ちなみに、理由は他でもない、酒である。
魔物を殺した後に露出する魔石は、魔石と言いつつ、中身はただの、魔力結晶を纏っただけの臓器だ。
そして、魔石から石の部分を丁寧に切り離し、むき出しになった臓器を酒に漬けることでできる悪魔酒がとんでもなく美味い。
その名の通り、悪魔的な酒である。
実家が酒造だったことから、よく両親が闇市からこれを仕入れてきては、周りに内緒に密造していたのだ。一口だけ盗んでみたことがあったが、梅酒のようなまろやかな甘さにほどよい酸味が癖になる、なんとも美味な酒であった。
最初は、あのタコですら食えるわけがないと馬鹿にされてきたというじゃないか。
だが、我々日本人の食に対する探究心を侮ってもらっては困る。
私は、父が成し遂げられなかった悪魔酒を完成させたい。そのためには悪魔を狩る必要があり、また、悪魔の台頭によって国が酒どころの騒ぎでなくなることだけは、絶対に避けなければならないのだ。
「なら問うが、お前のその崇高な使命とやらは、私たちを介しては達成できないのか?」
「ええ、できませんとも。特に先輩——ああいや、アリスちゃんのようなマニュアル魔法少女の前では絶対に」
「私をアリスちゃんと呼ぶな」
「失敬、口が滑りました」
と言いつつ、こっそりと魔石を一つ回収する。軽口を叩けば意識がそっちに向くだろう、という浅はかな試みが、功を奏したらしい。
「はぁ、もういい。これ以上言ったところで、お前の仕事のやり方は変わらなそうだ」
言うと、アリスは諦めたようにその場に胡坐をかき、ステッキをくるくると指で回した。
「魔法少女の仕事は二つある。一つは人々を逃がし、その被害を最小限にする事。もう一つは、悪魔を駆逐し、魔石を回収する事。前者については文句はない。……少なからず犠牲が出ることは避けられないからな。それで、魔石は回収したのか?」
「見ればわかるでしょ? そこに転がってますよ」
と、魔物の死体があった場所に指をさす。
光を反射し輝く紫色の宝石が三つ、確かに転がっている。
「……三つだけか」
「レベル4ですからね」
「レベル4なら、5つほどあってもおかしくはないんだが」
「悪魔にだって個体差はありますよ。こんなに頭を使って人を喰おうとしてた悪魔を劣等種なんて言ってくれたら、流石に可哀想ってものです」
いいつつ、ポケットの中の魔石を二つ指で弄ぶ。
「悪魔に掛ける慈悲などない」
「アリスちゃんらしいね」
アリスは、魔法少女らしい魔法少女だ。
悪魔に両親を殺されたことで、もう二度と自分のような子供が生まれないように、と魔法少女になったらしい。
どっかの酒を守るためだとか酒を造るためだとかのために魔法少女になった奴とは大違いだ。
「馬鹿にしてんのか?」
「褒めてるよ、めちゃくちゃ」
話していると、遅れてもう一人が駆けてくる足音がした。
「お、遅れました……! ユイ、現着しましたって、悪魔は?」
「ミイナが倒したってさ」
「へ、へぇ……。結構急いだのに、」
残念そうな声色とは対照的に、表情は底抜けに明るい。艶やかなボブカットが青髪が、風に揺れている。
「茶会にも来ない。機構にも顔を出さない。そもそも普段何してるかもわからない。というのに、悪魔が出た時は一番最初に駆けつけて戦い始めるんだ。私にはもう、彼女が何を考えているかわからないよ」
「でもすごいですよ。いつも真っ先に現場に向かって、たとえ一人でも戦おうとするなんて、魔法少女の鏡です」
ユイは、私の事を純粋に尊敬しているらしい。
だが過剰な評価だ。ただ酒が飲みたいだけの私を、魔法少女の鏡とまで呼ぶのは。
もっと目の前に魔法少女らしい魔法少女がいるだろと思わずツッコミたくなった。
「ユイもこう言ってるんだし、そんな怒らなくてもいいじゃん」
「よくもまぁ飄々と」
ぐちぐちと何かを呟いているアリスを横目に立ち上がる。
「私はもう行くよ。これからちょっと用事があるから」
「何しに行くんだ?」
「なんでいちいち言わないといけないんだよ。なんでもよくない?」
「先輩として後輩の動向を把握しておく義務がある」
「言うわけないでしょ。どうすんの、彼氏とデートの約束とかだったら」
言い返すと、アリスは顔を赤くして俯いてしまった。意外に初心らしい。
私はそのまま、二人を置いて踵を返した。
……二日酔いを恐れて酒が飲めるか。
明日の後悔より、今の歓喜を取るのが男というものだ。
ハイボール・シロメターティ 1935〜2001