相変わらず世界は終わってるけど、俺の風がまだ折れてくれない(年中無休) 作:るっかっみー!
模擬戦を終えた後、俺と俊久はいつも通り教室に向かった。桜庭能力者育成学院のクラスは、能力の系統や得意分野によって緩やかに編成されている。俺たちがいるのは、近接戦闘寄りの能力者が多く集まる二年C組だ。
「おはよう、玲央。俊久も」
教室に入るなり声をかけてきたのは、涼しげな目元が印象的な女子生徒──氷室透子だった。彼女の能力は「氷結領域」。触れたものを瞬時に凍らせる能力で、制御精度の高さからA級判定を受けている数少ない同級生の一人だ。
「おう、透子。今日も涼しそうだな」
「あなたたち、また訓練場で盛大にやり合ってたでしょ。焦げ臭い匂いが廊下まで漂ってたわよ」
「バレてたか」
俊久が悪びれもせず笑う。透子は呆れたように肩をすくめたが、口元は微かに緩んでいた。彼女との付き合いはそう長いわけではないが、辛辣な物言いの裏にある面倒見の良さは、俺も俊久もよく知っている。
「玲央くん、おはようございます」
控えめな声で挨拶をしてきたのは、小柄な男子生徒の宮田蓮だ。C級判定を受けている生徒で、能力は「治癒の雫」。戦闘向きではないが、育成学院内では貴重な後方支援能力者として一目置かれている。
「おう蓮。今日も朝から治癒の練習か?」
「はい……対魔物戦では、僕みたいなタイプも必要だと信じてるので」
蓮の目には、ランクだけでは測れない強い意志が宿っていた。C級だからといって腐ることなく、自分にできることを地道に磨き続けている。そういう奴の存在が、この学院を、ひいてはこの国を支えているのだと俺は思う。実際、去年の合同訓練で蓮の治癒がなければ危なかった場面を、俺は何度か見てきた。
「相変わらず騒がしいわね、この教室は」
最後にやってきたのは、クラス委員長を務める桐谷美咲だった。切れ長の目に涼しい佇まい、成績は学年でも上位を誇る優等生タイプだが、口を開けば辛辣なことも多い。能力は「重力操作」。B級判定ながら戦術的な応用の幅広さで教師陣からの評価が高い。
「お前が言うと嫌味に聞こえるな、美咲」
「事実を言ってるだけよ」
軽口を叩き合う俺たちを、透子が呆れたような、それでいてどこか楽しそうな表情で眺めていた。こうしたやり取りも、もうすっかり見慣れた朝の光景だ。
「そういえば、玲央たちまた模擬戦の成績上がったんでしょ? 掲示板に貼り出されてたわよ」
美咲がふと思い出したように言う。
「ああ、昨日のやつな。結局決着はつかなかったけどな」
「珍しいわね、あなたが俊久相手にそこまで粘るの」
「粘るって言い方やめろよ」
俺が苦笑すると、美咲は珍しく小さく笑った。この一年での俺の変化を認めてくれているような、そんな空気があった。ランクだけがすべてじゃない──口で言うのは簡単だが、実際にそれを実感できる瞬間は、こうした些細なやり取りの中にしかない。
一限目の授業が始まる直前、教壇に立った担任の黒瀬先生が、いつもとは違う硬い表情でクラスを見渡した。
「静かに。今日は先に伝えておきたいことがある」
教室の空気が一瞬で張り詰める。黒瀬先生が、こんな風に前置きをするのは珍しかった。
「対魔物対策本部から通達があった。次回の魔物大量発生──通称『氾濫』の兆候について、これまでとは異なるデータが観測されている」
俊久と目が合う。互いに、緊張が走ったのが分かった。
「具体的には、通常より広い範囲での魔力反応だ。調査班によると、出現までの周期がこれまでより短縮されている可能性があるらしい。まだ確定情報ではないが、警戒レベルを一段階引き上げるよう、学院全体に通達が来ている」
教室のあちこちでざわめきが起きる。三ヶ月に一度という周期は、これまで一度も大きく崩れたことがなかった。それが崩れるということは──何かが、これまでと違う方向に動き始めているということだ。
「先生、周期が短縮されるって、具体的にどれくらいなんですか」
美咲が手を挙げて質問する。彼女らしい問いだった。
「まだ精度の高い予測は出ていない。ただ、最短で二ヶ月程度になる可能性がある、というのが対策本部の見立てだ」
その言葉に、教室のざわめきが一層強くなった。一ヶ月分、猶予が短くなる。それがどれほどの意味を持つのかは、この教室にいる全員が理解していた。
「詳しい情報は追って伝える。各自、訓練の強度を見直しておくように」
黒瀬先生の言葉を最後に、いつも通り授業が始まった。だが、教室の空気はどこか落ち着かないままだった。
「……氾濫の周期が崩れるなんて、聞いたことないな」
隣の席で美咲が小さく呟く。
「ああ。俺も初めて聞いた」
俊久が珍しく真剣な声で答えた。いつも飄々としている奴が見せる真面目な表情は、それだけで事態の深刻さを物語っているようだった。
「玲央くん、大丈夫ですか? 顔、ちょっと強張ってますよ」
蓮が心配そうに声をかけてくる。俺は自分の頬に触れて、初めてそのことに気づいた。
「ああ、悪い。ちょっと考え事してた」
俺はふと、昨日感じた妙な胸騒ぎを思い出していた。理由もなく、何かが近づいてきているような、そんな感覚。あれは単なる気のせいじゃなかったのかもしれない。
放課後、俺と俊久は連れ立って訓練場へ向かった。いつもなら一戦交えるところだが、今日はどちらからともなく、黙って夕暮れの空を見上げていた。
「なあ、玲央」
「なんだ」
「もし本当に周期が短くなってるとして、俺たちにできることは一つしかないよな」
俊久の言葉に、俺は頷いた。
「もっと強くなること、だろ?」
「ああ」
短いやり取りだったが、それだけで十分だった。
窓の外に目をやると、雲一つない青空が広がっていた。今はまだ、何も変わらない日常がそこにある。
だが──この静けさが、いつまで続くのかは、誰にも分からなかった。
じゅうりょく→にゅーとん→林檎