相変わらず世界は終わってるけど、俺の風がまだ折れてくれない(年中無休) 作:るっかっみー!
氾濫の周期短縮が伝えられてから数日、学院の空気は少しずつ変わり始めていた。表向きは普段通りの授業や訓練が続いているが、誰もがどこか気を張っているのが分かる。
その変化に最初に気づいたのは、俺自身の身近なところからだった。
「──あれ、俊久?」
放課後、忘れ物を取りに戻った俺は、誰もいないはずの訓練場に灯りが点いているのに気づいた。近づいてみると、そこにいるのは俊久だった。誰もいない訓練場で、一人黙々と炎を操っている。
いつもの模擬戦の時とは違う、静かで硬い動きだった。俺と戦う時のような、余裕を感じさせる笑みはどこにもない。
「……俊久、こんな時間まで何やってんだよ」
声をかけると、俊久は一瞬びくりと肩を揺らし、それから気まずそうに炎を消した。
「玲央か。いや、ちょっと制御の精度上げようと思ってさ」
「一人でか? 珍しいな、お前が黙って自主練するの」
「別に、珍しくもないだろ」
そう言う割に、俊久の視線は微妙に泳いでいた。俺は彼の様子から、何かを察した。
「……もしかして、氾濫の件で焦ってるのか?」
俊久は少しの間黙っていたが、やがて小さくため息をついた。
「焦ってるっていうか……A級の俺がもっと強くならなきゃ、って思っただけだよ。周期が短くなるなら、それだけ準備期間も短くなるってことだろ?」
「それは分かるけど、お前一人で無理するタイプじゃなかっただろ」
「分かってるよ、そんなこと」
俊久は苦笑いを浮かべた。その表情には、いつもの余裕はなく、代わりに焦燥のようなものが滲んでいる。
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翌日、俺は購買から帰る途中、訓練場で透子を見かけた。彼女は一人、氷結領域を使って実験をしているようだった。
「透子、そんなところで何してんだよ」
声をかけると、透子は一瞬びくりとしてから、いつもの涼しい表情を取り繕った。
「別に。少し、氷結領域の展開範囲を広げられないか試してただけよ」
「範囲を広げるって……それ、結構危ない実験じゃないのか? 制御しきれなかったら、周りにも影響出るだろ」
「分かってるわよ、そんなこと」
透子の声には、いつもの余裕がなかった。俺は少し踏み込んでみることにした。
「透子もか。俊久も昨日、一人で訓練場にこもってた」
その言葉に、透子は僅かに目を見開いた。
「……俊久くんも?」
「ああ。氾濫の周期の件、みんな思ってる以上に気にしてるみたいだな」
透子は少しの沈黙のあと、ぽつりと呟いた。
「A級判定を受けてるのに、前回の氾濫の時、あまり役に立てなくてね。。だから今度こそは、って」
初めて聞く話だった。いつも余裕そうに見える透子にも、そういう過去があったのか。
そして同じ日の放課後、俺は生徒会室の前で美咲を見かけた。彼女は対策本部から届いた資料らしきものを、一人で真剣な顔で読み込んでいた。
「美咲、それ何やってんだ?」
「玲央? ……別に、委員長として情報は把握しておかないと、と思っただけよ」
「一人でそこまでやる必要あるか? 先生たちも情報集めてるんだろ」
「先生たちの情報だけじゃ、生徒側の視点が抜け落ちるでしょう。私たちが実際に戦うんだから、私たちなりに把握しておかないと」
美咲の言い分は正論だったが、その裏に焦りのようなものが見え隠れしているのは、俺にも分かった。
***
その夜、俺は自分の部屋で天井を見上げながら考えていた。俊久も、透子も、美咲も、みんなそれぞれのやり方で、氾濫という見えない脅威に対して焦りを抱いている。
でも、それぞれが別の方向を向いたまま突っ走ってしまえば、いずれ足並みが揃わなくなる。俺たちは一人で戦うわけじゃない。だからこそ、力を合わせる意味がある。
翌朝、俺は登校するなり俊久、透子、美咲の三人を教室の隅に呼び集めた。
「三人とも、それぞれ勝手に無理してるだろ」
図星を突かれたように、三人が一瞬押し黙る。
「別に無理はしてないわよ」
美咲が真っ先に反論するが、その声はどこか弱々しかった。
「俺は昨日、俊久が一人で訓練場にこもってるのを見た。透子も、一人で危険な実験をしてた。美咲も一人で遅くまで資料読み込んでただろ」
三人が顔を見合わせる。誰も何も言い返せなかった。
「氾濫が近いなら、確かに強くならなきゃいけない。それは俺も同じ気持ちだ。でも──」
俺は一度言葉を切って、三人の顔を順に見た。
「一人で抱え込んで、バラバラに突っ走っても意味ないだろ。俺たちは同じクラスで、同じ目的のために動いてるんだから」
しばらくの沈黙のあと、俊久がふっと笑った。
「……そうだな。玲央の言う通りだ」
「私も、少し視野が狭くなってたかもしれないわね」
美咲がそう認めると、透子も小さく頷いた。
「なら、これからは一緒にやりましょう。効率だって、その方がいいはずだし」
「賛成。それに──」
俺は少し照れくさくなりながら続けた。
「一人より、みんなでやった方がなんだかんだ楽しいだろ」
その言葉に、三人がそれぞれ違う表情で笑った。俊久はいつもの不敵な笑み、透子は呆れたような苦笑、美咲は珍しく素直な微笑み。
「玲央くんたちがまとまったところ悪いんですけど」
不意に声をかけてきたのは、蓮だった。いつの間にか近くにいたらしい。
「僕も、何か手伝えることがあれば言ってください。C級だからって、何もできないわけじゃないので」
その言葉に、俺たちは顔を見合わせて頷いた。
「もちろんだ、蓮」
こうして、俺たちは氾濫という見えない脅威に対して、それぞれの焦りを一つの方向へまとめ始めた。まだ何も解決していないし、これから何が起こるかも分からない。それでも、一人じゃないという実感だけは、確かに胸の中にあった。
窓の外には、まだ青い空がみえた