この少女と意思疎通が取れるとわかった私は、まずは何よりも彼女にご飯を食べるように勧めた。お腹が空いていないという言葉を遮るように、スープだけでもとか、パンを一口だとか、とにかく何か少しでも口にいれるように促した。仕方なくというように食事に手を伸ばした少女に満足しながら、私たちはそれぞれのことを話すことにした。
この少女の名前はカリス・アーヴィン。イギリスに住む5歳の女の子だ。彼女はとにかく恥ずかしがり屋で、人前で話すのがとても苦手らしい。そのためか、この生活になる前から、近所でもあまり友達はできず、静かに過ごすことが多かったようだ。だからだろうか、先ほどの葬儀も静かに涙を流していたのは。
しかし、実は彼女⋯⋯カリスは、本当はもっと外で友達と遊んだりしたいらしい。身体を動かすことは実は嫌いではないのだが、いつも一歩が踏み出せないとのことだった。
そんな中で両親が事故で亡くなってしまって、今はまだ深い悲しみの中にいるようだ。
一方私のことについてだが、前回私が語った内容をそのままカリスに話してみせた。カリスはとても優しい心の持ち主のようで、私の話にまた涙を流していた。⋯⋯弱っている子供に追い打ちをかけてしまったことは非常に心苦しく、なぜ今全てを話してしまったのかと後悔したのだが⋯⋯。
ただ、なぜ私が彼女の中でこうして意識だけを保っているのかは、わからないままである。もしかしたら夢の可能性もあるけど、私はもう一度死んでいるのだ。それは間違いないし、その事実だけは確信している。だからだろうか、これが夢だろうとなかろうと、特に困りはしないと思っているのが本音だ。
カリスは私という存在を気味悪がるどころか、友達ができたと喜んでくれているらしい。一人でさみしい時に突然現れた話し相手だ。彼女の悲しみを少しでも和らげるならば、このよくわからない状況も無駄ではないと思うことにした。
「あのね、私、本当にお話が下手くそで⋯⋯そのせいで友達がいないんだ⋯⋯」
『私と今話してる限りでは、そんな感じはしないのに。さっきのあなたの説明もとてもわかりやすかったしね』
「ありがとう。そんなこと言われたの初めて⋯⋯。なんだかあなたとはとっても話しやすい」
声は小さいが、しっかりと自分の気持ちを伝えられるこの子が、どうして友達ができないのだろうか⋯⋯?しばらく他愛もない会話をしていた私たちだったが、急にカリスがそういえば⋯⋯と話題を変える。
「あなたの名前は?」
『⋯⋯名前⋯⋯』
そう聞かれて、私は首をかしげた(実際は実態がないので、本当に首を傾げたかどうかはわからないが)。名前⋯⋯何だっけ?私の生前の記憶は、所々もう思い出せない。その中で、私は自分の名前も忘れてしまったようだ。少し悲しさを感じはするが、この状況になってからなぜか切り替えが早くなっている私は、すぐにカリスにこう返した。
『名前は、カリスがつけて』
「え⋯⋯わたしが⋯⋯?」
『そう。私はもう昔の名前を覚えていない。だから、私の新しい人生のお祝いに、カリスが私の名前をつけてよ』
そう言うと、カリスはうんうんと唸りだした。⋯⋯そんなに真剣に考えてくれるとは思わず、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。しかし、流れてくるカリスの感情は嫌な気持ちにはなっていないようだ。しばらく唸っていたカリスは、ポツリとつぶやいた。
「フリージア⋯⋯」
『フリージア?』
「うん、わたしの好きなお花の名前。どう?」
『⋯⋯フリージア、うん、気に入った!』
「ふふ、じゃあ今日からあなたはフリージア。よろしくね、フリージア」
『よろしく、カリス!』
きっと私の身体があったら、今カリスとかたい握手を交わしていただろう。カリスのつけてくれた名前は、とてもきれいな名前だった。カリスから流れてくる感情は、とても温かなもので、私の気持ちも穏やかになっている気がする。
「フリージアは、わたしの最初の友だちだよ」
『光栄だね』
両親を亡くし落ち込んでいたカリスに、少しでも笑顔を取り戻すことができたのなら、私もこの状況で少しは役に立てたらしいことがわかり、少しだけ嬉しい気持ちになる。
この不安定な関係がいつまで続くか分からないが、しばらくはこの少女カリスとの時間を楽しむことにしたのだった。