私とカリスの不思議な共同生活が始まって、早くも1年が過ぎようとしていた。その中で、カリスがどんな性格なのかをよく知ることができた。
自分で言っていた通り、カリスは本当に人と話すことが苦手らしい。孤児院の先生にもビクビクしながら答えているし、話す言葉もあー、だの、うーだので、たまにちゃんと言葉を話したかと思っても、蚊の鳴くような声で囁いている。基本的には頷くか、首を振るかのどちらかがほとんどだから、先生たちも最初こそ眉を下げてばかりだったが、今は慣れたらしく笑顔で対応してくれるようになった。
この孤児院で暮らす子供たちと話すときも同じようなもので、あまりにも声が小さくおどおどしていたからか、2週間もすると事務的な連絡のみのコミュニケーションがほとんどとなってしまっていた。
『このままじゃだめだよ!!!』
共同生活が1ヶ月になった頃、私は寝ようとベッドに横になっているカリスの中でそう叫んだ。
『ねぇ、カリス。カリスは友達がほしいんでしょ?だったら、もっと積極的に話しかけなきゃ!』
「⋯⋯わかってるけど、誰かを目の前にするとうまく話せなくなるんだもの⋯⋯」
落ち込んだ声でそう言ったカリスは、自分の顔を隠すように掛け布団を被った。
本当は誰かと外で遊んだり、お絵かきを一緒にしたいくせに、いざとなると俯いて固まってしまうカリス。何かトラウマがあるというわけではなく、とにかく緊張してしまっているようだった。
『⋯⋯よし、わかったわ、カリス』
「え⋯⋯?」
『特訓しよう』
「と、特訓⋯⋯?」
私の急な提案にゆっくりと身体を起こしたカリス。私は彼女の視界から映しだされる窓の外の星を見ながら答えた。
『まずは、目の前に⋯⋯そうだなぁ⋯⋯エリザベスがいると想像して』
エリザベスというのは、この孤児院にいる同じ年の女の子のことだ。最初の頃は積極的に話しかけてくれていたし、今もカリスのことを気にかけてくれているようで、ちょくちょく面倒をみてくれている。目を閉じたカリスの視界は真っ暗だが、カリスのイメージのなかでエリザベスがぼんやり浮かび上がってきた。
『オーケー。じゃあ、今から私はエリザベスになりきるから、カリスは私の演じるエリザベスと会話するの。私じゃないからね、あくまでカリスがこれから話すのはエリザベス』
「う、うん⋯⋯やってみる」
未だに目を瞑っているカリスだが、心を決めたらしい。頑張るぞというような感情が流れ込んできた。
私も同じようにエリザベスを思い浮かべながら、なるべく声も似せて会話を始めることにした。
『こんにちは、カリス』
「こ⋯⋯こんちには」
『これから中庭で鬼ごっこするんだけど、一緒にやらない?』
「え、あ⋯⋯その⋯⋯」
『だめ、違う』
心のなかではやりたいと思っているのに、なぜか言葉が出てこないカリス。そんなカリスに容赦なくダメ出しをしながら、夜中の特訓を始めた。
最初のうちはなかなかうまく言葉が出てこなかったカリスだが、繰り返し練習することで少しずつリラックスしてきたようで、私と話す時のように話ができるようになってきた。
『できるじゃない、その調子で明日はみんなに話しかけるの、いい?』
「わかった、頑張ってみる」
そう言って小さく欠伸をしたカリスに、少々無理をさせてしまったと反省する。カリスはまだまだ小さな子供なのだ。結構遅い時間まで起きていたら、眠くなるのも当然である。
そして、次の日に早くも実践の場がやってきた。エリザベスがなんと、昨日の練習と同じように鬼ごっこに誘ってくれたのだ。私はカリスの中からエールを送りながら静かに見守る。
練習の時ほどスムーズにはいかなかったものの、なんと初めての鬼ごっこに参加することに成功した。えらいぞ!よくやったカリス!!⋯⋯と、まるで親のような心境である。
そこからは楽しそうに走り回るカリスを、中から眺めていた私だったが、突然カリスの視界がぼんやりとし始めた。よく涙を目にためることがあるカリスだが、このぼんやりとした視界はそれとはどうやら違うようだ。
『カリス⋯⋯?大丈夫?』
「⋯⋯うん⋯⋯でも、なんだか⋯⋯とっても⋯⋯」
がくん、とカリスの視界が下がり、私は慌てて映し出されていたカリスの視界の近くにやってきた。
そして、なぜかそのまま吸い込まれたのだ⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯え?」
急に変わった視界に、私はそんな間抜けな声しか出なかった。先ほどまではスクリーンに映し出されていた映像は、まるで自分の目で見ているようだし、スピーカーから流れていたような音は、自分の耳から聞こえているようだ。そして、久々に地面に足がついている感覚もある。
「⋯⋯⋯⋯え⋯⋯」
もう一度そう呟いた私だが、その声は私のものではなかった。そう、私は今、
突然の状況に思考がまだ追いついていない中、鬼ごっこ中のエリザベスが遠くから「何してるの?捕まったのー?」と叫んでいる。それに何か言葉を返したことはわかるが、何を言ったかは覚えていないくらいには混乱しているらしい。
改めて自分の意思で動かせる身体を確認するように1つ1つ動かしてみる。うん、間違いなく自分の思い通りに動いている。いや、待ってほしい。ということは、カリスはどこに行ってしまったんだ⋯⋯?そう思ったのも一瞬で、すぐにカリスの存在が
どうやら、カリスの意識だけが眠りについているらしい。カリスという少女は、身体はとても頑丈だが、心はすぐに疲れてしまうようなのだ。だからなのだろう、身体は寝ていないのに、頑張りすぎたカリスの意識だけが眠りについている状態である。カリスの身体を防衛するために、私の意識が表に出てきたのかもしれない。
「えーっと⋯⋯?」
とはいえ、カリスが起きるまで突っ立っているわけにもいかない。
せっかくならこの状況を楽しんでしまおうと、私はなるべくカリスになりきって鬼ごっこに参加してみることにした。
人生初の鬼ごっこは、とにかく楽しかった。
眠りについたカリスはというと、夕飯の時間にようやく目を覚ました。目が覚めたと同時に、またカリスの中で意識だけの存在となった私は、とりあえずカリスが寝ていた間の状況だけ伝えてみる。
カリスが寝ている間に好き勝手身体を使わせてもらったのだ。正直少しは怒られるんじゃないかと思っていたのだが、カリスは意外にも不快には思っていないらしかった。むしろありがとう、なんてお礼まで言われてしまった。
ありがとうと言いたいのは私の方だ。初めての鬼ごっこが経験できたし、思いっきり身体を動かして遊ぶことがこんなに楽しいだなんて知らなかった。それを予期せず体験させてもらえたのは、カリスのおかげである。
自分からもカリスにお礼を言って、2人で笑い合った。
そこからちょくちょくカリスの心が疲れてしまった時、私がカリスとして交代することが私達の普通になっていた。カリスの心が疲れてしまう原因としては、たくさんの人と会話をする、というのが関係しているらしい。
話す人が増えれば増えるほど、眠りにつく頻度が多くなっているように思う。身体が子供だからだろうか?心の体力はまだあまりないようなのだ。
「やっぱり私には、フリージアがいないとだめみたい」
『何言ってるの!これから心の体力も鍛えていくんだからね!』
そういったものの、カリスに無理をさせるつもりもない。カリスが成長するまでは、私がカリスを支えていこう。
まぁ、自由に動けるのが嬉しいという理由も、もちろんあるんだけどね。
とまぁそんなこんなで、私とカリスはこの1年間でより仲を深めつつ、共同生活を楽しんでいたのだった。
どこがハリー・ポッターの世界かって?今のところ私もどこが?と思っています。次には出せるといいなぁ⋯⋯。