カリスの7回目の誕生日を終えた頃、私は非常に悩んでいた。
カリスはあれからも何度か眠気に負けて、そのたびに私がカリスの身体を守るという形をとってきた。しかし、最近のそのタイミングを思い返すと、カリスが私に甘えているような気がするのだ。
例えば孤児院でささやかなパーティーを開いた際、一人一人が一言ずつ話すという場面があった。その時、何ともタイミングよくカリスが眠りについたのだ。仕方なしに私が代わりにみんなの前で話をしたことは記憶に新しい。
先生に頼まれて他の子どもたちへ伝言を頼まれた時も同じだった。いざみんなに伝言を、というタイミングで眠りについてしまった。これも私が代わりにみんなに伝言してまわることとなった。
つまり、カリスが私に甘えているのでは⋯⋯?と思ったのだ。もし命の危険や精神が崩壊しそうなほど心のダメージを負いそうな事案が発生するのだとしたら、私は喜んで身代わりになる。むしろカリスにそんな思いをさせたくないので、無理やりにでも代わってもらうだろう。これまで共に過ごしてきたカリスは、私にとって一番の友人であり家族のようなものなのだ。
しかし、苦手なことをしたくないからという理由で代わろうとしているのだとしたら、私はカリスの成長の機会を奪ってしまっていることになる。それでは駄目だ。
それに気付いた私は、意を決してカリスに聞いてみることにした。
『ねぇ、カリス。まさかとは思うんだけど、入れ代わるのってカリスの意思でできたりするの⋯⋯?』
「⋯⋯⋯⋯」
これは無言の肯定。やはり意図的に交代していたようだ。全く、これはカリスの身体なのだ。いつでも私がいると思って甘えては駄目だと、しっかり言い聞かせた。
子どもだから仕方ないかもしれないけど、私はカリスにもっといろんなことを経験できるようになってほしいのだ。甘えてばかりでは困る。
そんなことがありつつも、しばらくは穏やかな日々を過ごしていた。カリスもようやく孤児院の先生や、他の子どもたちにも慣れてきたのか、おどおどする機会もかなり減っている。とても良いことである。
そんなある日、カリスのこれからの人生の分岐となる事件が起きた。
それは、いつもの通りの朝だった。いつもと同じ時間に起きて、同じ時間にみんなと朝食を食べて、少しだけ勉強をして……と、本当に何の変りもない午前中を過ごした。そして午後は、エリザベスにおすすめされた本を読むことにしたカリスだったが、少し気分を変えてみたいということで、孤児院の裏にある小さな丘へと足を向けた。丘には幹のしっかりとした木々が数本立っていて、日差しがつよい今日でも日陰になっているからかとても過ごしやすい。その幹に背を預けて読書を……というのは私の考えで、実は運動神経が良いカリスは木に登って、太めの枝に腰を掛けて本を読むことにしたらしい。私だったら絶対にそんなことは思いつかなかっただろう。
ひょいひょいと木に足をかけてすぐにお目当ての枝に登ったカリスは、そこに腰かけてのんびりと読書を始めた。カリスの視界から入ってくる情報で、私も同じように本を読み進める。
……生前の私は、ただ病室で本を開くだけだったが、こうして外で、しかも木の上で読書をするのはとても新鮮で、慣れている筈の読書の時間も少しだけわくわくしてしまっていた。
しばらくそうやって過ごしていたのだが、急に突風が吹いた。それにバランスを崩してしまったカリスは、慌てて枝をつかもうとしたのだが間に合わず……。そのままずるりと枝から落ちてしまった。
カリスが目をぎゅっと瞑っているからだろう、視界は真っ暗な状態で、カリスの感情もかなり焦りを含んでいた。次にやってくる衝撃と音に身構えていたのだが……なぜかいつまでたっても音も衝撃もやってこない。
「…………?」
カリスが疑問に思ったのと全く同じタイミングで、私も首を傾げた(実際には実体がないから首を傾げたかはわからないが…。)
ゆっくりと目を開けたカリスの目に最初に飛び込んできたのは、地面だった。土の中にまだらに生えている雑草を数秒眺めていたカリスだったが、明らかに状況がおかしいことに気づく。カリスは今、
水平に広げた両手両足は、地面から少し浮いた状態で静止している。その体制のままゆっくりと地面に近づいて行ったと思ったら、地面まで数センチというところでべしゃりと地面に落下した。
『……今の……なに……?』
「……わからない……」
ゆっくりと自分の身体を起こしたカリスを確認してから、そう呟くと、同じようにわけがわかないというように答えてきた。
信じられない現象に静かに驚く私達はしばらくお互いに無言でいたが、突然カリスが何かを思い出したように口を開いた。
「あ、そういえばね、私のパパとママ……実は魔法使いと魔女だったの……」
『あ、なるほどね……って、ちょっと待って。え?魔法使い……?魔女……?』
混乱しすぎて一瞬流してしまいそうになったが、あまりにも日常では聞きなれない言葉に、思わず聞き返してしまった。
そんな私に気づいていないのか、カリスは説明を続ける。
「うん、パパとママはよくお家で魔法を使ってたの。とっても便利そうだなっていつも思ってた。でも……私は小さいから全然魔法が使えなくて……きっとこのまま何もできないままなんだって落ち込んだ時もあったんだ」
『な、なるほど……?』
まだ理解はできていないが、とりあえず相槌をうつ。
「それでね、今思い出したの。魔法が使えるようになるには個人差があるから、きっといつか私も何かがきっかけで魔法が使えるようになるってパパとママが励ましてくれたことがあったなって。もしかしたら、今のがそうだったんじゃないかな……」
嬉しそうにそういったカリス。両親のことを考えているからだろうか、ほんのり悲しみも感じるが、それ以上に魔法が使えるようになったかもしれないという可能性に喜びが上回っているようだ。
『魔法があるのね、ここには……』
生前の私がいたところでは、魔法は空想上のもので、想像の物語の中にしか存在しないものだ。もしかしたら私の知らないところで魔法を使える者たちがいたのかもしれないが、今となっては確かめることはできない。
とにかく、このカリスという少女にはそのファンタジーのような特殊能力があり、それが今開花したようなのだ。
ふと、記憶の奥にある何かにひっかかる。なんだっただろうか……生前私がよく読んでいた小説も、小さなころに大きなショックなどがあると魔法が発現するというような場面のある物語があった気がする。確か、選ばれし少年が活躍する話だったような……。
しばらくうんうんと唸っていた私だったが、私の声が聞こえないことに不安になってしまっているカリスに気づき、考えることをやめた。まずはカリスに伝えなくてはいけないことを思いついたからだ。
『いい?カリス。私がこの2年間孤児院のみんなを見てきた限りでは、みんな魔法の存在は知らないと思う』
「やっぱりそうだよね……」
『だから、カリスが不思議な力を使えるかもしれないということは、誰にも言わない方がいい』
「……うん、わかった」
少しだけ残念そうに頷いたカリス。それはそうだろう。まだカリスは子供だ。こんな力が使えるとわかったら、嬉しくなって周りに言いたくなるのは当然だろう。しかし、私はカリスがそれにより何か不当な扱いを受けることを危惧しているのだ。
一般的とは言えない何かがある人間は、みんなと同じように扱ってもらえないことが往々にしてある。それは生前の私の記憶に刻まれている事実だった。
突然やってきた不思議な事件。
このことは、私とカリスだけの秘密にすることとなったのだった。