〜無職転生〜TSしたルーディアには兄がいた 作:肉と米と愛
「エリオット!早く先に行きましょう!」
俺はエリオットの手を引き、ロアの町へと走り出す。
家庭教師となり半年。
今日は、エリオットの初めての休日だ。
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始まりは、エリオットの勉強意欲の低下だった。
最初は順調に進んでいた授業も、三ヶ月が過ぎる頃には、徐々に停滞していってしまった。
そこで俺は、ようやく気づいた。
そうだ、エリオットには休みがない。
授業がある日以外は、基本的に自由である俺とは違い、エリオットは常に時間に追われている。
魔術の授業が終われば算術へ、それが終われば次は礼儀作法。
残されたわずかな自由時間は、ギレーヌと剣術の稽古に充てられていた。
図らずして、エリオットはまさに貴族の鏡のような生活をしていたのだ。
そんな鬼スケジュールを毎日していれば、エリオットの勉強意欲が下がるのは必然……
そこで、俺はギレーヌと、エリオットの乳母であるエドナと緊急会議を行った末に、エリオットに七日に一度、休暇を設ける事となった。
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そういうわけで与えられた、エリオットの初めての休暇。
そんな彼が最初の休暇で選んだ行動は、ロアの町を散策することだった。
選んだというより、フィリップが社会経験の一環として促したことらしい。
もちろん、一人で行くのは危険なので、監視役としてギレーヌと俺が同行する。
最初は気乗りしなかったが、町を散策してみると、これまた意外に面白かった。
大きさだけでいえば、ブエナ村よりも小さいロアの町。
しかしその小さな町の中に、あらゆる物や人が集まっている。
ブエナ村では決して出会う事のなかったであろう本、武器、服。
全てが新鮮で、俺の目を引く。
「ルーディア、あまり私の目の届かない所にはいくなよ?」
あのギレーヌにさえ制止させられる始末。
あぁ、外なんて暑いから嫌だと館に引き篭もるルーデウスに、早くこの最高の体験を自慢してやりたい。
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「お坊ちゃん!ちょっと寄っていきなよ!」
町を歩いていると、露天商を営んでいる男がエリオットに話しかけてきた。
「良い服着てるね、あんた、領主様んところの子かい?」
「……だったらなんだ」
エリオットは気さくに話しかけてくる男を、細い目で睨みつける。
いや、本人に睨んでいる意思はない。
あれは単純に男を見ているのだろう。
男は睨みつけるような目で見てくるエリオットに戸惑いながらも、笑顔を崩さない。
「とっておきの商品が手に入ったんだが、どうですかい?ほら、そちらのお嬢ちゃんも」
男に手招きされ、俺とエリオットは男が出した木箱に近づく。
男が木箱を開くと、そこには柔らかい羽毛の布に包まれた、香水のような瓶が入っていた。
「これは、香水ですか?」
「違う違う」
男は笑いながら手を横に振ると、いやらしい目を俺たちに向ける。
「こいつは今朝手に入れたアスラ王宮秘蔵の媚薬でさぁ」
「媚薬?」
ほうほう、そんな物がこの世界にも存在したのか。
つまり可愛いナイスバディの女にこれを飲ませれば……グヘヘ……
あ……でも今俺、女だったんだ。
「ルーディア、媚薬ってなんだ?」
隣にいたエリオットが、不思議そうな目で瓶を見ながら尋ねてきた。
「お坊ちゃん、媚薬ってのはな。女に飲ませればたちまちーーー」
「エリオット!次!次行きましょう!」
男が媚薬の説明を終える前に、俺はエリオットの腕を引っ張り、露天商から離れる。
「なんだよルーディア、まだおっさんが説明してただろ?」
「ああ言うのは、説明した後に無理に買わせてくることが多いんです」
「……そうなのか!?」
嘘である。
いや、もしかしたらそのような手口を使う輩はいるかもしれないが、俺はそこまで深く考えていない。
エリオットも年頃だ。
もしうっかり媚薬なんか買って、挙句それを飲んで俺が襲われたりなんかしたらたまったもんじゃない。
俺に男とヤる趣味はねぇ。
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エリオットに与えた一日の休暇制度は、結果として大成功だった。
休暇を与えて以来、授業態度も元通りになったし、なんなら前よりも意欲的に取り組むようになった気がする。
最近はルーデウスに闇討ちをすることも無くなったし、問題は一通り片付いた。
………そんな矢先だった。
「エリオットが、授業を抜け出した?」
ずっと大人しかったエリオットが、突然授業を放棄したのだ。
「なんでまたいきなり……」
俺が尋ねると、エドナさんは困り果てたような表情を浮かべた。
「近々、お坊ちゃまの十歳の誕生日パーティーが開かれる予定なのですが、そのパーティーの内容というのが、お坊ちゃまのダンス披露でして……」
「ああ、なるほど」
読めてきたぞ、エリオットの奴、ダンスが上手くできなかったんだな?
それで嫌になって、ダンスの練習を抜け出したのだろう。
しかし、エリオットの家庭教師をして一年半。
その間ずっと真面目に授業を受けていたエリオットだ。
「まあ一回ぐらいなら、良いんじゃないですか?」
「全く良くないです!」
その時、エドナが俺に初めて声を荒げた。
「す、すいません」
「あ、いえ、私の方こそ、いきなり声を上げてしまって……」
エドナも相当参っている様子だ。
つまり、それほどまでにエリオットのパーティーは大切なものなのだろう。
「エドナさん、よければなんですけど、エリオット様のダンス練習、私も参加してもいいですか?」
「……よろしいのですか?」
曇っていたエドナの瞳に、希望が宿るのを感じる。
「恐らく、私もそのパーティーに参加すると思うので、その練習として是非やってみたいんです」
もちろんやりたくない。
人の注目を浴びるのは嫌だし、ヒラっヒラのドレスを着ながら踊るなんてなおさら嫌だ。
でもまあ、エドナには色々と家庭教師の事を教えて貰ったし、エリオットに誕生日パーティーで恥をかいて欲しくない。
エリオットの頑張りを無駄にしない為にも、ここは一つ協力をしてやろう。
「そういうことでしたら、もちろんよろしいですよ」
エドナは嬉しそうな表情をしながら答える。
「本当ですか!?では早速エリオットを探してきますね!」
彼女に気を遣わせない為、俺も笑顔を貼り付けたまま、その横を通り過ぎていった。
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エリオットを捜索中、廊下でルーデウスと会った。
「兄様、エリオットを見ませんでしたか?」
「見ましたよ。確か厩の方へ向かって行きましたが、彼がどうかしましたか?」
「それが聞いてくださいよ」
俺は愚痴るように今回の騒動をルーデウスに話すと、ルーデウスは、また人を小馬鹿にしているような笑みを浮かべた。
「そんなの放置でいいじゃないですか。『山猿』がただ『猿ダンス』を披露して終わりでしょう?」
「ダメに決まってるじゃないですか。それじゃあエリオットの今までの頑張りが無駄になっちゃいます」
相変わらず嫌な男である。
一応、こいつは家庭教師として俺と共に来たのに、未だ一度もエリオットに授業を行なっていない。
なのに、フィリップはそんな彼を咎めることもなく、むしろ良好な関係を築いている。
世渡りが上手いのか、ただ単にフィリップとルーデウスの馬が合うだけなのか、どちらにしても、何の努力もしていないのに、こいつは俺と対等に扱われている。
嫌な話だ。
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ルーデウスの報告通り、エリオットは厩にいた。
今は積み上げられた干し草の上で、仰向けになっている。
「やっと見つけましたよエリオット様」
エリオットはその声に釣られて一瞬だけ俺を見たが、すぐに目を逸らす。
「………」
「横、失礼します」
そんな彼の隣に、俺はゆっくりと座り込む。
「ダンス、苦手なんですか?」
「……ああ」
俺の質問に、エリオットは隠すことなく答えた。
「エドナは何度も教えてくれるけど、それでも、全くできる気がしない」
「そうですか……」
あんなに強がりなエリオットが、俺にこんなことを吐露してくるとは……
これはエドナ同様、本人も相当参っているな。
「ちなみに、誕生日パーティーはどうするつもりで?」
「ダンスを中止にしてもらう。それが無理なら、もう出ない」
エリオットは横を向き、俺から目を逸らす。
「それはダメですよ」
そんなエリオットの肩を叩くと、彼の体が一瞬震えた。
「今まで頑張ってきたじゃないですか。今回もきっとできますよ」
「……それは、なんでもできるルーディアだから言えるんだ」
不貞腐れた声で話すエリオット。
「私だって、なんでもできるわけじゃないですよ」
しかし、俺がそう言うと、エリオットはゆっくりとこちらを振り向いた。
「………そうなのか?」
半信半疑の表情をするエリオットに、俺は頷く。
「ええ、最近兄様から他種族の言語を学び始めましてね。これが中々、うまく発音できないんですよ」
俺もエリオットと同じだ。
上手くいかないことなんていくらでもある。
かなり前から始めた剣術だって、全く上達していない。
「誰にだって苦手なものはあります。エリオットはダンスが他の人より『少し』だけ苦手なんです」
「………」
「でも、そのあと『少し』だけ、頑張ってみませんか?私も一緒に手伝いますので」
決して誇っているわけじゃないが、エリオットの頑張りは、俺が一番よく知っていると思う。
算術を理解しようと熱心に質問し、魔術を扱えるように何度も詠唱を繰り返しているエリオット。
しかし、その頑張りを知る者は少ない。
みんなはまだ、彼のことを、手のつけられない『山猿』だと思っている。
この誕生日パーティーで、その固定観念をぶっ壊してやりたい。
「分かった……」
エリオットはそう言うと、仰向けだった体を起こした。
「もう少しだけ、頑張ってみる」
「そうです!その意気です……うぶっ!」
俺がエリオットに顔を近づけると、彼は鬱陶しそうに俺の顔を手で押さえる。
そうだ。
こいつは『山猿』なんかじゃない。
ただちょっと他の人より怒りっぽくて、気の難しいだけなのだ。
これをみんなに伝えてやる為に、必ず誕生日パーティーを成功させてやろう。
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「使用人さん、一体何を書いているんです?」
「ルーデウス様……」
コソコソと隠れながら手紙を書く使用人を、ルーデウスは不思議そうに見ていた。
「王都に住む私の知り合いに……手紙を送ろうとしていただけですよ」