〜無職転生〜TSしたルーディアには兄がいた 作:肉と米と愛
エリオットのダンスは、目も当てられないほど酷いものだった。
数歩ステップを刻んだだけで、俺の足を踏むし、さらに数歩進めば、俺を床に押し倒す。
これはエドナも頭を抱えるわけだ。
今のままやっていれば、確実にパーティーまでには間に合わないだろう。
しかし、今のままやっていれば……の話だ。
数日間一緒にダンスを行った俺は、エリオットの致命的な弱点に気づいた。
「エリオット様、今日からパーティーまでの期間は、剣術の稽古を控えてください」
「……嫌だ」
エリオットがいつまで経ってもダンスが上達しない理由、それは剣術の稽古によるものだ。
もちろん、ギレーヌが悪いとか、そういうことを言いたいわけではない。
しかし、剣術で磨かれたその腕前が、ダンスでは明らかな障壁となっていた。
ギレーヌがエリオットに教えている、速さに特化した剣術の流派である剣神流。
エリオットはそこで手に入れた速さを、ダンスに組み込んでしまっている。
つまり、感覚が鋭すぎるのだ。
本来なら1…2…3で行わなければならないステップを、エリオットは1……3ぐらいのスピードで省略してしまう。
これは剣術とダンスを両立していれば、必然的に起きてしまう事故であり、そしてエリオットが、二つを分けて行うことができない以上、パーティーを最優先に成功させる為に、剣術の稽古は一時中止にするべきだろう。
それなのに、この聞き分けの悪い子ときたら……どっちもやるとか言い出し始めたのだ。
「ギレーヌにはもう言ってありますから、諦めてください」
「だったら一人でやる。それならいいだろ?」
ああ言えばこう言う。
さっきからこんな感じの会話を繰り返している。
どうやらエリオットは、剣術の稽古だけは譲ることができないらしい。
全く、どうしたものか……
「朝から騒がしいですね……」
頭を抱えていると、ルーデウスが眠そうに欠伸をしながら部屋に入ってきた。
ルーデウスはこの隣の部屋。
俺とエリオットが言い争いをするせいで、起こしてしまったのだろう。
「すいません兄様、起こしちゃいましたか?」
「こっちは昨日から徹夜続きだってのに、お二人はお元気ですねぇ」
徹夜って、あんたは何もしてねえだろ……
「それで?少しはダンスが上手くなりましたか?『山猿』」
「あ……?」
ルーデウスの発言に、エリオットは眉を顰めた。
ああやめてくれ、なんでルーデウスが来ると毎回こうなるんだ……
「当然無理でしょうねぇ。あの『山猿』にダンスを教えるなんて、そこらの馬に獣人語を教えるようなものです」
「兄様……」
「普通の人なら……の話ですが」
その時、ルーデウスは自分を睨みつけていたエリオットの手を取った。
『え?』
想定外すぎるルーデウスの行動に、俺とエリオットは呆気に取られる。
「お前、何してーーー」
「目を閉じてください。ほら、早く」
「……んん」
ルーデウスに急かされ、やや鬱陶そうにしながら目を閉じるエリオット。
「いいですか?流れに身を任せて、感覚を掴んでください」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ルーデウス様!なんと感謝すれば良いのか……このエドナ、感服でございます!」
感激するエドナに、ルーデウスは涼しい顔しながら答える。
「別に、大したことじゃないですよ」
ルーデウスが無理矢理始めたエリオットとのダンスは、完璧だった。
先程までのめちゃくちゃだったステップとは大違いだ。
明らかにおかしい。
エリオットは目を瞑っただけだ。
それ以外には、特に何もしていない。
それだけで、こんな一気に上達する訳ないのだ。
「……何をした?」
しかしそれは、ダンスを踊っていたエリオット本人も、同じ事を思っていた。
「簡単な仕組みですよ」
エリオットの質問に、ルーデウスはなんてことない表情を浮かべる。
「あなたは感覚が鋭い。だからその感覚を、目を閉じることで鈍らせたんですよ」
感覚を鈍らせる……
そうか……
研ぎ澄まされた感覚が邪魔をするなら、その感覚自体を狂わせてしまえば良かったんだ。
なんでそんな簡単なことに、俺は気づけなかったんだ……
「試しに、次はルーディアとも踊ってみてくださいよ」
「あ、ああ……やるぞ、ルーディア」
「え、あ、はい」
目を閉じているエリオットに手を取られ、俺は少しの不安を持ちながら彼と踊りを始める。
タッタッタ……!
できている。
エリオットが、今度はちゃんと俺の動きに合わせて動けているのだ。
「信じられない……」
エリオットとのダンスを終えた後も、俺はこの短時間で起きた出来事の整理が追いつくことができずにいた。
「じゃあ、ダンスパーティーを楽しみにしてますね」
戸惑う俺とエリオットを無視し、ルーデウスは部屋から出て行ってしまった。
部屋にはしばらくの間、静寂が訪れる。
「あ……ありがとう……」
エリオットが小さく呟いたその声が、静寂だった部屋に響くように聞こえた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
パーティーの前夜、俺はエリオットの母であるヒルダの部屋にいた。
「ルーディア、ドレスは何色がいいかしら?」
「そ、そうですねぇ。あまり派手ではない茶色とか……」
「茶色!?そんな色よりもあなたは赤色がとっても似合うと思うわ!」
先程から、ヒルダは興奮冷めやらぬ様子で、自身の部屋に飾ってある子供用のドレスをあれこれ手に取っている。
この家に女の子はいないのに、何でこんなにドレスがあるんだよ……!
「もし生まれてくる子供が女の子だったらと思って買ったドレスが、こんなところで役立つなんて」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。小さい頃、よくエリオットにも着させていたわ」
エリオットのドレス姿、少し気になるな……
ヒルダは"懐かしいわぁ"と過去の記憶に浸りながら、一着のドレスを見せつけてきた。
「これなんかどうかしら!あなたにピッタリよ!」
「………」
ヒルダが見せたそのドレスは、深紅色に染まった、酷く華々しいものであった。
会場にこんなのを着ていたら、まず注目の的になるのは間違いないだろう。
ただえさえドレスは嫌だってのに、注目を浴びるなんてもっと嫌だ。
「今日は随分とご機嫌だね。ヒルダ」
俺が反応に困り果てていると、フィリップが部屋に入ってきた。
「当たり前よ!明日はエリオットのパーティーなんだから!」
「そうかい?それにしては、エリオットじゃなくルーディアの衣装に熱が入っているように見えるけど」
「むしろそれがメインよ!」
フィリップはやれやれとため息を吐きながら、ヒルダからドレスを奪い取った。
「ヒルダ、前に言っただろう?ルーディアとルーデウスがここにいることは、あまり外部に知られたくないんだ」
「それは知っているけど……」
ヒルダは苦虫を噛み潰したような表情をしながら、俺に視線を向けた。
俺達兄弟がここにいることがバレてはいけない理由、それはパウロの血筋に関係している。
そもそもグレイラット家というのは、代々このアスラ王国を守護する上級貴族だ。
ノトス、ボレアス、エウロス、ゼピュロス家の四つに分かれているグレイラット家の内、パウロはノトス家に生まれた。
家柄を捨てたとはいえ、元ノトス家であるパウロの子供がこのフィットア領に居るとなれば、よからぬ噂が立つかもしれない。
そういった諸々の問題を懸念して、俺達はあまり外部に存在を知られてはいけないのだ。
しかし俺にとっては好都合。
元々そんな権力に興味はないし、ド派手なドレスを着ずに済むからな。
「ルーディア、君も分かっていると思うが、くれぐれも注目を集めるようなことはしないようにね?」
「もちろん、隅の方でヒソヒソと料理をつまんでおきます」
「……そこまでしなくてもいいんだが」
フィリップは苦笑を交えながら、そばに置いてあった真っ白なドレスを手に取る。
「君達には本当感謝しているよ。我儘だった私の息子を、あれほどまでに成長させるなんて」
「私達は何もしていませんよ。ただ、エリオット様の才能を引き出しただけです」
正直、俺はエリオットにしっかりと教育ができていたと、自信を持っては言えない。
雑な部分も結構あったし、結局教えれなかったこともある。
だけどエリオットはそれを自分で理解して、学んでくれた。
俺はただ、エリオットの才能を引き出すための、梯子のような物に過ぎないんだ。
「そうやって自分を低く評価するところ、私は好きだよ。爪は隠しておいた方がいいからね」
「別に隠している気はありませんが……」
「隠している者は皆、そう言うんだよ」
フィリップはいつも通りのポーカーフェイスを維持したまま、部屋の扉を開ける。
「明日のダンスパーティー、最大限君達が楽しめるよう努力はするよ」
「ありがとうございます。でも、エリオット様は一人で大丈夫なんですかね?」
「できるさ。なんたって、あの子は私とヒルダの息子だからね」
フィリップがそう言うと、隣いたヒルダも頷いた。
「そうね。本当のあの子は、誰よりも優しくて思いやりのある子なんだから」
これはまた、仲睦まじい夫婦ですねぇ。
パウロとゼニスのギスギスとした関係ではない、純愛だ。
フィリップが部屋を出ていき、再びヒルダと二人っきりになる。
「それにしても、相変わらずあの人は服を選ぶセンスがないんだから。ルーディアもそう思うわよね?」
「え、ええ?」
ヒルダはフィリップが置いた白いドレスを投げ捨て、再び大量に並んでいる色彩鮮やかなドレスがかかったクローゼットの前に立つ。
「地味でもオシャレなドレスを探すわよ!」
「えぇ……」
えぇ……
勘弁してくれ、パーティーは明日だぞ?
しかもヒルダのテンション、さっきより上がってないか?
悪い予感は的中し、その日は深夜までドレスを着せ替えさせられた。
ヒヒィン……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……まじか」
俺は目の前の光景を見て、思わず目を疑った。
テーブルに並べられたいかにも高級そうな食べ物の数々。
そして明らかに高そうな服を着て談笑する人々。
これが貴族のパーティーか……
俺の五歳の誕生日パーティーとはレベルが違う……!
「ルーディアにはやっぱり、地味な服がお似合いですね」
あの時と唯一同じなのは、隣に性悪の兄がいるってことぐらいか。
「そう言う兄様の服装は、とってもお似合ですね!」
いつもとは違うオールバック姿のルーデウス。
本人は本気で嫌がっていたが、フィリップとサウロスに説得され、仕方なくこの髪型変えさせられたそうだ。
その為か、今日のルーデウスはいつもよりさらにピリピリしている。
「泣かせますよ?」
「……すいません」
「諸君!よく集まってくれた!」
コントみたいなやり取りをしていると、入り口からフィリップとサウロス、そしてこのパーティーの主人公が現れた。
「本日は我が孫エリオットの十歳の誕生日。アスラ王国各地から取り寄せた美食や数々を用意してある!大いに楽しんでくれたまえ!」
サウロスの張り上げるような声で話し終えると同時に、会場内はうるさいくらいの拍手に包まれる。
こうして、エリオット・ボレアス・グレイラットの誕生日パーティーが始まった。
「おい、裏口を開けておけよ?」
「もちろんだ。美味しい美味しいワインを添えてな……ヒヒッ……!」
かなーり話を飛ばしたいのですが、皆さんはそういうの嫌ですかね……?