〜無職転生〜TSしたルーディアには兄がいた 作:肉と米と愛
あとエリオット、丸くなりすぎてます。
勝負は決まった。
その場にいた誰もがそう思った。
パウロもギレーヌも、フィリップもサウロスも、途中から現れたヒルダでさえ、エリオットが勝ったと確信していた。
「やめーーー!」
そしてギレーヌが決闘終了の合図を出そうとしたその時、膝をついていたルーデウスが、左腕をギレーヌへ向ける。
「もうやめろ、血だらけだろ」
エリオットは地面に血を垂らすルーデウスに、手を差し伸べた。
それは敬意の表れであり、彼が成長した証でもあった。
「エリオット・ボレアス・グレイラット」
『ッ!?』
しかし、ルーデウスがエリオットの名を呼んだその瞬間、その場にいた全員の背筋が凍る。
エリオットは飛ぶように後ろへ後退し、ギレーヌとパウロは剣を身構えた。
「認識を改めよう。お前は、『山猿』なんかじゃない」
ルーデウスは腰を低くしながら立ち上がる。
血で真っ赤に染まったその顔は、怒りで満ちていた。
そしてその周りには、黒いモヤのようなものが立ち込めている。
「お前は狂った犬、『狂犬』だ」
(嘘だろ……!?あんなに攻撃を受けても、まだ立ち上がるのか?)
エリオットは一瞬、困惑と恐怖の表情を浮かべたが、次の瞬間には、迷わずルーデウスに向かい走っていく。
(いや、絶対に効いているはず。あと少しなんだ……!)
ボゴッ!
エリオットの拳が、ルーデウスの顔面に直撃する。
しかし……
ドゴッ!!
ルーデウスから放たれたさらに強力な拳が、エリオットの顔にめり込む。
「ッ!?」
そのままエリオットは地面へと叩きつけられ、必死に保っていた意識を失う。
「青二才が、ルーディアを守る『覚悟』が俺より上だと?」
ルーデウスは近くに落ちていた木刀を拾い上げ、エリオットの上に座り込む。
拾い上げた木刀は折れており、その先端は、ひどく鋭利なものへと変わっていた。
「ルディ!やめろ!」
ルーデウスがエリオットを殺す。
パウロとギレーヌはそう悟り、ルーデウスを止めるため走った。
だが、あまりに距離が遠すぎる。
この距離では、ギレーヌですら間に合わない。
「じゃあその『覚悟』で、次はお前の運命を変えてみろよ」
そしてルーデウスは迷うことなく、木刀をエリオットに向け振り下ろそうとした。
「やめろ!!」
ビュン!
その時、ルーデウスの横から凄まじい突風が向かってきた。
「………!?」
ルーデウスは突風に巻き込まれ、そのまま壁へと激突する。
そして倒れているエリオットの元に、一人の少女が駆け寄った。
「もうやめてください……兄様!」
〜〜〜ルーディア視点〜〜〜
この体が、ずっと嫌いだった。
男の体に戻りたいと、何度願ったか分からない。
もし男だったら、ソマル坊達に一方的にいじめられることはなかった。
盗賊の奴らに、惨めに唇を奪われてるなんてこともなかった。
後悔しない人生を送ると決めたのに、この体が足枷となって、これ以上前へ進めない。
でも、それは結局、言い訳に過ぎなかった。
何度神に祈ったって、明日の自分が男になることはない。
定められた事実を捻じ曲げることは、絶対にできない。
「エリオット!大丈夫ですか!?」
俺はエリオットの額に手を乗せ、治癒魔術を詠唱した。
「ルーディア……」
乗せていた手が、気絶しているはずのエリオットに掴まれる。
「ごめん………」
エリオットはそう呟き、さらに強く、俺の手を掴んだ。
「………」
もういいじゃないか、女でも。
男だった俺が、女として生きたとしても。
本気でこの世界を生き抜いて、何が悪い。
こんなにも、俺を思ってくれる、大切な人達がいるじゃないか。
「ルーディア、どいてください」
座り込み、エリオットを抱える俺を、ルーデウスは怒りに溢れた顔で見下ろしてくる。
「兄様、やめてください。もう決着はついたじゃないですか」
「こいつはイカれた犬です。腕の一本くらい斬って、今のうちに首輪をつけとかなきゃいけません」
話しているルーデウスの手には、まだ先の尖った木刀が握られている。
「ルーデウス、これ以上エリオットを傷つけるなら、容赦はしないぞ」
俺の前にギレーヌが駆けつけると、彼女は腰にかけていた剣を取り出した。
しかし、黒いモヤを纏ったルーデウスは、止まることなく俺達へと近づいてくる。
「俺は、あなたの『大好きな』パウロの息子なんですよ?斬れるわけないでしょう」
「試してみるか?」
即答し、剣を構えるギレーヌ。
それを見たルーデウスは、恐れるどころか、余裕そうな笑みを浮かべた。
「……獣族風情が、まずはお前から
その瞬間、ギレーヌの半分ほどの背丈しかないルーデウスから、おぞましい殺気が溢れ出す。
「ッ!?」
気づけば、ルーデウスはギレーヌの頭上に飛び上がり、凄まじいスピードで蹴りを繰り出していた。
「速い……!」
迫り来る足を、ギレーヌは体を曲げることで回避する。
ドゴッ!
そのまま体を捻り、ルーデウスの脇腹に蹴りを入れた。
バキ………
骨の折れる鈍い音と共に、ルーデウスが壁へと吹き飛ばされる。
「流石は剣王……反応が速いな」
しかし、それでもルーデウスは立ち上がり、再びこちらへと歩いてくる。
なんなんだよあいつ、不死身か……?
腹の骨だけじゃない。
エリオットとの戦いで、顔面も無茶苦茶に殴られていたはずだ。
普通なら、立っていることすらおかしい。
「……もう手加減はできん。次は本気でいくぞ?」
「ああ、俺もそろそろ……」
その時、ヘラヘラと笑っていたルーデウスの表情が、一瞬にして固まった。
「ゴフッ……」
そしてその口から、ドス黒い、血の塊のようなものを吐き出した。
ルーデウスは膝をつき、両手を地面へとつける。
「ルディ!お前まさかまた……」
「ゲホッ!ゲホッ!」
パウロがルーデウスの側に駆け寄ると、彼はさらにひどい咳き込み始めた。
「ルディ……!」
ルーデウスの体から、黒いモヤがゆっくりと消えていく。
そしてモヤが完全に消失すると、そのままパウロの肩へ倒れ込んでしまった。
「兄様!」
俺はエリオットを地面に寝かし、ルーデウスの元へ走った。
「うッ!」
しかし、ルーデウスの側に近づくと、表現し難い悪臭が俺の鼻を襲ってきた。
うぅ……油断したら吐いてしまいそうだ。
「父様……兄様の手を……」
「あ、ああ分かった!」
パウロはそんな匂いを気にすることなく、咳き込むルーデウスの手を俺に差し出す。
俺が掴んだルーデウスの手は、生きているとは思えないほどに、冷たかった。
これ、下手したら本当に死ぬんじゃ……
「兄様、大丈夫ですか……!?」
ガシッ!
突然、ルーデウスが俺の手を力強く掴んできた。
「ルーディア、行ってはいけません……」
ルーデウスは下を向き、口からはダラダラと血を垂らしていた。
「おいルディ!あんま喋んーーー!」
「あなたは自分が思っているよりも……ずっと脆い。そんなあなたが、
「………」
「ゲフッ……!」
再び血を吐き出すルーデウスに、俺は治癒魔術を詠唱する。
「………兄様の言う通り、エリオットは、危なっかしい人です」
ルーデウスの言う通り、エリオットは危なっかしい人間だ。
強気で負けず嫌いで、すぐ人を殴る。
「放っておいたら何をしでかすか、分かったものじゃありません」
放っておいたら、どこかで背中を刺されてしまうかもしれない。
少なくとも、老衰で死ぬことは絶対にないだろう。
「だから……だからですよ?」
でも俺は、エリオットにそんな結末を辿って欲しくない。
幸せに生きて、満足した人生だったと、胸を張って欲しい。
「もう少しだけ、彼の側に居てあげようと思います」
だって彼は、この世界で俺にできた、数少ない『友達』なんだから……
〜〜〜エリオット視点〜〜〜
「………はッ!」
意識が戻ると、俺は飛び跳ねるように上半身を起こした。
「起きたか」
隣に座っていたギレーヌは、落ち着いた様子で俺が起きたのを確認すると、安堵のため息を漏らす。
待て、さっきまで俺は、ルーデウスと戦っていたはずだ。
つまり、俺がここにいるってことは……
「ギレーヌ。俺は、負けたのか……?」
「………ああ」
ギレーヌは、静かに頷いた。
「凄まじい試合だった。私の教えをしっかりと聞いていたのが、よく伝わった」
「………そうか」
それでも、俺は勝てなかった……
俺が持つ全ての力を出し切っても、ルーデウスには届かなかった。
「……くッ!」
思わず、顔をしかめてしまう。
あんなに頑張ったのに……
ルーディアを守るって、決めたはずなのに……
結局、彼女のことを守れずに、俺の前から姿を消してしまった。
俺のせいで……俺のせいで………
「ルーディア……ごめん……」
「いいですよ」
下を向きながらそう呟く。
すると突然、俺の横からそんな返事が聞こえてきた。
「え?」
声につられ横を見ると、そこには、穏やかな表情で椅子に座っているルーディアがいた。
「なんで、ルーディアがーー」
手を動かし、彼女の顔を触ろうとした瞬間、腕が張り裂けるような痛みに襲われる。
「痛ッてぇぇ!」
「あんまり動かない方がいいですよ。治癒魔術で完璧に治してはいないので」
悶絶する俺を見て、ルーディアはニヤニヤと笑みを浮かべた。
「なんで完璧に治さないんだよ……」
「だって、完璧に治しちゃったらまた暴れるんでしょう」
「そんなこと………ない」
「どうですかねぇ」
状況がよく分からない。
なんで、なんでまだルーディアが、ここにいるんだ?
昇っていた太陽はすでに落ち、随分と時間が経っているはず。
「ルーディアはもうしばらくの間、この屋敷に滞在するそうだ」
ギレーヌが付け加えるようにそう言うと、ルーディアは少し恥ずかしそうに頷く。
「エリオットは危なっかしいですからね。もう少し、近くで見守ってあげようと思います」
……意味が分からない。
ルーディアを傷つけたのは俺で、心と体に深い傷を負ったのは、ルーディアの方だ。
それなのに、彼女は俺に失望するどころか、まだ、俺のそばで見守ろうとしてくれている。
気づけば俺は、痛みを忘れ、ルーディアを抱きしめていた。
「エ……エリオット……?」
もう、誰にも奪わせない。
「ルーディアは、俺が守るから……!」
彼女が好きだ。
お父様やお母様の好きとは違う。
他とは違う好きという感情を、俺は彼女に持っている。
もちろん、ずっとここに居てくれとは言わない。
いつかは自分の住む村へ帰り、俺の元から離れていってしまうだろう。
だけど……だけどだ。
その束の間の時間、彼女が俺を見てくれるこの時だけは……
『彼女を、守らせてもらいたい』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ルーディアは、俺が守るから……!」
「………」
エリオットの告白とも取れる発言を、部屋の外で静かに聞いていたパウロ。
「理解できませんね」
そのパウロの横で不機嫌そうに悪態をついているのは、顔半分を包帯で巻かれたルーデウス。
「何故ルーディアの我儘を聞いたんですか?目的の金は受け取ったはずですよね」
戦いの後、ルーディアはこの町にまだ滞在したいとパウロに懇願した。
自分はまだエリオットの家庭教師として、やり残したことがあると。
当然ルーデウスは反対した。
しかし最終的な判断を下すのは、彼女の父であるパウロだ。
結果、パウロはルーディアの願いを受け入れ、ルーディアは再びエリオットの家庭教師として雇われることになった。
「……分からねぇ」
パウロ自身も、自分のした選択がよく分かっていない。
あんなに傷ついたルーディアを、何故再び危険な場所へ置くのか。
本来ならば、父親として彼女を側に置いておくべきではないのか?
「分からねぇけどよ、あいつの覚悟は伝わってきたんだ」
しかし、パウロは感じていた。
エリオットは、自分と同じだと。
かつてゼニスを守ると決めた。
あの時の自分と同じだ。
そんなエリオットに感じた親近感が、パウロの判断を揺さぶったのだろう。
「………話になりませんね」
ルーデウスは呆れたようにため息を吐き、自分の部屋がある方へ去っていく。
「その弱い『覚悟』が、いつかまたルーディアを傷つけることになるでしょうね」
「………」
去り際に放たれたルーデウスの言葉に、パウロはしばらくの間、自問自答を繰り返すことになったのだった。
今回ルーデウスから出てきた黒いモヤの能力については、どこかの話で出そうと思います。