〜無職転生〜TSしたルーディアには兄がいた 作:肉と米と愛
幸せな時間は近々やってきます。
〜〜〜エリオット視点〜〜〜
クジュ……
「ここで殺すには惜しいが、仕方がない」
オルステッドと名乗る男の手が、俺の腹を貫通する。
「ゴフ……」
口から大量の血が流れ落ち、視界が真っ赤に染まっていく。
「エリオット……!」
地面に力なく倒れる俺に、ルーディアが地べたを這いずりながら近づいてくる。
彼女の口からも、血が溢れていた。
ルーディアと俺の攻撃を、オルステッドは片手だけで受け止め、反撃された。
「エリオット……!嫌です……死なないで……」
ルーディアの目から涙がこぼれ落ち、俺の体を必死に叩いてくる。
手も足も出なかった。
完敗だった。
魔大陸を渡ってから、俺はルイジェルド以外に負けたことがなかった。
苦戦することはあっても、最後には勝つことができていた。
だけどこいつは、強いなんて言葉で済まされるものじゃない。
"絶望"だ。
どう抗っても、逃れようのない絶望。
出会ったのが、そもそもの間違いだったんだ。
ルーディア……ごめん。
結局俺は、いつも大事なところで、お前を助けてやれない。
『諦めるんですか?』
目を閉じると、ロアにいた時のルーデウスが、真っ暗な空間に倒れている俺を見下ろしていた。
ルーデウス。
俺なんかじゃなくて、お前がここにいれば、もしかしたらあいつから逃げられたんじゃないか?
お前は、どこに行ったんだ………
『立ってください。そして奴と戦ってください』
俺だってそうしたい。
けど……無理なんだ。
もう、体に力が入らない。
目を開けることすら……できそうにないんだ。
『いいから、さっさと立て』
ルーデウスは俺の前に座り込み、額に指をつける。
『ルーディアを守ると決めたんだろ?だったら地べたを這いずり回ってでも戦え。腕が無理なら足、足が無理なら口を使って戦え』
…………
『お前には、その戦い方がずっと似合ってる』
そう言い終えると、ルーデウスの体は煙のように消え、真っ暗な空間には、俺一人だけが残される。
……好き放題言いやがって。
でもそうだ、俺はまだ死ねない。
死にたくない。
ルーディアが、本当に幸せになれるその日まで、絶望だろうがなんだろうが、俺は抗い続けてやる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「終わりだ」
目を開けると、オルステッドが上げた手刀がこちらへと迫ってきていた。
「くッ!!」
ドサッ!
動かなかったはずの体を無理矢理起こし、ルーディアを抱えて後ろへと後退する。
「ん?」
地面に突き刺さった自分の手を見て、オルステッドは違和感のある声を上げた。
「まだ動けるのか?」
「はあ……はあ……」
自分でも聞きたいくらいだ。
腹には穴が空き、体中の骨が悲鳴を上げている。
それなのに、俺はまだ動けている。
「奇妙だが、まあいいだろう」
オルステッドがそう呟くと、あいつが視界から消えた。
速い……!
瞬きをする間もなく、オルステッドは俺の目の前に現れる。
横からは、凄まじい速度で迫ってくる手刀。
だけど、不思議とその手刀が、俺には見えた。
まるで時間が止まったように、その手がゆっくりと移動していたんだ。
スカ……
俺は、ギリギリでオルステッドの手刀を避けた。
「ッ!?」
そしてオルステッドの目が、初めて大きく見開かれる。
ズザザ……
オルステッドは後ろへ下がり、自分の腕を眺めた。
「外したのか?俺が?」
「はあ………はあ……」
避けれた……
まぐれかもしれないが、あいつの攻撃を回避できたんだ。
「………」
抱えていたルーディアを見ると、彼女は既に気を失っていた。
この調子で避け続けて、ルーディアだけでも逃がせればーーー
グラ……
その時、見えていたはずの視界が急激に狭まった。
「う……」
目眩と吐き気が同時に押し寄せ、ルーディアを抱えたまま地面へと膝をついてしまう。
なんだこれ……
また体が、動かない……
動かなくなる俺に、オルステッドがゆっくりと近づいてきた。
「なんだ?もう動かないのか?」
「………チッ!」
クソクソ!
動け動け!
ここで死んだら、ルーディアを助けられない!
オルステッドの腕が、俺とルーディアに伸びていく。
ヒュン!
覚悟を決めて目を閉じたその瞬間。
俺の横を、何かが掠めた。
「………ん?」
薄く目を開くと、オルステッドの腕に、矢が突き刺さっていた。
矢……?
ヒュンヒュン!
矢が突き刺さった腕を、唖然とした表情で眺めているオルステッドに、さらに2本の矢が飛んできた。
オルステッドは自身へ向かってくる矢を弾き返し、後ろへと下がる。
なんだ?
何が起きた?
「間に合った……とは言い難いわね」
激痛に耐えながら、俺は後ろを振り返った。
そこに居たのは、顔が隠れるほど深くフードを被った、背の低い女が立っていた。
いや、女かは分からない。
声から勝手に判断しただけだが、恐らくは女だろう。
フードを被った女は俺達の前に近づくと、背負っていた鞄を下ろし、一つの紙を取り出した。
「お前は………」
「うわ……その状態でまだ喋られるの?気持ち悪いわね」
女は不快そうな顔で見ながら、大きく広げた紙を俺に被せる。
ポワァン……
数秒ほど経つと、俺に被せられた紙が深緑色に発光し始めた。
同時に、全身の痛みが嘘のように引いていく。
女が紙を取り除いた時には、俺の体から痛みが消えていた。
「嘘だろ」
オルステッドに貫かれた腹も、完全に塞がっている。
「せっかくのスクロールが、勿体無い……」
「おい」
女がぼやいていると、その光景を静かに見ていたオルステッドが声を上げた。
「俺の龍聖闘気を貫通する矢……お前、何者だ?」
オルステッドの目つきが、さっきよりもずっと恐ろしいものに変わっている。
目を合わせただけで、戦意が削がれる……
「あんたが龍神オルステッドね。情報通り、見るだけで虫唾が走ってくる」
「質問に答えろ」
オルステッドの恐ろしいほどの圧を前に、女は深いため息を吐いた。
「そうねぇ、私の名前は………『S』とでも名乗っておこうかしら?」
『S』と名乗る女が、俺の横に座り込む。
「私が時間を稼ぐから、あんたはこの子と、あそこに倒れてるハゲを連れて逃げなさい」
「時間を稼ぐって、まずお前は誰なん……」
「そんなの今はどうだっていい。雑魚のあんたにできるのは、それだけなんだから」
女はそう耳打ちすると、再び立ち上がった。
訳が分からない。
オルステッドに殺されかけてたところに、いきなり謎の女が現れて、そして俺達が逃げる間時間を稼ぐと言っている。
そんな事する理由は?
まず、こいつは何者なんだ?
考えたところで、きっと答えは見つからないだろう。
女の言う通り、今俺ができるのは、ルーディアとルイジェルドを連れて、この場から離れることだけ。
女の目的は分からないが、生き残るには、それしかないんだ。
ザザ……
俺はルーディアと、そばに倒れているルイジェルドの二人を担ぎ上げた。
重い……
重いが、傷が完全に塞がったからか、体はよく動く。
「………助かる」
なんと言っていいのか分からない俺は、それだけ呟くと、二人を背負ったまま走り始めた。
オルステッドは……追いかけてこない。
俺は荒れ狂う吹雪の中を、全速力で駆け抜けていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
エリオットの姿が見えなくなり、赤竜の下顎の一本道には、三人だけが残される。
「はあ……しんどいけど、あの人の命令なら仕方ないわよね」
『S』と名乗る女は面倒臭そうにぼやくと、フードから2本の短剣を取り出した。
「………俺とやるのか?」
オルステッドが尋ねると、女は軽く笑い始める。
「いや?あんたに勝とうと思うほど、私は馬鹿じゃない」
持っていた短剣を、ゆっくりとオルステッドに向けて構えた。
「私がやるのは、ただの時間稼ぎ」
ズダ……!
猛烈に吹き荒れる吹雪に紛れ、女はオルステッドへと突進していった。
〜〜〜ルーディア視点〜〜〜
『やあ!久しぶり!』
辺り一面真っ白な空間。
そして目の前にいるのは、ムカつく声をしたふざけた神様。
もう見慣れたよ。
……久々だな。
『おやぁ?今回は随分と大人しいじゃないか?どうしたのかな?』
お前、知ってて言ってんだろ。
俺がそう言うと、ヒトガミは悪びれることなく"まあね"とかふざけたことを抜かしやがる。
『オルステッドと遭遇することは分かっていたんだけどね?話すタイミングがなかったんだよ』
なるほど、つまり知ってて言わなかったってことだな?
『ああ……へへ』
ヒトガミの若干気まずそうな声に、落胆のため息が出た。
まあいい、どうせ全部終わったことなんだ。
俺は横になり、静かに終わりの時を待ち始める。
『おいおい、本当にどうしてしまったんだい?』
だって、俺は死んじまったんだろ?
死んだ後にとやかく言ったって、仕方がない。
俺がそう答えると、ヒトガミは納得したように頷いた。
『なるほど、自暴自棄かい』
まあ……そんなところだな。
相変わらずテンションの高い声に、少しの苛立ちを感じるが、まあいい。
それよりも、お前に聞きたいことがあるんだが……
『なんだい?』
オルステッド、あいつは一体何なんだ?
『ああ、彼かい?彼は龍神だよ。龍神オルステッド』
龍神って……ギースが言っていた七大列強二位の奴か?
『そうだよ。正確に言うなら、一位だけどね』
そうか……龍神か……
そりゃあんなに強いルイジェルドが一瞬でやられる訳だ。
ちなみに、俺達が勝てる可能性はあったのか?
『ないね、残念だけど。彼はこの世界で最強なんだ。いくつもの呪いで制約を受ける身でありながらね』
呪い……
聞いたことがあるな。
確か、そういった呪いを持った奴らを、呪子とか神子とか呼ぶんだっけか?
『そうそう、よく知っているじゃないか。ちなみに、ルイジェルドも呪いを持っているよ』
……え?
ちょっと待てよ、どういうことだ?
ルイジェルドも、呪子って奴なのか?
『いいや、あれはラプラスが彼に与えた槍についていた呪いさ。
ラプラスもオルステッドと同じ『恐怖の呪い』を持っていたけれど、それを槍に移して、それをスペルド族になすりつけたのさ。
緑色の髪をキーとするようにしてね』
んだよそれ……
じゃあ、俺が今までやってきたことは何だったんだ?
無駄なことをさせて、お前はそれを見て楽しんでたのか?
『勘違いしないでくれよ。スペルド族の呪いは時間経過で消えつつある。
ルイジェルドの方もまだ少し呪いが残っているけど、それも髪を切ったことで急速に薄れつつあるんだ』
髪……ねぇ。
そんなので、呪いなんて物騒なのが消えるのか?
『ああ消えるよ。呪いにも色々種類があるからね』
種類か、確かにシーローン王国で出会ったザノバの呪い……というか神子の力は、恐怖ではなく怪力だったな。
『どちらにせよ、君と関わったおかげでルイジェルドの呪いは消えつつある。
まだ根強く差別意識が残っているけど、それも時間経過とルイジェルドの努力次第でなんとかなるさ』
そうか、無駄じゃなかったってことか……
『うん。君は頑張ったよ。オルステッドのことに関しては、運がなかったとしかいいようがないけどね』
運がない?
それは違うな。
俺がお前の名前を出した瞬間に、あいつは攻撃を仕掛けて来たんだ。
"ヒトガミの使徒だったか"とか言ってたぞ?
『ああ、それかい……』
ヒトガミの声が少し詰まった。
お前、オルステッドに一体何をしたんだ?
『知らないよ。奴は悪い龍神だからね。善良な神様である僕を目の敵にしてるのさ』
しらばっくれるなよ。
教えてくれたっていいだろ?
俺は別にお前とオルステッドとの関係にとやかく言う理由はないんだから。
『本当に知らないんだよ。ただ僕が唯一知っているのは、あいつがこの世界を滅ぼそうとしているってことだけさ』
やはりいつも通り、胡散臭いな。
そのニチャニチャとした笑顔の裏で、こいつは一体何を企んでるんだ?
……まあいいか、全部終わったんだし。
俺はゆっくりと立ち上がると、ヒトガミから体を背けた。
ふう……
それで、こういう時って、どうやって逝けばいいんだ?
ヒトガミに尋ねると、奴は少し面白おかしそうに笑い始めた。
『あれ?まだ気づいてないのかい?』
……ん?
何のことだ?
『まったく、君は相変わらず鈍いね』
なんだよムカつくな。
勿体ぶらずにさっさと言えよ。
『分かった分かったよ』
ヒトガミは笑い終えると、真っ白に染まった指を、俺の胸に向けた。
『君、まだ死んでないよ』
え?
その言葉を理解するのには、少し時間を要した。
生きてるったって……どうやって?
『エリオットだよ。彼が機転を利かせて、あの場から君とルイジェルドを連れて逃げ出したんだ』
……本当か?
俺はまだ、生きてるのか?
『イェース。君は目覚めれば無事、エリオットもルイジェルドも同様にね』
ヒトガミの言葉に、俺はそっと胸を撫で下ろす。
そうか、エリオットが助けてくれたのか……
あ………え……?
安堵した俺は、その時になって初めて、自分の手を見た。
色白で、華奢な手。
俺はこの手を、何度も見て来た。
これは、『私』の手だ。
あの前世の、男の手ではない。
ヒトガミ、この手は一体………
『ああ、気づいていなかったのかい?』
ヒトガミは変わらない声で、当たり前かのような反応をしてくる。
『君はウェストポートの港辺りで、体の不調を訴えていたよね』
ああ……お前と最後に話したのも、そこだったよな。
あの不調は……あれだろ……女性なら誰しもが経験するものだろ?
『その時にはもう、君はその姿になっていたよ』
何だと?
あの時から、俺の体が変わっていたのか?
『いやぁ、とっくに気づいているものだと思っていたんだけどね。本当に鈍いね君』
笑い事じゃねぇ!
ふざけたように笑うヒトガミに、声を荒げてしまう。
これは一体どういうことだよ!
『さあね。僕もこんな経験は初めてだけど、恐らく君が過ごしている肉体が、君の精神体に追いついたってことじゃないのかな?』
肉体が精神体に追いついただと?
もっと詳しく教えろ。
俺の前世の体は、どうなるんだ?
『だから言ったろう?僕もこんな経験初めてで、君の精神体がどうなるかなんて分からないよ』
……ああクソ!
今一番迷惑な回答をしやがったな。
『まあまあ落ち着きなよ。何もそんな悲観することないじゃないか。その体も似合っているよ。ゼニスにそっくりさ』
ヒトガミの言葉が、頭に入ってこない。
俺はこれから、どうなる?
男としての俺が消えたら、一体……何が残るんだ?
視線を落とせば、小さな体にふっくらとした胸がついている。
俺は………俺は……私は……
『……このまま君の悩み込んでいる姿を見るのも楽しそうだけど、そろそろ潮時かな』
呆然とする俺とは違い、ヒトガミは少し満足そうな声をしている。
『じゃ、バイバイ』
ヒトガミの声がエコーのように響きながら、俺の意識は何処か彼方へと消ていった。
エリオット達の前に現れた『S』ですが、オリキャラではなく原作に出てくる人物です。