眉間に突き付けられた銃口、狂気の視線、絶望的な殺意。
正に、絶体絶命としか言えない状況。
撃ち抜かれた脚の痛みがジンジンと身体全体に響き、その痛みは思考を掻き乱す。
(俺は此処で……死ぬのか?)
本当に死ぬのか?
まだやりたい事もあるのに?
何故、死ななければならない?
何故、俺が?
何故、何故、何故!?
(ふざけんな、こんな所で死んでたまるかよ……!)
その瞬間、一誠を支配してた恐れは怒りに姿を変え、その怒りは絶望を塗り潰した。
この理不尽に立ち向かう為の、怒りは力となった。
「おらぁ!!」
それは正に会心の一撃。
一誠は突き付けられた銃をはねのけ腕を掴み、力の限り引き寄せる。
痛む足に鞭打ち一気に立ち上がり、渾身のアッパーカットを無防備な神父の顎にぶちかました。
銃の最大の利点は言うまでもなく、遠距離から攻撃出来るこの一点に尽きる。
離れた所から一方的に相手を安全かつ簡単に蹂躙出来る便利な兵器。
如何に剣の達人であろうと、精強な騎兵であろうと、ある程度訓練を積めば子供ですら容易く撃ち破る事が出来る武器である。
この最大の利点である距離を考えない"ゼロ距離射撃"と言う行為は訓練された者ならば、まず行わないだろう。
百歩譲って味方が居る有利な状況であれば、或いは白兵戦で緊迫した戦闘でならば起こりうるかもしれない。
だが、こんな撃ち方をわざわざする奴は素人か、只の油断した愚か者だけである。
要するに、反撃されるリスクを犯してまでする撃ち方ではないと言う事だ。
そんな愚かな神父は、現に馬鹿な行為をした"ツケ"をアッパーカットをもろに食らうと言う形で払う事になった。
まさか死にかけの獲物に反撃なんてされるとは思っていなかったのであろう。
それも、丸腰の低級の悪魔ごときに自分が殴られるとは予想していなかった筈だ。
追い詰められ、死に物狂いの者の底力を甘く見ていたが故の結果である。
薄汚い天井を見ながら予想はおろか、想像すらしていなかった痛みを噛み締めていた。
口に広がる血の味と軽い脳震盪、そしてジワジワと湧き出す特大のドス黒い殺意。
殺す、徹底的に、塵芥も残さずに殺す。
「……ぶち殺す、絶対に」
先程とは比べものにならない殺気を感じた一誠は、ほぼ本能的に、窓を突き破って外へと出た。
お世辞にもあまり広くない部屋の中は死体と臓物と血の海が広がり、更にはイカれた殺人鬼が居る。
そんな場所に長居など出来る訳がない。
火事場のクソ力とは良く言ったもので、躊躇なくガラス窓をぶち破り外へと脱出した。
「くっ、やっぱり痛ぇ……」
派手に外へ出たは良いものの、撃たれた足の痛みが否応なしに厳しい現実を一誠に突き付ける。
いまだに自分の置かれた状況の厳しさに変わりはない、と。
だが、兎にも角にもさっさと逃げなければならない事に変わりはない。
走り出そうと立ち上がり、顔を上げると其処には見覚えのある少女が居た。
こんな地獄に居るはずのない少女が……
「イッセーさん?」
「ア、アーシア……なのか?」
お互いが信じられない様な顔で見合うが、二人の間に光の弾が複数炸裂した。
突き破られた窓の奥の暗闇から、憤怒の表情の神父が出てきた。
だがアーシアを見るなり、いつもの薄ら笑いの表情にコロっと変わる。
このイカれた神父、感情の起伏が大き過ぎると一誠は思った。
0か100か、喜か怒か。
間がなければ躊躇や慈悲などある訳がない。故にこの男はどうしようもなく、狂っているのだ。
「これは、これは。シスターアーシア。ずいぶん遅い到着ですねぇ……まぁ良いや、ちょいと其処のクソ悪魔を即効でぶち殺「待って下さい!」あぁ?」
「待って下さい!フリード神父、イッセーさんは……」
「あ?何を言ってるの?この悪魔と知り合い?ダメよ、ダメダメ。悪魔と喋るだけで脳ミソ腐るよ?アーシアちゃん」
間髪入れずにフリードは躊躇する事なく引き金を引きまくる。
光弾の雨は容赦なく一誠の身体を穿ち傷口からは血が飛び散った。
全身の痛みを耐え、のたうち回りながら何とか物置の影に転がりこむ。
奇跡的に致命的な傷は無い、が全身をくまなく撃たれ指先を動かすだけでも激痛が走る。
だが、一誠は痛み以上に気になる事があった。
(どうして、アーシアがこんな所に?)
なけなしの勇気を出して物陰からそっと顔を出して様子を伺うと……
イカれた殺人神父が丁度アーシアを殴っている様子を見てしまった。
「くそったれがぁ!!てめぇアーシアに何をしやがる!」
「あぁ?クソ悪魔が俺に上等な口きいてんじゃねぇぞ!」
怒りに任せた捨て身の突撃した一誠だが、またしても足に激痛が襲った。
神父から撃たれた光弾は一誠の残るもう片方の足、その大腿部を撃ち抜き、踏ん張る力を失った脚が体勢を維持出来る訳もなく、走る勢いそのまま派手に倒れた。
うつ伏せに倒れこむその様子は、まるでヘッドスライディングをしたようだった。
動かぬ身体、油断なく向けられる銃口。
今度こそ本当に絶体絶命。
死ぬ間際だからなのか、あるは神経が極限まで研ぎ澄まされたのか。
一誠には全ての動きがスローモーションの様に遅く見えた。
向けられた銃口から吐き出された閃光が、一直線に自分の眉間に吸い寄せられていくのが見える。
女の子すら守れない己の不甲斐なさ、自分の無力さに怒りを覚えるが時既に遅し。
数秒もしない内に光の弾は眉間を撃ち抜き、俺は……死ぬ。
(部長、すみません……俺は)
眼を瞑り、神ではなく敬愛する部長に懺悔する一誠。
助けてくれた恩返しが出来なかった事、死ぬ前に部長の生おっぱいを見たかった事、あわよくばタッチしてみたかった事。
(そして、最後は大人の階段を登って……あれ?)
いつまで経っても来ない痛みと衝撃、そして自分の意識がまだしっかりしている事。
世間で馬鹿と言われる一誠でも、分かる様子のおかしさ。
(何かが、変だ)
もしかして、自分は既に死んでいるのではないか。そんな疑念を抱きながらも、意を決してそっと一誠は眼を開けた。
其処には、漆黒のマントを靡かせ骸の馬に跨がる髑髏が居た。
この現代社会に適合しない、漆黒の騎士が居たのだ。
「髑髏の、おっさん……」
「無様だな、小僧」
「酷い言い方だにゃ、せめて大丈夫か位言ってあげにゃいと」
「うおぅ、美人なお姉さんっ!」
「この悪魔が余裕ぶっこいて喋ってんじゃねぇよ!」
自分を無視された振る舞いに激怒したフリードは、即座に銃の引き金を引き、騎士もろとも一誠に向けて光弾の雨を降らした。
光弾の雨の中、騎士の前に腰掛けていた黒歌は事も無げに身軽な動きで馬から離れる。
髑髏の騎士は、まるで小虫を払う如く剣を振ると光弾を容易く弾き返す。
弾かれた光弾の幾つかはフリードへと跳ね返り、その内の一発が銃を直撃した。
光弾の直撃を受けた銃は、その機能を発揮出来ない只の鉄屑へと姿を変えた。
「……惨い事をする、同じ"人間"だろうに」
騎士はギロリと割れた窓の奥の惨状を見ると、その紅い眼を犯人とおぼしき神官へ向け、同時に抜き身の剣の切っ先を向けた。
血の色よりも紅い眼で睨まれ、切っ先から感じる騎士の殺気にフリードの背筋に冷たいものが走る。
明確な死と絶対強者の気配に、フリードの先程までの余裕は消え失せた。
「私達に喧嘩売るつもり?愚かな奴にゃ」
隣の女悪魔も相当な手練れだとフリードは女が纏う猛者のオーラで解った。
形勢は極めて不利、一応?回復の神器を持ってるアーシアだが……
「御許し下さい……御許し下さい……!」
(完全に駄目だ、使い物にならねー)
手を組んでひたすら祈るアーシアを見て、戦力計算からアーシアを外す。
この状況どうしたもんかと考えながら、不気味な髑髏を見る。
(この野郎は間違いなく魔王クラスの強さ、隣の腐れ女も中々強ぇ……)
忌々しい事だが、妙に引っ掛かる感じがしてならない。
見覚えがある様な、無いような感じ。
うわごとの様に耳に入るアーシアの祈りが、余計にフラストレーションを蓄積させる。
しかし"死神"と言うフレーズが、フリードの中のパズルのピースを一気に組上げた。
「死神……死神……?まさか"漆黒の死神"?」
古くから言い伝え、或いは御伽話しに出てくる"死神"。
漆黒の死神は"神罰の代行者"とも言われ全エクソシストの憧れでもある。
はぐれエクソシストのフリードと言えど、その容赦の無さ、圧倒的な強さに憧れてさえいた。
だが、そんな"漆黒の死神"が自分に向けて剣を向けている。
解せない、全く解せない。
混乱するフリードは、自身が感じた素朴な疑問を騎士へ問いかけた。
「惨いだなんて死神様、冗談キツイっすよ。俺は悪魔崇拝者を成敗しただけっす。天罰、神罰を下してやっただけなんで惨い事なんて全然ないっすよ?」
「てめぇ!あんな酷い殺し方しといて何がっ」
「糞死に損ないの糞悪魔が吠えてんじゃあねぇよ!」
一誠とフリードは互いに激しく罵りあう。
だが、騎士のたった一言でその口を閉ざした。
「黙 れ」
とても、それはとても低い声だった。
強烈な殺気を含んだ騎士の一言は、其処に居る全ての者を恐怖させた。
騎士から放たれる覇気と必滅の殺意の渦。尋常ではない雰囲気、明確な殺意が辺り一帯を支配した。
「……その身に同じく"魔"の力を宿しながら悪と善を語るか、人間」
「死神様?ボケてるんすか?悪魔と一括りにされるとかマジありえねぇっす」
「……貴様も使徒もはぐれも何も変わらぬ。力の快楽に溺れた只の"愚者"よ」
ジャキっと金属音を鳴らし剣の切っ先を返し構える。
隙のない構えの騎士、その紅い眼は真っ直ぐフリードを捉えていた。
フリードも反射的に持った剣を構え臨戦体制をとるが、自身の剣が未だ嘗てこんなに頼りない物だったと感じた事があったか。
フリードは魔王を前に"ひのきのぼう"で挑んでいる感覚に襲われていた。
「イッセー、無事!?」
一触即発の修羅場に紅い転移魔法陣が現れるとリアスとその眷族達が現れる。
フリードからしてみれば、この状況は正に四面楚歌に他ならない。
だが、嘲笑うかの様にリアス達を挑発する。
「うひょー、団体様のご到着だぁ」
「よくも、よくも私の可愛い眷族を……塵一つ残さず消し飛ばしてあげるわ」
紅い膨大な量の魔力がリアスの身体を包みこむ。
それはリアス・グレモリーが本気の戦闘形態を取った言って過言ではない。
それは何故か?
リアスは一誠のボロボロの姿を見てこれ以上無い程に激怒していたからだ。
身内には厚い加護を、仇なす者には苛烈な鉄槌を。
故に、一誠を傷付けたフリードをぶち殺すに何の躊躇も慈悲も無い。
「恐い恐い~僕ちん死んじゃうな~……なんちって」
「部長!複数の堕天使が此方に向かってきますわ!」
「一先ずここから離脱よ、みんなイッセーを運んで!」
「部長!アーシア、アーシアも一緒に!」
「イッセー、これは私とその眷族しか使用出来ないの!」
「でも……アーシアがっ!」
その時、リアス達の前に黒歌が一跳びで近付くと妖艶さ漂う声でイッセー達に言った。
「坊や、此処は私達に任せるにゃ」
「……姉さま」
黒歌は振り向くと小猫に向かって軽くウィンクをする。
小猫は気持ちの整理が出来ず、反応に困っていた。
姉の気持ちと自分の気持ちにまだ向き合えていなかったから。
まだ姉妹の距離は遠い、だが少なくとも黒歌は前に進もうとしている。
一歩づつではあるが、前へと。
紅い転移魔法陣で消え行く一誠とアーシアの目が合った。
一誠は動かぬ身体に鞭を打ちアーシアへと手を伸ばすが……その手が届く事は無かった。
アーシアは諦めと焦燥感、一誠が無事に逃げてくれた安堵、哀しくも儚い精一杯の笑顔で消え行く一誠を見送った。
騎士はフリードと闇夜の空を深紅の眼で睨み剣を構える。
「……行くぞ、外道」
今、漆黒の暴風が駒王町に吹こうとしている。
愚者達の野望を根こそぎ巻き上げ、吹き飛ばさんとする暴風が……
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