髑髏の騎士は骸の馬から跳び、光の剣を構えたフリードへと斬りかかる。
跳び出した勢いの乗った騎士の剣は、受けた光の剣を一撃で粉々に粉砕した。
あまりに呆気なく光の剣を砕いた刃はそのままフリードの肩口から斜め身体を斬り、傷口から大量の鮮血が辺りに飛び散った。
「何っ!?がっ!」
硝子細工の様に砕けた光の剣に驚愕しながらも、人間離れした反射神経で斬られる寸前に身体を引いていたフリード。
結果、その事が功を奏し何とか致命傷だけは免れた。
たが、いくら避けたと言えど深手には変わりはない。
想像を遥かに上回る激痛と出血が身体の自由を奪い、フリードは無様にも膝をつき吐血をした。
そんな隙だらけのフリードに対し、騎士は追撃の手を緩める事は無い。
倒れこむ顔面に容赦なく蹴りを炸裂させると、もの凄い勢いでフリードは言葉にならない悲鳴を上げながら吹き飛んでいった。
そして、止めを刺すべく騎士が歩き出そうとした時、背後から聖職者の集団が雄叫びと共に一斉に現れた。
数はざっと見て10人、騎士と黒歌を取り囲む様な包囲陣形を取っている。
数に物を言わせた一斉攻撃で始末するつもりなのであろう。
「悪魔死すべし!」
「愚かな悪魔め!神の裁きを受け消えるが良い!」
そう言うと聖職者達は一斉に各々が手にした武器を騎士に向けて放った。
光の無数の弾丸は最早廃墟と化した家や地面を容赦なく穿ち、大小の穴が開く。
それは、まるで銃弾飛び交い砲弾が落下する戦場の如し。
まさに数の暴力と言うに相応しい戦法、単純かつ明快であり、そして強力である。
はぐれエクソシスト達は、不気味な見た目の髑髏と悪魔の女がズタボロのぼろ雑巾になったであろうと疑わなかった。
また下等な悪魔を葬ったと声高々に嘲笑い、神父達は改めて自身の力に酔いしれていた。
見るに堪えない下品な顔、聞くに堪えない罵詈雑言、そこに聖職者の面影など欠片もない。
その様は正に"チンピラ"と言うに相応しい集団だった。
あまつさえ、"見た目だけは"妖艶な黒歌に対しても己の獣欲を満たさんと生け贄だ、神罰だとのたまっている。
これが堕ちた人間の末路。
欲望に身を堕とし好き勝手しておきながら、悪魔に対しては清廉潔白の聖者の如く振る舞う。
堕天使と言う"魔"の庇護の下で自己満足に酔いしれる愚かな人間達。
「……生かすに値せぬ」
暗闇から聞こえた低い声、そして紅い光の閃光を含んだ風がはぐれエクソシスト達を吹き抜ける。
「な、なん……だ?」
目の前に舞った砂埃を払い、辺りを見回そうと足を踏み出した瞬間……はぐれエクソシスト達の首がボトリと落ちた。
死に行く愚者達は、薄れ行く意識のなか視界の端に見覚えのある自分の身体を見ていた。
鮮血を噴水の様に吹き出して茫然と立っている自らの身体をまじまじと見ていた。
頭部の無い己の身体が倒れる様を客観的に眺めて、漸く自らが死んだ事を理解するに至る。
哀れな首なしの屍へと姿を変えたはぐれエクソシスト達は堕ちるべき所へ堕ちたのだ。
それは言わば因果応報、その無様な死は"悪魔"ですら同情はしないだろう。
「……その娘をどうするつもりだ」
剣を勢いよく凪ぎ払い、魔の気配を感じた方へ剣を向ける騎士。
油断無く向けられた切っ先の先には、闇夜と同じ黒い翼を生やした堕天使が居た。
そして、その手には意識を失ったアーシアが抱えられている。
(……迂闊、囮だったか)
騎士は殺気を増し、剣を構えると忌々しい堕天使の女を睨みつけた。
必滅の殺意が剣を通し女へと伝わると、堕天使の顔から余裕の笑みが消える。
明らかに分かる格の違い、この時堕天使の女は姿を現した事を後悔していた。
部下からの報告で"死神"が出たと聞きいてはいたが、所詮はカビの生えた古い与太話だと一蹴した。
そもそも、至高の存在である我ら堕天使が負ける事などあり得ない。
例えそれが、魔王であろうとも……だ。
だが、その認識は間違えだったと言わざるを得なかった。
これだけは断言出来る、目の前の髑髏には勝てないと。
それは何故か?
自分の力が仮に1000だとしたら、少なく見積もっても10倍は、いや比べる事すら馬鹿らしくなる程の圧倒的でかつ歴然とした差があった。
この堕天使と先ほどのエクソシストの違いは、戦力分析が出来た事であろう。
力ある者こそ、相対した時点で勝てるか勝てないかは瞬時に分かるものである。
それが犬ならば本能で、まともな人間ならば自己の経験、あるは直感で。
勝てぬと分かっているならば、考えるべき事は一つ。
どうやってこの場から"逃げるか"の一点に尽きるだろう。
幸いな事に、我ら堕天使には空を飛べると言う圧倒的なアドバンテージがある。
目的の小娘も確保した、であればこんな場所に長居する理由などないのだ。
飛び去ろうと身構える堕天使に向かい、魂が凍り付く様な特段に低い声で騎士が口を開いた。
「……良く聞け外道、その娘を精々大事にする事だ。さすれば"少しは"長生き出来る」
「なっ何よ!負け惜しみのつもりな訳ぇ?貴方に言われなくても大切にするわ。何しろ私は更なる"力"を手に入れるのだから!」
「……是非も無い、首を洗って待っているが良い」
「いちいち癪に触る薄汚い悪魔ね!貴方達!この悪魔共を殺しなさい!」
そう捨て台詞を残し、アーシアを抱えた堕天使は跳び去った。
そして騎士の目の前には三人の堕天使が飛んでいる。
この愚か者達は己の力量を過信しているのか、単に騎士の力量が分からないだけなのか。
三人の堕天使達は随分と余裕ある態度である。
(コイツらは、馬鹿なのか?)
騎士の隣で構える黒歌は単純にそう思った。
いや、馬鹿を通り越し、もはや形容する言葉もない。
一体何をどう考えたらこの"規格外"を相手にして勝てると思えるのか。
数的優位?退魔の力?空を飛べる?
おめでたい思考の堕天使に心底同情した。
「あれにゃ、堕天使は空を飛んでるし高い所は空気が薄いって言うから……完全に"おつむ"がイカれてるにゃ」
「貴様!悪魔ごときが我らを愚弄するかっ!」
「事実を言ったまでの事にゃ。私でさえ余裕で倒せるあんた達ごときに……本当に騎士様を殺れるとでも思っているの?」
「我らを愚弄した罪!万死に値すがぁべっぶら!」
(敵を前にして口が良く回る……)
騎士は骸の馬に跨がると、一跳びで空に浮かぶ堕天使の男に肉薄、一瞬でバラバラに斬り刻んだ。
安全な位置から一方的に騎士達を攻撃する算段だったのであろう。
己を過大評価し敵を過小評価する。
哀れな堕天使の男、ドーナシークはその代償は死と言う形で支払う事になったのだ。
目にも止まらぬ速さで抜かれた剣は、頭から袈裟斬りで斬り裂き、聖なる力の加護を防壁を易々と破った。
その凶悪な威力の剣は、男の顔の中程まで食い込んでいる。
この時点で、なかば意識が残っていたが、直後に四肢と胴をバラバラに斬り裂かれた。
同時に黒歌から放たれた魔力の弾が、肉塊を跡形もなく消し飛ばした。
阿吽の呼吸とも言えた連携は、二人が高位の実力者である事を物語った。
愚かな堕天使ドーナシーク。
自分が死んだ事すら解らぬまま、この現世から姿を消した。
一瞬の殺戮劇を目の当たりにし、驚愕する二人の女。
堕天使ミッテルトとカラワーナは顔を見合わせる。
「「このままでは不味い」」
そう思った後の行動は、速かった。
カラワーナはこの段階に置いて、漸く全力で離脱を試みた。
だが、そんな簡単に逃げれる筈がない。
全力で逃げる彼女の目の前に、紅い眼の髑髏が現れた。
それはまさに絶望、その一言に尽きる。
悲鳴か絶叫か、あるいは断末魔か。月の光が届かぬ闇にカラワーナは飲まれて逝った。
残ったミッテルトは地に伏せ、酷く怯え激しく後悔していた。
仲間が一瞬で解体される様を見て、断末魔を間近で聞きいて、恐怖で気が狂いそうになっていた。
だが今更後悔しても、時既に遅い。
呼吸は乱れ、奥歯はガチガチと音を立てる。
迫りくる"死の権化"
ミッテルトの比較的整った顔は涙やら鼻水やらで、ぐちゃぐちゃになっている。
目を瞑り、ガタガタと震えて裁きの時を待つ。
そして、騎士の鎧の擦れる音が耳に入ると、いよいよその恐怖は一気に臨界へと達する。
激しく泣き叫び、死にたくないと必死に命乞いをしていた。
「……命惜しくば素直に答えろ」
騎士の剣が目の前に突き付けられ、「ひぃ」と声を出したミッテルト。
質問に答え様にも恐怖で上手く喋る事が出来ない。
だが、何か反応しなくては殺されてしまう。直ぐに激しく頭を上下に振り肯定の意思を必死に示した。
「……あの娘を何処にやった」
「き……教会、町外れの教会にレイレナーレが……」
「……嘘では、ないな?」
「う、嘘じゃない!絶対に!神にだって誓う!嘘じゃないわ!」
「堕天使なのに神に誓う?中々面白いジョークだにゃ」
「……退ね、我の気が変わらぬうちに」
騎士の凄みを前に、悲鳴を上げながら大慌てで逃げていった堕天使ミッテルト。
だが、恐怖からか錯乱し自分が何処を飛んでいるのか、何処へ向かって飛んでいるのかそれすら解っていなかった。
しかし、悲しいかなせっかく騎士から見逃してもらって逃げ出せたと言うのに、彼女は自ら死地へと向かって飛んでいたのだ。
"紅髪の滅殺姫"リアス・グレモリーの居る方向へ、と自ら向かっていたのだから……
ドーナシーク……