髑髏の騎士は物言わぬ姿になったアーシアを見ている。堕天使の欲望の為に命を奪われた心清き娘の骸を。
本来ならば陽当たりの良い教会で穏やかに過ごすべき人間だった。
欲にまみれた人間とは違う純粋無垢な娘。
【真心】を持った娘だった。
自らの判断の甘さに長く感じた事の無い感情が込み上げる。
そう……この感情は【怒り】。
かつて、その感情ままに国と言う国を蹂躙し尽くした己の黒き怨念。
柄にもなく感傷に浸っていると、フラフラと一誠が立ち上がり朽ち果てた祭壇前まで歩いて行く。
そして跪づき威厳など欠片も無くなった十字架の像に向かって叫んだ。
いや……訴えたと言うべきか。
「なぁ!神様!見てたかっ!見てるんだろ!
天使だって悪魔だって居るんだ……居るはずだろ!」
一誠の問いに答える者は誰も居ない。
只々、一誠の声だけが夜の教会に木霊していた。
「只……友達が欲しかっただけなんだ……
頼みます!この子を連れて行かないでくれよ!頼む!」
「ちきしょう……何でだよ!俺が悪魔だからダメなんスかっ!
最初の友達が悪魔だからナシなんスか!?」
「俺に力があれば!誰にも負けねぇ力が!」
自分の神器を見て、地面に拳を叩きつける。
脆くなっていたとは言え、一誠の拳は容易く床を砕いた。
只の人間だった頃に比べれば確実に強くなっている。
だが、一誠には足りなかったのだ。
遅かったのだ、何もかもが。
何故ならば……アーシアを救えなかったのだから。
「フフッ……悪魔が教会で懺悔とか笑えるわね」
暗い地下へと向かう階段をレイナーレが上がってくる。
薄ら笑いを浮かべ跪づく一誠を嘲笑していた。
その姿を見たリアスの眷族達は即座に臨戦体勢をとった。
祐斗、小猫、黒歌は悪魔でも非常に高い戦闘力を持っている手練れだ。
いくら堕天使と相性の良い悪魔と言えど多勢に無勢である。
そして何より髑髏の騎士と言う規格外が居る。
圧倒的に不利なのはレイナーレなのだ。
だがその顔は余裕すら垣間見えるのは単なる強がりか。
それとは対照的に一誠の顔と心は憤怒の炎で燃えていた。
「素晴らしい力よ!ご覧なさい!
この顔についた傷を!」
傷口に手をかざすと淡い緑色の光が傷口を包み込む。
数秒しない内に顔に着いた刀傷は跡形もなく塞がった。
「本当に素敵よ!どんな傷も治ってしまう。
神の加護を失いし堕天使にとって…」
バァン!とレイナーレの足下が弾けた。
演説を邪魔され心底憎たらしそうに顔を向ける。
向けられた顔の先には殺る気満々の黒歌達が今にも飛び掛かろうとしていた。
「私達を前に御託を並べるにゃんて良い度胸にゃ」
「随分舐められたものだね、僕たちも」
「ぶっ潰します……」
凄まじい殺気がレイナーレへ向けられる。
並の者なら卒倒してしまう程の濃密な殺意。
一誠も拳を握りしめ全身に力を込め、構えていた。
目の前の敵を必ずブッ飛ばす……
只、その一心で。
だが、騎士は感じていた。この一帯の不穏な気の流れを。
今にも爆発しそうな魔力の流れは騎士の足下にあった。
そして唐突に【ドン】と何かが爆発する。
激しい音と極光の渦は一誠達を包み、物凄い威力で壁を突き破り外へと吹き飛ばされた。
どうやら強力なIED【即席爆弾】が足下で爆発した様だ。
さしもの騎士も直下の爆発に巻き込まれ、黒い布切れを残して跡形も無くなってた。
一誠達は無数の光の破片が身体に刺さり指先すら動かす事が出来ない。
立ち上がろうとするが、その身体に激痛が走る。
混乱する意識の中、一誠は自分の近くに飛ばされたアーシアを見つける。
幸いな事に目立った傷はついていない。
焼かれる様な痛みに耐えながらアーシアの所へと這って行った。
レイナーレ特製の大量の光の刃を仕込んだ指向性散弾。
自身の力は派手さは無いが悪魔に対しての殺傷力の高さは定評がある。
油断させ、獲物を狩り場に誘い込み、万全の体勢で仕掛ける。
直接的火力の低さ、数的優位性を補うゲリラ戦法。
正直この仕掛けを使う事態は想定していなかった。
だが直撃すれば上級悪魔でさえただでは済まないだろう。
現に、自分に楯突いた悪魔達は皆地に伏していた。
ボロ雑巾の様に。
「貴方達こそ私を舐め過ぎじゃない?
此処は私達の【城】よ!!」
黒い翼を大きく広げながら雄弁に語る。
圧倒的有利な立場故の余裕だろうか、その身振り手振りは女優顔負けの演技力だ。
光の刃に身体を焼かれ悶える悪魔を見て笑いが堪えられない様だ。
「ア……アーシア……大丈夫か……」
「参った……ね」
一誠はアーシアの遺体に被さりその身を盾にする。
これ以上、辱しめ、傷が付かない様にする為に。
祐斗は腕と足と腹部に大きな破片が突き刺さっていた。
中でも黒歌は咄嗟に小猫に覆い被さりより多くの破片をその身に受けている。
苦痛の表情から相当な深傷を負っていた。
小猫も腹部に大きな破片が刺さり動けそうに無い。
「アハハハ!上級悪魔だってイチコロの威力!
ほぉら!貴方のお友達の悪魔達もこの様よ!
だいたい、その子死んでるのよ?
後生大事に抱いてるけど……本当に面白いわ!」
光の毒はじわじわと身体を蝕む。
傷口に塩を塗り込まれて、更にはアルコールをぶっかけられる。
形容しがたい痛みが断続的に一誠達に襲いかかっていた。
痛みで意識が次第に消えていく最中……
【空間】が硝子が割れた様に弾け飛んだ。
「下らぬな」
「ファっ!?」
パラパラと何かの破片が全身に降り注ぎ、一誠の霞む視界の中に黒い塊があった。
その目の前には髑髏の騎士が何事も無かったかの様に立っていた。
その手に見慣れぬ【剣】を握りながら。
「些か手段を選ぶ間が無かったとは言え此れを使うとはな……」
騎士は手に持つ禍々しき剣を見ながらぼやいた。
とてつもない量の魔力が溢れ、刀身には無数の顔らしき物がある。
【神滅具】など玩具に見えてしまう蕀の魔剣。
茫然とするレイナーレの目にはそれが鎌に見えた。
己の魂を刈りに来た死神の鎌に。
一誠は痛む身体に鞭を打ち無理矢理立ち上がろうとするが……
グジュりと太股に刺さった破片から血が噴き出し激痛がはしる。
頭は痛むし、気持ちも悪い、おまけに力も入らねぇ。
力を入れようと踏ん張ると何処かがブチブチと切れる音が聞こえる。
これ限界だよ、俺限界だ。
自分が立ち上がれているかすら良く解らない。
何が俺を動かすのか?
俺は何がしたいのか?
「ド根性っ」
あらんかぎりの気合いと虚勢で痛みをねじ伏せる。
思い出せよ、一誠。
俺のやるべき事を。
あのクソ堕天使をブッ飛ばすまで寝ていられねぇよな。
なぁ……そうだろ?アーシア。
光の毒に蝕まれながらも、立ち上がる一誠を見て祐斗と小猫は驚いていた。
並の悪魔では身動きすら出来ない強力な毒だ。
悪魔としてのキャリアも力も浄化能力も全て上回っている。
そんな自分達ですら御しきれない毒を身に受けながら、立ち上がれている一誠は【異常】である。
「嘘よ!嘘よ!嘘よ!何で!?」
「さて【仇】を取らせて貰おうか小娘」
そう言うと禍々しい剣の切っ先をレイナーレと向けた。
一斉に刀身の目がレイナーレへと向けられる。
良く見ると伝承にあった【蕀の剣】と瓜二つではないか。
巨竜、果ては空間すらも切り裂くと言われた剣。
斬られた物は異界の彼方へと消えるとも書かれていた筈……
(絶体に無理!絶体に勝てる訳がないっ)
万事休す、絶体絶命、四面楚歌……
汗は吹き出し、心臓は駆け足で鼓動する。
前日は逃げおおせたが今回は出来そうにない。
『その娘を大事にすることだ』
騎士の警告が頭の中を響いている。
彼女の心は【恐怖】が支配していた。
レイナーレは自身の恐怖を払拭するように喚き散らす。
「何で!何で!何でよ!私は愛される資格を得たのよ!
アザゼル様やシェムハザ様にっ!」
騎士はやれやれと軽く頭を振る。
自分の思い通りにならないと癇癪を起こす。
幼子と同じ思考、これが力に溺れし者の典型的な例だ。
だが、下らぬ戯れ言を聞くつもりは毛頭ない。
アーシアの死に憤りも感じている。
もう……容赦も慈悲も無い。
(喚び水の剣を使うまでもない)
刀身を口に突っ込み、ベヘリットを体内へと戻す。
いぶし銀の使いなれた剣を構え堕天使に引導を渡すべく構える。
騎士が斬りかかろうとした瞬間、マント掴まれた。
「小僧、何のつもりだ」
「俺がやる、俺が……やらなきゃならねぇ!
髑髏のオッサンは引っ込んでてくれっ!」
「笑止、今の貴様に何が出来る?弱き者よ」
「うるせぇ……」
「十中八九、貴様は死ぬぞ」
「うるせぇ!!うるせぇ!!そんな事ぁ解ってんだ!
俺はな、アーシア殺したコイツだけは死んでも許せねぇ!
あいつはっ!俺のっ!カ タ キなんだよ!
あの面に一発ぶちかますまで死んでも死なねぇ!
だからオッサン!したり顔で説教は後でしてくれよっ!」
力強く拳を騎士へと向けて啖呵を切った一誠。
その剣幕と覇気の後ろのに紅き竜の姿が見えた。
そして【邪魔をするな】と言っている様だ。
魔力の量も一誠から想像出来ない程、籠手から出ている。
その事に本人が気が付いているか、いないかは別の問題だが。
騎士は黙って一誠の方を睨んでいた。
決意、怒り、悲しみ、様々な想いが瞳の奥で渦巻いている。
そして何より紅き竜の意志が炎の様に燃えていた。
「ならば死の運命、打ち砕いて見せよ。
我は我の義理を果たすまでだ」
「うぉらぁぁぁぁ!!」
『Dragon booster!!』
一誠の叫びに呼応し赤い籠手の宝玉が光る。
同時に籠手に【竜】の紋章が浮かび上がった。
身体が妙に軽い。そして何より力が湧いてくる。
溢れ出す力に身を委ねて一気にレイナーレへと駆け出した。
「来るな……来るなぁ!!」
レイナーレは半狂乱になりながら光の槍を乱発するが……
その大半は弾き返され、何発かは一誠の肩や腹に掠めるが速度は弱まらない。
片や騎士はその場から動かず此方を不気味に睨んでいる。
兎に角、この下級悪魔を先に仕留めなくてはと、特大級の槍を放った。
「最高に力込めたわ!食らいなさいな!」
レイナーレは極太の槍を一誠に向かい放った。
黄色いレーザーの様な槍が眼前へと迫ってくる。
ほんの数秒にも満たない間だが一誠には周りがスローモーションに見えていた。
(本当ならこの時に走馬灯とか見るのかな?
いや……死ぬ前にやらなきゃならないよな。
こう言う時って神様にお願いするんだっけ?
いや、駄目だ。全然俺の言葉聞いてくれなかったし、
アーシアを助けてくれなかったし。
クソ食らえだ、神様なんて……だから、だから……
魔王様、どうかお願いします。
一発で良いんで……どうか一発殴らせて下さいっ!)
渾身の力を込めて真っ赤な籠手を思い切り振り抜いた。
拳は槍をモーゼの十戒の如く真っ二つに割り、レイナーレと肉薄する。
「い、いや」
「ぶっ飛べ、クソ天使っ」
『Large explosion !!』
ブーストされた力により加速した突進力と籠手の宝玉に溜められた魔力が一気に開放された。
左手の籠手はレイナーレの形の整った顔面に直撃、頬に深くめり込む。
鈍い音を置き去りし、きりもみに回転しながらレイナーレは文字どおり【ぶっ飛んた】。
「ざまーみろ」
手に残る余韻に浸りながら一誠はぼやいたのであった。
な、難産でした……
次回は事後処理&焼き鳥編へ突入予定……?
Large explosion 大爆発させてみました。