「騎士殿?一体どちらへ?」
サーゼクスは貴賓席から離れる騎士へ問う。
もう暫くすればリアスの初陣であるレーティング・ゲームが始まる。
魔王の妹であり、グレモリー家次期当主とフェニックス家のホープとの戦いだ。
話題性は否応なしに高く、当然の如く観戦者も多い。
給士や貴族が入り交じり、観戦会場はごった返している。
出入りする人混みに紛れ、騎士は部屋から出ていこうとしていた。
「……いけ好かぬな」
「まぁ少し大袈裟になってしまいましたねぇ」
「至極、下らん。
こやつ等は余興程度にしか考えておらぬだろう」
元々はライザーがアーシアを侮辱し害しようとした事が発端だ。
リアスは彼女の名誉を守る為にライザーに対し売った【決闘】。
友の為に戦う……
リアス達には其なりに崇高な思いがあるだろう。
しかし、そんな事など知るよしも無い外野にとっては只の娯楽でしかない。
(この一戦で純血同士の婚約もあり得るのではないか?
暫定的、全戦全勝のフェニックスに敵う訳がない。
教会から逃げた人間如きが格式あるゲームを汚している……)
聞くに絶えない罵詈雑言がそこかしこから聞こえてくる。
平和呆けした下らぬ戯れ言だが、悪魔も一枚岩では無い事が伺えた。
戯れ言とはいえ耳に入れば苛つくものは苛つく。
サーゼクスも魔王とは言え、まだまだ若い。
お歴々の重鎮の顔も立てなくてはならない。
そして魔王であるが故に中立的でなくてはならないのだ。
可愛い妹だからと言って目に見えた【ひいき】は出来ない。
自身の影響力の強さを把握しているからこそ、自重せねばならない。
これ以上悪魔の結束を崩す訳にはいかないのだ。
「腸が煮えくり返るお気持ちは僕も同じです。
ですが……どうか穏便にお願いします」
作り笑顔を崩さず騎士に小声で言うサーゼクス。
「この場で事を起こす気など無い。
だが……」
おもむろに騎士は剣を抜くと身体の前で刀身を回転させる。
照明の光を反射し鈍く輝る刀身は真っ直ぐ床へと向いている。
そして騎士はそのまま剣を勢い良く突き刺した。
刃は冥界の鉱石で出来た頑丈な床に難なく突き刺さり……
カーーーンと甲高い音が部屋中に響き渡った。
そして一言だけ、騎士は言った。
「黙れ」
今までの活気が嘘だったかの様な静寂。
悪魔達は皆、恐る恐る声のした方を向く。
そして、見たとたんに彼等の背筋が凍りついた。
剣の切っ先は床に深々と刺さり、柄に両手を添えた騎士が仁王立ちをしているではないか。
怒っている。
確実にこの髑髏は怒っている。
皆、引きつった笑顔で騎士に会釈をするしか出来なかった。
そして自分はさも清廉潔白ですよと言わんばかりな態度で席へと戻っていった。
サーゼクスも苦労しているのだろうと思う騎士。
王にとっての最大の驚異は、精強な敵国でも軍隊でも無い。
無能な部下と平和に胡座をかいた愚民である。
仮初めの安寧が常に与えられると勘違いをする愚者。
戦火から離れると愚かな楽観が現実へとって変わる。
都合の良い理想だけを言い、真実を見ようともしない。
国を腐らし、滅ぼす唾棄すべき要素である。
戦から時が経ち過ぎるとこう言った愚か者が増えるのは世の常か。
紅い眼で愚か者の集団を流して見た騎士はそう思ったのであった。
「騎士殿の殺気は何度感じても慣れませんねぇ……
グレイフィアのも強烈ですが……
騎士殿のは全然生きた心地がしませんよ!」
「……」
サーゼクスの意味深な言い回しに反応する事なく、正面に写し出された映像を見ていた。
見覚えのある建物はリアス・グレモリーの居城【学校】であった。
サーゼクスによればあれは精巧に造られた偽物であり、壊れても問題無いようだ。
極めつけは戦闘不能になる重傷を負うと自動的に転送、治療されるから死ぬ事も無い。
随分と贅沢な戦な事だと、呆れながらも感心した。
「リーアの眷族達は皆優秀な悪魔ですが……
やはり、多勢に無勢と言わざるをえないですね」
「此度の戦、リアス・グレモリーが自ら臨んだのだ。
不利な事など百も承知であろう」
「ハハ……魔王の身内贔屓は御法度。
しかし、やはり心配なんですよ。
魔王としてではなく一人の兄として……」
「だが、出来る事などあるまい」
「ええ、歯痒い事この上ないです」
その後騎士とサーゼクスの二人が何かを発する事は無かった。
魔王の椅子に腰掛けたサーゼクス。
その隣に剣を床に突き刺し仁王立ちの騎士。
二人の王は写し出されたモニターを只々見ていた。
「いよいよ……始まるわ」
旧校舎オカルト研究部部室でリアスは神妙な顔つきで言った。
少ない時間で出来る限りの事はやった。
今更何を心配するのかと思うが……
武者震いと言うのか、場の空気に飲まれているのか。
開戦直前の異様な雰囲気に皆、当てられていた。
実戦経験のあるリアス達がこの状態だ。
ならば人間であるアーシアの不安感は察するに余りある。
彼女の人生は確かに波乱万丈ではあるが……
基本的に争った経験など皆無である。
貴重な神器を持って産まれ……
早々に【聖女】として祭り上げられた。
良くいえば保護、悪く言えば隔離。
そんな閉鎖的な環境で生活していたのだから無理も無い。
まして今まで友達すらも居なかったのだ。
死なぬとは言え、死ぬ程痛い思いはするだろう。
不安にならない方がどうかしている。
小刻みに震える手を組み目を瞑った。
いつもならば、神へと祈りを捧げて荒れた心を鎮める。
しかし、アーシアの頭に浮かんだのは聖書の文字では無かった。
自分を救ってくれた……守ってくれた恩人の言葉だった。
『己の魂に問い続けよ。
己の成すべき事は何か』
「私の……成すべき事」
唐突に呟いたアーシアの方を皆向く。
アーシアは静かに、だが強く続けて言った。
「私の今、成すべき事は……
皆さんの傷を癒して……皆さんの力になりたい!」
「アーシア……?
急にどうしたんだ?」
呆気にとられた一誠は戸惑いながらアーシアに尋ねた。
しかし、馬鹿と変態に定評がある一誠ですら解った。
ほんの少し前のアーシアとは別人なのではないかと思う程……
まるで雰囲気が違っていた事に。
「私、オジさまに言われました。
『己の魂に問い続けよ。
己の成すべき事は何か』って」
「お、己の成すべき事……」
「最初は良く解りませんでした。
でも、今なら少しだけ解った気がします。
私は……私なりの戦いをします。
それが私の魂が出した答えです」
リアスはアーシアの様子を見て納得した。
あの髑髏の騎士が剣の誓いをした理由が。
【目は口ほどに物を言う】
只の人間の娘にこれ程の強い決意が宿せるものか。
今までの震えていた自分が情けなく思えてきた。
私は、なんだ?
私は、何者なんだ?
私は……
「私は……リアス・グレモリー。
グレモリー家次期当主であり王。
私の成すべき事は……この戦に勝つこと。
友達を侮辱した馬鹿者を消し飛ばす事よ!」
「私は栄えあるリアス・グレモリーの眷族。
そして女王であり、【雷の巫女】姫島朱乃。
私の成すべき事は邪魔する者に雷の鉄槌を下しますわ」
「リアス・グレモリー眷族【騎士】木場裕斗。
僕の成すべき事は主の道を切り開く事」
「リアス・グレモリー眷族【戦車】塔城小猫。
私の成すべき事は……向かってくる奴をぶっ飛ばします」
「俺の成すべき事は……皆を守る事!
そんで部長に勝利を捧げて……んで、えーと……
敵をぶっ飛ばします!」
最後の〆なのに後輩のコメントをパクった一誠。
暫しの静寂のあと、皆は笑っていた。
嫌な雰囲気は消え去り、何時もの部室の様な明るさだ。
しかし、小猫はジト目で一誠の方を見ていた。
一誠はひたすら目を合わせない様にチラ見をしながら時が解決してくれる事を祈っていた。
当然ながら悪魔なので【祈る】と激しい頭痛に襲われる。
微妙な天罰を食らう一誠だが自業自得としか言い様がない。
「アーシアありがとう。
おかげで吹っ切れたわ」
「そんな、私ったら偉そうな事を……」
「いいえ、アーシア。
貴女の言葉に私達は救われたわ。
フフッ、悪魔なのに救われたって可笑しいわね」
「全部オジさまのおかげです。
私は何もしていません」
「騎士殿には感謝しないといけないわね。
あの御方の言葉には力があるわ。
魂を奮い起たせる何かが」
皆は黙って頷いた。
そして……騎士から言われた言葉を胸に決意を固める。
挑む者の矜持を表したあの言葉を……
『もがき、挑み、足掻く!
其れこそが【死】に相対する者の唯一の剣!
ゆめゆめ、忘れぬ事だ』
「さぁ……皆。
あの焼き鳥野郎を消し飛ばすわよ!」
開戦の火蓋は切って落とされた。
リアス・グレモリーと眷族達はそれぞれの戦場へと向かう。
己の成すべき事を完遂する為に……
だいぶ投稿なが遅れてすみません。
8月からは頑張って連投したいです。