あれからと言うもの、髑髏の騎士は当てなき旅をしていた。
そして、世界を影ながら歩き周り解った事と言えば“ゴッドハンド“は存在していないと言う事。
だが、“べへリット“の手掛かりは掴むと言う収穫もあった。
これだけでもかなりの収穫だ、少なくとも喚水の剣の問題は解決したと言える。
それにもう一つ、この世界は異形で溢れている。
異形共は皆総じて巧妙に姿形を変え、人間社会に溶け込み、蔓延る。
何故なら、奴らからすれば人間など餌にしか過ぎない家畜の様な物だから。
特に目にする異形は主に二つ。
悪魔、天使と呼ばれる翼人の異形共だ。
悪魔、人間と見た目は変わりはない。
特徴は背中から生える蝙蝠の様な黒き翼、その身に宿す魔力の量、変身を解いた姿は正に異形である。
その大半は使徒共と同じく人間を見下し、中には貪り喰らう外道も居る。
特に【はぐれ】と言われる悪魔は、使徒とさほど変わりはない。
血に飢えた獣の如く、無差別に害悪を撒き散らすだけの只の化け物。
使徒と同じく滅ぼす対象に他ならない。
天使、“神“とやらに仕えし者達の事を言う。
異界の神の力など知るよしもないが、曰く神の祝福によって得た浄化の力で魔を祓い、滅しているらしい。
特に悪魔と天使は常に敵対しており、下らぬ争いは絶えない。
同じ魔を宿した人外同士が、己の主義主張、正義を振りかざし争う様は滑稽としか言い様がない。
他にも堕天使と言った輩が居た様だが、天使とさほど変わりはないと言った所か。
「……ままならぬ」
八方塞がりの状況に愚痴をこぼしす騎士。
異界から戻れず、怨敵の手がかりも無い、切り札も現状使用不能。
有るのは決して名刀ではなく、まして魔剣でもない。
だが、古くから愛用している剣と盾、そしてこの骸の愛馬。
これだけあるだけでも僥倖と思うべきだろうか。
思考の海に意識を沈ませ人気の無い暗い森を一人進む。
剣心一体の騎士の実力ならば、【喚び水の剣】が無くともこの世界で敵などほぼ存在しないだろう。
だが、行く当ても、目的も、討つべき敵もない。
何故、我は此処に存在しているのだろうか。
無限に続く螺旋の上を進む愚者の如く、歩みを進めていると不意に骸の馬がその脚を止めた。
「血の匂いか」
暗い森に濃い血の匂いと闘争の気配を察知する。
どうやら近くで何者かが争っているいるようだ。
複数の気配と血痕を見て騎士はそう判断した。
地面の血痕が森の奥へと続いており、そう遠くない所から爆音と怒号が聞こえて来る。
無駄な争いには干渉しない、まして人外同士の殺し合いならば尚更。
実際ドラゴンとの戦闘以降、その姿すらを見せてはいない。
情報収集に重きを置き、外界との接触を極力しなかったからだ。
ごく稀に、目に余る悪行をしていた【はぐれ】を何度か討伐していたが、騎士の姿を見て生き残った【はぐれ】は言うまでもないが存在しない。
「……気になるのか」
珍しく骸の馬が自己主張をしたのだ、“この先に行きたい“と。
数多の死線を共に駆けた相棒の頼みを断る理由など無く、騎士は血の後を追って森の奥へと歩を進めるのであった。
「この“はぐれ“め、随分と好き勝手やりやがって!」
「手傷を負っているが油断するな!」
「死んだ仲間の分まで存分に嬲ってやるからなぁ!」
森の深部に近付くにつれ、爆音と下衆な怒号がよりはっきりと聞こえてくる。
何より木々はなぎ倒され、血痕の量と複数の悪魔の骸が地面に捨て置かれているのを見るに修羅場まではそう遠くはない。
程なくして、視認出来そうな距離まで来た筈なのだが、争う者共のレベルが総じて低いのか誰一人として騎士の気配に気が付く者は居なかった。
(娘一人、捨て置く訳にも行かぬ……か)
娘の助力を決めると騎士は剣と盾を構え、骸の馬の手綱な引いた。
漆黒の塊が一跳びで、満身創痍の娘の後ろに降り立つと、一番魔力の高そうな男に剣を向け底冷えする様な低い声で一言、警告した。
「退け!!」
凄まじい剣気と覇気が剣の切っ先から男に向けられる。
闘えば必ず死ぬ、自分の生殺与奪は全て目の前の漆黒の騎士が握っていると男達は悟った。
上級悪魔さえも目視も感知も出来なかった。
ただならぬ気配がいきなり現れ、桁外れの殺気に冷や汗が吹き出た。
ほんの数秒前まで勝利はほぼ確定し、目の前の女を己の欲望の捌け口にしようと興奮すらしていた筈の男達。
だが、今はどうか。
その体は恐怖で震え、奥歯をガチガチと音を鳴らしている。
「な、何だ貴様」
リーダー各の男が何かを言おうと瞬間、ビュンと何かが頬を掠めた。
そして遅れてやってきた熱さと痛み、そこで初めて男は頬を斬られたと認識した。
「二度は言わぬ」
深紅の眼は不気味に男達を睨む。
物を言わせぬ凄みは、三人を蛇に睨まれた蛙の如く硬直させた。
更に殺気を高め、剣に力を込めると三人は声にならない悲鳴をあげて逃げて行った。
剣を鞘に戻し娘の方へ目を向けると其処には先ほどの娘の姿は無く、傷だらけの黒い猫が倒れているだけだった。
「面妖な娘だ」
傷だらけの黒い猫を抱え愛馬に跨ると腰の袋の中から【妖精の鱗粉】を取り出し傷口に塗る。
すれと、みるみる内に傷口は塞がり始めた。
この【妖精の鱗粉】はエルフの羽の鱗粉で非常に希少価値があり特に極上の傷薬である。
余程疲労していたのか黒い猫は寝息を立て眠っている。
無骨な籠手で頭を軽く撫でると気持ちよさげに喉をならしている。
一応、嫌ではないようだ。
暫く進むと横穴の洞窟が見え、この猫の休息を取るには丁度良いと騎士は馬を降りると中へと入っていった。
中に入って見ると、それ程奥まった洞窟ではないが雨風が凌げ休むには丁度良い大きさの洞窟だった。
適当に木を集めて火を起こし、粗末な布を纏めた上に猫を置き暖を取らせ、自身は煌々と燃える焚き火を眺める。
暫くすると猫が眼を覚まし、同時に大きな欠伸をした。
「目覚めたか」
「!!!!」
「詳細は聞かぬ、今は動かぬ事だ」
暗闇の髑髏顔の威圧感は半端ない。
助けた筈の黒い猫が毛を逆立て、牙をむき出しにして威嚇するのは当然の反応だろう。
だが、騎士は気にした様子もなく深紅の眼を猫に向けていたが直ぐに興味無さげに焚き火に戻した。
黒猫は気まずさからか、恐怖からかは定かではないがシュンと押し黙ってしまった。
「安心しろ、害するつもりはない」
安堵からか意識が遠のき、黒猫は完全に気を失ってしまった。
やれやれ、と騎士は再び黒猫を抱くと布の敷いた所へと運ぶ。
何の因果か縁かは定かではないが、まさかこのような状況になるとは想像出来ただろうか。
古き友である“魔女“がこれを見ていたら、何と言うだろうか。
恐らくは……否、間違いなく笑うであろう。
「……不思議なものだな」
パチパチとゆっくりと燃える焚き火と黒猫を見ながら騎士は黄昏る。
己が忘れかけた、“何か“を思い出しながら……
暫くして、急に黒猫が光ると一人の美女へと姿を変えた。
それを見て騎士はふと思った。
この娘、獣が本来の姿なのか、それとも人間の方が正しい姿なのか。
多少の疑問を抱いた騎士だが、直ぐに考えるのを止めた。
恐らくは己の常識など、この異界に置いてあまり当てにならないと感じたからだ。
「こ、此処は……」
黒猫もとい、和服の美女が目を覚ます。
健全かつ、健康な性欲を持つ男子高校生がこの場にいたら、間違いなく鼻血による出血死をしたであろう。
そんな、美女が目の前に居ても髑髏の騎士は全く動じる事はない。
何故なら、彼は髑髏の騎士だから。
「まだ動かぬ事だ、傷が開くぞ」
まだ状況が飲み込めてないらしく困惑した様子で美女は騎士を見ている。
そう言うと騎士は腰から皮の袋を外すと、袋を美女に向かって投げ渡した。
「それを使え、娘」
渡された頑丈な皮袋の口には、“輝る粉の様な物“が大量に付着している。
恐る恐る、美女は輝る粉が着いた手を傷口に当ててみた。
すると、酷い火傷の痛みがみるみる引いてゆくではないか。
この粉は相当な秘薬であると、比較的お馬鹿な部類に入る自分でも解った。
「痛みが引いてゆく……」
「それは“妖精の鱗粉“、極上の傷薬だ」
「ど、どうして私に……?」
「さてな、自分でも解らぬ」
そう言うと騎士は、おもむろに剣抜きを砥石を出して刃を研ぎ始めた。
砥石と金属が擦れる音だけが静かな穴の中に響き渡る。
黒猫は見た事のない傷薬の効果に驚くと同時に、現在置かれた自分の状況がいまいち理解出来ないでいた。
「どうして、“はぐれ“の私を助けたの、にゃ?」
分かる事と言えば、自分はこの髑髏顔のアンデッド騎士に命を救われたと言う事だけ。
だからだろうか、自然とこの疑問を騎士に問うていた。
そして騎士は黒猫の方を見る事なく、言葉少なくこう問いに答えた。
「“はぐれ“か“そうでないか“は我が決める、それに……」
騎士は研ぎ終わった剣を鞘に戻しながら更に続けた。
「襲われる娘を捨て置く程、薄情ではない」
それを聞いた黒猫は先程まで騎士に対して感じていた恐怖心は全て消し飛んだ。
「そうかにゃ、ありがとうだにゃ」
黒猫は人間の姿の黒猫は10人いれば10人がナイスバディと言うであろう美体である。
別に期待をしていた訳ではないがせめて「美人を助けるのに理由はない」位言ってくれれば尚更嬉しい事この上なかった。
だが、眼の前の髑髏は着崩した和服から見える谷間や美脚が見えても何の反応もしない。
そもそも、こんな不気味髑髏を誘惑する気など毛頭無いのだが……
黒猫は目の前の髑髏をみて、ふと思いだす。
古くから伝わる御伽噺に出てくる【髑髏の騎士】の話を。
幼い時に良く聞かされた、悪さをすると【髑髏の騎士】が来るぞ、良い子にしないと異界に拐われるぞ……と言われた記憶を。
(その者、比類なき強さで暴龍を打ち倒し、悪しき者を異界の闇の彼方へ葬り去る神出鬼没の漆黒の騎士。
悪事を働く者よ心せよ、深き闇の淵から深紅の眼で騎士は見ている)
「ま、まさか本物の【髑髏の騎士】なのかにゃ~、にゃんて……」
「……そう思うのは貴様の勝手だ」
「ほ、本当に居たのかにゃ!驚きだにゃ!」
「何を騒いでいるか解らぬが、大人しくしていろと言ったはずだ娘」
「そうだったにゃ、でも凄い事にゃ!」
興奮冷めやらぬ感じだが、黒猫は大人しく寝る事にした。
未だ身体は全快とは言い難く、傷口も多少ながら痛む。
不本意だが仕方ないと割りきって、速攻で眠りについた。
流石は猫と言った所である。
「面妖、也」
騎士は立ち上がると横穴の入り口の方へと歩いて行く。
入り口に近付くと明るい月の光が穴の中に差し込んでいる。
髑髏の騎士まだは知らない。
此処は異界の中の一つである【人間界】と言われる場所であり、新たな出会いと戦いが待ち受けている事を……
黒歌のナイスバディが好きです、黒繋がりで良いですね