体育館中の観衆のテンションを、必要以上に、かつ全力でぶち上げる海賊映画のテーマ曲は、依然として壮大に鳴り響いていた。
そのうち、どこかの誰かが叫んだ。
「ヨーホー!」
……もう好きにしろ。
この調子なら、体育館の熱気は壁を突き破り、そのまま遥かカリブ海まで届くんじゃないかという気さえしてくる。
一方の俺はといえば、大蛸だか何だか知らん海の怪物に足を掴まれ、そのまま深海へ引きずり込まれる海賊さながら、ただ呆然としていた。
こんな学校行事があるか。世界はここだけワールドカップの決勝なのか?
「準々決勝でこれですからね」
隣から、妙に楽しそうな声がした。古泉である。
「ファイナルは一体どうなってしまうのでしょう」
知るか。
「オープニングセレモニーに選手入場。それから、ハーフタイムショーなどもあるのでしょうか。いやはや、もしそうなれば、ぜひとも当事者としてピッチの上から見てみたいものです」
ふん。そんなものがあってたまるかよ。
というか、何だよファイナルって。決勝戦でいいだろうが。わざわざ横文字にするな。
しかも、当事者として見てみたいということは、当然そこまで勝ち上がる気でいるということじゃないか。
……お前の豹変ぶりについては、もう何も言わん。
「さすがに国歌斉唱まではないでしょうけどね」
「だから、どうだっていいんだよ」
俺が半ば本気でそう言ったところで、ようやくBGMの音量が下がり始めた。
いつまでも海賊気分に浸っていられても困るので、その点だけは助かる。
ステージの中央に立つ実況役の生徒が、マイクを力強く握る。
『まずは、生徒会のスターティングメンバー5人を発表しましょう!!』
……。
やけに大人びた声だ。
青臭さというか、若々しさのようなものが、まるで感じられない。というより、妙に場慣れしている。
声だけ聞かされたら、本職のアナウンサーだと言われても、俺はたぶん疑わないだろう。
そもそも、お前は本当に高校生なのか?
「何言ってんのよ。あんただって十分に年寄り臭いわよ」
間髪入れず、ハルヒが俺に言った。
誰のせいでこんな心境になっていると思ってやがる。俺から言わせてもらえば、お前こそが海賊だ。ルールも常識もあったものじゃない。欲しいものを見つけたら略奪し、邪魔なものがあれば蹴散らし、面白そうな方向へ勝手に船を進める。
アウトロー、または、ならず者という言葉がこれほど似合う人間も珍しい。
すると、シャアアアアッという音が、体育館のあちこちから一斉に聞こえてきた。
「……何だ?」
俺は思わず周囲を見回した。体育館中のカーテンが閉まり始めている。誰がやっているんだ、これ。
試合に出ない生徒会の連中か。それとも、こういう意味不明な演出のためだけに集められた有志の暇人たちか。どちらにしても、ろくな人間ではないだろう。
やがて最後のカーテンが閉じられた。その瞬間、体育館の照明が一斉に落ちた。
「なんだ、なんだ?」
谷口がそう言いながら立ち上がる。国木田は手にしていたメモ帳を閉じた。長門も、いつの間にか読んでいた文庫本を閉じている。
俺たちが何が始まるのかと周囲を見回している一方で、朝比奈さんと鶴屋さんだけは妙に落ち着いていた。
「みくるぅぅぅ‼︎そっちの氷もう一個使うっさー!」
「は、はいぃ!」
せっせとスポーツドリンクやらアイシング用の氷やらを準備している。
あなたたちは何を知っているんですか。
……いや、別に聞かない。今日一日、知らない方が幸せなこともあると学んだばかりだからな。
ステージの上から、巨大なスクリーンがゆっくりと降りてくる。
そして、さっきまで体育館中を支配していた海賊映画のテーマ曲が止まった。
次の瞬間。
ドン。ドン。パン!
……。
俺は顔を上げた。
ドン。ドン。パン!
まさか。いや、まさかも何もない。観客席からも、同じリズムが聞こえてくる。足を踏み鳴らす音。そして手拍子。
ドン。ドン。パン!
体育館全体が、そのリズムに支配されていく。これはもう間違いない。Queenの名曲『We Will Rock You』である。
……なぜだ。
どうして学校のフットサル大会の準々決勝で、こんなものが流れる。
俺が疑問を抱いている間にも、スクリーンが完全に降り切った。
そして実況の声が響く。
『まずはゴレイロォォォ!!』
いきなり音量を上げるな。
『爽やかな守護神にして、生徒会のニュートラル! 青木ぃぃぃぃぃぃ!!』
何だ、その紹介。スクリーンに一人の男子生徒が映し出された。
……青木。
名前すら知らない。というか、見たところ本当にこれといった特徴がない。
そんな生徒が、なぜか画面の中央で妙なポーズを決めていた。
「……」
俺はスクリーンを見た。次に、ベンチにいる自分たちを見る。
……まさか。これ、俺たちもやるのか?嫌な予感がする。非常に嫌な予感がする。
『続きましてフィールドプレイヤー!!』
実況は、俺の不安など一切知ったことではないらしい。
『古風な渋さに定評あり! 必殺仕事人、門戸ぉぉぉぉぉぉ!!』
「モォォォンドォォォォ!!」
ドン‼︎と誰かが大きく太鼓を叩いた。
「モォォォンドぉぉぉぉぉ!!」
ドン‼︎さらにもうひとつ。
生徒会側のベンチ付近から、異様な歓声と拍手が上がった。
門戸と呼ばれた男子生徒が立ち上がる。見た目だけなら、どこにでもいそうな高校生だ。その男が観客席に向かって、妙に落ち着き払って手を振った。
……お前。高校生だよな?
俺の知っている高校生は、試合前に「必殺仕事人」などという異名で呼ばれて、あんな余裕たっぷりに手を振ったりはしない。少なくとも、してほしくない。
『その存在は名脇役として決して色褪せない!! 常盤ぁぁぁぁぁ!!』
待て。待て待て待て。何だ、「名脇役」って。本人はそれでいいのか。
……いや、画面の向こうでは常盤らしき男子生徒が、妙に満足そうな顔をしている。
いいらしい。世の中には色々な人間がいる。今日ほどそれを実感した日はない。
『そして!!』
実況の声がさらに大きくなった。
『今大会初出場! そして初スタメン!!生徒会が誇る紅一点! その微笑みの裏に秘めたるは神算鬼謀か、それともただの天然か!?』
一拍。
『喜緑江美里ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!』
体育館が揺れた。そう表現しても大げさではない。
いや、本当に揺れたのかもしれない。俺の耳がおかしくなっていなければ、四方八方から歓声が飛んできている。
……にしても、最後の二択はずいぶん失礼じゃないか?どちらにしても、俺には判断材料がない。
「おお……」
谷口が感心したような声を漏らした。
「結構人気あるんだな、あの人」
結構どころではない。さっきまで「ヨーホー!」などと叫んでいた連中まで、今度は一斉に喜緑さんの名前を叫んでいる。
スクリーンに映った喜緑さんは、いつものように穏やかに微笑んでいた。
……いや。あの人、本当にこの状況を普通だと思っているのか?
まあいい。これで4人。残る1人は――。
俺は、生徒会側のベンチへ視線を向けた。そこにいる男を見る。当然だ。
この流れで、最後に出てくる人間なんて1人しかいない。
やがて歓声が、少しずつ収まっていった。いや、正確には違う。静かになったわけじゃない。みんな、次に何が起こるのか知っているんだ。だから待っている。
ドン。ドン。パン!
ドン。ドン。パン!
『We Will Rock You』のリズムだけが、巨大な体育館に残る。
実況の生徒が、一度だけ息を吸った。そして今までより、少し低い声で言った。
『そして――』
観客席がざわめく。
『キャプテン』
一瞬。ほんの一瞬だけ、体育館が静かになった。そして次の瞬間。
「会長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
観客の方が先に叫んだ。それまでの歓声を一気に塗り潰すような大歓声。喜緑さんのときとは、また違う。もっと直接的で、もっと熱い。
生徒会長という男が、この学校でどういう存在なのか嫌でも分かる声だった。
「フン」
隣で、ハルヒが鼻を鳴らした。見るまでもない。
腕を組み、生徒会側のベンチを睨んでいる。
敵意。隠す気など、最初からないらしい。
まったく、ようやく相手チームのスタメンが発表されるだけだというのに、なぜこいつはもう決戦前夜のライバルみたいな顔をしているんだ。
……いや。訂正しよう。この女にとってはどうやら本当に、ここからが決戦らしい。
スタメン発表が終わると、生徒会の連中は一斉にパイプ椅子から立ち上がった。
それぞれ軽く身体をほぐしたり、足を伸ばしたりしている。
どうやら、今度こそ本当に試合が始まるらしい。
いや、さっきから何度もそう思っているのだが、そのたびに何か余計なイベントが始まっている気もする。ここまで来ると、試合開始というものが本当に存在するのかどうかすら怪しくなってきた。
「よーし。みんな、そろそろアイシングを外すっさー!」
鶴屋さんの号令で、俺たちは首に巻いていたアイシングを外した。
俺と谷口は、それに加えて両膝に固定していたものも取り外す。
正直なところ、不安しかない。
頼むから、あと一試合だけ持ってくれ。終わったらしばらく、お前たちにはまともに働かせないと約束する。もっとも、その約束をする相手が自分の膝だという時点で、すでに色々とおかしいのだが。
谷口は明らかに落ち着きがない。国木田も、いつもより少し顔が強張っている。緊張しているのだろうか。まあ、それはいい。
問題は――。
「……古泉」
「何でしょう」
「その顔、やめろ」
「顔、ですか?」
「怖いんだよ。誰だ、お前」
古泉は一瞬だけ目を丸くしたあと、何事もなかったかのように口元を緩めた。
「おや。そうでしたかね」
そして、今度はいつものような、見慣れた笑顔を浮かべる。
「どうやら熱戦を目前にして、少々気持ちが昂ぶっていたようです」
……そっちの方がまだいい。
早く、あの何を考えているのか分からない胡散臭い笑顔に戻ってくれ。少なくとも俺にとっては、そっちの方が安心できる。
「喧嘩上等!! 火の玉ストレート、真っ向勝負よ!!」
ハルヒ。お前は少し落ち着きなさい。
あと、フットサルで何と何を真っ向勝負させるつもりなんだ。
すると、それまで体育館中に響いていたQueenの『We Will Rock You』が、ゆっくりとフェードアウトしていった。
ドン。ドン。パン。
あれほど耳に残っていたリズムが、少しずつ遠ざかっていく。
その瞬間、俺の中で嫌な予感がした。今日という一日を振り返れば分かる。嫌な予感がしたとき、それが外れたことは一度もない。
そして今回も、その法則は見事に的中した。代わりに流れ始めたのは、妙にしんみりとしたバラードのイントロだった。
“♪心すれ違う 悲しい生き様に ため息漏らしていた……”
……何だ、この歌。というより、誰の選曲だ。
まさかスタメン発表に合わせて、俺たちの人生を総括するような歌を流すつもりじゃないだろうな。
『さぁ、対する文芸部、スターティングメンバー発表……』
実況が、そこでわざとらしく言葉を切った。何で勿体ぶる。早く進めろ。
『――失礼。訂正させていただきます』
訂正?何をだ。嫌な予感が、さらに嫌な方向へ成長していく。
『今大会最大のダークホース! そして、最大級の注目を集める、まさに台風の目!!』
実況の声が、どんどん大きくなっていく。
『SOS団、スターティングメンバー発表です!!!!』
次の瞬間。体育館が揺れた。いや、比喩ではない。本当に揺れた気がした。
天井が吹き飛び、そのまま成層圏まで到達するんじゃないかと思うほどの歓声が、四方八方から押し寄せてくる。
コートまで振動している。マグニチュードに換算すると、いったいどれくらいになるんだろうな。
……。
いや、問題はそこじゃない。SOS団って何だよ。俺たちは文芸部の名前でエントリーしたんじゃなかったのか。
最初の映像は、試合のものではなかった。
文芸部室だった。机の上に広げられたコート図。何冊ものノート。書き殴られたメモ。ストップウォッチ。そして、その中央で腕を組み、難しい顔をしている国木田。いったい何を撮っているんだ。
やけに哲学的な歌詞を持つバラードの前奏が、いつの間にか小さくなっていく。代わって聞こえてきたのは、軍事映画か何かを思わせるような重低音だった。
『まずはゴレイロ! 競技経験、ほぼゼロ!』
スクリーンの国木田が体育館でボールを蹴る。空振りした。その横で谷口が腹を抱えて笑っている。
『華麗なるドリブル――!』
今度は国木田がドリブルを始めた。ところがボールを少し前に蹴り出しすぎたらしく、慌てて追いかけている。
『……は、できない!』
そこまで言わなくてもいいだろ。
国木田がこちらを振り返った。
「キョン」
「何だ」
「今の映像、必要かな?」
「俺に聞くな」
スクリーンの中では、そんな俺たちの会話など知ったことかとばかりに映像が続いている。音楽が低くなった。
今度は国木田のメモ帳が大写しになる。細かい文字。矢印。フォーメーション。相手チームの特徴。
そこには、――相手の右サイドは戻りが遅い。――前半七分以降、中央が空く可能性。などと、素人の俺にはさっぱり理解できないことがびっしり書き込まれている。
『しかし――』
映像が切り替わった。
野球部戦。ゴール前から国木田が叫ぶ。
「谷口! 次は左だ!」
谷口が走る。相手を引きつける。空いた左サイドへパスが通る。歓声が上がる。
さらに別の試合の映像。
「ここからは古泉君が中央。キョンは一段下がって」
国木田の指示に従って、俺たちが動く。相手のパスコースが消える。ボールを奪う。カウンター。ゴール。
『経験はない!』
一拍。
『だが――考えることはできる!!』
国木田の顔がアップになる。いつものようにメモ帳を開いている。画面が暗転した。白い文字が浮かぶ。
NO EXPERIENCE.
さらに一拍。
JUST THINK.
『競技未経験の頭脳派! SOS団が誇る軍師――国木田ぁぁぁぁぁぁ!!』
スポットライトが国木田を照らした。だから誰がやってるんだ、これ。
国木田は少し照れくさそうに立ち上がり、観客からの拍手を受ける。
まあ、軍師かどうかはともかくとして。国木田がいなかったら、俺たちはとっくにどこかで負けていただろう。そこだけは否定できない。
「キョン」
「ん?」
「今、何か言った?」
「いや。何でもない」
本人に聞かせると、また何かをメモし始めそうだからな。
それにしても帰宅部だった男が、いつの間にこんな大げさな紹介を受けることになったんだろう。……いや、俺も人のことは言えないか。
『続きまして、フィールドプレイヤー!!』
音楽がさらに激しくなる。
『野球部との死闘を生き延びた! 一度火がつけば止まらない、不屈のファイター!』
スクリーンに映ったのは、谷口だった。
野球部戦の映像。吹き飛ばされる谷口。コートに倒れる。膝を押さえながら立ち上がる。そして、何かを決意したような顔で前を向く。
そこから突然、相手を抜き去る。観客席から歓声。
おい。そんな場面あったか?
いや、あったのかもしれないが、ここまで映画みたいな映像だった覚えはない。
そもそも、あの試合でお前がらしくもなく号泣して、鼻水まで垂らしていたことなら俺はよく覚えている。
映像が一瞬スローになる。汗だくの谷口。食いしばった歯。鋭い目。
そして――。なぜか、高校入学当時の谷口の写真が一瞬だけ挿入された。
「おい! 今の何だよ!?」
スポットライトを浴びながら谷口が立ち上がった。実況は当然のように無視する。
『恐怖を乗り越え、限界を超えた男! 谷口ぃぃぃぃぃ!!』
最後に映し出されたのは、野球部戦の後。全身ボロボロになった谷口が、俺たちに肩を貸されながら運ばれていく姿だった。
画面中央に白文字。
TANIGUCHE NEVER GIVES UP
「最後だけやたら格好よくするな!」
谷口が叫ぶ。
「あと何だよタニグチェって!?」
知らん。俺にも分からん。制作側にだって間違いはあるさ。
『続いて――』
俺がため息をつく間もなく、次の映像が始まった。
『笑顔の奥に何を隠す!? 冷静沈着、変幻自在のオールラウンダー!』
今度は妙にスタイリッシュだった。
パスカット。ヒールパス。相手を引きつけてのラストパス。ゴール前でのブロック。どれもこれも映画の予告編みたいなスローモーションになっている。
その合間に、古泉の顔が映った。いつもの笑顔。
……。
何だ、このアップ。俺にとって不快感が増してくるだけじゃないか。
『敵か! 味方か!』
一瞬、古泉の顔が画面いっぱいに映る。
『いや、もちろん味方だ! 古泉一樹ぃぃぃぃぃ!!』
……何だ、その一瞬の疑念は。
さらに映像が切り替わった。
野球部戦後。文芸部室で全身に湿布を貼られた古泉が映っている。それでもいつもの笑顔で「問題ありません」と言っている。
問題しかないだろ。
映像は再びピッチ上の古泉へ。全身湿布の男と、颯爽と走る男が交互に映し出される。
画面中央。
CALM. SMART. UNPREDICTABLE.
「なかなかよくできた映像ですね」
古泉が満足そうに立ち上がった。スポットライトが当たる。
「古泉くーん! かっこいいー!!」
「一樹くーん! 好きだぞー!!」
女子生徒から黄色い歓声が飛ぶ。
……。
そこは評価するところなのか?それに、何でお前だけ女子から声援が飛ぶんだ。
「羨ましいんですか?」
「えぇい、こっちを見るな。鬱陶しい」
次だ。頼むから次へ行ってくれ。とっとと終わってくれ、恥ずかしい。
『そして――』
音楽が変わった。またしても嫌な予感がした。
『常識!? 予定調和!? 知ったことか!!』
スクリーンに映ったのはハルヒだった。
『退屈を許さぬ、超高校級のトラブルメーカー!』
……。
ここだけ、選手紹介というより暴走記録だった。
「フットサル大会に出るわよ!」と突然宣言するハルヒ。頭を抱える俺。谷口と国木田を無理やり引っ張ってくるハルヒ。生徒会に喧嘩を売るハルヒ。「優勝するわよ!」と叫ぶハルヒ。何故か机を叩くハルヒ。
すごい。改めて見ると、本当に無茶苦茶だ。無茶苦茶すぎて、俺は思わず笑ってしまった。
そして突然、試合映像。ハルヒがドリブルで相手を抜く。さらに一人。
シュート。ゴール。観客席が沸く。
『彼女が動けば、何かが起きる!』
一拍。
『起こるのではない! 起こすのだ!!』
画面いっぱいにハルヒの顔。
『涼宮ぁハルヒぃぃぃぃぃ!!!!』
「イェーーーイ!!」
ハルヒが勢いよく立ち上がった。スポットライトがこれでもかというほど彼女を照らす。お前ら、どこまでハルヒのことを理解してるんだ。
画面が切り替わる。腕を組んで仁王立ちするハルヒ。その背後では、俺たちが全員疲れ切って座り込んでいる。
画面中央。
NO RULES. NO LIMITS. NO BOREDOM.
最後の一枚だけは、妙に正確だった。
そして、
残るは俺だけだ。
……嫌な予感がする。この台詞を言うのは今日、何度目であろうか。たった今さっき言ったばかりだ。だが、本当にそんな予感がするのだから仕方がない。
『最後はもちろん――』
最初の映像。
「キョン!」
ハルヒに呼ばれる俺。次。
「なあキョン!」
谷口に呼ばれる。次。
「少々よろしいですか」
古泉。次。
「あのぉ……」
朝比奈さん。そして最後。
「……」
長門。何も言わない。
しかし映像の中の俺は、何かを察したように長門のほうへ歩いていく。何で行くんだよ。行くなよ。どうせろくなことにならないんだから。
そこから映像のテンポが一気に速くなった。
荷物を運ぶ。ボールを拾う。飲み物を配る。ハルヒに指示される。谷口の愚痴を聞く。古泉の相談に乗る。朝比奈さんに礼を言われる。長門の隣に座る。国木田と作戦会議をする。
……。何だ、この編集。俺の扱いが酷すぎないか?
ところが突然、音楽が止まった。画面が暗転する。
そして、試合の映像。満身創痍の俺がボールを奪う。倒れる。それでも立つ。味方へパス。ゴール。――そこだけ妙に格好いい。
いや、格好いいというより、俺なのか、これ?
『誰かのために走り!』
画面に俺。
『誰かのために運び!』
別の俺。
『誰かのために戦う!』
そして最後。
一拍。
『SOS団の雑用係!!』
声が体育館を揺らす。
『キョォォォォォン!!』
スポットライトが俺に当たる。眩しくて目を開けてられなかった。
スクリーンに映っていたのは――。疲れ切った顔でハルヒを見ている俺だった。
その横からハルヒが現れる。満面の笑み。そして俺の肩を組む。 俺は露骨に嫌そうな顔をしている。……そりゃそうだろうよ。
画面中央に文字が浮かんだ。
THE MAN BEHIND TEAM S.O.S.
「最後だけちょっと格好よくして誤魔化すな!」
俺は叫びながら、よう焼き立ち上がった。
拍手。歓声。俺は周囲を見回した。
これ、生徒会側が作ったPVだよな?
何で俺たちの過去映像まで、ここまで完全に調べているんだ?
「……で、いつ誰がこれを撮ってたんだ?」
当然のことながら、その疑問を気にする者は誰もいなかった。
おかしいだろ。本当に、おかしいだろ。
俺の紹介が終わる。拍手と歓声は続いていた。……やけに長い。もういいだろ。俺はスポットライトから逃げるように座り直した。
これで終わりだ。国木田。谷口。古泉。ハルヒ。そして、俺。スタメン5人の紹介は終わった。ようやく試合が始まる。ようやくだ。
そう思った瞬間だった。スクリーンが暗転した。体育館の照明まで、わずかに落ちる。
「……?」
さっきまで鳴り響いていた音楽が止まった。
いや、完全に止まったわけではない。どこか遠くから聞こえるような、静かな音だけが残っている。
実況席も沈黙していた。
何だ。まだ、何かあるのか?まさか、交代要員まで一人ずつ紹介するつもりじゃないだろうな。
『――そして』
実況の声が聞こえた。
今までとは明らかに違う。声を張り上げていない妙に静かな声だった。
『ベンチ入りメンバー』
スクリーンに文字が浮かぶ。
YUKI NAGATO
それだけだった。
次の瞬間、映像が始まった。最初に映ったのは、文芸部室。誰もいない部屋だった。
窓際の席。その椅子に、長門が座っている。本を読んでいた。……以上。
いや、以上じゃない。何かあるだろ。 競技経験とか、得意なプレーとか。せめて走っている映像くらいは。
しかしスクリーンの長門は、本をめくっているだけだった。ページを一枚。また一枚。観客席から、少しだけ笑い声が聞こえた。
すると映像が切り替わる。体育館。俺たちが練習している。ハルヒが叫ぶ。谷口が文句を言う。国木田が何かを書いている。古泉が笑っている。そして俺が、ボールを拾っている。
その隅に、長門がいた。何もしていない。……いや、ずっと、見ていた。
映像が切り替わる。野球部戦。ベンチに座る長門。俺たちを見ている。
デジコン研戦。やはりベンチ。また、見ている。
何だ、この映像。ずっと座っているだけじゃないか。
そう思った時だった。映像の中の長門が、ふいに立ち上がった。野球部戦で谷口が倒れた瞬間だった。ほんの一瞬、長門の表情が変わる。それだけ。
しかし映像は、そこを何度もスローで映した。……俺ですら気づかなかった。長門が、あんな顔をしていたことに。
次。俺が倒れた場面、長門は立ち上がっている。
次。古泉が負傷した場面、ほんの少し、身を乗り出している。
次。ハルヒがゴールを決めた瞬間、拍手をしている。小さく。本当に、小さく。
観客席が静かになった。俺も何も言えなかった。
映像が、もう一度切り替わる。文芸部室。 俺たちが次の試合について話している。ハルヒが勝手に予定を決める。谷口が反論する。国木田が訂正する。古泉が笑う。俺がため息をつく。
その間。長門は一言も話していない。ただ、そこにいる。スクリーンが暗くなる。
『多くを語らない』
一拍。
『多くを望まない』
さらに一拍。
『しかし――』
画面に、SOS団全員の後ろ姿が映った。その少し後ろに、長門がいる。
『彼女は、いつもそこにいる』
……。何だよ、その紹介。ずるいだろ。
長門のアップ。いつもの無表情。けれど、俺には少しだけ違って見えた。
画面中央に文字が浮かぶ。
SHE IS ALWAYS THERE.
そして最後に。
『SOS団、ベンチメンバー――』
一拍。実況の声が、再び大きくなる。
『長門ぉ有希ぃぃぃぃ!!』
スポットライトが長門に当たった。
長門は立ち上がった。いつものように。何事もなかったかのように。
観客席から、今までとは少し違う歓声が上がった。俺は隣を見る。
「……長門」
「なに」
「お前、こんな映像まで撮られてたのか?」
「不明」
「不明なのかよ」
長門はスクリーンを見ていた。
「でも」
「ん?」
「……悪くない」
それだけ言って、また前を向いた。
……。今、何て言った?
聞き間違いじゃなければ、こいつが自分の紹介映像を褒めたように聞こえたんだが。
まあ、いい。何でもいい。これで本当に終わったんだろうな。もう紹介する奴はいない。スタメンも発表した。ベンチメンバーも紹介した。曲も終わる。照明も戻る。
審判が笛を手に取る。そして、ようやく――スクリーンの照明が完全に落ちた。
俺は小さく息を吐いた。
……長かった。本当に長かった。 ようやく試合が始まる。
そう思った。その時だった。
観客席から。誰かが、隣の生徒の肩に手を回した。
……何だ?
俺は顔を上げた。一人。また一人。さらに一人。観客席のあちこちで、生徒たちが肩を組み始めている。
まただ。これでほんとに何度目の嫌な予感だ?ただ、今まで以上にものすごく嫌な予感がした。
俺は谷口を見る。谷口も俺を見ていた。
「……おい」
「言うな」
国木田を見る。すでにメモ帳を閉じている。古泉を見る。なぜか少し笑っている。ハルヒは観客席を見つめていた。
そして静かになっていた体育館に、誰かの歌声が響いた。
“♪心すれ違う 悲しい生き様に ため息漏らしていた…”
俺は目を閉じた。頼む。頼むから、もうやめてくれ。今日はもう十分だ。
次は一体、なんだ!?