前半2分。長門の見えない動作と、目視すらできないシュートが決まり、2対2。会場中は、まだどよめいている。何なんだあの技は。物理法則に喧嘩でも売ってるのか、この宇宙人は。
――まったく、とんでもないチート技使いやがって……。
俺は一瞬、顔を歪めた。腰の鈍痛が、また出てきやがった。さてさて、この試合が終わるのが先か、この身体がぶっ壊れるのが先か……。どっちに賭けるかと聞かれたら、俺は前者に全財産を注ぎ込む。もっとも、俺に財産と呼べるものなんて、ろくにありゃしないが。
――んなこと言ってらんねぇ、勝ち切る方が先だ。
心の中でそう強く言い聞かせながら、俺は試合を再開させるため、自陣へと駆け出した。視線を自陣へと戻すと、長門が誰よりも先に戻っていた。まったく、頼れる秘密兵器だよ。お前だけは今日、一度たりとも俺を裏切らなかったな。
「長門!! ナイッシュー!!」
俺は、長門へ労いの言葉を送る。だが、長門は何も言葉を返してはくれない。代わりに、その小さな拳を俺へと突き出した。
「……長門」
俺は少しだけ俯き、笑った。俺の拳と長門の拳が、軽く付き合わされる。ベンチからは、朝比奈さんと鶴屋さんの大歓声が聞こえてきた。朝比奈さん、あなたは今日で何度泣くつもりですか。もうそろそろ、涙腺の在庫が心配になってくる頃合いですよ。
「いいぞー。お前らぁ!! いけぇーーー!!!!」
やれやれ、谷口め。休んでいろと言っただろうが……。まぁ、声だけは誰よりも元気なのはこの際良しとしよう。
生徒会側、長門の放った驚きのシュートに、未だ全員が口をつぐんでいた。無理もない。俺だってあの技を目の前で見せられたら、しばらく物が考えられなくなる自信がある。
「みんな、まだ同……」
会長が、そう言いかけた時だった。
「みなさん、まだ同点になっただけです!! 後半はまだ始まったばかりです!! まだまだいけます!! 落ち込んでなんていられませんよ!!」
笠屋詩織の、健気な激励がコートに響き渡った。おいおい、前半あんなにおろおろしてた子が、いつの間にこんな頼もしい声を出せるようになったんだ。
「その通りだ!! どんどん来い!!」
爽やか好青年、青木が両手をバチんと叩いた。
「まだふりだし、ふりだし〜〜〜」
城山は呑気に騒ぎ始めた。さっきから掴みどころのない男である。お前、そんな緊張感のない声出してる場合か。
「よし、しーちゃん。その意気だ!! まずは確実にボール回していこう!!」
ベンチの常盤までもが、声を飛ばしてくる。
「やるじゃん、シオのやつ」
センターサークルに来た門戸は、満足そうにボールを足元に置いた。
――なんだお前らは。全員、笠屋の兄貴なのか?義兄弟の契りでも交わしてんのか、この生徒会は。
「しおり、お前、いつから……」
その様子を見ていた会長は、驚いたようにぼそっと呟いた。
「シオ、遠慮するな!! 思う存分やれ!!」
「は、はい!!」
俺たちは、長門を中心とした攻撃を続けようとする。しかし、相手も馬鹿じゃない。生徒会側も、すぐに対応してくる。
笠屋が、守備を立て直し始める。この子、なんだ。前半とは明らかに動きが良くなっている。まるで別人だ。さっきまで涙を拭いてた子が、今はうちの攻撃の芽を一つずつ摘み取ってきやがる。
俺たちから長門へのパスコースを塞ぎ、城山と門戸が次々とインターセプトを試みる。ようやくシュートコースへと動くようになった長門に、簡単にはボールを渡させない。
――長門への道が、消されていく。
おいおい、せっかくの必殺の秘密兵器を、そう簡単に封じ込めるんじゃねぇよ。
俺は、古泉と共に攻撃を組み立てながら、ふとベンチを見た。そこには谷口がいる。当たり前だが、走っていない。だが――大声を出し続けている。
谷口がいないことで、相手への引きつけ役はもちろん、俺たち全体の突破力も低下している。俺は、一つため息をついた。
――やっぱり、こういう時こそ、お前の泥臭いプレーが恋しいもんだぜ。
「なぁ、特攻隊長!!」
「誰が特攻隊長だ!!……俺にも美味しいとこ、とっておけよ!!」
谷口が、ベンチから声を飛ばしてくる。俺は、少しだけ笑った。今はしっかり休んどけよ。走らないことも、チームへの貢献だ。
谷口がここまで走ったからこそ、今は仲間がその分を背負っている。そして、その谷口の威勢のいい声もまた、コートにいる仲間を支えている。
生徒会の攻撃。門戸から城山へ。城山は、長い脚を大きく伸ばしてボールを受ける。そのリーチを利用し、守備の間を強引に突いていく。
「……また、あいつか」
「ほらっ……。やっぱりここ空くじゃん」
城山は、予想以上に頭を使っている。単純に身体能力だけでプレーしているわけじゃない。会長の意図を理解しながら、時には門戸の武器として、自分の長所を最大限に使っている。しかし、その動きは、どこかやや荒い。強引すぎる。
「ゆい!! 無理に打とうとするな!!」
会長の叫び声が響き渡る。しかし、それでも城山は、右足を振りかぶった。
「俺がこのチームを救う……。どりゃーーーー!!」
右足が、鞭のようにしなる。常人ならボールにすら届かない場所からのシュートだった。
「そんな、離れたところからも打てるのか……」
国木田が、思わず声を漏らす。ゴールネット左脇隅。国木田が、それを弾いた。歓声が上がる。よくやった国木田。お前がいなかったら、うちはとっくに何点取られてたか分かったもんじゃねぇ。
実況が叫ぶ。
『国木田くん、好セーブ!!』
「枠内だったのにーーー」
「危ないな……!」
門戸が、城山のプレーに拍手をしながら、賛辞を送っていた。
「いいぞ、ゆいぜん!! その前向きさがお前の武器だ!! どんどん行け!!」
「へへっ……。点を取るのが俺の仕事ですから〜〜〜」
頭を掻き、照れた様子で城山は答えた。城山の存在が、徐々にSOS団の脅威になっていっていた。やはりこいつは、やるべき競技を間違えている。バスケかバレーの世界で、もっと注目されてしかるべき逸材だぜ。
その一方。会長は、以前のように、全てを支配するような表情をしていなかった。古泉にボールが回ってくる。会長が、それに対峙した。さぁて、古泉。お前の見せ場が来たぜ。
「……あなたは、まだ彼らを導くおつもりですか?」
「当然だ」
しかし、その返答は、一瞬だけ遅れた。
「いやはや、それは意外ですね」
古泉は、静かに続ける。
「あなたの、その断固たる決意は――本当に、他の方々が望んだものだったのでしょうか」
「……」
「あの方たちは皆、あなたの元を離れて、それぞれの足で歩き出している」
「僕には、なぜだか、そんな気がしてならないのですが」
門戸。喜緑さん。笠屋。常盤。青木。そして城山。全員が、自分自身の判断で動き始めている。
「あなたが頂点へ連れていくのではなく――彼ら自身が、そこへ歩いていくのではありませんか?」
会長は、答えなかった。ただ、コートを見る。
そして、おそらく初めて、自分が「全員を動かしている」のではなく、自分の手を離れていく仲間たちを見ているのだと、気づいたようだった。
ボールが古泉から俺の元へ渡る。門戸が、俺の前へ悠然と出た。
「モンさん!? 位置が!!」
「……また、お前か」
相変わらず陣形無視だな、この野郎。まぁ、いい。俺もお前には気になってたところだ。第2ラウンドといこうじゃねぇか。
俺たち二人が、ぶつかる。門戸が、何かを呟いている。
「俺は東千翔星にはなれなかった。だが、門戸直哉にはなれる。いや、門戸直哉にしかなれねぇ……」
何言ってやがんだ、こいつ。あずまちとせ? そんな奴、俺はこれっぽっちも知らねぇよ!! 知らない奴の名前なんて出されたところで、答えようがねぇぜ!!
「だから俺は、俺が門戸直哉であることを証明するために戦う。この試合に勝って、俺は俺自身の存在を肯定する。もちろん、お前にも勝ってだ、キョン」
「今日が俺の――」
そこまで言いかけて、門戸は言葉を詰まらせた。なんだ。何を言おうとしてる。
「今日が俺の――門戸直哉、始まりの日だ!!」
俺は、その言葉を静かに受け入れた。ただし、簡単な自己紹介をされたわけじゃない。挑戦状としてな……。
「……そうかよ」
俺は、構え直した。
「だったら、俺も付き合ってやるよ。門戸直哉」
コートを縦横無尽に、俺たち二人は、せめぎ合う。
「ボール持ち過ぎだ、キョン!! 回して、回して!!」
国木田の声が飛ぶ。
「何やってんのよ、あんたたち!!」
ハルヒも叫ぶ。しかし、ボールの奪い合いは止まらない。
「悪ぃが、引き下がれねぇな!! ここまでケンカふっかけられたらよ!!」
「お前は――お前を生きていると自信を持って言えるのか、キョン!?」
「まさか仲間のためだけなんて、生温いことを言わないだろうな!?」
俺の頭脳の回転が、一気にトップギアへ入った音がした。二人の読み合いの火花が、飛び交う。
――こいつ……。一歩も引き下がらねぇ……。おそらくだが、俺の頭脳の最高出力だぞ!?
「なんだ……」
門戸の動きが、変わる。一瞬。次の一瞬。その次の一瞬。動きが、加速していく。
「…………」
そして、門戸の口元が、わずかに緩んだ。
「聞こえてきたぜ、キョン」
「お前からも――音が」
俺から聞こえるという「音」のリズムを、楽しそうに口ずさむ門戸。
「……なんでお前は、そんなにも知りたがる?」
「何を言ってやがる?」
「全てを分かり合えることなんて、不可能だぞ!?」
「……」
「ひとつでも好きな部分があったら、十分だろって言いてぇんだよ」
俺は、自分の胸の内を言い当てられたような感覚に襲われた。だが、すぐに言い返す。
「じゃあ、てめぇは何に囚われてやがる!?」
ファウル寸前の接触。俺は、門戸に面と向かって言い放った。
「過去か? 自分自身か!? 完璧な人間なんていねぇぞ、門戸!!」
「それを――」
門戸が、一歩踏み込む。
「それを受け入れるために、今こうして戦っている!!」
俺たち二人は、一歩も引かない。体力も、集中力も、削られていく。
そして――二人が同時に、ボールへ足を伸ばした。
ドンッ!!
ボールが弾き飛ばされる。こぼれ球。その先にいたのは――長門。誰にも気づかれないまま、ゴール前から移動していた。おい、いつの間にそこにいたんだ。相変わらず気配ってものがない奴だな。
長門は、ボールを見る。そして俺を見た。門戸も見る。
長門が出した答えは――
「……選んで」
俺へのパスだった。
俺は、長門からパスを受けた。自分からでも仕掛けられる距離。ドリブルもできる。シュートも狙える。
長門、俺にまた選べというのか。
「そんなもん――」
一瞬だけ、ハルヒを見る。ただし、見るふりだけだ。俺の運命を導いた、いや、狂わせた……。ええい。そんなのは、もうどっちだっていい。あいつのおかげで、俺はここにいる。それだけでいい。
「はなっから決めてんだよ」
寸分狂わぬパスが、ハルヒとは逆の位置にいた古泉へと渡る。
「……!」
俺と古泉は、再び連携を始める。俺が動く。古泉が、さらにその先を読んで動く。古泉が作る。俺が変える。
そしてゴール前。ハルヒ、俺、長門が、同時に飛び出す。
「……誰だ? 誰が決めにくる?」
会長の声が響く。俺と長門が、同時に下がる。そう、これはフェイントだ。悪いな会長、うちのチームも一枚も二枚も上手になったんだぜ。
「――涼宮だ!! 止めろ!!」
笠屋と城山が、ハルヒへのパスコースを塞ぐ。しかし――門戸直哉は、動かなかった。
「……違う」
「……何?」
門戸は、後ろへ急速旋回し始める。
「決めるのは、部品でありながら――」
「全部であろうとする、あの欲張り野郎だ」
ボールが動く。パスを受けたのは……俺だった。門戸は、静かに俺を見つめる。そして、ファウル覚悟で止めに来る。
「お前の奥底にあるのは、これなんだろ? キョン」
――俺はこれからも走り続けるし、求め続ける。それが今の答えだ!! この先、見つかんなくったって構わねぇ!!
俺は、止めに来た門戸の体をかわし、ゴール前へと滑り込んだ。痛えな。谷口。お前も滑り込んだ時、こんなに痛かったんだな。今更ながら、お前の根性に敬意を表するぜ。
身体を投げ出す。
スライディングシュート。
ホイッスルが鳴った。
――ゴール!!
スコアボードが切り替わる。
後半5分40秒。
3-2。SOS団、ついに勝ち越し。
ゴール:キョン(今大会2点目)。
アシスト:古泉(今大会初アシスト)。
ハルヒが、俺に抱きついてくる。意外と重いんだな、お前。
「よっしゃあああああ!!」
古泉には、いつものニヤケ面が戻ってきてやがる。おや、いつもと違って、どこか引き締まってるじゃねぇかお前。俺が知る限り、今日一番の顔かもしれねぇな。
「……見事に、僕の計算通りでしたね」
何を言ってやがる。まぁ、この際、許してやるよ。
「………」
長門。何も言わなくとも、伝わってるから安心しろ。お前のあの一言がなけりゃ、今のゴールは生まれてねぇんだから。
俺は、立ち上がる。そして、仲間を見る。ハルヒ。古泉。長門。国木田。ベンチで絶叫する谷口。朝比奈さん。鶴屋さん。
誰一人、同じではない。誰一人、同じ役割でもない。それでも――。
――これが。
――俺たちのチームだ。
――新たに生まれ変わった。
――SOS団だ。
少し離れた場所。門戸は、俺を見ている。自分が読み負けた。――そう思うよりも。門戸の中には、不思議な充足感があるようだった。
――そうか。俺だけじゃなかったんだな。
自分の中に「音」があるように。キョンの中にも「音」がある。そして、その音は、誰かと完全に同じになる必要などない。
自分は、自分のままでいい。
BIRTH DAY.
This is a day I’ll never forget.