涼宮ハルヒのフットサル   作:宮澤宏

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特攻隊長は二度死ぬ

 給水タイム明け、ついに試合が再開される。観衆の熱気は、この日、最高潮に達していた。

 

『さぁ、部活動対抗球技大会初日もいよいよ大詰め!! サッカー部、剣道部、ハンドボール部に続いて最後にベスト4へ名乗りを上げるのは、果たしてどちらのチームか!!』

 

 やれやれ、勝っても負けても、あと8分でお終いか。まぁ、正直なところ、この8分がどれだけ長く感じられるか、今から想像するだけで胃が痛くなってくるぜ。

 

「違うわ」

 

 ハルヒが、間髪入れずに切り返してくる。

 

「勝っても勝ってもよ。私たちに終わりなんてないんだから」

 

 まったく、お前らしい言い方だぜ、団長さんよ。だがな、何事もいつかは終わりが来ちまうもんなんだぜ、悲しいことに。だから――。

 

「残り8分に全てを込める!! だから……」

 

「明日のことなんか考えんじゃねぇぞ!!」

 

「おうよ!! 死んでも走り抜いてやる!! 俺たちには今日しかねぇからな!!」

 

 谷口が、鼻息荒く応じる。

 

「すべては神のみぞ知る。さて、いきましょうか……」

 

 古泉が、いつもの調子で、しかしどこか引き締まった声で呟いた。

 

 任せたぞ、古泉。俺は俺がやるべきことをやる。

 

 SOS団フォーメーション

 

    ハルヒ

 谷口     古泉

    キョン

 

    国木田

 

 俺は、ターゲットに向かって真っ直ぐに駆け出した。俺には分かってるぜ。お前は必ず、来る。だから、こっちから飛び込んでやるまでよ。

 

 意中のあいつと、目が合う。おい、相思相愛だったようだな。まったく、俺もいい歳して、こんな熱い視線を男から向けられる日が来るとは思わなかったぜ。

 

 しかし、そんな俺たちの熱愛(もちろん比喩だ)に、無粋な横槍が入った。

 

「悪いけど、お見通しだからそれ」

 

 常盤が、何もかもお見通しだと言わんばかりに、ニッコリと俺の前へしゃしゃり出てきた。あいつへの進路が、あっさりと塞がれる。

 

「今から、君のお邪魔虫になるのが俺の役目ね。モンちゃんのとこには行かせないよ」

 

 常盤の目が一瞬だけ、俺の意中の相手へと向けられる。

 

「モンちゃんはモンちゃんで、君とケリつけたいみたいだけど、チームとしてそれはちょっと不都合だからね」

 

 常盤は笑顔を三割増にしてきやがる。おい、その満面の笑みで邪魔してくるのが一番腹立たしいんだよ。えぇい、鬱陶しいい‼︎この勝手気まま自由人(アンリミテッド・フリーダム)が!!

 

 その時だった。

 

「お前の相手はこの俺だーーー!!!!」

 

 谷口が、俺から常盤を引き剥がすように、体を張った激しいプレスをかけた。ファウルに紙一重の、まさに体当たりと呼ぶにふさわしいタックルだった。おい谷口、いくらなんでもそれは黄色いカード出されても文句言えねぇぞ。

 

「キョン、早く行け!! お前はお前のケジメつけてこい!!」

 

 谷口……。悪りぃな、この礼は後で言わせてくれ。この試合に勝った後でな。

 

「負けんじゃねぇぞ!!」

 

 谷口の熱い激励を背中に受けて、俺は再び加速する。俺の目は、前から迫ってくる意中の相手を、しっかりと捉えていた。

 

 ほら、やっぱり来やがったじゃねぇか……。

 

「お待ちどう様。……愛しい愛しい、恋人さん」

 

 相手は、顔を真っ赤に染め上げて、目を見開いてきやがる。どうやら、俺の思っていた以上に本気のようだな。おいおい、そんな純情な反応するなよ、こっちが調子狂うだろうが。

 

「どうした? わかりやすいくらい単細胞だな? そんなに熱くなってきたか……」

 

「マエストロ!!」

 

「俺は門戸直哉だ。変な呼び方すんじゃねぇよ……」

 

「それじゃあ、門戸直哉。ここで仲良く、一緒に刺し違えようじゃねぇか!!」

 

 うまく誘いに乗ってきやがった。さぁて、第三ラウンド開始といこうじゃねぇか。俺たち二人の間に、激しい火花が散った。

 

 俺と門戸。勝負の行方をかけたマッチアップのゴングが鳴った頃、コートの中心では、もう一つの戦いが始まっていた。

 

 今の俺は、こいつとの勝負に全集中しているが、せっかくなので、こちらの状況も併せて説明させてもらおうか。実況気取りってやつは性に合わねぇが、まぁ、たまにはいいだろう。

 

 今、ボールは、暫定的司令塔である古泉の足元にある。

 

 古泉は、一度だけ顔を上げ、コート全体を見渡した。

 

「では、いきましょうか……。特攻隊長」

 

 常盤のマークから離れ、颯爽と抜け出した谷口へ古泉からパスが渡る。ベンチで燻っていた感情が、一気に爆発したような走りだった。

 

 おい、お前まで、負傷した痛みがどっかいっちまったのか? まったく、うちのチームは全員、身体の限界という常識を軽く置き去りにしてやがる。

 

「おいおい、俺かよ!? へへんっ、分かってるじゃねぇか!!」

 

 谷口は一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐにいつもの不敵な笑みに戻った。

 

「いくぜ、おらぁ!!」

 

 ここでの谷口の役目は、単に「一番走る奴」じゃない。古泉が状況を見た上で、意図的に谷口を攻撃の起点として選んだのだ。出世したもんだな、谷口よ。給料に例えるなら、昇進祝いにジュースの一本でも奢ってやりたいところだが、あいにく今はそんな余裕もねぇんでな。

 

 谷口が、左サイドから前へと駆け上がっていく。ハーフタイムに強制的に休ませられたことが、思いのほか効いていたらしい。

 

「まだまだ足らねぇな……」

 

 その言葉通り、足は止まらない。しかし、常盤が、背後から追いついてくる。

 おい、常盤。お前は陸上部とタメを張れる選手だと、この俺が認めてやるよ。後半復帰後からのスピードは伊達じゃなかったってわけだ。

 

 常盤は、谷口の進路を塞ごうと、ほんの少しだけ内側へ寄った。その瞬間――。

 

 谷口は、反射的に外へと逃げた。常盤が、追う。だが、谷口はそのまま外へは行かず、ボールを追いかける勢いのまま、今度は中央へと切り込んだ。

 

「あ、そっち?」

 

「そう簡単に読まれてたまるかよ!!」

 

 谷口が、抜ける。観客席から、大きな歓声が上がった。ハルヒ、古泉を伴って、そのまま敵陣へと突き進んでいく。

 

 常盤は、一瞬だけ谷口の背中を見つめていた。

 

「へぇ、こいつ……。ただ闇雲に突っ込んでるだけじゃないんだね」

 

 谷口が、振り返る。

 

「燃えてきやがったぜ、常盤ァ!!」

 

 おいおい、熱くなってんじゃねぇか、谷口。ハーフタイムに、あれだけ大泣きしていた姿なんか、今はもう微塵もねぇ。やっぱりお前は、こうでなくっちゃな。

 

 だが――ほんの少しだけ、違う。

 

 以前のお前なら、きっと真正面から突っ込んでいた。それこそ、後先考えずに、根性の一言で押し切ろうとするタイプだったはずだ。けど今は、走っている途中で、相手の動きがちゃんと見えている。頭で考えているっていうより、これまで何度も何度も走って、止められて、また走ってきた経験が、身体に染みついてきたってところか。

 

 いい成長だぜ、まったく。今日一日で、お前もずいぶん逞しくなったもんだな。

 

 谷口が、ボールを前へと運んでいく。常盤が、再び距離を詰める。谷口は、一瞬だけ迷った。それでも、最後はいつものように、不敵に笑った。

 

「この俺が……勢いづける!!」

 

 谷口が、さらに一歩、踏み込む。ハルヒが、前へ走る。古泉も、中央へと入ってくる。谷口の突進が、SOS団全体を前へと押し出していく。

 

 こいつにも、何か、勝敗とは別の感情が芽生えているようだった。

 自分が点を取ることでもない。自分だけが目立つことでもない。ただ――。

 今、このチームを、前へ進ませたい。それだけだった。

 

 ――やれやれ。谷口、お前がそんな殊勝なことを考えられるようになるとはな。一年前のお前に聞かせてやりたいくらいだぜ。

 

 谷口が突破した先には、門戸が向かう。

 

 ――そうはさせるかよっ!!

 

 俺も、門戸を引きつけようと並走する。なんとしてでも、こいつの連携参加を阻止しなければならねぇからな。俺と門戸は、激しく体をぶつけ合う。文字通りの鍔迫り合いといったところだ。門戸は、俺から目を逸らさない。

 

「おいおい、門戸!! 俺を見てる暇なんてあるのか!?」

 

 しかし門戸は、俺だけを見ているわけじゃなかった。この俺を意識しながら、谷口の足音、その動きすらも捉えている。さっき言ってた、「音」とかいうやつか? こいつにだけ聞こえるという「音」……。俺の中にも……。

 

「あるんだよ!!」

 

 門戸が、谷口の進路へと入り込み、突破を阻止する。おいおい、俺がべったり張り付いてながら、なんでそんな芸当ができる!? お前はいつから、そんな重戦車になった!?

 

 門戸は、俺を背負いながらも、直進し続ける。俺も、負けじと門戸に食らいついていく。

 

 ――こいつの身体、全っ然ぶれねぇ……。どうなってんだよ、こいつの体幹……。

 

「キョン、お前にも勝って、試合にも勝つ……」

 

「こいつ……!」

 

 これが、門戸の「マエストロ」としての能力なのか!? そんな化け物じみた能力、認めるわけにはいかねぇな。非常識な存在は、俺の連れたちだけにしといてくれよな!!

 

 谷口は、門戸に完全突破を阻まれた。しかし、うちの特攻隊長は、そこで無理に突っ込まなかった。ボールを、古泉へと落とす。

 

「ありがとうございます……」

 

 ニヤリとする古泉。

 

「俺一人じゃ無理でも……。古泉、おまえなら!!」

 

 若人の成長するスピードが、いかに速いのか、実感させられるじゃねぇか。谷口、今朝までのお前なら「俺が突破する!」と、言って聞かなかっただろう。

 

 しかし、いまじゃどうだ? 「自分が突破できなくても、次に繋げればいい」という判断ができている。間違いなく、こいつは強制休養を取らせた7分間の間で、急成長を遂げている。チームを俯瞰して見ることに徹していた賜物だろうな。

 

 谷口、気づいていないかもしれねぇが、「走らないこともチームへの貢献」だと覚えたお前は、うちの、かなり重要なピースになってるんだぜ。

 

 古泉が、ボールを受ける。そこにやってくるのは、巨体を揺らした城山だ。

 

「どーも、どーも古泉ぱいせん。近くで見るとほんとイケメンっすねーー」

 

 古泉は、機敏なフットワークで城山を交わす。生徒会ベンチから、怒声が飛んでくる。笠屋だった。

 

「善ちゃん、なに簡単に抜かれてんの!! 体でいかないと!! もう!! ギルティ!!」

 

 城山の声色が、不意に変わる。

 

「見つけった、見つけった、攻略法……」

 

 城山が、古泉に鋭い視線を送る。おいおい、あの飄々とした奴が急に真顔になると、逆に不気味なんだが。

 

 俺は、門戸を引きつけている。いかに痛みや疲労がぶっ飛んでいるとはいえ、体力勝負だ。いつまでも持つわけじゃない。早く、早く、優勢な状況に立ちたい。谷口は、常盤を引きつけている。

 

 ハルヒが、喜緑さんのマークから飛び出し、前線でスペースを作る。チラリと喜緑さんを見るハルヒ。

 

「あなたが自由なら、私は衝動。断然、私の方が強い」

 

 ――まったく、どういう意味だか……。俺は衝動よりも災害って言葉を推したいがね……。いけ!!!!

 

 古泉が、一瞬で状況を読む。

 

「……そこですね」

 

 その時、ハルヒへのパスが通った。

 

 ゴール前、ハルヒがボールを受ける。

 

「もらったぁぁぁ!!」

 

 右足を、振り抜く。強烈なシュート。

 

「衝動爆界弾(インパルス・バースト)!!」

 

 観客も一瞬、入った――と思ったであろう。しかし――。

 

 生徒会ゴレイロの青木が、反応する。ハルヒのシュートコースを読んで、横っ飛び。

 

「早いが、読める!!!」

 

 グワラゴワバシィィィィッン!!!!

 とてもフットサルの試合とは思えない音が、鳴り響く。ボールを、弾き出す。

 

「うおおおおおおお!!」

 

 観客が、沸き立つ。

 

「まだまだ、終わらせるかぁぁぁぁ!!」

 

 まさに、青木最大の見せ場だった。解説を入れさせてもらえば、「たまたま手に当たった」なんて生易しいもんじゃない。ハルヒのシュートを、最後まで目を離さず見ていたからこその、あのセーブだ。

 

 門戸が、常盤が、青木のもとに駆け寄る。三人は、揃って雄叫びを上げた。

 

「どうだぁぁぁぁ!!! これがうちの守護神だ!!!!」

 

 門戸が吠える。少々照れくさそうにする青木。

 

「やれることをしっかりやる……。これが俺の答えだ」

 

「俺は答えを出したぞ。お前らはどんな答えを出す? それを聞くのが楽しみだ!!」

 

 青木は、自分の役割で、チームを救ってみせた。

 

 俺は、一瞬、青木を見た。

 

 ――青木が止めた。ただの反射じゃない。あいつは、最後までゴールを守っていた。怖いから逃げるんじゃない。怖くても、そこに立つ。それが――青木の役割か……。

 

 青木……。あいつも、この試合で成長している。まったく、この生徒会も、うちに負けず劣らずの怪物揃いだぜ。

 

 青木の超絶セーブから、生徒会が攻撃へと転じる。常盤が、一気に走り出す。谷口が、追う。歯を食いしばりながら走る谷口が、常盤に追いついた。

 

「君、さっきの走り面白かったよ。でも、しつこい奴、嫌いなんだよね」

 

「お前に言われたくねぇよ!! 門戸だって大概だぞ!!」

 

「じゃあ、どっちが先に裏を取れるか勝負ね、死に損ない」

 

「これは俺とお前の勝負じゃねぇ!! あいつらを勝たせるためにやってるだけだ!!」

 

「それと!! 俺は特攻隊長だ。何度でも蘇る!!」

 

 常盤は、またニコリと笑いながら、

 

「面白いね。じゃあ、2回でも3回でも死になよ」

 

 俺の知らないところで、谷口と常盤の真剣勝負が、明確に始まっちまったようだ。ただし常盤の方は、敵意なんかじゃなく、「こいつと走ってみたい」という純粋な興味だけのようだった。おいおい、うちの特攻隊長は随分と物騒な相手に気に入られたもんだな。

 

「俺らが勝つには、お前を抜かなきゃいけない……」

 

 両チームが激しい攻防戦を繰り広げている中、俺は、門戸と向かい合っていた。右サイド脇で、お互い腰を低くし、次の動きを読み合っている。いや、こいつの場合は――聴き入っている、というべきか。

 

 俺たち二人だけの聖域(サンクチュアリ)が、いつの間にか出来上がっていた。他は何人たりとも近づいてはいけない、そんな雰囲気すら醸し出されている。

 周囲の歓声が遠くなる。ありがたいね。俺もこいつとの勝負に、全集中できるってもんだぜ。

 

 ドクン。ドクン……。

 

 また来やがったか。脳内に響く、この胎動音。今度は、さっきよりも大きく、よりはっきりと聞こえてきやがる。

 

 俺の中から、一体何が出てきやがるってんだ? 俺の勘では、それはもう、間もなく――。

 

 ――いいだろう。どっちみち、そんなもんにでも頼らなきゃ、この怪物に勝てそうも……。

 

 心の中でそう言いかけた、その時だった。何か、冷たい視線が、この俺の身体を貫いた。俺は、辺りを見渡す。

 

 いる。確実に、この体育館に、いる。

 みんな、気付いていないのか?

 

「君は、見えざる物の姿を見ることができるのか?」

 

 俺の背筋から、冷や汗が滴り落ちる。誰かが、脳内に直接語りかけている。時間が、一瞬、止まったかのような感覚さえあった。

 

「答えてみろ。キョン……」

 

 体育館。二階部分のギャラリー。その存在は、確実に――そこにいた。

 

現在後半9分。決着まで、残り6分。

今、すべての因果と想いが交錯し、ぶつかり合う‼︎

 

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